代償、そして……。
「全員、盾持ちを完全に落とす!」
私の号令に、全員が一斉に動いた。
盾持ちのグラトニーブロスは、すでに膝と足首を何本もの骨杭で闘技場の床へ縫い止められ、自慢の大盾も先ほどの暴発で半壊している。あれだけ理不尽だった突進も砲撃も封じた今なら、ようやくまともに攻撃を通せる。
ここで仕留めきれなければ、もう一度立て直される。その前に落とすしかない。
「ネネ、右腕!」
「了解っ!」
「ミーナ、いける!?」
「大丈夫です!」
「トビー、追加で固定して!」
「へい! 杭ならまだまだありますぜ!」
トビーの号令を受け、ゴブリン隊が巨大なバリスタへ群がった。悲鳴のような掛け声と共に滑車を回し、残っていた骨杭を次々と装填していく。
追加の杭が膝と足首へ撃ち込まれ、ブロスの巨体をさらに床へ固定する。その間にネネが死角から右腕へ両手の短剣を重ね、ベルナデッタは真紅の大剣を振り抜いて、半壊していた盾そのものを完全に弾き飛ばした。
防御が開いた。
私は待っていた骨剣を一気に射出し、そのまま蹴りを加えて加速させる。
「はぁぁぁっ!」
刃が無防備になった胸元へ食い込んだ。
重いし、硬い。
それでも、さっきまでとは明らかに違う。鉄壁だった守りの形はすでに崩れ、厚い脂肪の奥には、システムが弱点として示す赤黒いエフェクトまで浮かび上がっている。
「ミーナ!」
「はい!」
返事と同時に、杖先へ鋭い炎が収束した。
「――焦熱よ、一点に収束し穿て!」
一切の揺らぎなく、炎が細く絞られていく。
「《シェイプト・フレア》!」
圧縮された灼熱の光が、私の骨剣がこじ開けたのとまったく同じ場所へ突き刺さった。
ブロスの巨体が大きく揺れる。
そこへ、ネネが待っていましたとばかりに背中側から駆け上がった。
「これで、終わり!」
両手の短剣が、すでに崩れていた一点へ最後の連撃を重ねる。
私達がここまで積み上げた攻撃が、一箇所へ集中した。
盾持ちブロスが大きな咆哮を上げ、とうとう巨体を支えきれなくなる。半壊していた大盾の残骸が床へ落ち、その身体も大きく前へ崩れた。
やがて輪郭が淡い光へ変わり、巨大な身体がサラサラと粒子になって消えていく。
≪グラトニーブロス・シールド討伐≫
赤いシステムメッセージが虚空へ浮かんだ。
これで2体目。
本来なら第50階層の最終守護者として立ちはだかるはずだったグラトニーブロスを、ようやく両方とも倒し切った。
「……やった」
ネネの口から、安堵の息と一緒に小さな声が漏れる。
けれど、それが歓声に変わることはなかった。
まだ、グラティアがいる。
彼女は消えていくシールドの光を、日傘を閉じたまま静かに眺めていた。真紅のドレスも、豪奢な金髪も、先ほどまでと何も変わっていない。
ただ、その小柄な身体の周囲からだけ、黒い靄のようなものが細く立ち上り始めていた。
「……何、あれ」
怒っているのだろうか。
そう思ったが、すぐに違うと感じた。
あれはもっと単純で、もっと根源的なものだ。
食欲。
どれだけ食べても満たされない、暴食という名前そのものを形にしたような空腹。
それまで優雅なお嬢様の姿の奥へ隠していた何かが、ブロスを2体とも失ったことで、ほんの少しだけ表へ滲み出している。
「……初めて見る挙動です☆」
ミルキーが、わずかに息を乱しながら呟いた。
その一言で、せっかくブロスを倒したばかりの戦場へ、再び緊張が走る。
手駒を失ったことに反応したのか。
自分が作った盤面を崩されたことが気に食わないのか。
それとも、ここまで抵抗した私達を、ようやく本当の意味で『食事』として認識したのか。
判断する材料はない。
グラティアはゆっくりと顔を上げ、漆黒の瞳をこちらへ向けた。
「お腹空いたわ……」
鈴のような声そのものは変わらない。
けれど、さっきまでのお遊びめいた甘さが薄れ、もっと低いところから響いてくるような声になっていた。
「ねえ」
その一言を聞いた瞬間、嫌な予感が全身を走った。
「ミルキー、構えて!」
反射的に叫ぶ。
けれど、次の瞬間には自分の判断が間違っていたことに気づいた。
狙いはミルキーではない。
そう理解した時には、もう遅かった。
一瞬だけ視界が揺れた。
--ぞふっ……。
空間が削れるようなそんな音がした。
「……え?」
……くすくす。
そこに居たのは豪奢な金髪を揺らし、まるで踊るようにたたずむ、あの暴食の姫。
さっきまでミーナが立っていた場所に、グラティアがいる。
どうやって移動したのかが、まったく見えなかった。
歩いたようにも、跳んだようにも見えない。距離を詰める過程そのものが抜け落ちて、気づけば最初からそこにいたかのように位置だけが入れ替わっている。
そして、そのすぐ隣では。
ミーナのアバターが、大量の光の粒子へ変わり始めていた。
「ミーナ……?」
視界の端にあるパーティリストを見る。
HPはゼロ。
回復を挟む余地すらなかったらしい。
ミーナが握っていた杖が床へ落ち、その横には、まだ飲み終えたばかりのMP回復薬の瓶まで転がっていた。
ほんの少し前まで、そこにいた。
魔法を撃ってくれた。
まだ戦えると、MPがほとんど残っていない状態でも杖を握ってくれていた。
《コンバート》という最後の切り札を、グラティア本人へ使うために残したいとまで言っていた。
なのに今は、パーティリストの名前だけが灰色へ変わっている。
「ミーナ!」
私は反射的に駆け出しかけた。
けれど、粒子になったアバターへ手を伸ばしたところで何もできない。ここはゲームで、HPがゼロになったプレイヤーは戦線から脱落する。それだけのことだ。
分かっている。
分かっているのに、頭が追いつかない。
後衛であるミーナは、本来なら私達が前で守り、その後ろから最大火力を叩き込む役だった。
私が前へ出る。
ミルキーが攻撃を受ける。
ネネが敵の陣形を崩す。
そうして作った隙を、最後にミーナが炎で焼き切る。
ここまで何度もそうやって戦ってきた。
ところがグラティアには、その前提そのものが通じない。
ヘイトも、前衛も、後衛も関係ない。
狙いたい相手へ、こちらが反応するより先に届く。
ミルキーがあれだけ必死に受け流していた攻撃を、耐久力の低いミーナがまともに受けられるはずがなかった。
そんなことは分かっていたはずなのに。
こいつが私達の常識から外れた存在だということだって、嫌というほど見せつけられていたのに。
それでも、守れなかった。
「やっぱり」
グラティアが、何事もなかったように口元へ白いレースのハンカチを当てた。
その仕草だけは相変わらず上品で、まるで高級な食事の後に口元を整えているようにしか見えない。
「魔導士の味は、少し軽すぎるわね」
豪奢な金髪を指で払い、グラティアが小さく笑う。
「お菓子みたいで、物足りないわ」
その言葉を聞いた瞬間だった。
胸の奥に溜まり続けていた感情が、一気に限界を越えた。
ここまでずっと、どこかで冷静に攻略法を探そうとしていた。
硬質化の仕組みを考え、ブロスの行動を観察し、誰をどこへ配置すれば勝ち筋を作れるのかを必死に考え続けていた。
けれど、その思考を押し流すように、どうしようもない怒りが一気にせり上がってきた。
明日から2話更新です。




