暴食の影、色欲の卵
「早速だけど、聞いてもいいですか?」
席に着くより先に、ミーナが静かに口を開いた。
声の調子そのものは穏やかだったが、その双眸は完全に仕事の時のものへ切り替わっている。
「あなたは、どこかの事務所に所属していますか? それともう1つ。エターナルファンタジアオンラインに登場する『暴食の黒姫グラティア』について、何か知っていますか?」
そこで一度言葉を切り、少女の表情を注意深く観察する。
「あなたが、グラティアの『モデル』になった方なのではないかと考えています」
モデル。
その言葉を聞いて、私は少し遅れて納得した。
そうか。
雰囲気が似ているからといって、目の前の少女とゲーム内のグラティアがそのまま同一人物である必要はない。
現実には現実の事情がある。
これだけ特徴的な容姿で、これだけ見事な食べっぷりをする少女なのだ。私達が彼女の存在へ気づくよりずっと以前に、エタファンの運営がどこかで見つけ、キャラクター造形の参考にしていた可能性だってある。
デザイン。
仕草。
モーション。
あるいは『暴食』というキャラクター性そのもの。
そう考えれば、ゲームの魔王が現実へ染み出してきたなんて話よりは遥かに現実的だった。
少なくとも、私の腰から本物の尻尾が生えるようになる前なら、迷わずそちらを信じていただろう。
少女はミーナの質問を聞き、楽しそうに何度か瞬きをした。
「私、今すごくお腹が減ってるの。先に食べてもいい?」
「え……あ、はい」
ミーナの勢いが、目に見えて止まった。
完全に毒気を抜かれている。
こちらは魔王だの、現実への侵食だのと散々身構えてやって来たというのに、返ってきたのはあまりにも素朴で切実な食欲だった。
私とミーナは顔を見合わせ、結局そのまま向かい側の席へ腰を下ろした。
せっかくカフェへ来たので店員さんを呼び、私は季節のフルーツパフェを注文する。ミーナも同じものを頼んだのだが、注文を聞いていた少女が私達の方へ視線を向けた。
何も言わない。
でも、その瞳は明らかに語っていた。
――それだけで足りるの?
私は無言のまま全力で頷いた。
足ります。
私達は一般人なので、それで十分なのだ。
どうか、あなたの胃袋を基準にこちらを心配しないでほしい。
それからしばらく、私達は少女の食事が終わるのを待つことになった。
相変わらず、食べ方だけは驚くほど綺麗だった。
銀のフォークを扱う指先にも、ナプキンで口元を押さえる仕草にも、紅茶のカップを傾ける動作にも妙な品がある。誰かに教え込まれたというより、そうすることが当然だと身体へ染み付いているような自然さだった。
にもかかわらず、胃へ収まっていく量だけが何もかもを台無しにしている。
パフェがなくなり、ケーキがなくなり、その後から追加された分厚いパンケーキまで綺麗に消えていく。
テーブルの端へ積み上がった皿は、店員さんが何度下げても少しすると元の高さへ戻っていた。
しかも店側もすっかり慣れているらしい。
「次はこちらですね」と何の疑問もなく皿を交換しているところを見ると、どうやら本当に常連なのだろう。
常連として認識されていい食事量なのかは、かなり疑問だった。
私は運ばれてきた自分のパフェを少しずつ口へ運びながら、改めて少女を観察した。
やはり、グラティアそのものではない。
顔の造形をひとつずつ比較すれば、むしろ別人と言ってもいいくらい違う。
第50階層にいた暴食の黒姫には、ただ立っているだけで空間そのものを圧迫するような異様な存在感があった。こちらを生き物ではなく食べ物として眺める漆黒の瞳には、底の見えない飢えが宿っていた。
目の前にいる少女には、そんな恐ろしさはない。
幸せそうにケーキを食べ、紅茶を味わい、店員さんが皿を下げれば律儀に小さく頭を下げている。
ずっと柔らかくて、ずっと人間らしい。
それなのに、時折見せる微笑みや、食べ物を眺める時の何とも満たされた表情だけが、嫌になるほどグラティアを思い出させた。
やがて最後の一皿まで綺麗に平らげると、少女はナプキンで丁寧に口元を押さえた。
「ご馳走様」
心底満足したように息を吐き、それからようやく私達へ身体を向ける。
「さっきの質問よね?」
「はい」
ミーナも即座に仕事の顔へ戻った。
少女は少し考えるように、店員さんが片づけていく皿の山を眺める。
「答えは、イエスでもあるし、ノーでもある……かな」
「どういう意味でしょうか?」
「私はグラティアのモデルではあるわ。でも、ただのモデルというわけでもない。それに、あなた達が塔で倒した『暴食の黒姫グラティア』そのものかと聞かれたら、それも違う」
「……分かるようで、全然分からないんだけど」
「でしょうね」
少女は悪びれる様子もなく笑った。
いきなり禅問答を投げつけられた気分だった。
「じゃあ、少し違う話をしましょうか」
少女はテーブルへ頬杖をつかず、背筋を綺麗に伸ばしたまま私を見る。
「ゲームの中では簡単なのに、現実ではできないことって、たくさんあるでしょう?」
「まあ……それは」
「空を飛ぶとか、大きな魔法を撃つとか?」
「そうね。でも逆もあるわ」
「逆?」
「現実なら当たり前にできるのに、ゲームでは『その操作はできません』って止められること」
言われて、私は少し考えた。
確かにいくらでもある。
見えている場所へ自由に登れないこともあるし、ただの椅子なのに座れないこともある。戦闘中だからという理由で使えないアイテムもあれば、見えない壁に阻まれて数歩先へ進めないことだってある。
世界がどれほど本物らしく作られていても、ゲームである限り、最後には必ずシステムの都合が存在する。
「それが、どうかしたの?」
「じゃあ、どうしてできないのかしら?」
少女が微笑む。
「ゲームだから?」
「……システムで、そう決められてるから」
「そうね」
あっさり肯定された。
「ゲームでは分かりやすいわ。レベルがあって、ステータスがあって、スキルがある。発動条件や射程距離、クールタイムだって決められている。どれだけ大きな力を持った存在でも、ゲームの中へ入れられた瞬間、その世界で扱える形へ直されるの」
少女は紅茶のカップを持ち上げ、ほんの少しだけ傾ける。
「例えば、本当は山を消せるほど強い存在がいたとしても、ゲームの中で『攻撃力1000、射程20メートル』と定義されれば、その存在はそこで攻撃力1000、射程20メートルのものになる。逆に、本来は弱い存在でも、システムから強い数字を与えられれば、その世界では強者になれる」
「ゲームという世界に入った時点で、システムのルールに従わされる……」
私が呟くと、少女は嬉しそうに目を細めた。
「そういうこと」
「だからグラティアも……?」
「塔の中のあの子も、当然そこからは逃れられないわ」
胸の奥がざわついた。
第50階層で聞いた声が蘇る。
『たった今、塔の『制限』が少しだけ解除されたみたい』
あの言葉。
グラティアは自分が縛られていることを、最初から知っていたのだ。
しかも、制限が僅かに緩んだだけで、彼女はそれまで使っていなかった異常な能力を次々と見せ始めた。
「じゃあ……現実なら、その制限がない?」
ミーナが慎重に尋ねる。
私は答えを聞く直前まで、きっと少女は頷くのだと思っていた。
けれど。
「どうして?」
返ってきたのは、逆にそんな問いだった。
「え?」
「どうして現実なら、制限がないと思うの?」
少女は不思議そうに首を傾げる。
私とミーナは言葉を失った。
「ゲームにはシステムがある。じゃあ、現実には?」
「……法律とか?」
「それもひとつね。肉体の限界、社会、お金、法律、人の目。生まれた場所や時間だって選べないし、眠らなければ身体は動かなくなる。お腹にも入る量の限界があるわ」
そこで少女は自分の前に残った大量の皿を見て、少しだけ考えた。
「まあ、私は最後のひとつだけ少し壊れてるみたいだけど」
「少し……?」
私は思わず、レシートの束へ視線を向けた。
「少しよ」
「あなたの少し、大食い大会基準じゃない?」
少女は楽しそうに笑った。
その笑顔が消えたのは、その直後だった。
「でも、それだけじゃないと思うの」
声がほんの少し低くなる。
「ゲームで何かができない時は、理由が見えるでしょう? 必要レベルが足りない。スキルを持っていない。条件を満たしていない。範囲外。クールタイム中。それなら、現実で『できない』ことを決めているものは、本当に肉体や法律だけなのかしら」
私は何も答えられなかった。
少女は答えを要求しているようには見えない。
むしろ、自分自身にも分からない問いを、私達の前へそっと置いているようだった。
「ゲームの世界にシステムという枠があるように、この現実にも私達からは見えていない『何か』があって、その中でできることと、できないことを決められているとしたら?」
「……世界そのものに、制限がある」
気づけば、私はそう口にしていた。
少女が嬉しそうに微笑んだ。
「ご明察」
背筋が冷えた。
それは、答えを教えられたからではない。
むしろ逆だった。
ゲームなら、システムと呼べばいい。
そこには運営がいて、プログラムがあり、数値としてルールを見ることもできる。
では、現実は。
もし本当に、この世界にも私達の知らない何かが存在していて、許される形や力や存在の仕方まで決めているのだとしたら。
それを、一体何と呼べばいいのだろう。
「現実の方が自由とは限らないってこと……?」
「少なくとも私は、そう思っているわ」
少女はそれ以上の答えを与えなかった。
「器が変われば、同じものでも在り方が変わる。ゲームに入ればゲームの形へ。現実に来れば、今度は現実で許される形へ。どちらが本物で、どちらが偽物という話でもないのよ」
「……許される、形」
嫌な言葉だった。
グラティアの姿が脳裏に浮かぶ。
魔王であるはずの彼女が、塔の最上階へ配置された攻略対象として名前とHPバーを与えられ、プレイヤーに倒される存在へ変えられていた。
「だからゲームなら、名前を伏せることもできる」
少女は続ける。
「記憶を削ることも、力へ条件を付けることも、強い存在を弱くすることも、逆に弱い存在を強くすることもできる。その世界の役割へ押し込んでしまえばいい」
ミーナの瞳が鋭くなる。
「……魔王を、『ボス』という役割へ押し込めることも?」
「そう」
少女は何でもないことのように頷いた。
「魔王を魔王のまま置いておく必要なんてないもの。システムにとって扱いやすい形が『攻略対象』なら、そういう形にしてしまえばいい」
その一言だけで、店内の空気が少し冷えたように感じた。
もちろん実際には何も変わっていない。
甘い焼き菓子の香りが漂い、隣のテーブルでは学生らしい2人組が楽しそうに笑っている。店員さんが新しい紅茶を運び、入口のベルが鳴るたびに誰かが入ってくる。
その平和な日常の中で、私達の席だけがどこか深いところへ沈んでいく。
「じゃあ、あなたは一体何なの?」
私はテーブルの下で指を握り、少女を見つめた。
「グラティアのモデルではある。でも、ただのモデルじゃない。塔にいたグラティア本人でもない。それなのに、ゲームのシステムや『制限』について知ってる。あなたは……何?」
少女はすぐには答えなかった。
少しだけ首を傾げ、自分自身を表すのに一番近い言葉を探しているように見えた。
「そうね」
やがて、静かに口を開く。
「今の言葉で説明するなら、私は現実側に残った『暴食の影』」
「……影?」
「あの『種』が発芽したもの、と言ってもいいわ」
息が止まりそうになった。
隣でミーナの手が僅かに動く。
あの黒い種。
リリスが壊れかけたオルゴールと一緒に誰かへ託し、私達の目の前へ現れた時には中身を失っていたもの。
≪発芽済み≫
その意味が、唐突に現実の質量を持って目の前へ現れた。
「あなたがあの種から……」
「種なんていっぱいあるわよ?」
少女は私の結論を柔らかく遮った。
「……え?」
「まぁでも、そうね、種から生まれたは正解よ。あと、今の私が『暴食の魔王グラティア』の全部を持っているわけじゃない。記憶も、力も、名前も、かなり欠けている。だから完全な本人だと言われても困るの」
少女は自分の胸元へ指を添える。
「器で、残り香で、逃げ道で……失敗作でもあって、成功例でもある。たぶん、今はそのくらい曖昧に考えておくのが一番正しいわ」
「もっと分からなくなったんだけど」
「でしょうね」
「楽しそうに言わないでよ」
少女はくすくすと笑った。
それから、ふと私の腰のあたりへ視線を向ける。
今は消えている尻尾を、それでも見透かしているような目だった。
「でも、あなた達なら少しは分かるでしょう?」
「何を?」
「ゲームの中のものが、ゲームの中だけに収まらなくなること」
その言葉に、笑うことができなくなった。
「その自然な尻尾、アクセサリーじゃないわよね? それから……」
少女の視線がゆらゆらゆれる私の尻尾からミーナへ移る。
「あなたも、以前とは少し違ってきているみたいね。何がどう変わったのかまでは、私にもよく分からないけれど」
ミーナの表情が僅かに強張った。
「……私も?」
「影響は人によって違うもの。ゲームで同じ攻撃を受けても、全員が同じ結果になるわけじゃないでしょう?」
それだけ言って、少女はそれ以上深追いしなかった。
「あなた達はもう、ゲームの中だけを見ていれば済む場所にはいない。それだけは確かよ」
「境界を越えた……という意味ですか?」
ミーナが尋ねる。
「越えたのか、最初から境界なんてなかったのか。それも私には分からないわ」
また、答えになっているようで答えになっていない。
けれど今回は、なぜか腹が立たなかった。
この子も全部を知っているわけではないのだ。
そう考えると、これまでの曖昧な言葉も少し違って聞こえる。
「あなたは、私達に何をしてほしいの?」
ミーナが尋ねた。
少女は少しだけ意外そうに瞬き、それから朗らかに微笑んだ。
「別に、何も? 人生を楽しめばいいんじゃない? ただ、今日は見ておきたかったの」
「何を?」
「私を食べた子が、どんな子なのか」
胸の奥で、何かが強く鳴った。
第50階層。
《捕食可能》という、あり得ないはずの表示。
最後まで笑っていたグラティア。
『初めての経験が、できて』
あの言葉が蘇る。
「……怒ってる?」
恐る恐る聞くと、少女は本気で意味が分からないという顔をした。
「怒る? どうして?」
「だって私、グラティアを食べたから」
「それは、あっちの私が望んだことでしょう?」
少女はあまりにも自然に言った。
「少なくとも、あのまま『勇者の影』に囚われているより、ずっとよかったと思うわ」
「勇者の……影?」
聞き返した瞬間、少女の目から僅かに笑みが消えた。
「そこから先は…………」
少女が言いかけたところで、店員がお皿を下げにやってきた。
少女はありがとう、とつぶやくと。私たちに向き合う。
「今日はやめておきましょう」
「なんで?」
「あなた達、現実なら安全だと思っているでしょう?」
今度はミーナが眉を寄せた。
「ここにはエタファンの運営も、ゲーム内の監視システムもありません」
「だからこそ、よ」
少女の声が静かになる。
「ゲームにはログがあるから、何が記録されているか分かる。でも現実は違う。人の耳も、店のカメラも、あなた達の端末も、ネットもある。誰が何を残して、誰がどこで拾うかなんて分からない」
ミーナの動きが止まった。
テーブルの下で使っていた端末へ、一瞬だけ視線を落とす。
「……それも、『現実の制限』?」
私が尋ねると、少女は僅かに笑った。
「そういうものも含めてね」
現実だから自由なのではない。
現実には、現実の枠がある。
しかもゲームのように、メニューを開けば規則が一覧で表示されるわけではない。
何に見られ、どこまで許され、どこから先へ進めないのかさえ、自分達では分からないことがある。
その見えなさこそが、システムよりずっと不気味だった。
「今日は、顔合わせくらいにしておきましょう」
少女はそう言って、満足そうに紅茶を飲み干した。
「待って」
私は思わず身を乗り出す。
「まだ何も分かってない」
「一度に分かりすぎても困るわよ」
「でも……!」
「あなたはもう《暴食》を持っているでしょう?」
その言葉で止められた。
少女は私の胸の奥を見通すように目を細める。
「力だけじゃない。知識も、記憶も、食べればあなたの中へ残る。たくさん食べることそのものが悪いとは言わないけれど、何でも一度に詰め込めば、味だって分からなくなるでしょう?」
あなたがそれを言うのか、と喉まで出かかったが、その言い回しが、妙に彼女らしかった。
「だから急がない方がいいわ。あなたは今、自分が思っている以上にたくさんのものを抱えているもの」
言われてみれば、まだひとつだって消化できていない。
少女は席を立ち、テーブルの端へ置かれていた会計票へ手を伸ばした。
とにかく長い、長いものが何枚も束になっている。
印字された合計金額については、見なかったことにしたい。
「次に会う時までに、少し考えておいて」
「……何を?」
少女は一度だけ足を止める。
「あなたが今いる世界で、何を『できる』と思っていて、何を『できない』と思っているのか」
「それって……」
「ゲームではシステムが決めてくれるでしょう?」
彼女は振り返り、柔らかく笑った。
「じゃあ、現実では誰が決めているのかしらね」
答えを教えてくれる気はないらしい。
ただ問いだけを残し、少女はレジへ向かって歩き始める。
私は追いかけられなかった。
隣のミーナも同じだった。
ゲームの世界にはシステムがある。
見えない壁も、レベル制限も、スキルの発動条件も、すべて誰かが作ったルールとして存在している。
けれど、現実は。
私の身体へゲームの尻尾が生えたにもかかわらず、この世界はそれを拒絶しなかった。
では、どこまでなら許されるのか。
何をした瞬間に、この世界の『制限』へ触れるのか。
考えたところで答えは出なかった。
「ああ、そうそう」
店を出る直前、少女が思い出したようにこちらを振り返った。
私は顔を上げる。
少女は少し考えた後、自分でもその響きを確かめるように口元へ笑みを浮かべた。
「私のことは、『ティア』でいいわ」
「……ティア……」
「ええ」
その名前を聞いた瞬間、あのオルゴールの記録が胸の奥で鮮明に蘇った。
『いざとなったら、ティアちゃんに助けてもらうし』
『ねえ……これ、ティアちゃんに渡してくれる?』
同じ名前。
「じゃあ、またね。色欲の卵さん」
最後だけ、初めて会った日のような悪戯っぽい笑みを浮かべる。
今度こそ少女――ティアは店の外へ消えていった。
扉についたアンティークなベルが、からん、と涼しげな音を立てる。
残されたテーブルには、私達がほとんど手を付けられなかったパフェと、すっかり温度を失った紅茶が残っていた。
「……ミーナ」
「はい」
「パフェの味、途中から全然分からなかった」
「奇遇ですね。私もです」
ミーナはそう答えながら、手元の端末を見つめる。
記録を続けるべきなのかさえ、今は少し迷っているようだった。
「でも……収穫はありました」
「ありすぎたよ」
私は溶けかけたパフェへスプーンを入れながら、深く息を吐いた。
ゲームと現実では、できることが違う。
それだけなら当たり前の話だった。
けれど、ティアが言いたかったのは、そんな単純なことではない。
ゲームには、システムという目に見える枠がある。
では現実には。
私達が世界のすべてだと思い込んでいるこの場所にも、ゲームのシステムより遥かに大きく、名前も姿も分からない『何か』が存在し、何が可能で何が不可能なのかを決めているのだとしたら。
私の尻尾は、その枠から外れたのか。
それとも逆に、この世界の何かに『許された』からこそ存在できているのか。
考えれば考えるほど、自分が立っている現実そのものが急に頼りなく感じられた。
暴食の塔を抜けたはずなのに。
気づけば私は、それよりもずっと巨大で、出口さえ見えない世界そのものの迷宮へ足を踏み入れていた。




