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ある日、TS金髪サキュバス系美少女になった俺はVRMMO世界を《捕食》スキルで無双する  作者: その他大勢の中で耳だけが大きくなった兎
暴食の塔編

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ログアウト

「それでは、次の日程については追ってメッセージで決めましょうか☆」


 ミルキーが空中に開いていた手帳型のウィンドウを閉じる。


 その声には、長い攻略を終えた充実感と、隠し切れない疲労がほどよく混ざっていた。


「次は石碑でも探しながら、もう少しまったり遊びましょう☆」


「さんせー!」


 ネネが元気よく片手を上げた。


「今度こそ平和なコンテンツがいいなぁ。景色が綺麗で、敵が弱くて、罠もなくて、終わった後に知らない魔王の記憶とか見せられないやつ」


「それ、完全にフラグじゃない?」


「立ててないって! 私はフラグ建築士じゃないからね!」


 ネネは笑いながらログアウトメニューを開いた。


 ほんの少し前まで、勇者だの魔王だの、発芽済みの黒い種だのと、この世界の根幹に触れていそうな話をしていたとは思えないほどいつもの調子だった。


 けれど、今はその軽さがありがたい。


 分からないことを全部今日中に理解しようとしても、どうせ無理なのだ。考え続ければ答えが出るという段階ではなく、私達には圧倒的に情報が足りていない。


 なら、一度休む。


 それだって立派な攻略の一部なのだろう。


 ミルキーも席を立つと、私達へ向き直って丁寧に頭を下げた。


「今日は本当にありがとうございました☆ お疲れ様でした☆」


「こちらこそありがとう。ミルキーもゆっくり休んでね」


「またねー!」


「はい☆ また遊びましょう☆」


 ログアウト処理が始まり、ミルキーとネネのアバターが淡い光へ包まれていく。


 輪郭が少しずつ透け、やがて無数の光の粒子となって作戦室の空気へ溶けるように消えていった。


 残されたのは、私とミーナだけだった。


 さっきまで4人で囲んでいた円卓には、空になったカップと食べかけのお菓子、それから古びたオルゴールだけが残っている。


「……私達も落ちよっか」


「はい。今日はもう十分です」


「十分どころか、1週間分くらいゲームした気分だよ……」


「私もです」


 私達は席を立ち、作戦室を後にした。


 地下訓練所へ続く静かな廊下を並んで歩く。行きに通った時と同じ場所のはずなのに、今はずいぶん遠くから帰ってきたような感覚があった。


 階段を上がってギルドハウスの大広間へ戻ると、クレアはいつもの定位置に立っていた。


 さっきの焼き菓子事件など最初から存在しなかったかのような、完璧なコンシェルジュの顔だ。


「クレアさん」


 私は通り過ぎる前に、ごく自然に声を掛けた。


「私達、今日はもうログアウトするね」


 クレアが一瞬だけ、きょとんと目を瞬かせる。


 そんな人間らしい反応がおかしくて、私は小さく笑った。


 考えてみれば、わざわざ告げる必要なんてない。


 ここはゲームで、私はプレイヤーだ。ログアウトボタンを押せば現実へ戻り、次にログインするまでこの世界から姿を消す。それだけのことなのだから、NPCへ「帰るね」と挨拶する意味など、ゲームシステム上は何ひとつない。


 それでも、今は黙って消えたくなかった。


 私達がいなくなった後、この大広間に残されたカップを片付け、乱れた椅子を元へ戻し、また次に私達が訪れた時には何事もなかったように迎えてくれるのはクレアだ。


 ゲームだからと考えれば、それも設定された処理に過ぎない。


 けれど、今日見てきたものを思い返すと、その一言ですべてを片づける気にはなれなかった。


 クレアはやがて、柔らかく微笑んだ。


「はい」


 そして、いつものように優雅に一礼する。


「行ってらっしゃいませ」


「……うん。行ってきます」


 おかしなやり取りだと思った。


 現実へ戻る私に、彼女は「さようなら」でも「おやすみなさい」でもなく、「行ってらっしゃい」と言った。


 まるで、私が必ずここへ帰ってくると知っているみたいに。


 その言葉が妙に心へ残ったまま、私はログアウトを選択した。


        ◇


 視界が白く染まった。


 身体を覆っていたアバターの感覚が遠ざかり、意識だけがふわりと浮かび上がる。ゲームの世界から切り離され、現実の身体へ感覚が戻ってくる、何度経験したか分からないログアウト特有の浮遊感だった。


 やがて背中へ柔らかなベッドの感触が戻り、私はゆっくり目を開いた。


 見慣れた天井。


 カーテンの隙間から差し込む夕方の光。


 私の部屋だ。


「……帰ってきた」


 VRヘッドセットを外し、ベッドの上で身体を起こす。


 そこで腰の辺りに覚えのある感覚を見つけても、今度は声を上げるほど驚かなかった。


 たぶん、心のどこかで予想していたのだと思う。


「……やっぱり」


 腰から、尻尾が伸びている。


 細く長く、先端がスペードのような形になった、ゲーム内のリエラと同じサキュバスの尻尾。


 以前にも一度だけ現実へ持ち出され、翌朝には何事もなかったように消えていたものだ。


 けれど、今回は少し違った。


 前に見た時よりもずっと自然に、私の身体へ馴染んでいる。


 根元を意識すれば、そこから先までちゃんと自分の身体として感覚が繋がっているのが分かる。異物がくっついているというより、ずっとそこにあったものを、今まで忘れていたと言われた方が納得できてしまいそうな感覚だった。


 それが何よりも怖かった。


 尻尾が、ゆらりと左右へ揺れる。


 私が意識して動かしたわけではない。


 胸の中にある戸惑いを読み取ったように、勝手に動いている。


「……ほんと、どうなってるのよ」


 ため息混じりの声が漏れた。


 もう、見間違いだとか、VRの感覚が残っているだけだとか、そんな言い訳で片づけられる段階ではない。


 ゲームの中にしか存在しないはずのものが、現実へ出てきている。


 それも、一度きりではなかった。


 私がグラティアを《捕食》し、『暴食』という新しい力まで取り込んだ直後に、また尻尾が現れた。


 偶然だと思うには、あまりにも出来すぎている。


「リエラさん?」


 少し離れたところからミーナの声がした。


 彼女もちょうどログアウトを終え、機材を外したところだった。


 こちらへ振り向いたミーナの視線が、私の顔から腰へ下がる。


 ぴたりと止まった。


「……また、出ましたね」


「うん」


 私はベッドから降り、尻尾を揺らしながら彼女の側まで歩いた。


 現実の部屋を歩くたび、尻尾も身体のバランスに合わせて自然に動く。そのことにいちいち驚かなくなり始めている自分も、少し嫌だった。


「ミーナ。お願いがあるの」


「はい」


 彼女の表情がすぐに真剣なものへ変わる。


「探してほしい人がいる」


「人、ですか?」


「この間、カフェで会った女の子」


 思い出す。


 小柄な身体。


 独特な服装。


 山のような甘いものを前にして、それを当然のように食べ続けていた少女。


 そして、私のことを見透かしたような、不思議な言葉を残した。


「覚えてる? 前に話した、カフェで会った変な子」


「ええ。リエラさんのことを『色欲さん』と呼んだ方ですね」


「うん、その子」


 ゲーム内でグラティアと向き合った時、私は反射的に『カフェで会いたかった』と口にしてしまった。


 見た目が同じだったわけではない。


 声が同じだったわけでもない。


 それなのに、何かが重なった。


 説明しろと言われても困るような、雰囲気や仕草の奥にあるもの。


「グラティアと同じ人だとは思ってない。でも……たぶん、無関係じゃない」


 私は自分でも確かめるように言葉を続ける。


「今までは、ちょっと不思議な子に会ったなってくらいだった。でも今日のことを知った後じゃ、さすがに放っておけない。もう一度会って、ちゃんと話してみたいの」


 ミーナはしばらく考えていた。


 やがて、小さく頷く。


「分かりました」


「探せそう?」


「確実に、とは言えません。でも、かなり特徴的な方ですから、手掛かりは探せると思います」


「本当?」


「はい。リエラさんが覚えている情報を整理して、まずは公開されている範囲から調べてみましょう」


 その答えを聞いた瞬間、胸の奥に張っていたものが少しだけ緩んだ。


「ありがとう、ミーナ」


「私も気になっていますから」


 ミーナはそう言って、安心させるように微笑む。


「ゲームの中だけで起きていることなら、まだゲームの中だけを調べればよかったんです。でも……」


 彼女の視線が、もう一度私の腰へ向いた。


「これがありますからね」


「……だよね」


 尻尾が、返事でもするように僅かに揺れた。


 その動きを見て、2人とも何とも言えない顔になる。


「本当に私の感情に反応するんだよね、これ」


「前回より動きが自然になっています」


「それ言わないで。私も気づいてたから」


 笑おうとしたけれど、少しだけ失敗した。


 すると、尻尾の先端が無意識のうちにミーナの方へ伸びていく。


「……あ」


 気づいた時には、先端が彼女の手の甲へ軽く触れていた。


 慌てて引こうとする。


「ご、ごめん。勝手に――」


「大丈夫です」


 ミーナは驚きながらも避けなかった。


 むしろ、暴れないように支える程度の優しい手つきで、尻尾の先端をそっと受け止める。


 触れられた場所から、掌の温度がはっきり伝わってきた。


「……感覚、あるんですね」


「ある。めちゃくちゃある」


「では、無理に触らない方がいいですか?」


「いや……今は平気」


 ゲーム内のアバターでは気にしたこともなかった感覚だった。


 現実の身体に生えている以上、そこにはちゃんと触覚がある。


 そんな当たり前ではない事実を、ミーナの手の温かさが否応なく教えてくる。


「これも、記録しておきますね」


「え?」


「出現した時間と、状態です。前回どのくらいで消えたかも含めて、今回は変化がないか確認しましょう」


「ああ、そっちの意味ね」


「他に何があるんですか?」


「いや、なんでもない」


 ミーナは不思議そうに首を傾げながら、尻尾からそっと手を離した。


 その仕草を見て、私は少し笑う。


 こういう時、隣にいるのがミーナでよかった。


 訳の分からない尻尾が現れても、大騒ぎするだけではなく、まず前回との違いを記録しようとしてくれる。怖いことを怖いままにせず、調べられる形へ変えてくれる。


「じゃあ、お願い」


「はい」


「カフェの子を探すのも、この尻尾のことも……」


「ふふ……任せてください」


 いつもの頼もしい返事だった。


 窓の外では、夕暮れが街をゆっくり茜色に染め始めている。


 ゲームの中では、暴食の塔を攻略した。


 グラティアを倒し、彼女が抱えていた遠い過去の一端にも触れた。


 普通のゲームなら、そこでクエストクリアだ。


 報酬を受け取り、ログアウトして、それで終わる。


 けれど私の腰では、ゲームの中にしか存在しないはずの尻尾が、夕日の中で静かに揺れている。


 終わってなどいなかった。


 むしろ、今まではゲームの中だけにあると思っていた謎が、とうとうこちら側へはっきりと足を踏み出したのだ。


 グラティアとどこか重なる、あのカフェの少女。


 暴食の塔で見つけた記憶。


 すでに発芽していた黒い種。


 そして、現実の私に再び現れた尻尾。


 それらがどこで繋がるのかは、まだ分からない。


 ただ、次に探すべき相手だけは決まった。


 私は夕暮れの街を窓越しに眺めながら、あの日カフェで出会った不思議な少女の笑顔を、もう一度思い浮かべていた。


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