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大きな1歩

「かに、かに、かに、えび~♪」


 謎の歌が生まれるなど、そんなことを繰り返しているうちに、俺たちは嘆きの石窟のかなり奥まで進んでいた。マッピングクエストで指定されているエリアは、半分どころか大部分が埋まっている。手元の地図ウィンドウには、俺たちが歩いた通路が薄い線となって刻まれ、未踏破の黒い部分が少しずつ減っていた。


 途中で何度か休憩を挟み、ミーナのMPを回復させながら進む。海鮮ダンジョンの唯一の欠点は食後のドリンク不足が弱点である。

 次は、なにかしら飲み物を持ち込もうかな。


「リエラさん、レベル上がってますよ」


 ミーナに言われて、ステータスを確認する。


 リエラ、レベル20。

 ミーナ、レベル28。


「結構……上がったわね」

「なんか信じられないので、ありのままを感じることにしました」

「それがいいわ」 


 俺は思わず感心した。


 ダンジョンの適正としては4人パーティでレベル25前後~、しかもリンクを警戒しつつ1体ずつ相手にした場合であって、こうしてリンク上等、まとめて処理していると如実にミーナの伸びがすごく感じる。


 レベルの伸びもあるけどそんなことより、蟹やエビだ。


「次の分岐、右に行くエリアはまだ未踏破ですね」


 ミーナが地図を見ながら言う。

 彼女の声には、もう最初の頃の不安はほとんどない。むしろ、かなり楽しんでいる。火魔法の扱いも明らかに安定してきたし、俺との連携も滑らかになっている。


 ゴブリンダンジョン、そして嘆きの石窟でもかなり調子よく稼げているのが原因だろう、彼女にモンスターの攻撃が届いたことは、この数時間一度たりともない。つまりパーティを組んでから一度もないのだ。


 それが安心感につながっていると思うと俺も自然と笑顔にもなる。

 俺はミーナの楽しそうな横顔を見て、少しだけ嬉しくなった。

 ひとりでやっていた頃とは違う。

 今は、誰かと地図を見ながら次へ進める。きっと同じ思いだろう。


「じゃあ、右ね」


 俺たちは右に曲がり、嘆きの石窟のさらに奥へ進むと、空気の質が変わった。

 それまでの通路は、比較的狭く湿った岩と苔の匂いが中心だった。

 だが、その開けた場所だけは違った。


 広い。


 円形に近い空洞で、天井は高く、壁の苔もまばらだ。足元には乾いた岩が増え、水音も遠い。代わりに鼻へ届いたのは、獣の匂いだった。湿った毛皮、土を踏みしめた足跡、洞窟にこもった生温い息。そこだけ、空気が重い。


 そして、その中央に。

 クマがいた。いや、クマ系モンスター、と言うべきか。


 現実の熊より一回り大きく、背中には岩のような硬い突起がいくつも並んでいる。毛並みは黒褐色で、ところどころ苔のような緑が混じっていた。太い前脚、巨大な爪、低く垂れた頭。こちらに気づいているのに、すぐには動かない。まるで「来るなら来い」と言っているように、空洞の真ん中にどっしりと鎮座している。


「……これは、ジビエ!」


 思わず叫んでいた。

 隣でミーナが「第一声それですか!?」と悲鳴みたいなツッコミを入れる。


 いや仕方ないだろ。海鮮の次に熊だぞ。火を通したら絶対に何かしらの発見がある。いや、戦闘前に食味評価を始めるのはどうかと思うが、俺の体液吸収ライフにおいて味は死活問題なのだ。もはや成長効率だけでは語れない。食のQOLが冒険の継続性に直結する。


「中ボスっぽいですね……」


 ミーナが杖を構えながら言った。

 表示名は《ロックグリズリー》。

 名前の上に、通常モンスターよりも少し立派な枠がついている。ネームドほどではないが、明らかにそこらの雑魚とは扱いが違う。


 場所も分かりやすい。

 この空洞の奥には、さらに深部へ続く通路がある。その前に単体で配置された大きな敵。どう見ても門番だ。


「自信があるのか、そう配置されてるだけなのか……」


 俺は小さく笑った。単体、そして四肢、関節がある。体の奥がうずうずしている、スキル補助なのかなんなのか、つまり、試せる。俺は自分の手を見下ろした。


 ーーサブミッション。


 説明は簡素すぎるほど簡素だった。

 関節技。以上。スキル補助というもののありがたさは、投擲で十分に思い知っている。投げ方が分かる。姿勢が決まる。身体が、どう動けばいいのかを知っているようになる。


 それなら、体術は? サブミッションは? ちなみに当たり前だけど美少女になってしまう前の俺にも格闘技経験なんてない、でも、そんな中こう、スキル補助があると行ける気がするのだ。


「ミーナ、MPは?」

「大丈夫です。八割以上あります」

「よし」


 俺は一歩前に出た。

 ミーナが少し心配そうに俺を見る。


「ちょっとだけ、ひとりでやってみるわ」

「え、ええ!?」

「危なかったら、私ごと焼いて!」

「判断基準が雑!」


 ツッコミを背中で受けながら、俺はロックグリズリーへ向かって歩き出した。

 空洞の岩床は、ところどころ乾いてざらついていた。靴底が小石を踏むたび、かり、と硬い音がする。ロックグリズリーがゆっくりと頭を上げた。黄色い目が俺を捉える。低い唸り声が腹に響いた。


 正直、ダメージがないってわかってても、デカいモンスターが敵意をむき出してくるのは、実は普通に怖い。

 近づくと丸太のような前腕を広げ威嚇体制に入る。相手は4メートルくらいの、巨体で手を広げる。牙も爪もある。腕なんて、俺の胴体くらいありそうだ。あれで叩かれたら、ダメージはともかく絵面がひどい。美少女が熊にべちんとされる図は、見た目の精神ダメージが大きすぎる。


 だが、足は止まらなかった。

 体捌きが効いている。身体が軽い。

 胸の重心も、尻尾のバランスも、足裏の摩擦も、全部が前より扱いやすい。どこへ踏み込めばいいのか、どこを狙えばいいのか、ぼんやりとだが線が見える。


 ロックグリズリーが右腕を振り上げた。


「来る」


 大きな爪が、横薙ぎに迫る。

 俺は真正面から受けず、身体を斜めに滑らせた。爪の風圧が頬をかすめ、シスター服のヘッドドレスがふわりと揺れる。鼻先に獣臭が迫る。


 近い。だが、近いからこそ。

 俺はその太い腕に飛びついた。


「とった!」


 身体が勝手に沈み込む。

 腕の外側に自分の腕を絡め、肘の角度を取る。肩を押さえ、手首を捻る。理屈は分からない。けれど、動き方だけは分かる。スキル補助が、相手の力の流れをなぞるように俺の身体を動かしていた。


 そして――ゴギャッ。

 重い音が鳴った。


「?」


 俺は首を傾げた。

 ロックグリズリーのHPバーが、一気に削れた。


「?」


 後ろでミーナも同じように首を傾げていた。

 何が起きた?

 いや、関節技を決めた。たぶん。決めたんだと思う。でも、想像以上にダメージが入った。STR9の俺が殴っても刺しても1とか2なのに、サブミッション一発で目に見えて削れた。


「……え、なんで?」


 思わず呟いた瞬間、ロックグリズリーが悲鳴に近い咆哮を上げた。

 空洞の壁が震える。

 俺は反射的に腕から離れようとしたが、そこで身体がまた動いた。いや、離れるのではない。移る。

 ニュルン、と。

 自分でもびっくりするくらい滑らかに、俺の身体はロックグリズリーの腕から肩、背中側へと回り込んだ。


「っ……!?」


 まるでローションでも使っているみたいな――いや言い方。もっと上品に言え俺。ぬめるように、しなやかに、相手の毛皮と岩の突起の間をすり抜けていく。


 これ、スライムボディだ。軟体。


 俺の身体が、普通なら引っかかるはずの場所を、ぐにゃりと逃がしている。骨格がどうなっているのか考えたくないが、とにかく動ける。相手に密着したまま、信じられないくらい滑れる。


 俺は反対側の腕に絡みついた。


 ロックグリズリーが暴れる。岩のような突起が背中に当たるが、痛くはない。むしろ、柔らかい身体が衝撃を受け流す。


「と、とにかくもう一回!」


 腕を極める。

 ゴギャッ。またHPバーが削れた。


「??」


 俺とミーナの頭の上に、見えない疑問符が浮かんだ気がした。

 というか、今までの俺の攻撃手段の中で、明らかに一番まともに削れている。

 ロックグリズリーが苦しげに吠え、身体を起こそうとする。俺はその動きに合わせて、するりと足元へ落ちた。落ちたというより、滑り降りた。


 今なら分かる。関節を取る。

 力の向きを変える。

 相手の大きさを利用する。


「じゃあ、足も!」


 俺はロックグリズリーの後脚へ飛びついた。

 太い。めちゃくちゃ太い。

 普通なら、こんな巨体の足をどうにかしようなんて考えるだけ無駄だろう。だが、サブミッションの補助が入ると、狙う場所が見える。膝、足首、体重が乗る角度。


 俺は脚に絡みつき、四の字に固めるように身体を回した。


「こう、かしら!」


 ゴギャ。さらに体重をかける。みぢみぢ、ゴギャ。

 ロックグリズリーが悲痛な声を上げた。

 ミーナが後ろで「リエラさん、それ本当に体術ですか!?」と叫んでいる。

 俺も正直そう思う。


 体術というより、謎の軟体関節破壊術である。


 いや、破壊というほど生々しく考えるのはやめよう。ゲーム的な拘束ダメージだ。ログ的にもそういう扱いだ。うん、安全な表現。大事。


 ロックグリズリーのHPは、もう赤い領域に入っていた。

 そして、その瞬間。

 ぴくぴく。

 お尻のあたりがむず痒くなった。食いしん坊な尻尾が反応している。


「あ」


 俺は凍りついた。

 ロックグリズリーはまだ燃えていない。

 つまり、このままだと――生ジビエ。


「や、やばい!」


 味の未来が見えた。

 獣臭い、生の熊系モンスター体液を、嚥下回避不可で喉へ直送される未来。

 それはまずい。

 ステータス的にも、精神的にも、のどごし的にも。


「ミーナ!」


 俺はロックグリズリーの脚に絡みついたまま、必死に叫んだ。


「なんでもいいから燃やして!」

「あ、えっと!? はい、分かりました!」


 ミーナが即座に杖を構える。

 この信頼感。ありがたい。細かい理由を聞かずに燃やしてくれる相棒、最高である。


「ファイアーアロー!」


 赤い炎の矢が飛んだ。

 ロックグリズリーの胴体に着弾し、ぼっと火が広がる。毛皮の表面が赤く照らされ、香ばしい匂いが一気に空気へ混じった。


「よし!」


 尻尾がもう限界だと言わんばかりに震えている。

 俺は脚から離れ、ロックグリズリーの脇腹へ回り込む。


「体液吸収!」


 ハート型の尻尾が裂け、燃えた毛皮の隙間へ食らいついた。

 どくん。ごく。ごきゅ。喉に流れてくる感触が熱い。そして、濃い。

 海鮮とは全く違う。野性味がある。少し癖がある。だが火が通っているおかげで、不快な生臭さはだいぶ抑えられていた。噛みしめるような旨味、と言いたいところだが、実際には喉へ直接流れ込んでくるので噛んではいない。なのに、脳が勝手に「これは肉だ」と判断する。


 ジビエ。間違いなくジビエだ。


「……悪くない!」


 ロックグリズリーの巨体がゆっくりと力を失い、ポリゴン粒子へ変わっていく。最後に低い唸りが空洞に溶け、そして消えた。

 討伐ログが流れる。

 《ロックグリズリーを討伐しました》

 《エリート個体の撃破を確認》

 《STR+1 HP+20》


「……」


 俺は固まった。

 STR? STRだ。念願の。


「……ミーナ」

「はい?」

「ーーSTRが上がったわ」


 声が震えた。

 ミーナが一瞬きょとんとしたあと、ぱっと顔を明るくした。


「おめでとうございます!」

「STRよ! STR! やっと! やっとよ!」


 俺は思わず両手を上げた。


 シスター服のチェーンがしゃらしゃら鳴り、ツインテールが跳ねる。胸元も盛大に揺れるが、もう気にしない。これは祝うべき瞬間だ。


「ついにこの、リエラ様にも筋力が! STRが+1!」

「い、1ですか!?」

「一歩は一歩よ!」


 俺は胸を張った。

 たった1。されど1。

 ここまで頑なにVITとHPばかり押し付けられてきた俺にとって、その1はあまりにも大きい。

 ミーナが笑っている。空洞の奥には、さらに深部へ続く通路が口を開けている。


 ロックグリズリーが守っていた先だ。

 俺は尻尾を揺らしながら、その通路を見つめた。体術。サブミッション。

 ジビエ。そしてこの先、STRが上がるかもしれない可能性。


「……いいじゃない」


 自然と口元が緩む。

 新しいダンジョンは、まだまだ俺にいろいろなものをくれそうだった。

本日更新分は以上となります!また明日お会いしましょう、いいGWをおすごしください!

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