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ある日、TS金髪サキュバス系美少女になった俺はVRMMO世界を《捕食》スキルで無双する  作者: その他大勢の中で耳だけが大きくなった兎
暴食の塔編

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暴食の権限

「私はね」


 グラティアが、ようやく私の方へ顔を向けた。


 ただ、こちらを見たという表現は少し違う気がする。まるでショーケースの中へ並べられた商品を品定めするように、頭の先から足元までをゆっくりと眺め、私という存在にどれだけの価値があるのかを測っているような視線だった。


「勇敢で、勇猛で、野蛮な人にしか興味がないの」


 声はとろけるように甘い。けれど、その奥底にあるものは正反対で、こちらを同じ生き物として扱う気など最初からないような冷たさがあった。


「あなたは……」


 グラティアの漆黒の瞳が、改めて私の姿をなぞる。


 頭の角、背中から伸びる尻尾、周囲に浮かべた骨剣、それからサキュバスとして作ったこの身体。ひとつひとつを確かめるように視線が移動し、最後に私の顔へ辿り着いたところで、グラティアの目がほんのわずかに細くなった。


「あら?」


 その反応に、今度はこちらの身体が強張った。


「あなた……」


 グラティアが豪奢な金髪を揺らし、小さく首を傾げる。


 人形のように可愛らしい仕草だった。なのに、私は理由も分からないまま嫌な汗が背中を伝うのを感じていた。


 何がまずいのかは分からない。


 けれど、ゲーマーとして長いこと培ってきた、理屈より先に危険を察知する感覚だけが、これ以上この会話を続けさせるなと警鐘を鳴らしている。


 そして私は、その妙な沈黙に耐えきれなくなったように口を開いていた。


「……あなたとは、こんなところじゃなくて、カフェで会いたかったわ」


 言った直後、自分でも意味が分からなかった。


 胸の奥だけが、どくん、と妙に大きく跳ねる。


 なぜ、そんな言葉が出たのだろう。


 目の前のグラティアと、現実で会ったあの少女は見た目からして違う。それでも、ゴシックな服装で、信じられない量の甘い物を平然と食べ続け、こちらを値踏みするような漆黒の瞳で眺めていたあの子と、真紅のドレスを纏う暴食の姫には、どこか説明のつかない似た空気があった。


「カフェ?」


 今度はグラティアの方が、私の言葉を鸚鵡返しに繰り返した。


 先ほどまでと同じ甘い声音なのに、わずかに響きが変わっている。こちらの反応を面白がり、何かを確かめようとしているような、底意地の悪い色が混じっていた。


 私はそれ以上言葉を続けられなかった。


 脳裏に浮かぶのは、現実世界のカフェで積み上がっていたパフェの山と、その向こう側からこちらを見ていた少女の瞳だ。


「カフェ……」


 グラティアは確かめるように、もう1度その単語を口にした。


「知らない言葉だわ」


 知らない。


 その答えに少しだけ安堵したはずなのに、なぜか胸の奥に残った違和感は消えてくれなかった。


「けど……そうね」


 グラティアの小さな赤い唇が、ゆっくりと楽しげに吊り上がる。


「気が変わったわ」


 手にしていた日傘の石突きが、赤い絨毯の上へ軽く触れた。


 こつん、と。


 本当に、それだけの小さな音だった。


 なのに次の瞬間、第50階層の広間全体が大きく揺れた。


「なっ……!?」


 足元の絨毯が波打ち、その下にある石床から低い振動が伝わってくる。


 グラティアはそんな私達の反応など気にも留めず、まるで飼い慣らした動物でも呼ぶような甘い声で囁いた。


「ブロス」


 そして、続ける。


「おいで」


 直後、赤い絨毯の左右へ巨大な影が落ちた。


 グラティアの背後にある空間そのものが、熱で揺らいだ景色のようにぐにゃりと歪む。ティーテーブルの左右に広がっていた闇が大きく口を開き、その奥から何か巨大なものがゆっくりと姿を現した。


 2体。


 どちらも、グラティアとは比較にもならないほどの巨体だった。


 片方は、巨大な肉切り包丁を肩へ担いでいる。


 もう片方が持つのは、縁へ鋸歯のような突起が並んだ分厚い大盾。


 大きく膨れた腹と丸太のように太い腕、首元には拘束具を思わせる重い鎖が巻かれている。顔も体格もよく似ていて、武器だけが左右対称に違う、巨大な双子の魔物だった。


 そして、その頭上へ見覚えのある名前が表示される。


≪グラトニーブロス≫


「……本来の、第50階層ボスです」


 ミルキーの声が、今度こそ完全に固まった。


「本来の?」


「はい☆ 本当なら、第50階層では私達があの2体と戦って、それで終わりのはずなんです☆ 少なくとも私が知る限り、自動生成された第50階層で《グラトニーブロス》以外が最終守護者になった記録はありません☆」


 つまり。


 本来なら、この塔の最後に待ち構えているはずだった正規のボス。


 それをグラティアは、たった一言の「おいで」で呼び出した。


 しかも、召喚モンスターを呼び出したというより、自分の部屋のどこかで待っていたペットを連れてきたくらいの気軽さで。


「ふふっ」


 グラティアが、たまらなく楽しそうに笑った。


「この子達と、少し遊んであげて?」


 2体のグラトニーブロスが、ほとんど同時に大きな咆哮を上げる。


 低い音が広間中へ響き、空気そのものが震えた。単なる演出ではないらしく、身体へ重く圧し掛かるような圧力があり、エルーサが展開していた回復光まで大きく揺らぐ。前に出していた骨兵の何体かも、その場で姿勢を崩した。


「……パズルが」


 私は思わず、小さく呟いていた。


「繋がってきた……?」


 頭の中で、ここまで暴食の塔で経験してきたことが次々と浮かぶ。


 第20階層では、リトグラが私達の戦力や戦い方を観察していた。


 第30階層のオルグラン戦では、それまで築いてきた連携や信頼関係そのものを崩すような戦いを要求された。


 第40階層のメタルグラトニーは、硬質化した身体で物理を弾き、魔法を取り込んではこちらへ返してきた。


 そして今、第50階層に現れたグラティアは、その硬質化とよく似た力をさらに精密に扱い、本来ここへ配置されているはずのグラトニーブロスすら自分の配下のように呼び出している。


 偶然出現したレアボス。


 そう考えるには、あまりにもこの塔との距離が近すぎる。


 いや、むしろ逆だ。


 グラティアが塔のシステムへ入り込んでいるのではなく、最初から彼女の方がこの塔の仕組みに深く関わっているのではないか。


 何より、彼女は最初からミルキーという1人のプレイヤーを見ているわけではない。その勇敢さや勇猛さ、退かない戦い方の向こう側へ、明らかに別の野蛮な誰かを重ねている。さっきノイズに塗り潰されて聞き取れなかった、「親愛なる」とまで呼んだあの名前も、おそらくはその相手のものなのだ。


 そこまで考えた時、頭の中へひとつの言葉が浮かんだ。


「……魔王……?」


 もちろん、確証なんてない。

 そもそもエタファンには魔王という設定自体がいくつもあり、何をもって本物と呼ぶのかすら分からない。


 それでも、目の前にいるグラティアが単なるネームドキャラクターや、低確率で出現した特殊個体ではないことだけは確かだった。


 七つの大罪。


 その中の『暴食』という概念に、限りなく近い位置にいる何か。


 そして、かつての勇者に対して、尋常ではない感情を抱いている存在。


 だからこそグラティアは、トッププレイヤーとして盾を構え、どれだけ強い攻撃を受けても決して退かないミルキーの姿に、かつて自分が知っていた『勇者』を重ねているのかもしれない。


 そこまで考えたところで、巨大な影が動いた。


「まずい!」


 肉切り包丁を持ったブロスが武器を大きく振り上げる。


 もう1体は鋸歯のついた大盾を正面へ突き出し、重戦車のように低く構えた。


 その後ろでは、グラティアが日傘を肩へ乗せたまま、くすくすと笑っている。


 自分から戦う必要すらない。


 まずは配下に遊ばせ、それでも残った者だけを自分が相手にする。


 そんな圧倒的な余裕すら感じさせる立ち姿だった。


「来るよ!」


 私が叫ぶ。


 直後、盾持ちのブロスが石床を削りながら猛烈な勢いで突っ込んできた。


 ただ速いだけではない。


 第41階層で戦ったイノシシの突進、第42階層で見たオークの圧力、さらに兵隊系モンスターが使ってきた連携。それまでの階層で経験した要素を、さらに高いステータスと巨体で無理やり叩きつけてくるような攻撃だった。


「ミルキー!」


 私はありったけの骨兵を前へ出し、少しでも進路を塞ごうとする。


 けれど、それだけでは足りない。


 グラティアの視線はまだミルキーへ向けられていて、2体のブロスまで、その意思を共有しているかのようにミルキーを優先して狙っている。


 普通のヘイト処理とは明らかに違う。


 パーティの盾役を集中して潰し、その瞬間に陣形全体を崩すつもりなのだ。


「ミルキー、しばらく耐えて!」


「任されました☆」


 ミルキーは右手の大盾を構え、自分から真正面へ1歩踏み出した。


 グラティアの名前を見た時には明らかに動揺していた。


 聞いていない。


 あり得ない。


 そんな恐怖があったはずなのに、戦闘が始まった瞬間にはもう、歴戦の盾役の顔へ戻っている。


 怖くても前へ出る。


 仲間の前に立ち、1歩も退かず盾を構える。


 それが羽衛ミルキーというプレイヤーなのだろう。


「ネネ、ブロスを削って意識を分散させて!」


「了解っ!」


「ミーナ、もう1体の足を止めて!」


「はい!」


「エルーサはミルキー最優先! MPは惜しまなくていい!」


「承知いたしました、リエラ様!」


 矢継ぎ早に指示を飛ばす。


 グラティアの正体も、聞こえなかった名前も、現実で会った少女との妙な共通点も、全部気になる。


 でも、今考えることじゃない。


 目の前の攻撃を捌き切れなければ、その答えを確かめるところまで辿り着けない。


 お腹いっぱいになるどころか胸焼けするほどの暴力を味わわせる。


 グラティアがそう言ったのなら、まずはその暴力を全部受け切って、攻略法を見つけてやる。


 盾持ちのブロスが、ミルキーへ真正面からぶつかった。


 轟音と火花が広がり、大盾を構えたミルキーの身体が大きく沈む。


「ぐっ……ぅぅ……!」


 それでも止まった。


 巨大なブロスの突進を、ミルキーが右手の大盾ひとつで受け止めている。


 けれど、息をつく暇はない。


 横から肉切り包丁を持ったもう1体が踏み込み、その巨大な刃をミルキーへ向けて振り下ろそうとしていた。


「させないっ!」


 私は骨剣を全力で蹴り飛ばす。


 飛んだ刃が肉切り包丁へ横からぶつかり、その軌道をわずかに逸らした。


 ほんの少し。


 でも、その一瞬で十分だった。


「リエラ様の敵ならば、我が剣で阻みます!」


 ベルナデッタが割り込み、大剣を真正面から打ち合わせる。


 重量差は明らかだった。


 力に優れたベルナデッタですら、巨体との押し合いでは徐々に後ろへ追いやられていく。


 その力比べへ横から飛び込んだのが、ネネだった。


「まずは足から!」


 両手の短剣がブロスの足元へ走る。


 けれど、浅い。


「うわ、めちゃくちゃ硬っ!」


 肉そのものが分厚すぎるのだ。


 単なる太った魔物ではなく、巨大な身体を覆う脂肪そのものが防御層として機能し、ネネの斬撃を受け止めている。


「では、同じ場所へ重ねます」


 後方でミーナが杖を向けた。


「《フレア・ピアス》!」


 細く収束した炎が、ネネの攻撃した位置へ正確に重なる。


 表面へ熱が走り、ブロスの動きが一瞬だけ鈍った。


「今だっ!」


 私はすかさず床へ魔力を流す。


「《ネクロ・バインド》!」


 影から伸びた無数の腕が、ブロスの太い足へ絡みつく。


 当然、それだけであの巨体を完全に止められるわけではない。何本かは強引な動きに耐えられず振りほどかれていく。


 それでも、ほんの少し重心を崩せればいい。


「はぁぁっ!」


 そのタイミングに合わせ、ミルキーが大盾を押し返した。


 盾持ちブロスの巨体が、わずかに後ろへ揺れる。


「このまま押し切ります☆」


「ミルキー、無茶しすぎないで!」


「無茶をしなければ、ここは持ちません☆」


 返事だけはいつもの丁寧な口調なのに、声には明らかな余裕がない。


 それでも退かないミルキーを見て、グラティアの表情が変わった。


 金色の髪を揺らし、漆黒の瞳を細める。


 嬉しそうに。


 本当に、待ち望んでいたものをようやく見つけたように。


「そう」


 グラティアが、うっとりと囁く。


「そうよ。そういう必死な顔が、見たかったの」


 甘い声だった。


 けれど、その甘さの中にある執着が、どうしようもなく気持ち悪い。


 グラティアが見ているのはミルキーだ。


 でも、ミルキーという1人の人間を見ているわけではない。


 彼女が盾を構え、仲間のために退かずに立ち続ける姿を通して、そこへ別の誰かを重ねている。


 おそらくは、勇者。


 そう考えた瞬間、腹の奥で苛立ちがさらに大きくなる。


「グラティア!」


 私は怒鳴った。


「あなたの相手は、こっちよ!」


 日傘を肩へ乗せたまま、グラティアがちらりとこちらを向く。


 今度はさっきのような値踏みではない。


 ようやく『私』という存在を、多少なりとも戦場の中へ認識した目だった。


「あら」


 グラティアが意地悪そうに微笑む。


「もしかして、嫉妬かしら?」


「違うわよ!」


 私は床を蹴り、そのまま一直線にグラティアへ向かった。


 2体のブロスだけでも十分に厄介なのに、その背後で塔そのものへ干渉できるらしいグラティアを自由にさせておくのは危険すぎる。


 何より、このままミルキーへ攻撃を集中され続ければ、どれだけ優秀な盾役でもいつか限界が来る。


 なら、一番頑丈な私がグラティアの相手を引き受ける。


 グラティアが日傘をふわりと開いた。


 美しい黒いレースの向こう側を、冷たい銀色の光が一瞬だけ走る。


 また硬質化。


 ただし、もう何も分からない状態ではない。


 グラティアは攻撃を受ける直前に、必要な場所だけを硬くして弾いている。


 だったら、どこを守るべきなのかを一度に絞らせなければいい。


「《ネクロマンス》! 《コールゴブリン》!」


 周囲へ骨兵とゴブリン隊を一気に展開する。


「行け、野郎ども!」


 合図と同時に、複数方向から攻撃を走らせた。


 正面から骨剣。


 左右から骨兵の槍。


 さらに背後からトビー・トミーが小さな投擲武器を放つ。


 全部をほぼ同時に重ねる。


 グラティアは細い指先を、まるでピアノでも弾くように優雅に動かした。


 カン、コン、と軽い金属音が連続する。


 結局、全部弾かれた。


 でも、それでいい。


 防ぐために指を動かさせる。


 日傘を使わせる。


 少なくとも、ミルキーだけを見続けていたその視線を、私達の攻撃へ向けさせる。


「ミルキー!」


 私は攻撃を止めないまま叫ぶ。


「そっちは全部任せたよ!」


「はい☆」


 ミルキーも大盾をさらに低く構え直す。


 今度は正面から全部受け止めるためではない。


 相手の力を流し、逃がし、ネネ達が攻撃を差し込める一瞬の隙を作るための構えだ。


 その死地へ飛び込みながら、ネネが楽しそうに笑った。


「いいねぇ、最高にヒリヒリする混戦!」


「ネネ、笑ってる場合じゃないでしょ!」


「こんな状況、笑ってないとやってられないんだよ!」


 ネネはブロスの太い腕を足場にして身体を跳ね上げ、そのまま背中側へ回り込む。


 ミーナの炎が足元を走り、エルーサの回復光が前線のミルキーを絶えず支える。ベルナデッタは大剣で肉切り包丁を押し返し、トビー・トミー率いるゴブリン達も骨兵の間を縫って援護へ回る。


 2体のグラトニーブロスが放つ重い咆哮。


 武器と盾がぶつかる音。


 魔法が弾ける光。


 そして、そのすべてを眺めながら響くグラティアの楽しげな笑い声。


 第50階層で私達が相手にすることになったのは、本来の最終守護者であるグラトニーブロスだけではなかった。


 それらを当然のように従え、塔の仕組みにまで手を伸ばしている暴食の黒姫グラティア。


 どう考えても、まともなボス戦ではない。


 それでも攻略する。


 今までだって、最初は意味が分からない相手ばかりだった。観察して、試して、失敗して、それでも少しずつ仕組みを理解して突破してきた。


 今回も同じだ。


 グラティアがどれだけ規格外でも、まずは目の前で使っている力を1つずつ剥がしていけばいい。


 私は銀色に光るグラティアの指先を睨みながら、弾かれて戻ってきた骨剣をもう1度、自分の側へ引き寄せた。


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