【9話:堅香子、再始動】
「この空気、やっぱり好きだな。」
夜の堅香子に入ったミユは、静かな照明としっとりしたBGMに身をゆだねながら、思わずつぶやいた。営業中とは思えないほど落ち着いた空間。あやのがグラスを丁寧に拭きながら、笑顔で迎えてくれる。
「最近、少し戻ってきたんですよ。深夜は特に、流れてきてくれるお客さまも増えて。」
ナナがカウンター越しに言った。一度は廃れかけたこの店も、なんとか持ち直しつつある。けれど、課題がなくなったわけじゃない。
「…でも、やっぱり人数足りないよね。」
「うん。あやのさんも限界あるし、私だけじゃ埋められない時間が多くて。」
キャストは同時に2人まで。それでも、シフトが回らない。深夜に特化するなら、より精度の高い接客ができる人材が必要だった。
その夜、ミユはなでしこに戻り、レナに相談を持ちかけた。
「店の雰囲気も戻ってきてる。でも、あのままだと足りない。人員を増やしたい。」
レナは少し笑ってから、柔らかく言った。
「堅香子って、私にとって特別な店なんだ。今のナナも、よくやってくれてる。でも支えがあれば、もっと伸びるよね。」
「だから、リリに入ってもらえないかな?」
その名に、レナは一瞬だけ考えて、すぐ頷いた。
「リリ、最近ちょっと自信なさそうだけど…逆にいいかもね。堅香子の空気、あの子に合ってるし。」
後日、ミユはリリに話を持ちかけた。
「リリ、今度何日か堅香子に入ってもらいたいんだけど、どうかな?」
「え、私が…?」
リリは目を丸くしたが、少し考えて、静かに頷いた。
「うん、わたし…ああいう静かな場所、嫌いじゃないから。」
「ありがとう。きっと、あの店にとっても良い風が入ると思う。」
求人の打ち出し方も見直し、カノンがSNSとLINEで“深夜でも働けるキャスト募集”を展開。カノンは言う。
「せっかく流れ客が来てるんだから、もう一押しだよね。堅香子、絶対もっといける。」
それぞれが役割を持ち、静かに、でも確かに堅香子の風向きが変わろうとしていた。




