瑠璃たちの修学旅行 【京都編 下 】
古叢井瑠璃…純粋無垢の優しい性格。
伊崎凪咲…瑠璃の親友。少し厳しいが優しい。
鈴衛音織…武将のような喋り口調をする。
久城美心乃…瑠璃たちと同じ吹奏楽部。
矢野雄成…瑠璃と別のクラス。普段は鬼の吹奏楽部長。
昼食は冷たい饂飩を食べ、瑠璃たち4班は八坂神社へと向かった。本殿へと続く道を歩いていると、どぉん!とお腹に響く程の音が、鼓膜を震わせる。
「わぁぁ、ここまで和太鼓の音がする」
瑠璃が興奮冷めやらぬ間にそう言った。
「そういえば、瑠璃って和太鼓やってたんでしょ?」
凪咲がそう訊ねると、瑠璃は「うん」と頷いた。
「ほんっと、和太鼓できる人って凄いなぁ」
凪咲が言うと、瑠璃は小さな手で凪咲の肩を掴む。
「あとで教えてやろうか?」
どこか見下すような口調だが、一応彼女の優しさだ。
「また今度」
しかし凪咲は軽くあしらい、横山たちについて行った。まだ太鼓の音が響く。
「…ふぅ」
手に豆と傷ができるまで叩いていた太鼓だが、まだまだ出来るだろうな、と瑠璃は不確かながらも、そう思った。
本殿へと歩きながら、横山は説明を始める。
「この八坂神社は、明治維新以前は『祇園舎』と言われていましたが、明治4年に『八坂神社』と改称されました」
瑠璃たちが、頷くと、本殿にて参拝を行った。
その後、瑠璃は想大へと薄紫の御守りを購入した。先ほどの伏見稲荷大社で持ち上げたおもかる石の感触が頭から離れない。
その一方で美心乃は凪咲の購入した御守りを見ていた。
「凪咲ちゃんは何を買ったの?」
「成功祈願。クラリネットの演奏をここぞという時にミスしたくないからね」
「修学旅行なのに心は部活なんだね」
美心乃がカラカラと笑うと凪咲は、
「だって、そろそろ本番だから」
と真面目な表情で返した。
「…はぁ」
音織は、真面目な凪咲を見て、小さくため息をついた。
修学旅行が終われば、地区・県大会、そこで金賞を獲り、東関東大会で金賞を目標にした部活動が、再び幕を開けるのだ。間違いなく地獄の門をくぐる事になるだろう。しかし金賞を獲れるならば、と躍起になるしかないのだ。
その後は、京都タワーを見学した。
ー京都タワーー
「…清水寺からちょっとだけ見えたけど、凄い絶景」
京都の町並みが見えた美心乃は興奮気味。瑠璃も家族へのお土産を買うと、同じく京都の絶景を見つめた。
「やっぱり、あの川は綺麗だね」
鴨川が少しだが見える。その川を見て凪咲は音織に言う。すると音織も嬉しそうに口角を上げる。
「京都はいいなぁ。将来はここに住もうかな」
「いいんじゃないの」
凪咲も同意するようにそう言った。京都の歴史と良さが目に焼き付いた所で研修は終了した。
そしてタクシーは旅館へと走り出す。
「そういえば、鈴衛さん以外の3人も吹奏楽部なのかい?」
ふと横山が訊ねる。すると音織以外の3人が「はい」と頷いた。
「そうかぁ。吹奏楽か」
横山は感慨深そうに言う。
「実は私の娘も吹奏楽部だったんよ。フルート吹いててな」
「へぇ。音織ちゃんと一緒だ」
美心乃が言うと、音織は「だよね」と頷く。どうやら音織がフルートを吹いていることは知っていたのだろう。
「茂華は強いみたいやな。コンクール頑張れ」
横山が応援の声をかける。
『はい!!』
その時、強豪の吹奏楽部員特有の声が、車内に響き渡った。
ー旅館ー
そうして、再び旅館へ到着した。今は夕方の4時。
このあとは組紐体験だ。
「さて、全ての班が揃いましたね。では今から組紐作りを始めます」
学年主任がそう言うと、全員が先生の方を向く。
大宴会場所とは違う場所にて、組紐作りが行われた。
「こ、こうかなぁ?」
「そうだね」
「そう言う久城さんは上手いね」
「でしょう?」
瑠璃たちもこうして繊細な網目を作っていく。
そうしていくうちに、組紐のブレスレットは完成した。
「できたぁ」
「明日、渡されるって」
組紐体験を終え、夕飯は1日目の夕食とは違い、部屋でしゃぶしゃぶだ。美心乃が湯に肉をほぐす。
「この旅行も明日までかぁ。ずっといたいなぁ」
「永久に京都に骨を埋めたい」
瑠璃と音織はすっかり京都に惚れたようだ。
「瑠璃がずっと京都にいたら想大くんとデート行けないよ?それに鈴衛さんは片岡君の家に遊びに行くんでしょ?」
「うっ!想大くんと優愛お姉ちゃん、うー茂華の町に帰りたぁい」
「そうだ。翔馬が家に泊まりに来るんだった」
凪咲の現実的な発言は、瑠璃をホームシックにさせた。
「ってか、言いましたけ?片岡君のこと」
「昨日、恋バナがてら、薬雅って人のことが好きってことも」
「う、それ翔馬にバレたら人生終わるぅ」
凪咲は、絶望する彼女を見て、呆れに近い笑いを浮かべながら、肉を口に運ぶ。タレを付けた肉は柔らかくて美味しい。
「うん。お肉も好き」
瑠璃はそう言いながら、しゃぶしゃぶの肉を平らげる。
「皆、やはり食べるのな」
音織は余った野菜を食べていた。彼女は野菜が好きらしい。
その時だった。美心乃の騒ぐ声が入り口から聞こえてくる。
「吹奏楽部ちゃんたちに差し入れだぁ♪」
美心乃の制止を振り切り、入ってきたのはクラスメートの女の子。
「た、田中さん!」
「麗恵ちゃん」
凪咲と瑠璃は、彼女の手にある物に目を付ける。それは余ったであろう肉と野菜だった。
「…わぁぁ」
しかし瑠璃はそれを見て目を輝かせた。
結局、4班のみならず他の班にも、差し入れという名の押し付け合いが続いた。
そうして風呂に入り終わると、瑠璃はタオルで頭を拭く。
「…ふぅ。眠くなってきたぁ」
そうして部屋に戻ると、布団が敷かれていた。美心乃に限ってはうたた寝していた。
「じゃあ、私も」
結果、つられるように瑠璃もうたた寝した。
その時、凪咲は、自動販売機前で矢野雄成と話していた。
「雄成、何とかならない。スパルタ指導」
居ても立ってもいられなくなった凪咲が、2人きりのときに話を切り出した。
「できん。まず、茂華には優先度が重要だ」
「なにそれ?」
「だから、友達とだべるよりも練習を優先しろってことだ」
「皆、アンタが思ってる程、アホじゃないから」
「フン、今に見てろ」
そう言って矢野は去って行った。ブレないねぇ、と凪咲は苦笑しつつ、部屋へと戻った。
すると、今度は瑠璃が寝ている。スヤスヤと何も知らずに眠る彼女は、小さな人形のようだ。
「…かわいい」
凪咲はついそう言ってしまった。
「まぁ、疲れてるもんね」
そう言って、瑠璃の背中を思い切り強く叩いた。
「…と言うとでも思ったか!?」
バン!と彼女の小さな背中からは考えられないほどの大きな音がした。
「痛っ!?なになに!?」
瑠璃は慌てて辺りを見回す。そこには凪咲がいた。
「今寝るなぁ。あ、夜中覚醒されると困るから、久城さんも起こしてあげて」
「ん…」
瑠璃は小さく頷くと、思い切り平手を美心乃の背中へ叩き込む。バァン!と先程よりも痛々しい音が響いた。
「いったぁい!瑠璃ちゃん、もう少し優しくしてぇ」
「だって、凪咲」
そう言って、瑠璃は美心乃の背中を撫でた。
「ごめんね」
瑠璃はそう言って、美心乃に謝罪した。
「…あはは」
凪咲は瑠璃の純粋さに笑うしか無かった。こうして2日目も無事に終わることが出来た。
翌日。
3日目はクラス行動で嵐山だ。それでも自由行動は班ごとに動く。
朝食を済ませ旅館を出ると、バスが待っていた。
「駅に着いたら、トロッコに乗って嵐山駅まで行きます!」
そのままバスはトロッコの待つ駅へと向かった。
赤い色をしたトロッコは、何両かに分かれていた。すると担任が指示をする。
「班ごとに乗って下さいね」
その指示の元、班ごとに乗り、トロッコで嵐山駅まで向かった。移り変わる自然に満ちた景色。
「…綺麗」
瑠璃が小さい声で言う。まだ眠気が覚めていない。しかし他の班員は皆、仲良く話していた。
(私も皆と話して、帰りの新幹線で寝よ)
瑠璃はそう思いながら、凪咲たちに話しかけた。
ー嵐山ー
到着すると嵐山の町並みを歩く。すると橋が見えた。渡月橋だ。
「わぁ、渡月橋」
「ホントだぁ」
美心乃と瑠璃がきゃっきゃっと声をあげる。木造のアーチ型の橋は、時代劇によく出てくる橋のそれに似ていた。
集合写真を済ませると、担任が生徒へ声を掛ける。
「さて、では自由行動とします。10時30分までの1時間は自由に行動してください」
『はい!』
そうして嵐山での自由行動が始まった。
「トロッコ良かったぁ」
「そうだねぇ」
クラスメートが口々に話し出す中、瑠璃たちは、竹林『竹林の小径』を歩くことにした。
竹林の小径とは、竹林の中心にある野宮神社から天龍寺の北門を通り美しい大河内山荘へ抜ける約400メートルの小道にある。京都で人気の観光スポットだ。
「ふぅ、着いたぁ」
歩くは何万本もの深緑の竹が並ぶ小道。夜は妖怪が出そうだ、と誰かが言う。
「お化けが出そう…」
瑠璃が震えると、凪咲が瑠璃の肩を叩き脅かす。
「ひぃっ!?」
「あ、ごめんごめん。びっくりした?」
「うん。びっくりしたぁ」
瑠璃は不満そうにそう言うと、上へ見上げる。そしてフィルムカメラのシャッターを押す。今日はあまり太陽が出ていない。故に涼しかった。
「そうだ!写真撮影しよ!」
その時、瑠璃のフィルムカメラを見て、美心乃がそう言った。
「えっ?でも撮ってくれる人が…」
「あ、それは任せて、てか任せんしゃい!」
そう言って、美心乃は女性に話しかける。
「あの…」
「?」
しかし女性は外国人だった。どうする?と瑠璃と凪咲はもたつく。
しかし美心乃は硬い表情を崩す。
「Could you please take a photo?」
(写真をとっていただけませんか?)
「OK!」
(いいですよ!)
だが、美心乃は英語を使いこなし、フィルムカメラ4枚とデジカメで写真を撮ってもらうことができた。
「美心乃ちゃん、英語使えるんだね」
嵐山の道を歩きながら、瑠璃が言う。するとすぐ近くに、人力車が通り抜ける。
「まぁね」
美心乃が頷く一方、音織は不満そうだった。
「別に私も言えるもんね」
「分かってるよー」
音織は学年でも成績はトップクラスだ。その学力は疑いようもない。
その後は、瑠璃と凪咲はアイスを食べながら、渡月橋を歩いていた。
「母上への土産選び手伝って頂き感謝する」
音織が言うと、いいえー、と美心乃は返す。その合間に瑠璃と凪咲は4人分のアイスを買っていた。
真っ白な豆腐のアイス。各々が食べ終わると、口についたクリームを舐め取る。すると美心乃が口を開く。
「ねぇ、私、音織と手洗いに行ってくるね」
「…あ、うん」
「行ってきなぁ」
瑠璃と凪咲は、手洗い場へと駆ける2人を見送った。
「…ふぅ。やっと2人きりになれた」
その時、凪咲が小さくため息をついた。
「瑠璃」
「ん?なぁに?」
「瑠璃さ、昨日、清水寺で言ったでしょ?東藤高校に行くって」
その言葉を思い出した瑠璃は「あぁ」と、思い出したように頷いた。
「私にとっては、東藤が良いかなって思ってる。こうやって、皆で血眼になって金賞を獲るよりも、やりたい楽器をやって皆を楽しませる吹奏楽」
瑠璃はそう言って、凪咲を見つめる。
「勿論、結果を追い求める吹奏楽だって、やり甲斐はあって楽しい。だけど、私には多分、それは合わない」
「じゃあ…」
すると瑠璃が悲しそうに目を細める。
「凪咲とはバイバイだねぇ…」
その時、凪咲の呼吸音が大きくなる。きゅぅぅ!と空気が空気を震わせる。
「…これからもずっと一緒にいたかったなぁ」
「それは私も」
「じゃあ…」
凪咲が何かを言おうとすると、瑠璃は橋の欄干に細い腕を置く。もうじき、この腕は日焼けして黒くなるだろう。
「私、知ってるよ。私を、死んだお姉さんと重ねて接していること」
そう言った瞬間、凪咲の瞳が大きく動く。瑠璃の明るい声が、温かな雰囲気が生前の姉と重なり合う。
「だから、皆より優しく接してくれる」
「…う」
凪咲が言葉に詰まる。普段の大人茂な雰囲気が崩れ去る。
「ここだから言うね。私も凪咲が大好き」
その時、彼女に宿った赤い瞳。そこに光というべきハイライトが映り込む。
「…ありがとう」
その時、瑠璃がぎゅうと凪咲を抱きしめる。
「それはコッチ。暗い性格だったのに1番に話しかけてくれてありがとう」
瑠璃はそう言って、背中をぽんぽんと叩いた。
「…もう何も失いたくない」
凪咲はそう言った。その声が瑠璃に聞かれていたかは、分からない。
「まずは東関東大会に進もうね」
瑠璃が言うと、凪咲は「勿論」と決意の言葉を口にする。
その時だった。
「あら?愛の告白ー?」
音織がからかい混じりに言う。どうやら2人の手洗いは終わったようだ。
「そんな訳、無いでしょ?」
「ほんと?」
美心乃も疑っているようだが、瑠璃は凪咲と何とか誤魔化した。2人の真の関係を。
そうして後ならぬ余韻を残したまま、京都を発った。
ー新幹線ー
昼食をとった3年生は、東京駅への新幹線に乗る。帰りの新幹線は自由席だ。
「澪子、遊びに来た!」
「あ、じゃあ叩いて被ってジャンケンぽい!」
「えぇ~」
「…きゃっ!」
「何も成せず敗北するとは哀れなり…」
結局、元の席には瑠璃と凪咲だけが残された。
「そういえば、瑠璃」
「んん?」
瑠璃は小さく口を開けたまま、凪咲の方を向く。
「いつフィルムカメラ買ったの?」
「ああ、去年の誕生日に」
そう言って、可愛らしいカメラを手にした。
「凪咲、手を出して」
その時、瑠璃が数枚の写真を渡す。
「…これ」
そうして、渡されたものは、焼き増しされた写真だ。
「私と凪咲の思い出。薄れないうちに」
瑠璃はそう言って、にこりと笑った。白い歯が眩しい。
「ありがと」
凪咲はそう言って、ツーショットの写真を見て、ふふっと笑った。
その写真は、どれも上手く撮れていた。その後、ふたりは共に眠りへと落ちた。
東京駅から学校まではバスだ。
「良いことばかりじゃないからさ♪」
「痛く〜て泣〜きた〜い時もある♪」
瑠璃と凪咲はカラオケを楽しんでいた。
「明日も〜」
凪咲は歌い終わると、何歌う?と訊く。
「えっ?千本桜」
「えぇ、勘弁してよ」
寝起きに千本桜は、と凪咲は言う。
「千本桜♪夜に紛れ♪君の声も届かないよ♪ここまでっ…あっ!」
しかし途中で声が裏返る。
「明日、今日よりも好きになれる♪」
「あ、その曲!」
凪咲は歌が上手い。その後はキセキを歌った。
「めぐり逢えた♪それってキセキ♪」
「ふたり寄り添って歩いて♪」
2人の歌声は、他の生徒の喧騒に飲まれる。
「足りないけどせめて言わせて♪幸せですと♪」
その時、後ろの席から肩を叩かれる。
「2人共、歌上手いね」
「そんなこと無いと思うけど」
「えへへへ」
凪咲が謙遜する一方、瑠璃は嬉しそうに笑った。その後は流行りのラブソングを歌っていた。
「そういえば、東藤は今年、何の曲やるん?」
一段落着くと、凪咲が訪ねてくる。
「月に叢雲華に風らしいよ。私が小学生だった頃からあった」
「…歌える?」
すると瑠璃は「もちろん」と頷いた。
「月には叢雲♪華には風と♪此方より彼方へ♪永久築けぬなら♪」
サビを歌うと、凪咲がへぇ、と言う。
「私、東方好きだから分かるよ」
「ホント!私さ、この曲に自分の苗字が入ってるから気に入ってるんだ。『叢雲』の『叢』」
「へぇ」
「歌お!」
瑠璃がそう言うので、ふたりは歌い始めた。
そうして歌っているうちに、学校へと到着した。
ー茂華中学校ー
それぞれがバスを降りる。
「…わぁ、茂華町の空気だぁ」
「ホント」
すると、先生が校庭前へと先導する。
「さて、無事に修学旅行が終われてよかったです。明日はお休みですので、しっかり休んで下さい」
明日は吹奏楽部自体も休みだ。学年主任の言葉をあとに修学旅行は…終わった。
「またね。瑠璃」
「バイバイ!凪咲」
そうして、瑠璃は母の待つ駐車場へと歩き出した。
楽しかったな、と瑠璃は思う。数え切れないくらいの思い出ができた。
そしてコンクール。いよいよ始まるのだ。
強豪校 最後の夏が…
挑む自由曲は『マードックから最後の手紙』。
様々な思いが交差する中、いよいよ…結果が明かされる!!
【コンクールへ続く】




