3-7
夏の間に木を装飾していた葉が役目を終え、冬への支度を始めた季節に、ランドセルを背負った少年は一人で歩いていた。
「あいつが銀河か?」
「きっとそうね。彼が乗り越えるための手助けをよろしく」
「お前がやればいいのに」
「この時から女性嫌いだったら私じゃできないでしょ」
銀河の後方から、カレンとノワールはゆっくりと後をつける。
銀河は帰宅中かと思われたが、途中の公園に入ると、ベンチに座ってランドセルから児童書を取り出して、読み始めた。
「これ、どうしたらいいの?」
「うーん」
何かの出来事が起こることを期待しているが、これは銀河と星羅の夢の中だ。二人には同じ夢を見て昔を思い出してもらう。恐らくこの夢を見ていれば何かがわかるはずだ。
すると、どこからかパタパタと軽いものが地面を叩く音が近づいてきた。
「ぎんがー」
同い年くらいの少女が公園にやってきて銀河の横に座った。顔を見ると、幼少の星羅だとわかった。
「またお母さんとケンカしたの? 銀河ママは頑張って働いてるんだよ?」
「……お母さんの仕事、水商売って言うんだって」
「みずしょうばい?」
「男の人と喋ってお酒飲んで、良くないお仕事だって言われた」
星羅は両手を握り締めて立ち上がった。
「銀河ママの仕事が悪いわけない! だってあんなに頑張ってるんだもん!」
「でも……女の人は男に媚び売れば良いんだって」
「誰? そんなこと言ったやつ。言い返してくる」
「いいよ。でも、女の人はみんなそうなのかな。男に媚びて、気に入られようとして、そんなの……怖くて信じられないよ」
銀河は持っていた児童書を体の前でぎゅっと抱えて、体を小さくした。星羅はしゃがんで銀河に向き合った。
「私は銀河に媚び売らないよ。だって友達だもん」
「ほんとう……?」
「うん! ずっと友達!」
指切りを交わす二人を遠くから見ていたカレンは、この出来事が星羅の中で呪いのように、彼女の気持ちを縛り付けることになったのだと思った。
ぐにゃりと世界が歪み、次に現れたのは高校生の銀河と星羅が、並んで歩く後ろ姿だった。
そこへ同じ制服の男子生徒が二人、後ろからやってきて星羅と銀河に話しかけた。
「なあなあ、やっぱお前らって付き合ってんの?」
「仲良いよな? 幼馴染みだっけ?」
星羅はチラリと銀河を見てから、話しかけてきた男子生徒に笑顔を作った。
「付き合ってないよ。小学生の頃から一緒だから、姉と弟みたいな感じ?」
「俺が下かよ」
「ごめんごめん」
「息ピッタリじゃん。ふ~ん、恋愛感情って湧かないもん?」
「ないない。ありえないよ」
その時の銀河の表情をカレンは見逃さなかった。
「銀河は? 星羅に何とも思わねえの?」
「俺は女に興味ない」
「マジかよ。昔からこうなの?」
「そう、かな?」
星羅は困ったように笑った。
「あ、これからカラオケ行くんだけど星羅も行かねえ? 何人か他の女子も呼ぶけど」
「えっと……」
「俺は一人で帰るからいいよ。それじゃあ」
「あ……」
銀河は星羅の返事を待たずに一人で歩いて行った。星羅は何か言いたそうに銀河の後ろ姿を見送っていた。
再びぐにゃりと世界が歪み、先日訪れた星羅と銀河が通う大学が現れた。
「おいあれ」
ノワールの指し示した先に銀河が一人で立っており、その視線の先にはベンチに座る星羅がいた。
「ノワール、よろしく」
「はいはい」
ノワールは銀河のもとに向かい、二、三言会話をしたあと、その場から二人で立ち去り、それを確認したカレンは星羅のもとに向かった。
「こんにちは」
「えっ、カレンさん!?」
驚くカレンを無視して隣に座る。一応夢の中だから細かな説明はかえって不自然になる。
「あなたに聞きたいことがあるの」
「なんでしょうか」
カレンはこれまでの星羅の言葉で気になっていたことを尋ねた。
「あなたはとても人との繋がりを大切にしてるわよね。相手と過ごした時間、相手との関係性、どうしてそう思うようになったのか、聞かせてもらえないかしら」
星羅は黙って俯いた。話しにくいことかもしれないが、二人の間でしこりとなっているものは取り払ってあげたかった。
「この前お店に行った時のこと、覚えてますか?」
「ええ。お父さんと二人で来てたわよね? とっても仲良しね」
「私は、私たちは……ちゃんと父と娘に見えましたか?」
カレンは星羅の意図することがわからなかった。
「親子にしか見えなかったけど、喧嘩とかしてたの? あ、もしかしてお父さんじゃなくて親戚の方とか?」
星羅は首を横に振った。
「血が、繋がってないんです」
「お母さんが再婚されたの?」
「いいえ。母とも血は繋がっていません。私は、養子なんです」
カレンは予想もしていなかった回答に背中に冷や汗が伝うのを感じた。踏み込みすぎた、そう感じた。しかし星羅が銀河の母親との関係を良くしたい理由はわかった。星羅が欲しくても手に入らない、血の繋がりがある母親と仲が悪いのは見ていられないのだろう。
「自分が養子だと知ったのは小学生になった時でした。打ち明けるにしては幼いと感じる人もいるかもしれませんが、両親の意向で理解できるようになったら可能な限り早く伝えると決めていたそうです」
「辛くは……なかった?」
「全然。むしろそうなんだ、くらいにしか思いませんでした。確かに本当の親は誰なのかとか、どうして手放されたのかとかは気になりましたけど、私の親はこの二人だって思えたんです。血は繋がっていなくても、養子だと打ち明けられた日までの期間、そして今日までの日々、私は二人にいっぱい愛されてきました。これが親子でないと言うのなら、親子ってなんなんだって思います。だから、私は誰かと過ごした時間、自分が見て、感じた相手を信じたいんです」
星羅が相手と向き合ってきた時間を大切にする理由を知った。養子であるという事実をすんなりと受け入れた娘を持つ今の両親は、育て方が良かったとも言えるだろう。しかし、彼らは血の繋がりがない、言ってしまえば他人の子供を娘として扱った。我が子のように、などという月並みな言葉では表せない、星羅の両親にとって、星羅は紛れもなく自分たちの娘だったのだ。
「すみません、こんな話しちゃって」
「ううん、話してくれてありがとう。でも、もう一つ訊きたいことがあるの」
「もう一つ?」
「星羅ちゃんは関係性よりも相手と築いた信頼を大切にしているわ。でも、一人だけそうじゃない相手がいるわよね」
星羅は心当たりがあるのか口をつぐんだ。
「銀河くんとは、友達でいなければならない。それがあなたの枷になっているわ。あなたが大切にしてる人との繋がり、銀河くんと過ごした時間を信じても大丈夫よ」
星羅はぽろぽろと涙を溢し始めた。
「私、銀河に告っちゃった。嫌われたらどうしよう……」
カレンは星羅を優しく腕の中に収めた。わあわあと子供のように泣きじゃくる星羅が落ち着くまで、カレンは頭を撫で続けた。




