だいごじゅうはっしゅ はまぐりの べにをさしては ひとのなか あはせるかひも あらむものかは
第五十八首
蛤の 紅を差しては 人の仲 合はせる甲斐(貝)も あらむものかは
ある人から、口紅が贈られてきました。
蛤に入った風流なものですが、わたしには、色が派手で、正直好みではありません。
かと言って、これだけの品。
使わずにいるのも勿体なくのも確か。
わたしの友人で似合う方も、一人、二人と思い浮かびますが、男性から贈られたものを差し上げるのも、失礼で忍びないこと。
仕方なく、薬指で取って、唇に差してはみるものの。
口元が、血でも啜ったのかと思える様で。
はてさて。
紅の入った蛤の殻を撫でて、ふと思うのです。
あの人は、蛤の謂れを知っているのかと。いえ、知らないでしょう。
単に、蛤に入った紅は素敵だと、前にわたしがそう言ったのを聞いただけで。
言葉の文上に振り回されて、哀れな人。
わたしは、蛤の、その貝殻が合わさるのは互いのみで、けして他のものとは合わないのを、そんなぴったりと相性のよい恋愛を素敵だと言ったのに。
こんなふうに、人の好みも考えずに贈られたもの、まるっきり真逆ではないですか。それも、なまじわたしに覚えがあるだけに、なおさら気分を害するものです。
人の好きなものを嫌いにさせることに関しては、本当に見事なこと。
あの人自身に対しても、わたしの心がどれだけ離れているか、そして、どうにかまた引き寄せたいと思っているか、思い至らないのでしょうか。
はたして。
蛤のように、互いの気根がぴったりと合わさる人はいるのでしょうか。
このように、男性の好みに合わせて振る舞うだけの甲斐があるのでしょうか。
こんな下らないことに悩まされない恋をしてみたいものです。
はぁ。ほんっとに、始末に悪い。
はまぐりの べにをさしては ひとのなか あはせるかひも あらむものかは




