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一話:青春とは何だろうか

 

 青春とはなんだろうか。


 青い春と書いてみれば一つ一つの単語は理解できる。


 けれど、果たして字面通りの意味として理解していいのだろうか。


 青いとは多くの場合に未熟さを意味する。


 青い果実だったり、ケツの青いガキだったり、あまり肯定的な言葉に使われている印象がないわけなのに、この青春に関しては例外的に好意的な意味合いを持っている。


 未熟な春。


 言い換えてみると、なんだかそれっぽい言葉に見えてくるのだが、結局のところ、その実態がつかめないことに変わりはない。


 この春という言葉も何かしらの比喩として使われているのだろう。


 けれど、お世辞にも頭がいいとは言えない僕にはクリティカルにヒットする単語が思いつかない。


 春は出会いの季節だったり別れの季節だったり、始まりだったり終わりだったり、とにかく相反するものが混じりあう境界の季節なわけだから、これといった特定の何かで置き換えることが難しいのだ。


 青春とは、一体全体、どういうものなのだろうか。


 これが、高取中学の三年、青春と呼ばれる時期の真っただ中を生きているはずの僕こと須戸辺留加の青春に対するあやふやな認識なのである。


 そんな僕が、誰かに青春を教えてあげることなんて、果たしてできるのだろうか。


 昨日は何も考えず、勢い任せに引き受けてしまったが、一夜明けて冷静になった僕の中では一抹どころか、二抹も三抹もの不安が一挙に押し寄せ、頭を抱えざるを得ないのだ。


「何をそんなに悩んでいるんだい、須戸辺くん」


 声を掛けられ、僕ははっと息を呑み、我に返る。


 長い黒髪、眠たげな瞳、色白の肌に常に少し上がった広角。


 白い実験机にオカルト専門誌を広げて座る彼女はこの自然科学部の部長、上坂あじさいである。


 僕ら自然科学部の活動は放課後の理科室で行われる。


 主な活動は科学実験を通じて科学への理解を深める、というものであるが、実際のところは集まってだらだらと雑談をするばかりである。


 部員も僕を含めて三人しかおらず、新入生も入ってこなかったここは僕にとってそれなりに居心地のいい場所になっている。


「どうして」


「そんな顔をして頬杖ついていれば、誰だってわかるさ。いや、実はテレパスが使えるんだと言った方がよかったかな」


 そうからかう様に笑みを浮かべた彼女の視線に気づき、途端に僕は居た堪れなくなる。


 顔を直視されないように俯き、何とか短い前髪で彼女の視線を防ごうと策を弄してみる。


「君がそんな憂いに満ちた顔をするなんて珍しい」


「そうかな」


「いつもの君なら悩む前に諦めそうなものだからね」


 言われてみればそうなのかもしれない。


 悩むというのは、それだけ物事に真剣に取り組んでいる証拠だ。


 真剣になるという行為はそれだけで力が必要であり、自分の中に目標に到達でき得る才能があることを過信しなければならない。


 けれど、僕は僕に期待することはない。


 分相応の身の丈に合った行いしか、僕には成すことはできないことを知っている。


 だから、彼女の言う通り、悩むなんて行為は僕にしては珍しいのかもしれない。


 その珍しく真剣になるきっかけとなったのはゾンビの女の子からの言葉であった。


 昨日の夜、ゾンビの彼女は僕に『青春を教えてほしい』と言ってきた。


 それを僕は快く引き受けてしまったわけなのだけれど、よく考えると僕は教えるべき『青春』がどのようなものなのかを理解していなかったのだ。


 理解していないものを教えられるわけがなく、けれど、求められてしまった以上は彼女の期待にこたえなければ、という分不相応の使命感が僕の中に芽生えてしまったのだから性質が悪い。


 午前中の授業も、午後の体育にも身が入らず、上の空で漠然と青春とは何かという問いに頭を悩ましていたのだから、上坂さんが気味悪がって声をかけるのもさもありなんといったところだろう。


「それで、君はいったい何をそんなに悩んでいたんだい?」


 上坂さんの興味は手元のオカルト雑誌から僕に映ったようで、机の上で手を組みながらこちらを見つめてくる。


 どこから話したものか。


 とはいえ、ゾンビの女の子に出会ったなんて包み隠さず言ってしまえば、大ごとになることはまず間違いないだろう。


 愛読書にゾンビサバイバルガイドを挙げるくらいにはゾンビ好きな彼女であるから、その溢れんばかりの好奇心で動き回るに違いない。


 それはゾンビの女の子、まだ名前を聞いていないのでどうにも呼称が定まらないのだけれど、彼女も望んではいないだろう。


 いや、望む望まざるにかかわらず、僕がきっかけで誰かに迷惑がかかるのはなるべく避けたい。


「青春ってなんだろうって」


 故に僕から上坂さんに伝えられるのは、僕を悩ませる種の概要だけであり、けれど、これが最も難解な問題なのである。


 一瞬目を丸くした上坂さんは次にその馬鹿らしい悩みを笑い飛ばすでもなく、真剣な顔付きになる。


「なんとも難しい議題だね。言葉の定義としては中国の五行思想が元になった、単なる季節を現すものでしかないわけだけど、今君を悩ませているのはそんな一意的なものではないんだろう」


 饒舌に語る上坂さんの話は僕には難しく、半分以上理解できなかったわけなのだけれど、どうやら僕の悩みに興味を持っているようだということはひしひしと伝わってくる。


「誰もがその概念を受け入れているのに、人それぞれに解釈があり、その不透明な言葉に確かな羨望を抱く。まさしく、オカルトが目指すべき立場ではないか」


「オカルト」


「そうだとも。一時期はネッシーなんかは存在するものとして世間に受け入れられていた。宇宙人だってそうだ。ツチノコだって、ビッグフットだって。それがどうだ。今の時代、同じ不透明な存在であるにもかかわらず、青春はよくてUMAはダメだなんて、おかしな話じゃあないか。本当にあるかどうか分からないのは、青春だって同じだろう?」


「人によると」


「けれど、人々は青春を妄信する。何かがあるはずなのさ。UMAにはなくて、青春にはある、世間を懐柔し、受け入れられる土台を作ったなにかが」


 まくしたてる上坂さんは街頭で演説をする政治家のようにオカルトが受け入れられないことについての嘆きを力説する。


 どうして僕の悩みに興味を持ったのだろうかと疑問に思っていたのだけれど、なるほど、青春とオカルトの認知の違いが彼女の中で議論を生んだのだろう。


 彼女がこの自然科学部に入った動機もオカルトであるという話を一年生の頃に聞いた覚えがある。


 一見するとオカルトとは程遠い部活であったのだけれど、彼女はオカルトを世間に受け入れさせるために入部したのだと語っていた。


『この世の中は科学に支配されているんだよ。何を議論するにも科学的な根拠がなければ絵空事と一蹴し、理解する努力すら惜しむ。自分で根拠を生み出そうとすることもなく、科学に甘やかされてしまっている。けれど、私には世間を変えることはできない。それなら、オカルトが変わるしかない。オカルトを科学的に存在するものにしてみせる。そのために、私は科学を学ぼうと思ったのさ』


 認められないことを嘆きながらも、決して後ろ向きではない彼女の考え方は、その時の僕にはとても印象的であったことを覚えている。


 変わることを恐れていないのだ。


 今の自分でなくなることを悲観的に捉えていないのだ。


 僕にはできない考え方だ。


 自分で自分を認められないまま、それでも誰かに認められたいと願う僕とは。


「それで、須戸辺くんは青春に対してどういった印象を抱いているんだい?」


「分からないかな」


「分からなくてもいいのさ。私が知りたいのは、君がどう思っているかなんだよ」


「それも分からないんだ」


 答えにならない答えを返していることを自覚している。


 けれど、そう言う他に言葉が思いつかないのだ。


 上坂さんは思案顔を浮かべ、しかし、すぐに小さく頷き、どこか納得したような表情を浮かべる。


「分からない、というのが君の青春に対する認識だということだね。そうなると、私と君の認識には一つ、共通している部分があるみたいだ」


「それって」


「青春とは、不透明なモノだという認識さ」


 上坂さんが口にした不透明という言葉は、どこかしっくりくる表現であった。


 はっきりと捉えることができない、けれど、それは誰しもが必ず通る過渡期に現れ、充実感の代名詞のようにもてはやされる。


 定義されていないものをどうやって感じ取ればいいのだろうか。


 例えば興奮なら理解できる。


 気持ちの高ぶり、鼓動が高鳴る様子。


 同様に『エモい』も『尊い』も『マジ卍』だって、フィーリングではあるけれど、実感のあるものとして定義づけがされているから理解できる。


 けれど、青春に関してはそれが画一的ではない。


 だから、経験による認識を依然として行えていない僕にとって、青春は不透明なモノとして認識される。


「君は私が本当にあるかどうか分からないと言った時、人によると言ったね。それはまさしく、この青春とは何かという疑問に対するある種、正解であると私は思うんだ」


「それはどういう」


「つまり、青春とは多種多様であり、万人にそれぞれ異なる青春の形が与えられるのだと仮定してみれば、私たちが分からないこともまた正しいということになる。なにせ、与えられるまではどのような青春なのか分からないのだからね。観測するまで定まらないとは、量子的でとても科学的な結論だと思わないかな」


 どうやら上坂さんの中では腑に落ちる解釈が見つかったようだ。


 しかしながら、それを僕が理解できるかは別の話であり、お察しの通り、中学三年までの学問しか履修していない僕にはまったくピンとこない。


 だから、今、僕の顔は笑えるほど間の抜けた表情を浮かべているのだろう。


 鏡はないけれど、目の前の彼女のにやにやとした口元を見れば、火を見るよりも明らかだろう。


 それに羞恥を覚え、僕は顔が火を噴きそうなほどに熱を帯びるのを感じる。


「端的に言ってしまえば、開けてみるまで中身の分からないプレゼントボックスのようなものさ。青春というラベルは貼ってあるけれどね」


 プレゼントといわれると、なるほど、分かりやすい。


 いつの間にか受け取っていた青春という期間に身を置き、それでいて青春がなんであるかを分からないのは、僕がまだ箱を開けていないからだと、妙に合点がいった。


 けれど、それでは問題の解決にはなっていない。


 結局のところ、青春とはよく分からないものであるということが分かっただけであって、これではゾンビの彼女に青春を教えることができない。


「しかし、それでは答えとして不十分だろう。人それぞれとはいえ、そこに何らかの共通点があるはずだ。そうでなければ、同じ青春として括られることもないだろう?」


「そうなのかな」


「そうなのだよ。というわけで、青春と呼ばれるイベントに共通する要素を考えてみるのはどうか」


「共通する要素といわれても」


「青春の例としては、恋愛なんかが代表的だろう。部活動だって、青春ものと呼ばれる創作物の舞台としてはよく使われているし、青春といえる。とりあえず、この二つの青春から共通点を探してみるのはどうかだろう」


 恋愛と部活は青春の代名詞といっても過言ではないだろう。


 学校生活の中で学業を除けば、その二つが思春期の大部分を占めているのだから、そこに青春を見出すのは何もおかしな話ではない。


「須戸辺くんは何か思いつくかな?」


「分からないかな」


「奇遇だね。私もさっぱり分からない。なにせ、部活動はともかく恋愛に関してはさっぱりなのさ」


 苦笑交じりに上坂さんはため息を吐く。


 上坂さんは整った容姿をしているので、学内では一定の男子人気がある。


 それなのにこの三年間、浮いた話を聞いたことがない。


 何か理由があるのだろうか。


 いや、ないはずはないのだろうけど、それは僕が興味本位で首を突っ込んでいい領域の話ではないだろう。



「しかし、私だって花も恥じらう乙女の一人だ。人の恋愛話はそれなりに聞いているし、耳だけであれば年増と言えなくもない。一般論を語ることくらいなら容易さ」


「そうなんだ」


「そこで、一般的な恋愛とはどういうものかというと、端的に言えば、異性と対峙すると心拍数が上がり、顔への血液供給が増加することで紅潮した頬を互いに見せ合い、それに伴う高揚感を相手への好意と認識し、関係性が発展していくことを恋愛とするらしい」


「そうなのかな」


「そうなのさ」


 自信ありげな表情を浮かべる上坂さんだが、僕にはどこか偏った見方をしているように思える。


「一方で部活動における青春は恋愛が絡まない場合は目的が明確であることが多い。例えば、県大会やコンクール。それまでに至る努力が順位として結果に現れることで、活動の優位性を周囲に示し、それを青春と捉えるようだね」


「僕らとは無縁だ」


「あるにはあるのさ。全国の科学部が自由研究を提出して競い合う科学コンクールというものがね。けれど、私たちには向いていないだろう、そういうものは。そもそも部員も少ないから、できることも限られているからね」


 なるほど、僕が部活動に青春を見出せていない理由はそこにあったのかもしれない。


 ここに僕は目的意識を持って座っているわけではない。


 戸棚のガラスビーカーやアルコールランプを目の前にしていながら、実験がしたいと好奇心を募らせることもなく、ただこの空間で何の憂いもなく穏やかな時間を過ごすことを望んでいる。


 それでは青春にならないのだろう。


「さて、二つの概要を話したところで共通する要素に戻ろうか」


 にこやかに微笑みをこちらに向ける上坂さんに僕はうつむきながらも、さらに深く頭を垂れて頷いて見せる。


「細かい共通項は沢山あると思うけど、私が強いて上げるとしたら、『熱量』だと思うのさ」


 不敵な笑みを浮かべる上坂さんには悪いけれど、僕の頭にはクエスチョンマークがいくつも浮かび上がる。


 熱量というと、カロリーで示される熱エネルギーのことだと思うのだけれど、それがどうして青春の要素になるのだろうか。


 僕の理解が及んでいないことに気が付いたのだろうか、上坂さんは浮かべていたドヤ顔を止め、どこか照れたような表情で説明を始めた。


「どちらにも共通しているのは目的とする対象が存在するということさ。それは好意を向ける異性であったり、努力の成果を発揮する大会であったり、そういった『熱意』の矛先が必ず存在しているはずなのさ」


 確かに青春と呼べる二つの活動は目的意識が明確であった。


 それが青春の重要な要素であることは理解できるのだけれど、どうしてそこで熱量という言葉が出てくるのだろうか。


「けれど、それだけの要素では青春とはとても言えない。なにせ、そういった部活動に所属するだけで万人が青春を感じられるとは限らないからね。同じ部活にいても輝く汗を流し、いかにも『俺、今青春しているんだ』という人と、同じように汗を流していてもけだるげな眼差しで『早く休憩にならないかな』と心中でぼやいている人、どちらが青春を謳歌しているだろうか」


「前者かな」


「その通りさ」


 説明の中で青春しているって言っているのだから、問題になっていない気がするのだけれど、それを指摘するのは野暮なのだろう。


「しかし、この二人の差はどこにあるのか。その時に重要なパラメータになってくる物理量が『熱量』というわけさ」


「物理量ではないような」


「熱量は紛れもない物理量さ。それが青春を示すパラメータとして、これまで使われていないだけでね」


 青春を物理量で語ろうとする人はあまりいないだろうから当然だ。


「つまり、同じ対象に向けた活動でも、青春と感じる場合とそうでない場合を分ける要素は、その相手に対してどれだけの熱量を持っているかが決めているということさ。その熱量がある閾値を超えると青春であり、越えなければ玄冬というわけさ」


「玄冬?」


「黒い冬という意味さ。冬を超えて春になるかは、胸の中にある熱が雪を解かすか否かにかかっているということになるわけだね。うん、我ながら、いい落としどころを見つけたような気がするね」


 何度か頷き、自分を褒める上坂さん。


 妙に納得させられる答えに僕も彼女を倣って思わず頷いていた。


 青春のせの字も分からなかった僕に一つ、光明が差し込んだような気がした。


 これなら自信を持って、までとは言えないけれど、それなりの理解の下で彼女に青春を説くことができるかもしれない。


「どうかな。君の憂いを少しでも晴らすことができただろうか?」


 そう尋ねられたので、僕は顔を上げて一つ大きく頷きを返す。


「それはよかった。君の力になれたのなら、今日の活動は成功と言えるだろう」


「ありがとう」


「いやいや、同じ部活の仲間だからね。お礼はいらないさ。帰りにアイスをご馳走してくれるなら、それはそれで嬉しいのだけれどね」


 遠回しなおねだりに財布の中身を確認しながら、その日の部活動は終わりを告げた。


 こうして、僕は財布の中の272円と引き換えに、青春に対する知見を得ることができた。


 青春とは、ある閾値を超えた熱量を対象に抱くことなのである。


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