【10話:それぞれの立ち位置】
「おつかれさまです…あ、あの、よろしくお願いします…!」
少し緊張した声とともに、リリが堅香子の扉をくぐった。ナナは笑って迎えながらも、その様子にどこか自分を重ねていた。
「こっちこそよろしく。…緊張するよね、最初は。」
「はい…雰囲気、全然違いますね。なでしこと。」
リリは辺りを見渡しながら言った。薄暗い照明、静かなBGM、そして、ほのかに漂う大人びた香り。落ち着いた空間に、彼女の声も自然と小さくなる。
「でも、リリなら大丈夫。無理にテンション上げなくていいよ。ここでは“丁寧さ”が武器だから。」
「…はい、やってみます。」
ナナは「なんとかなる」と、自分にも言い聞かせるように微笑んだ。
その頃、カノンは堅香子用のSNS施策についてPCを睨んでいた。
「派手じゃない。でも気になる。“静かな深夜の、最後の一杯”。そういう雰囲気、伝えたいんだよね。」
レナと軽く言葉を交わし、深夜の導線設計と求人文言の打ち直しを済ませると、カノンはすぐにストーリー投稿の草案を作り始めた。
──“深夜0時。まだ話し足りない人へ。堅香子は朝5時まで。”──
一方、なでしこではミユがヒナに軽く声をかけていた。
「今日の閉め前、もし誰か飲み足りなさそうなお客様いたら、“堅香子って店ありますよ”って、ちょっとだけ話してみてもらえる?」
「わかった!紹介してみる!」
なでしこから堅香子へ。自然な流れを作るための、小さな試み。
その夜、堅香子は落ち着いたまま静かに時を刻んでいた。リリは緊張しながらも、丁寧な対応でお客様の心を掴み始めていた。ナナはその様子を見ながら、少し安心したように微笑む。
「リリ、意外と合ってるかもね、ここ。」
「えっ、本当ですか?」
「うん。無理して盛り上げようとしてないのに、お客様が自然と笑ってる。」
リリは少し照れたように笑った。
静かに動き出した新体制。その夜、堅香子には少しだけ、やわらかい風が吹いていた。




