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ある日、TS金髪サキュバス系美少女になった俺はVRMMO世界を《捕食》スキルで無双する  作者: その他大勢の中で耳だけが大きくなった兎
暴食の塔編

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暴食の少女

 久しぶりに1人で外を歩くと、街の喧騒が妙に遠く感じられた。


 車の走る音、信号機の電子音、店先から流れる明るいポップス、すれ違う誰かの笑い声。


 どれも確かに現実の音のはずなのに、最近の私はゲーム内の深い森やクランハウス、訓練所の環境音に慣れすぎていて、現実の雑踏の方がむしろ、作られたハリボテのように聞こえることがある。


 よくない。これは非常によくない傾向だ。


 私は意識して肺の奥まで深呼吸し、駅近くの落ち着いたカフェへ入った。ここは以前ミーナと一緒に来たことがある店で、季節限定のパフェが妙に豪華で美味しかった記憶がある。


 魔王軍の王が、白昼堂々1人でパフェを食べる。


 文字にするとかなり間抜けな響きだが、今の私にはそれくらいの強烈な「現実感」が必要だった。


 店内は空いていたためか窓際のゆったりとした4人席に案内される。


「季節のベリーパフェを1つ、あとセットでミルクカフェオレ、砂糖ありでお願いします」


 注文を済ませ、私はスマホを取り出してミーナがネネと高速でやり取りしているであろうチャットルームの準備メモのデータを眺めた。


 状態異常回復アイテムの個数、視界妨害対策、範囲攻撃の巻き込み注意、骨兵の使いすぎによるヘイト集中の危険性、ミルキーさんとの役割確認。


 文字だけでわかる、いつもの几帳面な攻略準備だ。


「……心配なさそうね」


 小さく呟いた声に、思わずふっと笑みがこぼれる。その時だった。


「相席、いい?」


 唐突に頭上から降ってきた声に顔を上げると、そこに1人の少女が立っていた。


 私と同じくらいの低身長。真っ黒いロリータ風のワンピースに、病的なまでに白い肌、そして吸い込まれそうなほど艶のある黒髪。フリルもリボンもふんだんにあしらわれているのに、不思議と甘さよりも静けさが勝っていて、まるで古いアンティーク人形がそのまま歩き出したような、現実の明るいカフェには決定的に似合わない異質な雰囲気をまとっている。


 店内を見渡せば、他にも空席はいくつもあった。


 だから、わざわざ私の席で相席を頼む理由はない。私は警戒心から一瞬だけ迷い、スマホの画面を伏せた。


「……どうぞ」

「ありがとう」


 少女は断られることなど微塵も考えていなかったかのように、当たり前のように向かいの席へ腰を下ろした。注文もしていないのに、すでにそこへ来ることが最初から決まっていたみたいな自然さで、じっと私を見つめてくる。


 目が、合う。黒い瞳。いや、黒いというより、光を一切反射せず、すべてを吸い込むような深淵の色。私はその目を見た瞬間なぜか、ゲーム内で初めて悪魔の髑髏が青白く光った時の、あのゾクッとした感覚を思い出した。


「あなた、最近話題の『リエラちゃん』よね?」


 その言葉を聞いた瞬間、背中に冷たいものが走った。


 配信者として顔を知られていること自体は、もう珍しいことではない。街で声をかけられることも稀にある。けれど、この子の声には、ただのファンが有名人を見つけた時の興奮や軽さが一切なかった。


 まるで最初から、ここで私に会うことを知っていたみたいに。まるで私が、今日、ここへ1人で来ることまで完全に分かっていたみたいに。


 私は愛想笑いを作ろうとして、うまく口角が上がらないことに気づいた。


「……そうだけど、あなたは?」


 少女は私の問いには答えず、ただ静かに、酷く無機質な微笑みを浮かべた。


 その瞬間――腰の奥で、もう存在しないはずの尻尾が、ぴくりと意思を持って動いた気がした。


「本当は、もっと早く会いたかったんだけど」


 向かいの席に座った黒いロリータ服の少女は、私の返事を待つでもなく、唐突にそう言って小さく小首を傾げた。


 その仕草自体は、見た目相応に幼く愛らしいものだった。しかし、鼓膜を揺らす声の奥底には、ひどく古びた、擦り切れたような響きが潜んでいる。まるで、果てしなく長い時間を生きた『何か』が、わざわざ子供という無害な器を選んで被り、無邪気なふりをして喋っているような……そんなちぐはぐで得体の知れない気配が漂っていた。


「でも、お互い大変よね」

「……お互い?」


 怪訝に思って私が問い返すと、少女は「ふふっ」と大人びた笑みをこぼしただけで、それ以上の言葉を紡ごうとはしなかった。


 その沈黙を埋めるように、いや、まるでこのタイミングを見計らっていたかのように、店員さんが私たちのテーブルへと近づいてきた。その手には、大きな丸盆が握られている。


 コトリ、と。まず1つ。

 続いて、2つ。

 さらに、3つ。

 ……おいおい待て、4つ。


 いやいや、ちょっと待ってほしい。最初は、私が注文した『季節のベリーパフェ』が運ばれてきただけだと思っていた。だが、店員さんはプロの営業スマイルの下に明らかな困惑を引きつらせながら、次々と、それも怒涛の勢いで少女の前に巨大なグラスを並べていくではないか。


 王道のチョコレートパフェに始まり、白玉が鎮座する抹茶パフェ、トロピカルなマンゴーパフェ、レトロなプリンアラモード風パフェ、私と同じ季節のベリーパフェ、そして極めつけは、アイスと生クリームをこれでもかと天を突くように積み上げた、特大サイズのジョッキパフェ。


 たった数十秒の間に、2人がけの小さなテーブルの上は、見渡す限りの『甘味の塔』がそびえ立つ異常空間へと変貌を遂げてしまった。


 まさか、夕方からの塔クエスト本番を前にして、現実世界のカフェで先に物理的な塔を攻略する羽目になるとは夢にも思わなかった。


「……これ、全部あなたの?」

「ええ」


 少女は、私の引きつった問いかけに対し、さも当然だという顔でこくりと頷いた。


 その華奢で小さな身体の、いったいどこにこれほどの質量が収まるというのか。ブラックホールでも飼っているのか。そんな疑問が喉元まで出かかったが、それは横に立つ店員さんもまったく同じだったらしい。営業スマイルの奥で、瞳孔が地震のように揺れているのがわかった。


 無理もない。きっと私も今、一字一句違わぬ同じ顔をしている自信がある。


「……美味しい」


 少女は細い指で銀のスプーンを握り、まずチョコレートパフェの山を大きくすくって口に運んだ。その瞬間、彼女はほんの少しだけ、とろけるように目を細めた。


 だが、それはただ「甘いものを食べて喜ぶ子供の表情」では断じてなかった。


 もっと深いところで、ずっと昔に失くしてしまった大切な何かを、舌の上で1つ1つ確かめているような。あるいは、生まれて初めて“胃の腑が満たされる”という幸福な感覚を知ったような、そんな切実で重たい顔だった。


「向こうでは、いくら食べても、決して膨らまなかったから」

「……向こう?」

「ええ。だから、まだまだ食べたいわ」


 会話のキャッチボールが、成立しているようで、決定的に成立していない。

 私が問いかけると、彼女は確かに相槌を打ち、返事をする。

 けれど、その言葉は私の質問に答えているように見せかけて、1番肝心な核の部分だけを、水のようにするりと避けていくのだ。


 エタファンの中で、システム制御されたNPCと話している時の違和感に近い。

 いや、違う。ただのNPCというよりは、あの『クレア』に初めて会った時の、背筋を撫で上げられるような妙な感触に近かった。


 こちらの言葉を理解している。こちらの目を真っ直ぐに見ている。

 けれど、こちらと同じ次元の床に立っているとは限らない。

 足元の世界が、自分だけ1枚ずれたプレートの上に乗っているような、ひどい不安定さ。


「あなた、私のことを知ってるの?」

「知っているわよ。最近話題の『リエラちゃん』」

「……私の配信を見てるってこと?」

「見ている、と言えば見ているし。見ていない、と言えば見ていないわね」

「……なにそれ、なぞなぞ?」

「ふふ。あなたって、そういうところ本当に可愛いのね」


 少女は次なる標的である抹茶パフェへとスプーンを伸ばしながら、じっと私を見つめてきた。

 ただ見られているだけのはずなのに、妙に落ち着かない。肌が粟立つ。


 顔、髪、目、肩のライン、テーブルに置いた指先、呼吸の間隔、声の微かな震え、そして――服の下に隠れているはずの、腰のあたりまで。


 私の構成要素のすべてを、レントゲン越しに観察されているような気がするのだ。

 なのに、不思議と嫌悪感は湧かなかった。

 底知れなく怖い。でも、不快ではないのだ。


 漆黒の瞳の奥からは、好奇心、それだけがはっきりと読み取れた。私という存在を、ショーケースの中の珍しい宝石でも眺めるように見つめている。


 人気配信者としてのリエラでもなく、単なるゲーム内アバターとしてのリエラでもない。


 現実とゲームという2つの世界の境界線上で、中途半端に揺れ動いている『私』そのものを、彼女はひどく面白そうに覗き込んでいた。


「あなたは……一体、何者なの?」


 私が核心を突くようにそう聞くと、少女は今度こそ、ピタリと動きを止めて沈黙した。


 いや、嘘だ。スプーンの動きだけは止まっていない。


 小さな口で、当たり前のように次々と大量の甘味をブラックホールへ消していく姿は、見た目だけなら大食いの子供みたいで微笑ましいはずなのに、目の前で繰り広げられる光景はどこまでも現実感が薄かった。


 私はだんだん、自分が今、現実のカフェにいるのではなく、まだVRギアを被ってログイン中なのではないかという錯覚に陥りそうになっていた。


「私の、名前を聞きたいの?」

「そりゃ、まあ……名乗られてないし」

「今はまだ、教えないわ」

「……なんで?」

「名前は、とても大事なものだからよ」


 その何気ない言葉に、胸の奥が小さく、けれど鋭く引っかかった。


 エタファンの世界では、名前というものが妙に重い意味を持つ。


 リエラ。


 その名前をキャラクターメイキングで選んだあの日から、私の人生は少しずつ、確実にそちら側へと引っ張られ続けている。


 本来の私である『小田山』の名前は、もう現実でもほとんど誰にも呼ばれなくなってしまった。現実でも、ゲームでも、配信でも、私は『リエラ』として扱われ、リエラとして思考する時間の方が、圧倒的に長くなっている。


 名前は、大事。


 彼女の言ったそれは、決してただの比喩や勿体ぶった台詞ではないのかもしれない。


「それじゃあ、私はそろそろ行くわね」

「えっ、もう?」


 驚いて視線を落とすと、先ほどまでテーブルを埋め尽くしていた甘味の塔――大量のパフェグラスは、いつの間にかすべて空っぽになっていた。


 怖い。本当に怖い。


 マジでこの子、その質量のパフェをどこに収納したんだ。


「……また、会える?」

「ええ、もちろん」


 少女は優雅な所作で席を立ち、黒いロリータワンピースのフリルを軽く整えた。


 そして、伝票を手に取って会計へ向かう直前。


 ふと思い出したように、こちらを振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。


「いずれまた会いましょう――『色欲』さん」


 その言葉が、鼓膜を震わせ、脳髄に到達した瞬間。


 腰の奥で。


 今ここには絶対に存在しないはずの黒い尻尾が、ぞわりと、明確な意思を持って反応した。


「……は?」


 私が間の抜けた声を漏らした時には、少女はもう振り返ることもなく、レジへと向かっていた。


 黒い小さな背中。歩調に合わせて揺れる、精緻なリボン。


 店員さんがおそるおそる驚愕の金額を告げると、彼女はどこから取り出したのかも分からないアンティーク調の財布から現金を出し、きっちり1円単位で支払いを済ませる。


 その仕草だけは、ひどく現実的で、人間臭かった。


 そして、少女は店を出る。


 自動ドアが開き、外の眩しい光が差し込む中、黒いロリータ服の背中は、喧騒の中へすっと溶けるように、影も形もなく消えていった。


 私はしばらくの間、まるで魔法にでもかけられたように身動きが取れず、ただ空になった大量のパフェグラスの山を呆然と見つめていた。


 色欲さん。


 確かに彼女は、去り際にそう呼んだ。

 配信名のリエラではなく。

 自称している肩書きの魔王でもなく。

 7つの大罪が1つ、『色欲』と。


「……なに、今の……」


 口の中に微かに残っていたはずの、ベリーの甘酸っぱさが、急に遠く感じられた。

 テーブルに置いたスマホを手に取ろうとして、自分の指先が、微かに、けれど確かな恐怖を帯びて震えていることに気がついた。


 ここは現実のカフェだ。ゲームの中ではない。

 それなのに。


 私の耳の奥では、どこか遠くで、これから始まる『暴食の塔』の重苦しい鐘の音が、ゴーン、と鳴り響いたような気がした。



書き溜めた分を一気に更新します。

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