【ハロウィンSP】 茂華の杜ハロウィン演奏会
『トリックオアトリート!』
そう言いながら、赤と黒いドレスに身を包んだ吸血鬼に、仮装した少女はお菓子の入ったバスケットへ飛びついた…。
10月31日。古叢井瑠璃たち茂華中学校吹奏楽部は、町の老人ホーム『茂華の杜』にいる。
「うん!すっごく似合ってるよ!!」
「え、そうですか?」
今日はハロウィンの演奏会に、お招きされたのだ。
ハロウィンに因んでか、瑠璃たちは仮装をしている。白シャツの上に赤と黒の絹で作られたドレス。これは手作りなのか、買ったのかよく覚えていない。ツインテールの天辺には、オレンジ色のカチューシャを付けている。モデルは吸血鬼だ。
これが、入所者には大人気だった。
「先輩、すっごく可愛いですよ!!」
乗り気で言ったのは、指原希良凜だ。
「え、えへへへ…。ありがとう!」
今回、3年生だけのはずが付いてきたようだ。
「…音織ちゃん?フルート吹いてたわねえ。上手いわぁ」
「そう言われること、奏者として誉事で御座います」
音織は相変わらず、自分のスタンスを崩さない。
「…それと、黒い楽器持ってた真面目そうな君」
「あ、クラリネットで、伊崎凪咲です」
「魔法使い?可愛いわねえ」
伊崎凪咲は、緑のドレスに黒い羽織り、黒い三角帽を被っていた。
「ありがとうございます。お褒めいただき恐縮です」
目の前の人生の大先輩に、凪咲は小さく腰を折った。その傍らで他の3年生たちも歓迎されていた。
「…音織先輩」
「あ、みるくちゃんよ」
中畑みるく。2年生のフルートパートだ。
「…あらあら、可愛らしい」
「ありがとうございます!」
みるくも仮装したいと参加したのだ。音織とみるくは揃って、真っ白なお化けの仮装だ。
1度目の対面が終わった所で、再び後半へと入った。
「それでは、第2部に移りたいと思います」
そう言ったのは、部長の矢野雄成だ。彼は金色に光るトランペットを構える。その音が鳴る。
と同時、瑠璃がドラムスティックを、踊るように振る。
つったん!つったん!つったん!つったん!
安定したフォービートのリズム。
その音に乗っかるように、どこか懐かしい音楽が響き渡った。
『上を向いて歩こう』だ。この曲は40年ほど前の曲だ。誰もが一度は聴いたことがあるだろう。
軽いリズムを瑠璃は、ひたすらと刻んでいく。赤いドレスがふわりと上下へ踊る。
重すぎず、軽快でもないメロディーは、その時代さながらの懐かしさを思わせる。
そして、演奏の最中…。
『…うえをむーいて、あーるこーう』
中には歌っている方もいた。
瑠璃は仮装が外れないくらいのノリで、体を揺らした。そうすれば、楽しさがより伝わってくるからだ。
雄成と澪子も、トランペットを吹きながら左右に揺れる。ふたりは本当に器用だ。
黒猫へ仮装した美心乃の優しいメロディーから、音織のソロへと変わる。
ゆったりとした針を撫でるような音。その音は完璧に室内へ響き渡った。その刹那、乾いた拍手が鳴り響いた。
その後は金管の主旋律が、辺りの空気を心地よく震わせる。皆は希良凜のタンバリンに合わせるように手拍子を打った。
たたたたん!!たったたん!!
瑠璃が軽やかにスティックを振ると、スネアの乾いた音が、辺りへ響き渡ると同時、室内に大きな拍手が満ち溢れた。
数分後。
「ありがとうございました!」
『ありがとうございました!』
曲を終えた彼女たち。すると施設の職員が瑠璃たちの前に立つ。
「…吹奏楽部の皆さん、お菓子食べますか〜?」
その言葉に、1番先に反応したのは瑠璃だった。
「食べたい…」
本音が口を衝いて出る。
「瑠璃ぃ」
凪咲が笑うと、大テーブルにバスケットが置かれる。中には美味しそうな菓子や、見慣れた菓子が、包装で詰め込まれていた。
「…」
普段は真面目な音織も、お菓子をずっと見ている。
「…音織ぉ」
小さく肩をたたくも、音織は全くこちらを見向きもしない。そこまでお菓子が欲しいのか。
演奏会が終わり、学校帰り。
「…ふぁあー、あっつーい」
学校の駐車場を歩きながら、雄成と澪子は手で自身を仰いでいた。
「澪子と雄成、フランケンシュタインだったもんね。似合ってたよ」
瑠璃がそう言うと、雄成は「ありがとう」と笑った。雄成は瑠璃に対してだけは格段に甘い。
「瑠璃も吸血鬼似合ってた」
「ね、フランドールみたいだった」
「へへ、」
雄成と澪子に褒められ、瑠璃は嬉しそうに片手を開いて閉じた。
「瑠璃ちゃぁーん!」
「あ、美心乃ちゃん」
すると、校門で待っていた久城美心乃に話しかけられる。お菓子の交換をしようとしていたのだ。
「じゃあね。2人とも」
「うん、またね」
「ばいばい!」
瑠璃はハロウィンの服装が入った紙袋を揺らし、美心乃と凪咲の所へ向かった。
「そういえば、河野は?」
「えっ?芽吹?先帰んなかった?」
「あ、そっか。矢野といないから心配してた」
「それより、お菓子だよ〜」
「あ、うん」
3人は帰路を歩きながら、お菓子交換を始めた。やはり高級そうなお菓子も紛れていた。
「ほらー、シャメルのお菓子だよー!」
(※シャメルは架空の高級お菓子メーカーです)
「うわーぁ!演奏会行ってよかった!」
「あはははは」
瑠璃と美心乃が高級菓子に盛り上がる中、凪咲だけが苦笑していた…。
「シャメルのクッキー、今食べよ」
美心乃が誘うと、瑠璃は大きく頷いた。
「食べるの2年ぶりかも。楽しみだなぁー」
そう言って、食べようとした瞬間…。
強い日差しに目が焼かれるようだ。瑠璃は世界から目を覚ます。
『え…っ…?』
………夢だった。
「…あ、夢か?」
時計には無情にも……金曜日だった。
「そっか。私、もう引退したんだよね」
その声は残念そうだった。
ハロウィンのお菓子もらいたいなあ、と呟きながら、瑠璃は制服へと着替え始めた。
『…あなたに吹奏楽なんて、やらせなければよかった』
『…えっ?』
母から放たれた言葉は瑠璃を傷つけた。
『…いいのかな?私』
迷う瑠璃へ優愛は、
『いいんだよ。やりたいんでしょ?』
『…』
強い期待に混じった迷いが、渦巻く世界の中で…
長編版
吹奏万華鏡0
打楽器ソロコンテストの賞
11月21日【金曜日】
『お姉ちゃん、ありがとう…』




