最終話:それぞれの願望
この物語は、異世界に転生するまでの話です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ここまで来ると、きっと思うはずです。
「このあと、どうなるのか」と。
異世界に行くのか、それとも別の結末か。
その答えを、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
意識が浮かび上がる。
暗闇でも、光でもない曖昧な場所を抜けるようにして、ゆっくりと現実が輪郭を持ち始める。最初に戻ってきたのは音だった。
ピッ……ピッ……
規則的な電子音。
次に匂い。消毒液の、どこか懐かしいような匂い。
そして、重いままの身体。
瞼を開けると、白い天井があった。
見慣れたはずの、現実の色。
「……ここは……」
掠れた声が漏れる。
視線を横に動かすと、人影がいくつも重なっていた。
「……社長!」
「よかった……!」
部下たちの声が重なる。その奥に、見慣れた顔があった。
家族。
思わず、眉が動く。
「……お前たち、どうして……」
その言葉に、家族の表情がわずかに崩れる。
一歩、前に出る。
「……ごめんなさい」
静かな声だった。
「あなたばかりに負担をかけ過ぎてた」
言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。
「私たちが、悪かった」
部屋の空気が静まる。
泰造は、しばらく何も言わずにその顔を見ていた。
責める気にも、否定する気にもならない。
ただ、その言葉がまっすぐに入ってくる。
ゆっくりと息を吐く。
「……そうか」
それだけ言う。
天井に視線を戻す。
思い出す。
あの場所。
あの戦い。
あの連中。
勇者の顔。
最後まで手を伸ばしていた姿。
『あなたの世界で、もう一度』
あの声が、まだ残っている。
「……もう一回、か」
小さく呟く。
身体は重い。すぐに動ける状態じゃないことくらい、分かっている。
それでも。
「なあ」
視線は天井のまま、口を開く。
「退院したら、少し時間もらっていいか」
部下が戸惑う。
「え……仕事の調整、ですか?」
「いや」
首をわずかに振る。
「俺のほうだ」
一拍。
「やり残してたことがあってな」
窓の外に目を向ける。
光が差し込んでいる。
変わらないはずの景色。
それでも、どこか違って見えた。
「昔な」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「くだらねえ夢、見てたんだよ」
小さく笑う。
「ヒーローになりてえとか」
「全部、途中でやめちまった」
沈黙。
誰も口を挟まない。
だが、今は違う。
「でもな」
視線を戻す。
「一回くらい、ちゃんとやってみるのも悪くねえ」
家族が、ゆっくりと頷く。
部下たちも、何も言わずにそれを受け入れる。
否定する者はいない。
泰造は目を閉じる。
思い出す。
勇者の言葉。
あのまっすぐな目。
「……強かったな」
ぽつりと呟く。
誰に向けたものでもない。
だが、確かにそこにいた誰かへの言葉だった。
ゆっくりと目を開ける。
現実は変わらない。
楽でもなければ、優しくもない。
それでも。
「……まあ、いいか」
一拍。
小さく息を吐く。
「それぞれの願望ってやつだ」
窓の外の光が、やけにまぶしかった。
だが、目は逸らさない。
そのまま、まっすぐに見据える。
ここから先は、もう逃げ場のない現実だ。
だからこそ。
もう一度、やれる。
⸻
■END
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
ここまで読んでくださった方の中には、
「異世界に行く展開」を期待されていた方もいると思います。
ですが、この物語は“異世界に行くこと”が目的ではなく、
“どう生きるかを選ぶこと”がテーマでした。
どこに行くかではなく、どう向き合うか。
その答えとして、今回の結末になっています。
少し裏切る形になってしまったかもしれませんが、
それでもこの物語としては、一番自然な終わり方でした。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
PS:この物語を俺の親友に贈る〜




