【16話:次のわたしへ】
「初日、よく頑張ったね。」
ヒナの声が、想像以上にやさしかった。
カウンターの奥からその光景を見ていたレナは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
あの子──“もも”は、今日が初日。たどたどしい笑顔も、ぎこちない立ち姿も、全部が初々しくて、まぶしかった。
(わたしにも…あんな頃、あったっけ。)
思い返す。初めてカウンターに立った日。笑顔が引きつって、伝票を落として、常連のお客さんに助けられたあの日。
今はもう、忘れてしまったような気がしていたけれど。あの子の姿が、過去の自分を照らし返してくる。
「レナさん、厨房の備品発注、来週分どうしますか?」
ミユの声がかかる。自然体で、テキパキと現場を回す姿は、もう店長そのものだった。
「ありがとう、任せる。必要なもの、ミユの判断でいいよ。」
自分が現場に立たなくなって、どれくらい経っただろう。
少し前なら、すべてを自分の目で見て決めないと不安だった。けれど今は違う。
(この子たちがいるなら、もう任せていいのかもしれない。)
不意にヒナがももと笑いあっているのが目に入る。
あのヒナが、後輩に言葉をかけている。
かつては「敵」とすら感じていた彼女が、今や誰かの“背中”になり始めている。
(…なんか、すごいな。)
レナは少しだけ複雑な気持ちを抱えたまま、ゆっくりと立ち上がる。
その背中を、カノンが追いかけてきた。
「レナさん、Xのトップ画像、そろそろ別の子に変更しますね。」
「うん、ありがとう。カノンに任せるよ。」
当たり前のように、広報も現場も、それぞれのプロが支えてくれている。
ももはきっと、そんな背中を見て育っていく。
レナは、少しだけ視線を上げた。
(もう、全部わたしがやらなくてもいい。今度は、わたしは“切り開く側”に立たなきゃ。)
「…ねえ、カノン。明日ちょっと時間ある?今後の広報戦略、少し話したくて。」
カノンが笑って頷く。
「もちろん。楽しみにしてます。」
社長という肩書きの重さは、今も変わらず背中にのしかかっている。
けれどその重みを、みんなと一緒に背負っていけることが、なによりの強さだと今なら分かる。
レナはそっと、胸の内で言葉をつぶやいた。
(次のわたしへ。そろそろ、本気で踏み出そうか。)




