一点突破
ジュッ、と金属が焼け焦げるような鋭い音が広間に響き渡る。
メタルグラトニーの巨大な身体が、明確なダメージを受けたことを示すように大きく波打った。これまでどんな攻撃も平然と弾いていた銀色の滑らかな表面には、熱線を受けた一点を中心に赤熱した歪みが残っている。
「やりました、入りました!」
会心の一撃に、ミーナの明るい声が弾んだ。
私も思わず拳を握る。面倒くさいギミックを解き、あれだけ苦労してようやく通した一撃なのだ。このまま同じ手順を繰り返せば倒せる――そんな考えが頭をよぎったのも、本当に一瞬だけだった。
次の瞬間、メタルグラトニーの中央部分が、まるで空間そのものが歪んだようにぐにゃりと縦へ裂けた。
「……え?」
そこに現れたものを見て、私は思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
――口。
そうとしか表現できない巨大な器官が、今まで目も鼻もなかった無機質な銀色の塊に、突然ぽっかりと開いたのだ。外側の鏡のような光沢とは対照的に、その内部だけは光さえ吸い込んでしまいそうなほど真っ黒で、単なる空洞というより、何かを取り込むために用意された穴そのものに見えた。
そして、私達が事態を理解するより早く、その黒い口がミーナの《シェイプト・フレア》を飲み込み始める。
「ちょっ、待って……!」
一度は装甲へ食い込んだはずの炎が、まるで逆再生でもしているように銀色の身体へ吸い込まれていく。
完全に取り込まれた直後、メタルグラトニーの巨体が風船のように一気に膨れ上がった。
「全員、直ちに防御態勢を☆」
ミルキーの切羽詰まった警告が飛ぶ。
まずい。
そう思った時には、もう遅かった。
メタルグラトニーの巨体を中心に、凄まじい光と爆炎が炸裂した。
「嘘、これって……私の《シェイプト・フレア》の魔力!?」
ミーナが信じられないというように叫ぶ。
その推測は、おそらく正しい。
メタルグラトニーは単純に魔法を無効化したのではない。一度受けた魔力をあの口から体内へ取り込み、そのエネルギーを増幅するように膨らませて、周囲への爆発へ変換したのだ。
つまり、私達が苦労してようやく通したミーナの火力が、そのまま今度はこちらを攻撃するための燃料にされた。
猛烈な爆風と熱が広間を一気に駆け抜ける。
せっかく作り上げた包囲網もひとたまりもなかった。前線に配置していた骨兵達は次々と崩れ、外周へ展開していたゴブリン隊も巻き込まれて光の粒子へ変わっていく。ネネも床を滑りながら大きく吹き飛ばされ、ミルキーは右手の大盾を正面へ構えて踏ん張ったものの、それでも勢いを殺しきれず、銀色の床をズザザッと後方へ押し流された。
ベルナデッタは大剣を床へ突き立て、その背後へエルーサを庇うように立つ。
私は考えるより先にミーナの前へ飛び込み、両腕を広げて爆風を受け止めた。
「っっ……!」
全身が一気に熱へ包まれ、視界が白く弾ける。
HPバーが目に見えて削れた。それだけなら私のVITでまだ耐えられるが、召喚していた骨兵達がまとめて消滅したことで《ネクロ・リンク》によるステータス補正まで途切れ、さっきまでとは比べものにならないほど身体が重くなる。
しかも第30階層のオルグラン戦では、ミーナの《インフェルノ》へ真正面から突っ込んだばかりである。
今回はようやく味方の魔法に焼かれずに済むと思ったのに、今度は敵に吸収された味方の魔法を反射されている。
今日の私は、エタファンに塔攻略をさせてもらっているというより、何か念入りな火葬の手順でも踏まされているのだろうか。
「みんな、生きてる!?」
耳の奥に残る爆音を振り払いながら煙の中へ叫ぶと、少し離れた場所からすぐにネネの声が返ってきた。
「生きてる生きてる! でも今の、普通にめちゃくちゃ痛い!」
「こちらも無事です☆」
ミルキーも答える。
さすが盾職だけあって正面から受けた割には耐えているが、大盾を支える右腕には相当な負荷がかかったらしい。構えこそ崩していないものの、細い腕がわずかに震えていた。
そして肝心のメタルグラトニーは、大爆発の中心にいたにもかかわらず、銀色の身体をぷるんっと震わせている。
完全に無傷というわけではない。
《シェイプト・フレア》が最初に刺さった部分はまだ赤く熱を帯び、表面にもわずかな変形が残っている。それでも、こちらが失った召喚兵とHPを考えれば、どう見ても収支はこちら側の大赤字だった。
「エルーサ、お願い!」
「はい、リエラ様!」
私の呼びかけに応え、エルーサが古びた杖を高く掲げる。
柔らかな白い光が広間へ広がり、私達の減ったHPをまとめて押し戻していく。吹き飛ばされたネネも、大盾越しに爆風を受けたミルキーも、余波を受けたミーナも、真正面から攻撃を受け止めた私も、エルーサの全体回復によってどうにか安全圏まで立て直すことができた。
「状態異常はどう?」
「軽度の火傷エフェクトだけです。継続ダメージも小さいので、私のリジェネで十分に相殺できます!」
「ありがとう、助かる!」
とりあえず全滅寸前、という最悪の事態だけは避けられた。
問題は、だからといって攻略法が見えたわけではないことだ。
「っ……ちょっと、これ本当にどうするのよ!!」
私はとうとう我慢できず、心の底から叫んだ。
物理攻撃は金属装甲に阻まれてほぼ通らない。魔法ならダメージを与えられるが、そもそも基本の機動力が異常に高いうえに、こちらの攻撃予備動作を検知して自動回避する。
だから私達は、わざわざ召喚兵まで総動員して逃げ道を潰し、ようやく魔法を当てた。
ところが、当てたら当てたで今度は口を開いて魔法を吸収し、それを周囲への大爆発へ変えて返してくる。
物理で殴れない。魔法は簡単には当たらない。ようやく当てても、こちらまでまとめて吹き飛ばされる。
嫌がらせのミルフィーユみたいな、最悪の3段重ねである。
「これは、さすがに……想定外すぎます」
ミーナも珍しく顔を青くしていた。
自分が狙い澄まして撃ち込んだ魔法が、ほとんどそのまま味方を吹き飛ばす攻撃へ変換されたのだから、無理もない。
そんな私達を煽るように、メタルグラトニーは銀色の床を滑りながら、ぷるぷると楽しそうに身体を揺らしている。
目なんてない。
表情もない。
それでも、絶対に今こいつは調子に乗っている。
「あぁもう、腹立つ……!」
「リエラちゃん、落ち着いて」
地団駄でも踏みそうになっていた私を止めたのは、ネネだった。
爆風で乱れた髪を軽く払いながら、両手の短剣を構え直す。その顔からはいつもの軽い調子が消え、すでに次の攻略手順を探し始めるトッププレイヤーの目へ戻っていた。
「今ので、はっきり分かったこともあるよ」
「分かったこと?」
「うん。あいつが爆発した時、魔法を反射してる間だけ、オート回避が完全に止まってた」
ネネの言葉に、ミルキーもすぐに頷いた。
「私も確認しました☆ 口を開いて魔法を吸収してから、体内でエネルギーを爆発へ変換するまでの数秒間だけ、メタルグラトニーは移動していませんでした☆」
「でも、動かないからって近づいたら、さっきみたいにそのまま爆発に巻き込まれるよ?」
「そこが一番の問題ですね☆」
ミルキーは大盾を構えたまま、床に残った爆発の跡へ視線を走らせる。
「ただ、もう1つ気になることがあります☆ 先ほどの爆発、中心から全方向へ均等に広がっていたわけではありません☆」
「……どういうこと?」
「吸収した魔法が入った角度に対して、爆風の強い方向が少しズレていました☆ 真正面へそのまま跳ね返しているというより、一度内部へ取り込んだエネルギーを別方向へ流してから、周囲へ放出しているように見えます☆」
「爆発のど真ん中にいて、そんな細かいところまで見てたの?」
思わず聞き返すと、ミルキーはいつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「盾職は、衝撃がどこから来て、どちらへ抜けていくかを見るのも仕事ですので☆」
さらっと恐ろしいことを言う。
私なんて爆発した瞬間は「熱い」「痛い」「またミーナの炎じゃん」の3つくらいしか考えていなかったのに、ミルキーは大盾で真正面から受けながら、爆風の向きまで観察していたらしい。
やっぱりトップクラスの盾職というのは、何か根本的な部分から違う。
「つまり、爆発そのものを消すのは無理でも、盾を使えば強く吹き出す方向をある程度ずらせるってこと?」
「可能性は高いです☆ 少なくとも、次は意識して試す価値があります☆」
そこへネネが、両手の短剣を弄びながらニヤリと笑った。
「じゃあ、私からも1個、とびきりの情報を追加ね」
「何か見えましたか☆」
「メタルグラトニーが魔法を飲み込む時、口が開いたでしょ? あの中だけ、真っ黒だった」
「うん」
「外側みたいな銀色じゃなかったんだよ。つまり、あそこだけ金属装甲じゃないかもしれない」
私はそこでようやく、さっき見た光景を思い出した。
銀色の身体へ突然開いた、底の見えない黒い空洞。
魔法を取り込むためだけに露出する、唯一の内部。
「……そこなら、物理が通る?」
「少なくとも、外側をコンコン叩き続けるよりはずっと可能性あると思う」
ネネが両手の短剣を逆手に持ち替える。
「ただし口が開くのは、魔法を吸収してる一瞬だけ。そのまま普通に飛び込めば、次の爆発に巻き込まれて終わり」
「なら、その爆発をミルキーさんに制御してもらいます」
ミーナが顔を上げた。
先ほどまでの動揺はもう消えている。代わりに浮かんでいるのは、必要な条件を1つずつ組み合わせて戦術へ変えていく、いつもの冷静な魔術師の表情だった。
「私がもう1度、今度は威力を極限まで落とした炎を当てます。ダメージを与えるためではなく、あの口を開かせるためだけの餌です」
「なるほど☆」
「メタルグラトニーが魔法を吸収し始めたら、ミルキーさんが盾で爆発の強い方向を逸らす。ネネさんは、その隙に口の内部へ物理攻撃を通す。そして――」
「私が、あいつを固定する」
続きを引き取るように私が言うと、3人の視線が一斉にこちらへ集まった。
「リエラちゃん、それって至近距離で爆発に巻き込まれるってことだよ!?」
「第30階層でも巻き込まれたし、もう慣れてるから平気」
「炎への慣れって何!? そういう次元の話じゃないからね!?」
ネネが心底呆れたように突っ込んでくる。
言いたいことは分かる。
私だって、好きで毎回ミーナの炎に焼かれているわけではない。
ただ、作戦を成立させるには、魔法を吸収して口を開いた瞬間のメタルグラトニーを完全にその場へ固定する役が必要だった。あの滑る巨体を間近で押さえ込み、そのうえ直後に発生する爆発へ耐えられる可能性が一番高いのは、圧倒的なVITを持つ私しかいない。
皆もそれを理解しているからこそ、ネネは文句こそ言ったものの、それ以上本気で止めようとはしなかった。
「エルーサ、私の回復を最優先でお願い」
「もちろんです、リエラ様。ですが……本当に、ご無理だけはなさらないでください」
「大丈夫。無理はするけど、絶対に落ちはしないから」
「……それを世間では無理と言うのです」
エルーサの涙目の正論が妙に胸へ刺さる。
でも、今はそれでいい。
ミルキーも覚悟を決めたように右手の大盾を構え直し、全員へ手順を確認していく。
「リエラさん、固定するのは本当に一瞬で構いません☆ 口が開いた直後から爆発までのわずかな時間だけ、完全に動きを止めてください☆」
「了解、任せて」
「ネネさんは口の奥、黒く見えた内部だけを狙ってください☆」
「任せて。最速で入って、最速で抜ける」
「ミーナさんは可能な限り魔力を抑えてください☆ 吸収させる量が増えれば、そのぶん反射される爆発も大きくなるはずです☆」
「はい。今度は攻撃ではなく、完全にルアーとして使います」
必要な役割が1つずつ決まり、作戦の形が完成する。
もちろん危険なのは変わらない。
ミーナが魔法を当てるタイミング、私が巨体を捕まえる位置、ミルキーが爆風を受ける角度、ネネが飛び込む瞬間。そのどれか1つでも大きくズレれば、さっきと同じ爆発を至近距離で受けることになる。
それでも、勝ち筋は確かに見えた。
ネネとミルキーが戦闘中に見つけた僅かな隙。ミーナの精密な魔力制御。そして、多少無茶をしても前線に残り続けられる私の耐久力。
全部を噛み合わせれば、届く。
「じゃあ、いくよ!」
私は再び魔力を解放し、消滅した骨兵達を広間へ展開し直した。
ただし、今度の目的は敵を完全に包囲することではない。
作るのは『道』だ。
メタルグラトニーのオート回避を利用し、ミルキーの盾とネネの短剣が確実に届く位置まで誘導するための、動く骨のレールを作る。
「《ネクロ・バインド》!」
足元の影から黒い死霊の腕が次々と伸び、銀色の床を這う。
メタルグラトニーはそれを危険と判断したのか、ぷるりと身体を震わせて大きく横へ跳ねる。その逃げ先へ合わせてミルキーが左手の片手剣を大きく振りかぶり、さらに別方向へ回避させる。
その先には骨兵。
反対側には、すでに気配を薄くしたネネ。
こちらが用意した危険判定へ律儀に反応しながら、銀色のスライムは少しずつ、狙った位置へ追い込まれていく。
最後の逃げ道が狭まったところで、私は正面から一気に踏み込んだ。
「ミーナ!」
「はい!」
ミーナの杖先に灯ったのは、先ほどとは比べものにならないほど小さな炎だった。
ダメージを与える必要はない。
必要なのは、あの口を開けさせるだけの魔力。
「もう1回、美味しい魔法を食べてみなよ」
細い炎が一直線に飛ぶ。
メタルグラトニーは反射的に回避しようとしたものの、周囲にはすでに骨兵と死霊の腕が配置されている。逃げ道を見つけられないまま炎が表面へ触れた、その瞬間だった。
銀色の身体がぐにゃりと裂ける。
底の見えない黒い口が、餌へ食いつくように大きく開いた。
「――今っ!!」
私は真正面から飛び込み、銀色の巨体へ両腕を回した。
「重っ……!」
予想していた以上に硬く、そして重い。
表面はつるつると滑り、腕に少しでも隙間を作れば、そのままするりと抜け出されそうになる。それでも両足を床へ踏み込み、全身を使って巨大な身体を抱え込む。
「絶対、逃がさないから……!」
メタルグラトニーの内部へ小さな炎が吸い込まれていく。
銀色の身体が、さっきと同じようにゆっくり膨らみ始めた。
「ミルキー!」
「任せてください☆」
右手の大盾が、私とメタルグラトニーのすぐ横へ強引に差し込まれる。
ミルキーは先ほど観察した爆風の流れを思い出すように盾の角度を細かく調整し、これから放たれる衝撃を正面で受け止めるのではなく、少しでも上方へ逃がす位置へ身体ごと固定した。
「ネネさん☆」
「――見えてるっ!!」
その時には、もうネネは動いていた。
開かれた口の内部。
今までどんな物理攻撃も弾いてきた銀色の装甲ではなく、その奥に露出した漆黒の空洞へ向かって、両手の短剣が迷いなく突き込まれていった。




