1.5話 鳴海大河 孤独なヒーロー
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キャラクターのバックストーリーとして追加しました。
最後まで読んでいただいた方も気になったキャラの話をぜひ読んでみてください。
テレビの前が、鳴海大河にとって唯一静かになれる場所だった。
狭いアパート。壁は薄く、隣の部屋からは怒鳴り声が聞こえる。酒の缶が転がる音。何かが倒れる音。母親の泣き声。
それでも、テレビの中だけは違った。
「みんな、下がってろ!」
赤いスーツの男が前に出る。
傷だらけになりながら、それでも仲間を守る。
鳴海は、息を止めるようにしてその姿を見ていた。
「レッド……」
小さく呟く。
画面の向こうでは爆発が起こり、敵を倒したレッドが仲間に囲まれて笑っている。
その光景が、眩しかった。
学校では友達なんていなかった。口を開けば喧嘩になるし、目つきが悪いと言われる。家に帰れば父親が荒れていて、居場所なんてどこにもない。
だから、テレビの中だけが救いだった。
正義の味方は、必ず最後に勝つ。
仲間がいる。
誰かが、自分を必要としてくれる。
幼い鳴海は、本気で信じていた。
押し入れの奥に隠した安い変身ベルトを取り出し、誰もいない部屋でポーズを真似する。
「変身」
小さな声で言う。
当然、何も起きない。
それでもよかった。
その瞬間だけは、自分が“誰か”になれた気がしたからだ。
⸻
現実は、何一つ変わらなかった。
中学に上がる頃には喧嘩ばかりになり、高校にはまともに通わなくなった。気づけば周りには似たような連中しかいなくなり、煙草を覚え、酒を覚え、薬に手を出すまで、そう時間はかからなかった。
痛みも、不安も、全部ぼやける。
最初はそれでよかった。
だが、ぼやけていくのは苦しさだけじゃなかった。
夢も、感情も、自分自身も、少しずつ曖昧になっていく。
気づけば鳴海大河は、“何者にもなれなかった男”になっていた。
薄暗い部屋の中、ソファに沈み込みながら天井を見る。
散らかった机。空になった酒瓶。床に落ちた注射器。
携帯には、もう誰からも連絡は来ない。
「……だりぃ」
掠れた声が漏れる。
身体は重いのに、頭だけが妙に冴えている。
その時だった。
古いテレビから、懐かしい音楽が流れた。
戦隊モノの再放送。
赤いヒーローが、画面の中で叫んでいる。
『仲間を守るんだ!』
鳴海の視線が止まる。
しばらく、何も言わない。
やがて、小さく笑った。
「……馬鹿みてぇ」
そう言いながらも、目は逸らせなかった。
幼い頃、自分もああなりたかった。
誰かを守れる人間になりたかった。
正義の味方になりたかった。
だが現実はどうだ。
薬に溺れ、半端な連中とつるみ、何も守れず、自分すらまともに保てない。
レッドどころか、悪役のほうがまだ似合っている。
それでも。
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ、思ってしまった。
「……変身、してぇな」
ぽつりと零れた言葉。
その瞬間だった。
視界が、暗転した。




