30、仕事選び
翌日の10時過ぎ、ユイから連絡が来た。
『昨日の仕事、断りました』
書店のバックヤードで荷物を整理していた俺は、休憩に入ってからそのメッセージを開いた。
『九州の?』
『はい』
『そうですか』
それなら、それで終わりだと思った。
仕事内容も店名も分からない状態で九州まで行くよりはいい。
ところが、数秒後にもう1件届いた。
『代わりに東京の店紹介してもらいました』
「…………」
『柴崎さんに?』
『はい』
『どこですか』
『歌舞伎町』
近くなった。
それだけなら悪いことではない。
『仕事内容は?』
既読。
少し間が空く。
『夜の店です』
『それは聞いてます』
『何の店?』
また返信が止まった。
『風俗です』
俺は画面を見た。
予想していなかったわけではない。
咲優も、柴崎も、それらしいことは言っていた。
『もう決めたんですか』
『今日面接行きます』
『決めるのはその後です』
それなら昨日よりはマシだと思った。
少なくとも、九州のどこにあるかも分からない店へ突然行くわけではない。
『店の名前は分かってますか』
『分かってます』
『場所も?』
『はい』
『条件は?』
『面接で説明するって』
俺は少し考える。
『契約とか給料とか、ちゃんと確認した方がいいですよ』
『分かってます』
『あと580万の返済とは別に考えた方がいいと思います』
既読。
『でも、そのために働くので』
返事に困った。
ユイが自分で決めることだ。
俺が風俗で働けとか、働くなとか言える立場でもない。
『分かりました』
それだけ送った。
その日の夕方。
ユイは歌舞伎町にいた。
それを俺が知ったのは、後になってからだった。
店は大通りから少し外れた雑居ビルの中にあり、入口には派手な看板もなかったらしい。
受付で名前を聞かれ、奥の部屋へ案内された。
最初は普通の説明だったという。
勤務できる日。
経験。
希望する収入。
顔写真。
身分証。
そして、なぜ短期間で金が必要なのか。
ユイは580万円のことを話した。
すると相手は、
『それなら頑張れば返せるよ』
と言ったらしい。
そこから、面接はユイが想像していたものとは違う方向へ進んだ。
身体について細かく聞かれた。
できることと、できないこと。
抵抗があること。
経験の有無。
そして、仕事に必要だからという理由で、服を脱ぐよう求められた。
ユイは断らなかった。
正確には、断っていいのか分からなかったらしい。
ここまで来た。
580万円を返さなければならない。
担当にも迷惑をかけている。
柴崎にも紹介してもらった。
今さら帰ったら、全部無駄になる。
そう考えた。
その後も、店側は「適性を見るため」という説明で、通常の面接とは思えない身体的、性的な確認を要求した。
嫌なら言っていい。
無理なら止める。
そう言われた。
けれど、ユイは止めてほしいとは言えなかった。
最後に、
『大丈夫そうだね』
と言われた時、ユイは笑って頷いたという。
採用だった。
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21時31分。
俺は夜の仕事をしていた。
休憩中にスマートフォンを見る。
ユイからメッセージが来ていた。
『受かりました』
送信時刻は19時08分。
その後に、
『来週から働きます』
と続いている。
『そうですか』
返信する。
既読はすぐに付いた。
『はい』
『条件はちゃんと確認しました?』
『しました』
『給料は?』
金額が送られてくる。
高い。
俺が昼と夜の仕事を掛け持ちするより、遥かに高い。
『これなら580万返せそうです』
『そうですね』
俺はそう返した。
本人が納得しているなら、俺が何か言うことではない。
スマートフォンを閉じようとした。
また震える。
『お兄さん』
『はい』
『面接って、普通どこまでやりますか』
俺は画面を見る。
『何の面接ですか』
『風俗の』
知らない。
俺が受けたことのある面接なんて、書店と今の夜の仕事くらいだ。
『分からないです』
『どうしました?』
返信が来ない。
1分ほど待った。
『今日、服脱ぎました』
俺の指が止まる。
『店に言われて?』
『はい』
『何故です?』
『身体見るからって』
そこまでは、業種によってはそういう確認もあるのかもしれない。
俺には判断できない。
次のメッセージが来る。
『それだけじゃなくて』
文章が止まった。
『嫌だったんですか?』
送る。
既読。
『分かんない』
『痛かったし』
俺は画面を見た。
『断らなかったんですか』
『嫌なら言っていいって言われました』
『じゃあ』
そこまで入力して、消した。
代わりに、
『断れました?』
と送る。
しばらくして、
『断ったら落とされると思いました』
と返ってきた。
「…………」
俺はスマートフォンを持ったまま、壁にもたれた。
嫌なら断っていい。
でも、断れば仕事を失うと思わせる。
それを自由に断れると言っていいのか、俺には分からなかった。
『その店で本当に働くんですか』
『はい』
『大丈夫ですか?』
『大丈夫です』
即答だった。
なのに、続けて届いた。
『多分』
俺はその2文字を見る。
俺には、まだ何が違法で、何が普通なのか分からない。
風俗の世界の常識も知らない。
『店の名前、教えてもらえますか?』
『なんで?』
『調べたいので』
『何を?』
俺は少し考えた。
『普通なのかどうか』
既読が付いた。
数分後、ユイから店の名前が送られてきた。俺はそれをコピーした。
検索欄に貼り付ける。
しかし、検索する直前で休憩終了を知らせる声が聞こえた。
画面を消す。
スマートフォンをポケットへ入れた。
仕事へ戻りながら、俺は思った。
俺はただ、仮面を使って少し金を稼ぎたかっただけだった。
今のところ稼げたのは2,000円。
それなのに、調べなければならないものだけが増えていた。




