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ある日、TS金髪サキュバス系美少女になった俺はVRMMO世界を《捕食》スキルで無双する  作者: その他大勢の中で耳だけが大きくなった兎
暴食の塔編

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30層・オルグラン

 オルグランの1撃は、ただ物理的に重いだけではなかった。


 第30階層の闘技場を揺るがすほどの踏み込みから振り下ろされた巨大な戦斧を、真紅の騎士ベルナデッタが大剣の腹で真正面から受け止める。その横からすかさずミルキーが利き手である右手の分厚い盾をねじ込んで殺人的な衝撃を外へ逃がし、私が即座に展開した数体の骨兵が、余波の衝撃波を壁となって抑え込む。


 ただ1撃を防いだだけだというのに、足元の石床が爆発したように砕け散った。


 肉の宴を飾っていた重厚な燭台が吹き飛び、床に敷き詰められていた赤黒い絨毯が、まるで波打つ海面のようにめくれ上がる。


 正面からまともに受ければ、VIT極振りの私でも無視できない。


 かといって回避に専念して完全に避ければ、後ろで詠唱しているミーナやエルーサたち後衛がまとめて攻撃に晒される。


 だから、私たちはどれだけ重くても、この理不尽な暴力を『受ける』しかないのだ。


「ベルナデッタ、右に流して!」


「承知!」


 私の指示に呼応し、真紅の騎士が1歩深く踏み込み、大剣の角度を滑らかに斜めに傾ける。


 そこへミルキーの右手の盾が完璧なタイミングで重なり、オルグランの全体重が乗った戦斧の軌道がわずかに右へと逸れた。


 ズガァァァァンッ! と凄まじい轟音と共に、戦斧が闘技場の床を深く叩き割る。


 防御からのパリィ。完全に生まれた巨大な隙。


 そこへ、死角に潜んでいたネネが風のように背後へと回り込んだ。


「もらいっ!」


 鎧の関節部、装甲が極端に薄い絶対の死角へと、ネネの短剣が必殺の速度で滑り込む。


 だが――オルグランは、背後を振り返ることすらしなかった。


 代わりに、右肩の筋肉だけを不自然な角度で捻った。


「ネネさん、下がって☆」


 ミルキーが叫んだ声よりも早く、オルグランの巨大な肘が、まるで背中に目でもついているかのような正確さで後方へ跳ね上がった。


 ネネは持ち前の反射神経で紙1重で身を引いたが、完全に避けきることはできず、肘打ちの風圧だけで頬をかすめられ、HPバーが僅かに削り取られて後方へ弾き飛ばされた。


「うわっ、雑に見えてめちゃくちゃ正確だね!」


「第20階層のリトグラの観測情報が完全に共有されています☆ 背後への差し込みに対する反応速度が、通常のオークとは比較になりません☆」


 右手の盾を構え直したミルキーの分析は、おそらく完全に正しい。


 オルグランはその鈍重そうな巨体に似合わず、こちらの行動に対するカウンターの精度が異常なのだ。


 いや、反応しているというより、あらかじめ『知っている』のだ。


 ネネがどの角度から死角に入るか。


 ミルキーがどのタイミングで右手の盾を差し込むか。


 私がどこで、何体の骨兵やゾンビ兵を壁として出すか。


 ミーナがいつ、どの魔法を撃ち込んでくるか。


 私たちが第29階層までにさらけ出した『手札』の全部を知ったうえで、最適解の行動で潰しに来ている。


「ミーナ、大魔法はキャンセル! 次の詠唱は短くして!」


「分かっています!」


 ミーナが即座に杖を構え直し、足元へ詠唱時間の短い小さな炎陣を展開する。


 だが、その瞬間だった。


 オルグランの兜の奥の赤い双眸が、私でもミルキーでもなく、ヘイト(敵視)が向いていないはずのミーナを真っ直ぐに捉えた。


 巨大な盾を前面に構えたまま、巨体がわずかに沈み込む。


 ――突進(チャージ)。


 目標は、魔法の発動硬直中のミーナ。


「ミーナ!」


 私は思考するよりも反射的に、手持ちのMPを無視して大量の骨兵とゾンビ兵を前へ展開する。


「トビー! ゴブリン部隊も続いて!」


 呼びかけに応じ、ネームド・ゴブリンのトビートミーを先頭に、ゴブリン達が一斉に飛び出し、ミーナの直線上に何重もの分厚い壁を作り上げた。


 次の瞬間、まるでダンプカーのような速度で突進してきたオルグランの巨大な盾が、その召喚獣の壁をまとめて吹き飛ばした。


 メキメキと音を立てて骨兵が砕け散る。


 ゾンビ兵やゴブリン達も次々と光の粒子になって消滅していく。


「うおおおぉぉ!? リエラ様、これは聞いてないってぇぇぇ!」


 トビーの悲鳴も、光の向こうへと消えていった。


 幸い、彼らは召喚体だから後で再召喚はできるし、ミーナへの直撃は間1髪で免れた。


 けれど、その壁の破られ方があまりにも暴力的で雑で、まるで『リエラがここで仲間を庇って壁を過剰に張る』という私たちの絆や手札を完全に理解したうえで、嘲笑いながら靴底で踏み潰しているように見えた。


「リエラさん、召喚を前に出しすぎです! MPの無駄遣いです!」


 背後から、ミーナの厳しい声が飛んできた。


「出さなきゃ、今の突進でミーナが抜かれてたでしょ!」


「私は自分で避けられます! 防御魔法だってあります!」


「あの突進を!? 今の制限されたステータスじゃ無理だよ!」


「無理じゃありません! リエラさんこそ私を過保護に庇って前に出すぎです! そんなふうに壁役の召喚体を雑に削られ続けたら、ボスのHPが減った後半戦が持ちませんよ!」


「後半戦の心配をする前に、今ここでミーナが落ちたら終わるの!」


 言い返した瞬間、自分の声が、自分でも驚くほど強く、感情的になりすぎていることに気がついた。


 今は戦闘中だ。


 しかも、これまでで最強の敵である第30階層のボス戦の真っ只中。


 こんなところで、味方同士で熱くなって言い合っている場合ではない。


 分かっている。頭では完全に分かっているのだ。


 分かっているのに、彼女を失うかもしれないという焦りから、言葉が止まらなかった。


 それは、おそらくミーナも同じだったのだろう。


 普段なら誰よりも1歩引いて、冷静に戦況を分析して判断するあの彼女が、珍しく余裕をなくして感情を露わにしている。


「私は……リエラさんに全部の負担を背負わせて、ただ安全な場所で庇われるためだけに、ここにいるんじゃありません!」


「私だって! ミーナを安全な後ろに置いて、ただ安心したいだけじゃないんだよ!」


 激しい言葉が交差した、その瞬間。


 私とミーナの意識が、ほんの一瞬だけ、眼前の敵から逸れて噛み合わなかった。


 そのミリ単位の隙を、オルグランという百戦錬磨の将軍が見逃すはずがない。


 振り上げられたのは、右手の戦斧ではなく、左手の巨大な盾だった。


 ブォンッ! と風を裂いて横薙ぎに振るわれた盾のバッシュ攻撃が、私が再展開しようとしていた骨兵の列を無慈悲に崩し、ミーナの射線と私の前進ルートを同時に、そして完全に分断した。


 物理的なダメージはほとんどない。


 だが、これは『信頼の壁を崩す』ための攻撃だった。


 私達の間にある「いつもなら絶対にアイコンタクトだけで通じるはず」という阿吽の呼吸へ、巨大な楔を強引に打ち込むような、極めていやらしい1撃。


「っ……本当に、嫌なことする……!」


 私はギリッと歯を食いしばり、宙に浮かせていた骨剣を自分の側へ引き戻す。


 手に握って正面から斬り合うつもりはない。


 骨剣を空中に浮かせ、蹴り飛ばし、時には足場として利用し、骨兵やゾンビ兵の隙間を縫って自分自身も武芸で飛び込む。


 それが、私の戦い方だ。


 視界の端で、分断されたミーナも悔しそうに唇をきつく引き結んでいるのが見えた。


 ピリピリとした、最悪に険悪な空気が2人の間に流れる。


 ――そんな私たちの様子を見て。


 少し離れた場所で体勢を立て直していたネネが、ぷっ、と吹き出した。


「……え?」


 思わず振り返る。


 なんとネネだけでなく、前線で厳しく右手の盾を構えていたはずのミルキーまでが、顔を伏せてプルプルと肩を震わせていた。


「す、すみません☆ 戦闘中なのは、十分に分かっているのですが……ふふっ☆」


「いやー、ごめん。これはさすがに笑うでしょ」


 ネネが両手の短剣を構え直しながら、堪えきれないというように口元を押さえて笑う。


「夫婦喧嘩ならお家に帰ってからやってよ。2人とも必死すぎて、微笑ましくて見てられないんだけど」


「ふ、夫婦喧嘩じゃないっ!!」


 私とミーナの否定の声が、1寸の狂いもなく完全にハモって重なった。


 その見事なシンクロ率に、ネネがさらに楽しそうに笑い出す。


「あまーい! あまーいよリエラちゃん! 塔のスイーツよりよっぽど甘い!」


「ネネさん、いくらなんでも煽りすぎです☆ ……くすっ☆」


 ミルキーが一応リーダーとして止める素振りを見せるが、その声にも完全に笑いが混じりきっている。


「でも、正直に言うと、私もネネさんに少し同意です☆ お2人とも、互いを大切に想って心配しすぎるあまり、逆に判断が噛み合わなくなっていますよ☆」


「……それは」


 ミルキーの的確すぎる指摘に、ミーナが図星を突かれたように言葉に詰まる。


 私も、ぐうの音も出ず何も言い返せなかった。


 言われてみれば、そういえば、初めてかもしれない。


 ミーナと、現実世界でこういうふうに距離が近くなってから。


 一緒に暮らして、朝の弱い彼女を同じ部屋で起こすことが増えて、互いの弱いところや、人に見せない寝起きのひどさまで知るようになってから。


 私達はこうして初めて、お互いの意見を、本音を、感情のままに正面からぶつけ合ったのかもしれない。


 しかもその理由は、「どちらの戦術が正しいか」ではない。


「どちらが危険な役割を背負うか」でもないのだ。


 互いを、ただ心配し合う形で。


 私は、ミーナを絶対に死なせたくない。傷つけたくない。


 ミーナは、私1人に過酷な壁役の負担を背負わせたくない。共に戦いたい。


 その結果、ゲーム内屈指の難易度を誇る高難度ボスの目の前で、痴話喧嘩をしているのだ。


 なるほど。


 それは客観的に見れば、激甘の夫婦喧嘩って言われても仕方がない。


「……いや、今このタイミングでその事実を理解したくなかったなぁ」


 私が盛大な溜息をつきながら天を仰ぐと、「リエラさん……」と、ミーナが顔を真っ赤にして困ったようにこちらを見た。


 その照れと怒りが混ざったような可愛い顔を見たら、さっきまでのギスギスした苛立ちが、まるで魔法が解けるようにスッと抜けていった。


 たぶん、今の私も、彼女と同じように締まらない顔をしているはずだ。


 ふと前を向くと、ボスのオルグランが、心なしか赤い目を細めているように見えた。


 巨大な戦斧を肩に担ぎ、盾をだらりと下ろし、ただじっとこちらを見ている。


 攻撃してこない。


 いや、待っているのか?


 私達が内輪揉めを終えて、再び陣形を立て直すのを。


「……案外、武人肌のいいやつなのかな、あいつ」


「リエラさん、第30階層のボス相手に何を寝惚けたことを言っているんですか」


 ミーナがいつもの冷静なツッコミトーンに戻り、呆れたように言う。


「でも、ほら。実際、攻撃しないで待ってくれてるよ?」


「それは武士の情けなどではなく、多分、私達の『関係性の変化による連携の再構築』までを、新たなデータとして観測しているだけです。本当に悪趣味ですね」


「うわ、急にただのデータ収集マニアの嫌なやつに戻った」


 私たちの会話が聞こえているのかいないのか、オルグランは何も答えない。


 ただ、兜の奥で低く獣のような喉を鳴らし、肩に担いでいた戦斧を再び力強く持ち直した。


 その堂々たる姿は、まるで「無駄話は終わったか。ならば蹂躙を再開する」とでも言っているようだった。


 私はゆっくりと深く息を吐き出し、宙に浮かぶ骨剣を足元へ引き寄せる。


 前方では、ベルナデッタが大剣を構えて強固な盾となり、エルーサが優しく温かい回復の光を整えてくれている。


 右翼ではミルキーが右手の盾を斜めに構え、左手の剣を低く下げてヴァルキリースタイルの構えを取り、左翼ではネネがすでにオルグランの死角へ沈み込むように姿勢を低くして殺気を消している。


 そしてミーナは。


 私と並び立つ横でもなく、安全な最後尾でもなく、私の『半歩後ろ』に立っていた。


 けれどそこは、ただ私に守られるだけの弱い位置ではない。


 私が前へ踏み込めば、最も効率よく火力を通せる絶対の射線。


 私がもし崩れれば、即座に魔法で援護し、私を救い出せる位置。


 そして、私がもし無茶をして無謀な行動に出れば、その後ろ頭を杖で叩いて叱る声が、1番よく届く位置。


 それこそが、今の私達に最もふさわしい、完璧な距離だった。


「ミーナ」


「はい」


「さっきは、お節介に言いすぎた。ごめん」


「私もです。意地を張りすぎました」


 背中越しに短い謝罪を交わす。


 それで十分だった。


「でも、ここからは一切容赦しないよ」


 私の宣言に応えるように、背後でミーナの杖に極大の炎が灯る。


 最初は小さな火種だったそれは、周囲の空気を歪ませるほど一瞬にして赤く膨れ上がり、爆ぜる前の恐ろしい熱を孕んで激しく揺らめいた。


「当然です。私達の全てを、思い知らせてやりましょう」


「ふふっ」


 私は自然と笑みをこぼした。


 絶体絶命の戦闘中だというのに、胸の奥が不思議なくらい、羽が生えたように軽かった。


 甘いなら甘いでいい。夫婦喧嘩でもなんでもいい。


 本気で心配して、真正面からぶつかって、子供みたいに言い合って、それでも結局は、こうして1番信頼できる場所に立つ。


 それが今の私達の『連携』の形だというのなら。


 その甘ったるくて熱い絆ごと、この暴食の化身であるオルグランの胃袋に喰わせてやる。


 ただし、喰ったことを後悔して胃袋が破裂するくらい、とびきり熱くて、重くて、極上のやつを。


「――行くわよ、ミーナ!」


「はい、リエラさん!」


 私が渾身の力で石床を蹴る。


 同時に足元へ浮かせていた骨剣をさらに強く蹴り飛ばし、回転する刃を先行させながら、その後ろを追うようにオルグランへ踏み込んだ。


 同時に放たれたミーナの紅蓮の炎が、私の背中を力強く押すように、闘技場を焦がして燃え上がった。


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