12話:勇者願望
この物語は、異世界に転生するまでの話です。
ここまで来ると、もう強さの問題ではありません。
何を信じて、何を選ぶのか。
誰かになりたいのか。
それとも、自分のままで進むのか。
今回のテーマは「勇者願望」。
“本物になりたい”という願いと、
“現実でやる”という選択がぶつかる、最後の戦いです。
『最終試合を開始します』
音はなかった。観客のいなくなったコロシアムはやけに広く、静寂がそのまま形になったように場を満たしている。その中心に、二人の男だけが向かい合って立っていた。
一人はスーツ姿の男。疲れの残る顔をしているが、その目だけは澄んでいて、揺らぎがない。
畠中 泰造、五十五歳。
もう一人は、どこか頼りない男だった。少し猫背で、装備も安っぽい。それでも剣を握る手だけはまっすぐで、その姿には妙な確かさがあった。
小野寺 勇太、三十二歳。
「……最後だな」
泰造が静かに言う。
「そうだ」
小野寺が答える。
「俺が勝つ」
「勇者だからな」
それだけの会話で、十分だった。
『最終試合、開始』
足元に浮かんだ光が小野寺の身体を包み込み、そのまま迷いのない踏み込みとともに剣が振り下ろされる。一直線の軌道は余計な迷いがなく、その分だけ重い。
――ドン。
泰造は紙一重でそれを避け、続く連撃をいなしながらわずかに距離を取る。だが攻撃は途切れず、空気を裂く音が何度も重なる。
――ドン。
――ドン。
「……強いな」
「勇者だからな」
短い返答。それでも、その言葉には一切の迷いがない。
小野寺が息を荒くする。
「俺は……!」
剣を握る手に力がこもる。
「これに勝って……!」
踏み込む。
「ホンモノになるんだ!」
振り下ろされた一撃は、これまでで最も重く、まっすぐだった。
――ドン。
泰造がそれを流し、わずかに目を細める。
「……そうか」
一歩引くと同時に、その身体がふっと揺らぐ。
消える。
透明化。
小野寺の視線が走る。音も気配も消え、ただ空間だけが広がる。
一歩踏み出した、その時だった。
視界の端に、不自然な“存在”が映り込む。
一瞬、動きが止まる。
「……あ、」
小さく漏れる。
「……まあ、」
視線がわずかに逸れる。
「その、」
言葉を探すように間が空く。
「ごめん」
次の瞬間。
――ドン。
「っ……!!」
鈍い音が響き、泰造の身体が跳ねる。透明化が解け、両手で股間を押さえたまま膝から崩れ落ちる。
「……ぐっ……!」
声にならない。呼吸も乱れ、ただ悶絶するしかない。
コロシアムに、妙な静寂が落ちる。
だが、その一瞬。
泰造が顔を上げる。涙目のまま、歯を食いしばる。
「……今だな」
低く呟き、踏み込む。
――ドン。
拳が入る。
小野寺の身体が揺れる。
「っ……!」
それでも倒れない。
「まだだ」
息を吐く。
「勇者は……負けない」
再び剣を振るう。
――ドン。
泰造がそれを受ける。顔をしかめながらも、動きは止まらない。
「……くそ……」
一瞬だけ目を閉じる。
「……現実ってのはな」
小野寺を見据える。
「そういうのも込みなんだよ」
踏み込む。
――ドン。
小野寺の身体が崩れる。膝が落ち、剣が手から離れる。
「……なんでだ」
かすれた声。
「俺は……ホンモノに……」
言葉が続かない。
泰造が見下ろす。
「もう十分だろ」
一拍の間を置く。
「最後まで信じてた。それでいい」
小野寺は立てない。
『敗者は、地獄行きです』
静かな声とともに足元が割れ、黒い手が伸びる。掴まれながらも、小野寺は最後まで手を伸ばす。
「……まだ……俺は……」
その声は、やがて闇に飲まれていく。
「勇者……なんだ……」
そのまま静かに沈んでいった。
⸻
『最終試合、終了』
静寂が戻る。畠中 泰造だけが、その場に立っている。
しばらく動かず、ただ息を吐く。
「……終わったか」
その時、空間に光が集まり、白い羽を持つ存在が現れる。
『勝者、畠中 泰造』
淡々とした声が響く。
『報酬を与えます』
歪んだ空間の向こうに、眩しい光が差し込む。
『異世界への転移を許可します』
その光を、泰造はしばらく見つめていた。
「……違う世界、か」
小さく呟き、一歩踏み出す。
だが、その足は途中で止まる。
「仮に行ったとしてもな」
一拍。
「俺の夢は、願いは、叶えられないかもしれん」
ゆっくりと目を細める。
「場所の問題じゃない」
静かに首を振る。
「結局、自分の問題だ」
光から目を外す。
「……いい」
短く言う。
しばらくの沈黙のあと。
『……理解しました』
一拍。
『あなたに、もう一度機会を与えます』
泰造が顔を上げる。
「……なんだと」
『あなたの世界で、もう一度』
光が強くなる。
『選択してください。現実で』
遠くから、規則的な音が混ざる。
ピッ……ピッ……
意識が揺らぐ。
光がすべてを覆い尽くし――
(最終話へ)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ついに最終戦となりました。
最後に残った二人は、どちらも間違っていません。
理想を信じ続けた者と、現実を受け入れた者。
どちらが正しいかではなく、どちらを選ぶか。
その結果が、今回の結末です。
そして、この物語の本題はここからです。
次回、最終話。
“現実”で、すべてを終わらせます。




