表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/41

強くなったかも!

 ジュル、ジュル、……ごくん。

 喉の奥に、あの味が落ちていく。

 もう何度目か分からないその感覚は、最初の頃のような拒絶反応を伴わなくなっていた。代わりにあるのは、妙な“慣れ”と、そして――ほんの少しの高揚感だ。


「……ぷはぁ、よぉし、次ィィ!」


 息を整える間もなく、俺は視線を上げる。

 草原の中、少し離れた場所でぷるぷると揺れている影がある。スライムだ。さっきと同じような、青みがかった半透明の個体。風に揺れる草の間で、陽光を反射して、ぬらりと光っている。


 足を踏み出す。

 土がわずかに沈み、靴底に草の繊維が絡みつく。風が頬を撫で、ツインテールが遅れて揺れる。風に靡くスカートの下では、あの尻尾が、わずかに反応する。


「……お前も、慣れてきたな」


 ぽつりと呟く。

 最初はただの“異物”だったそれが、今では完全に自分の身体の一部として認識されている。意識を向ければ、ぴくりと動く。振ろうと思えば、ちゃんと振れる。


 そして――


(体液吸収)


 わざわざ叫ぶ必要はもうない。意識するだけで、スキルは発動する。

 尻尾の先端のハートが、ぐにゃりと歪む。

 ぱかり、と四つに裂けるその動きにも、もう驚かない。むしろ、どこかで「よし来た」と思っている自分がいるのが怖い。


「……慣れって怖いな」


 内心でぼやきながら、尻尾をスライムへと向ける。

 スライムは、相変わらず逃げない。逃げられないのか、逃げる気がないのか分からないが、ただその場で揺れている。

 その身体に――ぐぱっ、開いては噛みつく。


「……うん」


 そして――数泊の間をおいてジュル、ゾル……ところてんを啜るような感触が喉を通過する。


「……来た」


 グビッ、ごくん。


「……ッ」


 あの味。洗剤みたいな、味、でも微妙に甘ったるい、絶妙に不快な液体が、直接喉に流れ込んでくる。最初の頃はこれで本気で吐きそうになっていたのに、今はどうだ。


「……慣れたな」


 自分でも信じられないが、耐えられる。

 いや、耐えるだけじゃない。ちゃんと“飲めている”。

 もちろん美味しくはない。断じて美味しくはないが、もはや「うわ無理!」という拒絶はない。ただ「うん、不味いね」で済むレベルまで落ち着いている。


 ……人間、適応力ってすごいな。


 スライムの身体が、少しずつ縮んでいく。

 ぬるりとした表面がしぼみ、内部の透明感が失われていく。その変化を、俺はじっと見つめる。


「……悪いな」


 誰にともなく呟く。

 だが食いしん坊な尻尾は止めないしそもそも止まらない。

 やがてスライムは完全に崩れ、地面に染み込むように消えた。


 《個体スライムの体液を吸収》

 《VIT+0.1 HP+0.3上昇》


「……よし」


 小さく拳を握る。

 身体の奥が、わずかに重くなるような感覚がある。それが“強くなった”という証なのだと、今では分かる。

 振り返る。数時間前、スライムの群生地と言わんばかりの湖を見つけた。少し歩けばスライム。少し視線を落とせばまたスライム。


「……やるか」


 俺は歩き出す。

 ジュル、ジュル、ごくん。

 ジュル、ジュル、ごくん。たまにおえっ。


 その繰り返し。

 時間の感覚は、不思議と感じなかった、徐々に強くなっているのだろう、防御力の数値、HPが少しずつ少しずつ上がっていく。あまりに孤独すぎる作業という点を除けば意外と楽しくゲームができていた。

 太陽がどこにあるのかも分からない。ただ、目の前にスライムがいれば吸う。それだけだ。


 気づけば――調子に乗った。というかスライムは戦闘らしい戦闘にならない。

 もしかしてこれって他のモンスターもですかぁ?なんて思っちゃうのは必然。


「……あれ?」


 尻尾を見つめる。

 先端のハートが、愛らしくちょいちょい、と俺に合図する。そのハートが指す先には……。

 ゴブリン。小さな棍棒を持った小鬼がそこにはいた。

 おうおう、教えてくれるなんてかわいいじゃないか、お前もスライム以外を啜ってみたいんだろ?

 俺も少し他の味も試してみたい。

 そう思うと、呼応してか、うんうん、と息巻く。尻尾が。


 「……なんか、愛着湧いてきたな」


 ぴくり、と尻尾が応えるように動く。

 ……お前、分かってるだろ。

 

 「……やってみるか、ゴブリン!」


 ◇


 草原の先、少しだけ背の高い草の陰に、それはいた。

 緑色の肌。小柄な体。粗末な布を巻きつけた姿。手には短い棍棒。

 スライムに次ぐ雑魚モンスターの二大巨頭、チュートリアルの権化。

 だがこのゲームで実際に戦うのは初めてだ。


「……いけるだろ」


 小さく呟く。

 VITは少しずつだけど上がっている。

 HPも増えている。

 多少殴られても、耐えられるはずだ。


「……よし」


 俺は、へっぴり腰を構える。ゴブリンがこちらに気づく。

 ぎょろりとした目が、俺を捉える。

 その瞬間。


「……うわ、来る!」


 速い。

 スライムとは比べものにならない速度で、ゴブリンが踏み込んでくる。草を踏みしめる音、土を蹴る音、その全てが一気に距離を詰める。

 や、まって怖い怖い怖い!


「ちょ、ちょちょ、ストップ、待てってそんな敵意剥き出さないで!」


 慌てて尻尾に意識を向ける。


「体液吸収!」


 叫ぶ。

 だが――尻尾は誰です?体液吸収って、と言わんばかりにシーンとしてる。あれさっきあんだけ盛り上がってなかった?なんか私吸えますよ!みたいな空気出してなかった?


 何かの間違いかもしれない、もう一度「体液吸収」何も起きない。


「……え?」


 一瞬の空白。

 その隙を、ゴブリンは逃さない。

 ドン、と。

 棍棒が、脇腹にめり込んだ。


「おげっ……!」


 ゲームだけに痛みの限界量は当然ある。でも……、


「痛えものは痛え!」


 思わず叫ぶ。それに加え衝撃。これが結構ちゃんとくる。

 バランスが崩れる。足がもつれる。胸元が揺れて、視界がぶれる。

 HPも結構削れる、ゴブリンは痛い反撃がないことをいいことに、追撃。もう一撃。

 俺は避けられない。何せあのチュートリアルからVitだけが生えたような存在。

 はっきり言って液体を啜る以外できないし、マジで弱い。


 ドン。グゲゲゲゲ、ゴブリンは完全に調子に乗っている。ドン。


「うわ、うわ、うわ!」


 押仕込まれる、HPが削れる、反撃できない。尻尾は動かない。スキルが発動しない。


「なんでだよ!」


 焦り、そして混乱する。けどHPはなまじ多いからあと数発は耐えられる。

 ふと――気づく。


「……液体じゃない、からか?」


 スライムは液体だった。ゴブリンは違う。

 つまり――


「今の俺、スライム専用機かよ!」


 ツッコミを入れた瞬間、さらに一撃。

 バチィィィンと痛い一撃が入る「いってえええ!」視界が弾ける。

 地面が近づく。ゴブリンは俺を見下ろし棍棒を振り上げグゲゲゲゲと言う。

 

「……あ、これ負けた」


 冷静な思考が、最後に顔を出した瞬間、ドスン、と言う音と共に視界が暗転した。


 ◇


 リスボン、街に一度も入っていないため、初期位置に復活する。

 ゴブリン戦――結果、惨敗。

 それも、見事なくらいの一方的な敗北だった。

 

「……はぁ……」


 レアルタの門前で俺は大きく息を吐く。

 身体は元通りだが、精神的なダメージがでかい。


「……弱いな、俺」


 ぽつりと呟く。エキストラスキルがあるからなんとかなる、なんてどっかで思っていたのかもしれない。


 スライムには勝てる。

 ゴブリンには勝てない。


「……厳しすぎるだろ」


 苦笑する。だけど、理解できた。無理はしない。

 落ち込んでいる暇はない。スライムにしか勝てないなら、スライムに勝ち続ける。

 やることは決まった。


「……できることを、やる」


 立ち上がり、草原を見るとそこにはスライムがいた。


「……行くか」


 ジュル、ジュル、ごくん。

 また、その音が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
馬鹿かオメェは(呆れ) 調子に乗ってるからそうなるんだよ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ