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ある日、TS金髪サキュバス系美少女になった俺はVRMMO世界を《捕食》スキルで無双する  作者: その他大勢の中で耳だけが大きくなった兎
暴食の塔編

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50層・暴食の塔

 最後の階段を上り切り、私達はついに暴食の塔、第50階層へと足を踏み入れた。


 ここまで来れば、またあの豪奢で騒がしい晩餐会場が待っているものだと、どこかで勝手に思い込んでいたのだと思う。けれど、実際に目の前へ広がっていた光景は、それまでの階層とはまるで違っていた。天井は高く、重厚な赤い絨毯が広間の奥まで真っ直ぐに伸びているものの、料理も魔物も見当たらず、耳が痛くなるほど静まり返っている。


 その赤い絨毯の突き当たりには、小さなティーテーブルが1つだけぽつんと置かれていた。


 そして、その傍らに誰かがいる。


 小柄な少女だった。真紅のドレスに白いフリル、幾重にも波打つ豪奢な金髪。全体のシルエットだけを見れば、どこかで見た覚えがある気がして、私は反射的にその名前を口にしていた。


「……リトグラ?」


 けれど、少女は答えない。


 代わりに、まるで舞台の幕が上がるのを待っていた役者のように、ゆっくりと椅子から立ち上がった。真紅のロングスカートの裾を上品につまみ、身体をわずかに傾けて優雅に一礼する。その仕草だけを見れば、由緒正しい家で育った貴族のお嬢様と言われても信じてしまいそうなほど洗練されていた。


 ただし、その小さな身体から滲み出しているものだけは、どう考えても上品さとはかけ離れている。


 悪意、と呼ぶのが一番近いのだろうか。敵意や殺気のように分かりやすくこちらへ向けられているものではなく、もっと静かで、もっと底が見えない。こちらを最初から同じ生き物として扱っていないような感覚だけが、彼女の全身から薄く広がっている。


 そこでようやく、私は自分の勘違いにも気づいた。


 小柄な体格やドレスの雰囲気は確かにリトグラを思わせる。けれど、髪はまるで違う。目の前の少女が持つのは、光を受けるたびに眩しいほど輝く、華やかな金髪だった。


 その瞬間、私達の視界へシステムメッセージが静かに浮かび上がる。


≪暴食の塔・第50階層≫


≪第50階層守護者:暴食の黒姫グラティア≫


「……え?」


 隣でミルキーの声が止まった。


 ほんの少し前まで、第41階層から続いた高難易度の連戦を楽しむほど攻略者として高揚していたはずなのに、その空気が一瞬で消える。彼女は表示された名前を見たまま固まり、やがて信じられないものを見たように小さく息を呑んだ。


「そんな……嘘……☆」


 その声には、隠しきれない動揺が混じっていた。


「聞いてないです……☆」


「あはは……私も経験ないねぇ。塔にネームドキャラクターが出てくるなんて、ずいぶんなサプライズ……」


 ネネも笑ってはいるが、その声は明らかに引きつっている。


「ネームドって……そんなにまずいの?」


 私が聞き返すと、ミルキーはグラティアから視線を外さないまま答えた。


「制限のない通常プレイなら、ネームドとの遭遇そのものはまだ分かります☆ ですが、ここはレベル70制限を強制される塔の内部です☆ その最深部に、通常の攻略ルートには存在しないネームドが配置されるなんて……少なくとも、私は聞いたことがありません☆」


 ミルキーはそこで一度言葉を切り、乾いた喉を鳴らす。


「本来、第50階層には《グラトニーブロス》という兄弟型のボスが配置されます☆ 塔にはある程度の自動生成や適応機能がありますが、それでも最深部の守護者そのものが別のネームドへ置き換わった例なんて、私の知る限り1度もありません☆」


「そ、そうなの……?」


 嫌な話を聞いてしまった。


 思わず隣のミーナを見ると、彼女もまた、これまで見たことがないほど険しい顔をしていた。額には薄く汗が滲み、愛用の杖を握る指にも強い力が入っている。


「ここまで辿り着くこと自体が、全プレイヤーの中でも稀です」


 ミーナは状況を冷静に整理するように、低い声で言った。


「その稀な到達者の中で、さらに通常とは異なる特殊個体を引いてしまった。今の私達の状況を説明するなら、おそらくそういうことになります」


「……リエラさん☆」


 ミルキーがようやくこちらを向き、ひどく引きつった笑みを浮かべた。


「私達、ガチャの引きが良すぎますね☆」


「え、ええ……」


 こんなところで強運を発揮しなくてもいい。


 私は気を取り直すように、自分の周囲へ浮かせていた骨剣を近くへ引き寄せた。それから改めて、目の前にいる少女――暴食の黒姫グラティアへと視線を戻す。


 不思議だった。


 怖くないわけではない。むしろ、相手が普通ではないことくらい、ミルキーの説明を聞くまでもなく分かる。それなのに、恐怖より先に胸の奥へ浮かんできたのは、もっと説明のつかない感覚だった。


 どこか懐かしい。


 ずっと昔から知っている誰かを、長い時間を経て偶然見つけた時のような、奇妙な既視感。それが何なのかを考えるより先に、グラティアが静かに口を開いた。


「前菜の塔の攻略は、十分に楽しんでもらえたかしら?」


 鈴のようによく通る、少女らしい声だった。


 けれど、響きそのものはひどく冷たい。その声を耳にした途端、さっきまで胸の中にあった懐かしさが押し流され、現実へ強引に引き戻された。


「ここからは、お腹いっぱいになるどころか、胸焼けするくらい――本物の暴力を味わわせてあげるわね」


 次の瞬間、空気そのものが一段重くなったように感じた。


 実際に何かのスキルが発動したのか、それとも単純に私達が圧倒されただけなのかは分からない。ただ、広い第50階層の空間全体が、彼女1人の存在によって支配されたような錯覚に陥る。


 そして私は、その冷たい視線が自分へ向いていないことに気づいた。


 ネネでもない。


 ミーナでもない。


 グラティアが最初から見つめ続けているのは、ただ1人。


 ミルキーだった。


 まるで、他の私達など最初から視界に入っていないかのように。


「その勇敢さ」


 グラティアが、赤い絨毯の上へゆっくりと1歩を踏み出す。


「その勇猛な戦いぶり」


 さらに1歩。


 小さな靴音が静かな空間に響くたび、理由の分からない緊張が増していく。


「私にも、たっぷりと味わわせて頂戴」


 そして彼女は、悪戯を思いついた子供のように、美しく微笑んだ。


「――親愛なる、ア◼︎◼︎ル◼︎◼︎ト様」


 最後の単語が発せられた、その瞬間だった。


 耳の奥で、ジジジ、と不快な電子ノイズが弾けた。


「っ……!」


 私は反射的に耳を押さえる。


 確かに名前だった。


 グラティアは誰かの固有名詞を口にしたはずなのに、音がこちらへ届く直前に、何者かが強制的にその部分だけを削り取ったように聞こえなくなった。単純な聞き間違いでも、距離の問題でもない。そこだけ世界そのものが「聞かせない」と決めたような、不自然な欠損だった。


 そして何より気味が悪いのは、その呼びかけが明らかにミルキー本人へ向けられたものではないことだった。


『羽衛ミルキー』という1人のプレイヤーを見ているはずなのに、グラティアの瞳には別の誰かが映っている。ミルキーという存在を透かして、そのさらに向こう側にいる、私達の知らない誰かへ話しかけている。


 そう理解した瞬間、耐えがたい寒気が全身を駆け抜けた。


 けれど、その異常な空気を切り裂いたのは、私達の中で最も現実的に動いていたネネだった。


 ――ガキィィンッ!!


 静寂の中へ、鋭い金属音と火花が弾ける。


「えっ――」


 何が起きたのか理解するより先に、グラティアの首元で2つの武器がぶつかっていた。


 日傘。


 いつの間に取り出したのかすら分からない。


 グラティアの細い手には、真紅のドレスによく似合う優雅な日傘が握られていた。その先端がまるで刃物のような正確さで差し込まれ、背後から音もなく奇襲を仕掛けたネネの短剣を、完璧に受け止めている。


「ちぇ……」


 影の中から姿を現したネネが、悔しそうに舌打ちした。


「おしゃべりに夢中だから、油断してると思ったんだけどなぁ」


 グラティアは、首を小さく傾げる。


 彼女がしていることといえば、細い指で日傘の柄を軽く支えているだけだった。それなのに、ネネの神速の奇襲を受け止めた身体はまるで揺れていない。


「あなた」


 グラティアが、くすりと笑う。


「挨拶もなしに背後から襲いかかるなんて、少し礼儀がなっていないのね」


 直後、彼女は日傘の柄を軽くひねった。


 それだけだった。


 力を込めたようにも見えない。


 なのに、ネネの両手の短剣へ凄まじい衝撃が走り、甲高い金属音と共に彼女の身体が大きく後方へ弾き飛ばされる。


「っ……!」


 ネネは空中で身体をひねり、床へ叩きつけられる直前に見事な受身を取った。そのまま数歩滑りながらも体勢を立て直し、すぐにこちら側へ戻ってくる。


 その一連の光景を目にして、私達もようやく異常な会話から戦闘の現実へ引き戻された。


 今のは、攻撃を正面から受け止めたわけではない。


 受け流した、と表現するのも違う。


 ネネが本気で仕掛けた奇襲を、グラティアはまるで子供が飛んできた蝶を軽く手で払うような感覚で処理した。ただそれだけに見えた。


 その事実が、どんな派手な攻撃よりも恐ろしかった。


「いいわね」


 グラティアは日傘をくるりと回し、何事もなかったかのように肩へ乗せた。


 その表情には警戒も緊張もない。むしろ、ようやく遊び甲斐のある玩具を見つけた子供のように、本当に嬉しそうだった。


「ようやく、少しだけ『食べ応え』のありそうな前菜が出てきたわ」


 私は自分の側に浮かせていた骨剣を、改めて戦闘位置へ展開する。


 考えることは山ほどあった。


 なぜ通常の第50階層ボスである《グラトニーブロス》ではなく、グラティアというネームドがここにいるのか。


 なぜ彼女はミルキーだけを見ているのか。


 聞き取れなかった名前は誰のものなのか。


 そして、なぜ私は初対面のはずの彼女に懐かしさを感じたのか。


 どれも今考えたところで答えは出ない。


 なら、後回しだ。


 目の前の相手がネームドだろうと、天文学的な確率で引いた特殊個体だろうと、まずここで倒さなければ何も始まらない。この塔の謎も、彼女が口にした名前の意味も、その先に答えがあるのなら、勝って確かめるしかない。


「みんな!」


 誰かに頼まれたわけでもなく、私は仲間達へ向かって声を張り上げた。


「まずは勝とう!」


 ミーナがその言葉に応えるように杖を掲げ、周囲へ強い魔力を集め始める。ミルキーも一瞬だけ残っていた動揺を振り払い、右手の大盾を構え直すと、すぐにいつもの冷静な騎士の顔へ戻った。ネネは先ほどの衝撃を押し殺しながら両手の短剣を逆手に持ち替え、低く身構える。


 その私達を前にしても、グラティアだけは何1つ変わらなかった。


 赤い絨毯の中央で日傘を肩に乗せたまま、これから始まる戦いすら自分のために用意された余興であるかのように、暴食の黒姫は楽しそうに微笑んでいた。


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