10話:時をとめたい願望
『第十試合を開始します』
二人が中央へ出る。
一人は派手な身なりの男だった。
腰をくねらせる仕草と、妙に色気のある立ち方。
その姿はどこか芝居がかっているのに、不思議と場に馴染んでいる。
阪本 多一郎、四十九歳。
「やだぁ〜」
肩をすくめる。
「ここまで来ちゃったじゃない」
もう一人は、どこか頼りない男だった。
少し猫背で、全体に覇気がない。
腰には玩具のような剣。
胸元には安っぽい鎧のような装飾が揺れている。
だが、その目だけは真っ直ぐだった。
小野寺 勇太、三十二歳。
「……俺は勇者だ」
『第十試合、開始』
足元に光が浮かび上がる。
小野寺の身体に、現実離れした気配が宿る。
『能力名:勇者。ゲームの勇者の力を再現します』
阪本が興味深そうに覗き込む。
「なによそれ」
「ほんとにゲームじゃない」
「そのままだ」
小野寺は短く答える。
「俺は最強になる」
次の瞬間、踏み込んでいた。
――ドン。
空気を裂くような速度。
阪本は身体をひねり、紙一重でそれを避ける。
「やるじゃない」
口元を上げる。
「でもねぇ」
息を止める。
一瞬、世界が止まった。
音も、動きも、すべてが凍りつく。
その静止の中で、阪本だけがわずかに位置をずらす。
息を吐くと同時に、時間が戻る。
「……はぁ」
「短いのよねぇ」
小野寺が振り返る。
「今、何をした」
「秘密よ」
軽く笑う。
再び剣が迫る。
――ドン。
今度は肩をかすめた。
「っ……!」
「いったぁ……!」
顔をしかめる。
だが小野寺は止まらない。
「勇者は負けない」
迷いのない連撃。
その一つ一つに、確かな“信じ切った強さ”が乗っている。
――ドン。
「ぐっ……!」
阪本の膝が落ちる。
再び息を止める。
止める――はずだった。
「……っ、ゲホッ」
咳が漏れる。
時間は歪むだけで、止まらない。
「……あれ?」
もう一度、息を止める。
「……っ!」
「ゲホッ……ゲホッ……!」
今度は抑えきれない。
胸を締め付けるような咳が、連続して吐き出される。
「ちょっと……最悪……!」
その隙を、小野寺は見逃さない。
――ドン。
「がっ……!」
衝撃に身体が浮く。
「終わりだ」
静かに告げる。
「俺は勇者だからな」
阪本が笑う。
息も絶え絶えに。
「やだぁ……」
「ほんとに……」
もう一度だけ、息を止める。
ほんの一瞬。
ほんのわずかにだけ、世界が止まる。
その隙で身体をずらす。
だが、それ以上は続かない。
「……っ!」
咳が込み上げる。
「ゲホッ……!」
身体が止まる。
その瞬間。
――ドン。
腹に、重い一撃。
阪本が崩れ落ちる。
立てない。
「……はぁ……はぁ……」
呼吸が乱れる。
小野寺が剣を構える。
「終わりだ」
「俺は」
「勇者だ」
阪本は、その言葉を受けて、わずかに笑った。
「……若いわねぇ」
一拍。
「そういうの」
「嫌いじゃないわよ」
振り下ろされる。
――ドン。
身体が沈む。
もう動かない。
『敗者は、地獄行きです』
足元が割れる。
黒い手が伸びる。
「……はぁ」
阪本が力なく笑う。
「やだぁ……」
咳き込む。
「……ゲホッ……ゲホッ……!」
胸を押さえる。
「……これ……」
息が乱れる。
「タバコの吸い過ぎね……」
一瞬、目を細める。
「こんなことなら……」
小さく笑う。
「ちゃんと禁煙しとくんだったわ……」
黒い手に掴まれる。
抵抗はしない。
ただ、肩をすくめるように。
「……あんたみたいなのが」
小野寺を見る。
「生き残るのね」
ほんの少しだけ、優しく笑う。
「……いいじゃない」
そのまま沈む。
闇へ。
消えた。
『第十試合、終了』
小野寺がその場に立つ。
静かに息を吐く。
「勇者は……」
小さく呟く。
「最後まで、諦めない」
コロシアムに静寂が戻る。
信じた者だけが、最後に立っていた。




