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気がつくと、見慣れた天井が目に飛び込んできて、自分がベッドに寝ていることを理解した。
部屋は暗く、窓から光が差し込んでいないことから時間帯が夜であることもわかり、かなりの時間意識を失っていたようだ。
店先に出ると、ライアはおらず、ノワールが猫の姿で椅子の上に丸くなっていた。物音に気づいたノワールが顔を上げ、とてとてとカレンに歩みより、足に体をすり当てた。
「具合、良くなったかよ?」
「うん、ありがとう。ノワールがここまで運んできてくれたのよね?」
「あの後もう何人かから力を貰って、一気にここまでな。おかげで俺もさっきまで寝てたよ。看病は爺さんがしてくれてたみたいだから、礼は言っとけよ」
「そう。ありがとう、ノワール」
「だから礼は爺さんに言えって」
椅子に戻るノワールは尻尾がピンと立っていた。大学で会った男がツンデレと言っていたのを思い出して、カレンは可笑しくなった。
「で、これからどうすんだ?」
「大体のことはわかったから、後は二人を呼んで、二人で話し合ってもらうしかないわ」
「それで何とかなるのか?」
「二人の問題は二人にしか解決できないもの」
「二人の問題って、男の方の女嫌いをなんとかするって話じゃなかったか?」
「そうだけど、星羅ちゃんがカギになるのは間違いないから」
ノワールはよくわからないといった様子で首を傾げた。カレンは星羅に連絡を取り、今度銀河と二人で店に来てほしいということと、一つ質問をした。
「さ、日にちが決まったらまたお願いね」
「まだなんかあんのかよ?」
「マグロ」
「のった」
ノワールは散歩に行くといって出ていったが、その足取りは上機嫌だった。
「こんにちはー」
「星羅ちゃん、いらっしゃい!」
店に訪れた星羅は相変わらず明るくて良い子だと思わされたが、銀河の方は口を開かず明後日の方を向いている。
「銀河くんもありがとね」
銀河は、カレンをチラリと見てペコッと頭を下げたが、すぐに視線は店内に向けられた。
二人をカウンターの席に案内し、アイスコーヒーを二つ差し出す。
「さて、早速本題に入ろうかしら。銀河くん、あなたは女性嫌いっていうのは間違いない?」
これまでハッキリと人に指摘されたことがなかったのか、銀河は一瞬動きを止めたが、躊躇わずに頷いた。
「嫌い、というか信用できないだけだ」
「理由を聞いてもいいかしら?」
「女はすぐ男に媚びる。意図的にすることもあれば、無意識のことだってある。どちらにせよ、あさましくて、醜い。そうやって男を利用しないと生きていけないんだ」
星羅は苦しそうに顔を歪めていた。
「じゃあ星羅ちゃんは?」
星羅の体が強張るのがわかった。
「星羅ちゃんだって女性よね?」
「星羅は、友達だから……」
「友達だから?」
「小さいときから友達だ。子供は一部を除けば男女の下心なく互いに接する。星羅は、昔から俺に変わらず接してくれてる。媚びたりしないし、対等な友達として関わってくれる」
星羅は黙って話を聞いていた。
「銀河くん、今日なんでこんな話をしてるのかっていうと、星羅ちゃんに相談されたからなの」
「相談?」
銀河は隣に目をやったが、星羅は下を向いたまま顔を上げなかった。
「銀河くんが女性嫌いになった原因、それはお母さんの影響だと思うって話は聞いたわ。あなたがお母さんの仕事をどう思うかは自由よ。でもね、あなたは物事が見えてなさすぎるわ」
「ど、どういうことだよ」
カレンの言葉にムッとした銀河に、カレンは畳み掛ける。
「あなたは物事やその人をある一面だけで判断しすぎだと言ってるの。一面だけ見てわかったつもりになって、自分の都合の良い解釈をして、相手の気持ちを全く考えられてないわ。星羅ちゃんのことも、あなたはわかってない」
「な、なんでそんなこと言われなきゃいけないんだよ。星羅とは十何年も一緒にいるし、他の人よりはわかってるつもりだ!」
「どれだけ長く一緒にいようと、相手としっかり向き合わないと、いつまでも理解し合えないわ。時間じゃないのよ。友達とか、恋人とか、親子とか、関係の名前でもない。お互いが一人の人間として向き合うべきなのよ」
銀河は、カレンの言葉を必死に処理しようと黙って考えているようだった。
「銀河」
星羅が口を開き、銀河に体を向けた。
「私を信頼してくれてありがとう。でもね、私はあなたを裏切ってるの」
「どういうこと?」
「私はあなたに友達以上の感情を持ってる。でも、銀河はそういうの嫌いだから、ずっと隠してた。気づかれないように」
「星羅……」
「いつからかはわからないけど、ずっと騙してたことになるよね。でもね、私は銀河にもう嘘をつくのはやめる。銀河と関わってきた時間は、本物なはずだから。私がこれで嫌われても、それは仕方がないことだと思う」
銀河は返す言葉を探すように視線を泳がせた。
「銀河くん、あなたはどうなの?」
「俺は……」
「あなたが星羅ちゃんを信頼してる理由は何?」
「俺が、星羅を信頼してる理由?」
沈黙が流れ、半分ほど飲まれた二人のアイスコーヒーのグラスの表面は水滴で覆われている。
「さて、ここからはそれぞれがよく考える時間ね」
「考える時間?」
カレンはすうっと息を吸って二人を見た。
「おやすみ」
カレンが言葉を発した直後、星羅と銀河はこてんと机に突っ伏して眠りについた。




