3-2
店内で不審な会話をしていた男は、その日の晩、自宅と思われる場所から徒歩で出掛けると、大通りのコンビニに向かっているようだった。
ホウキを使ってひとっ飛び、というのは幻想で、飛べないことはないが人の目もあるし、魔力もたくさん使う。姿を隠しながらホウキで空を飛ぶことは今のカレンにはできない。
適度に距離を取りつつ男の後をつける。まだ詐欺と決まったわけではないため、様子を観察する必要がある。
コンビニに到着した男は、店には入らず、スマートフォンをいじりながら、時折誰かを探すように辺りを見渡している。
カレンは店内に入る前に、地面を見渡し協力者を探した。すると一匹の蟻が地面を懸命に駆けていた。
「ちょっとお手伝いしてね」
カレンは蟻に魔法をかけた。すると蟻はピタリと足を止め、男へ一直線に向かっていき、靴をよじ登り、そのまま背中にピタリとくっついた。
カレンは店内に入り、ガラス越しに男の真後ろに立つ。耳に神経を集中させると、蟻が聞いた音がカレンの耳に届く。これで会話を聞き取ろうという作戦だ。
数分後、男の視線の先に一人の女性が歩いてくるのが見え、それを見たカレンは首を捻った。
「お年寄りじゃない……というより若い」
詐欺に狙われるのはお年寄りが多い。しかし、現れた女性は男と同じくらいの年齢に見える。
「ごめん、遅くなっちゃった」
「いいから早く」
蟻を通じて聞こえる男の声は、少し焦っているように聞こえた。促された女性は、カバンの中から更に小さいカバンを取り出した。
「どのくらい入ってる?」
「これで全部」
会話からして詐欺ではなかったかもしれないが、これは男が女に金をせびっているようにも見えた。しかしそうだった場合、カレンが首を突っ込むことではない。
カレンはこの二人の関係が心配だったが、男を見張るのは止めることにした。しかし、ふと見えた女性の顔を見て、カレンは無視するわけにはいかなくなり、急いで店を出てその男女に近づいた。
「星羅ちゃん?」
「えっ! カレンさん? すごい偶然!」
カレンを見た男は露骨に嫌そうな顔をすると、星羅の後ろに隠れた。
「彼は?」
「ああ、友達の星野銀河です。ちょっと人見知りで」
ちょっとどころではない気がするし、人見知りというよりも、カレンはこの男に嫌われているような気がした。
「銀河、この人はこの前言ってたお店の店長さんだよ」
「この前行ったから知ってる。愛想振りまき女だろ」
「ちょっと銀河! カレンさんはそんな人じゃない! 本当にすみません」
友人に代わって頭を下げる星羅がなんだかかわいそうに思えてきた。
「二人は何してたの?」
「学校で使う教科書とか参考書を貸しに来たんです。もうすぐテストなんですけど、こいつまともに大学行ってなくて」
「余計なこと言うなよ」
「余計なことは言ってないでしょ?」
「ふん。まあいいや、これ、ありがとな」
そう言うと銀河はカレンに目もくれず帰っていった。
「すみません。悪いやつじゃないんですけど、ちょっと、というかかなり捻くれてて」
「そうみたいね」
「あの、この後お時間ありますか?」
「ええ。話があるならお店で話す?」
「お邪魔してもいいですか?」
「もちろん!」
カレンは星羅と共に『喫茶ドロシー』へ戻り、温かいソイラテと銀河にも出したアイシングクッキーも添えた。
「あっ! これ銀河がおいしいって言ってました! あいつ甘党なんですよ」
星羅はニコニコしながら少しずつクッキーをかじる。その姿が小動物みたいでとてもかわいらしかった。
「銀河くん、もっと素直になればいいのにね。顔は整ってるから笑ってればきっとモテるわよ」
「そうですよね。その、銀河のことでお話ししたいことがあって」
カレンは仕事の手を止めて星羅に体を向けた。
「私と銀河は小学生の頃から友達なんですけど、あの性格は昔からで。その理由は彼が母子家庭なことに原因があるんです」
「母子家庭……」
「銀河ママ……私はそう呼んでるんですけど、とっても明るくて、社交的で、銀河を生んだのが十八歳だったと聞いてるので、今も若くて綺麗な人なんです。仕事は水商売、今はスナックで働いてるそうです」
若くして子供を産んだ母親が、一人で育てるために水商売をすることは往々にしてある。
「私は水商売が悪いことだとは思いません。立派な仕事ですし、嫌な顔一つせずにお客さんに接するのはすごいと思うし、尊敬してます」
水商売というと、良い印象を持たない人は多い。しかし星羅の言う通り、水商売も立派な仕事だ。それで言うと、接客業であるカレンも構えはカフェだが、やっていることは大きく変わらない。
「ただ、銀河は良く思っていないんです。きっと初めは親が家にいない寂しさからきた反発だったと思うんですけど、男に媚び売る商売って毛嫌いしてるんです。今は女性嫌いになって、私以外の女性に対しては、今日カレンさんに接したみたいに突き放すみたいにするんです」
カレンは銀河の態度が府に落ちた。今日といい、先日訪れた時といい、銀河はカレンに対して嫌悪感を抱いていたように見えた。それも彼が最も嫌う接客を生業にしている女性となれば、カレンのあの時の態度は心底気に食わなかっただろう。カレンは内心少し反省した。
「理由がわかって良かったわ。何か嫌なことしちゃったか心配だったの」
「本当にすみません。それで、なんとか彼の女性嫌いを直したいと思ってるんですけど……どうしたらいいでしょうか? せめて親子の仲だけでも良くしたいんです。銀河ママは実家と縁を切ってるらしくて、たった二人だけの家族なんです。私は、この世にたった一人の母親と息子なんだから、仲良くしないなんてもったいないと思うんです。そんな悲しいことはないって」
星羅は自分のことのように顔を歪めた。友達想いで、とても心根が優しい子だと思った。ただ本当にそれだけなのか少し気になる言い方だと思った。
「そうね。星羅ちゃんのためだもん、力になるわ」
「本当ですか!」
星羅は、その名のように瞳をキラキラと輝かせた。
「でも、銀河くんはどうして星羅ちゃんに心を許しているのかしら? ただ昔からの友達ってだけ?」
「それは私もよくわからないですけど、信用してもらってるのかなって勝手に思ってます」
銀河本人から直接話を聞くことは難しい。彼の女性嫌いを直すためには、彼の普段の生活を見なくてはならない。
「星羅ちゃん、明日からの銀河くんのスケジュールってわかる? 大学の授業とかバイトとか。わかる範囲でいいから」
「いいですけど……もしかして尾行するんですか?」
「まさか! そんな器用なこと私には無理よ」
「そうですよね。カレンさん目立ちますから、尾行は向いてないかも」
「私って目立つの?」
「目立ちますよ! 男はともかく女の私だって振り返っちゃいますよ! カレンさんに彼氏や旦那さんがいないのか不思議なくらいです」
「誉めすぎよ。そんなことより、お願いできる?」
カレンは話を逸らし、銀河のスケジュールと、星羅のスケジュールも一応確認しておいた。
「あっ、この話をしたこと、銀河には内緒でお願いします」
「もちろんよ」
星羅はホッとした様子で、扉の前で一度立ち止まり、頭を下げてから帰っていった。
「はぁ、なんていい子なんだろう」
「取って食ったりすんなよ」
「しないわよ! どこに隠れてたの?」
「どこって奥で寝てただけだぜ?」
ノワールが大きなあくびをして、左右の色が違う瞳でカレンを足下から見上げる。
「ミルクくれよ」
「何様なのよ」
そう言いつつもカレンはノワールのためにミルクの入った平たいお皿を床に置く。
ペロペロと美味しそうにミルクをなめるノワールの前にかがみこみ、にこりと笑う。
気配を感じたノワールが顔を上げ、人のように嫌そうな顔をする。
「俺は手伝わねえぞ」
「ノワールくん、人間界にはこんな言葉があるのよ。『タダより高いものはない』ってね」
「そう言えば近所の猫との集会が……」
「もうなんにもあげないわよ」
「……わかったよ」
カレンはこれからどうするか作戦を練っていた。すると半分ほどミルクを飲んで満足したのか、ノワールがぴょんと椅子の上に飛び乗った。
「あんまりあの子に深入りしすぎんなよ」
「そんなんじゃないわよ」
「ならいいけどよ。最後に見たのがあのくらいだったかなと思ってよ」
ノワールはなんだかんだでお人好しだ。彼なりにカレンを心配してくれているのだ。
「もうおばあちゃんかしらね。幸せならそれでいいわ」
ノワールは口を開き、何かを言いかけたが、それ以上は何も言わずに椅子から飛び下りた。
「まあ動く時は呼んでくれ」
「いつもありがと」
「全く、迷惑なダチを持っちまったよ」
不満を垂らしながら歩くノワールだったが、長くて綺麗な尻尾が上向きにピンと立っているところを見ると、満更でもない様子で、カレンは可笑しくて笑った。
銀河の調査に出掛けたいが、最近は店を空けることが多くなっている。カレンは店番を頼める相手に連絡を取った。
すぐに返信が届き、快諾してくれた相手に心の中で手を合わせた。
カレンはふと食器棚に映る自分の顔を見て苦笑いした。
「ちょっとのつもりが結構もらっちゃったかな。ま、若いし、相談料ってことで」
カレンは数刻前よりも艶とハリの増した肌で、今度は謝罪の意も込めて、星羅と銀河に手を合わせた。




