31、評判
夜の仕事が終わったのは、いつもより早い22時を少し回った頃だった。
歌舞伎町の夜は、昼間より人が多い。
俺は駅へ向かわず、人通りの少ない場所まで歩いてからスマートフォンを取り出した。
ユイから送られてきた店名をコピーする。
検索すると、すぐにいくつか結果が出た。
「…………」
普通の風俗店に見えた。
公式らしいページ。
求人情報。
女の写真。
料金。
営業時間。
少なくとも検索結果の最初に出てくる情報だけなら、昨日まで俺が想像していたような、正体不明の店ではない。
店名と一緒に「評判」と入れる。
今度は別のサイトが並んだ。
客側の口コミ。
求人について書かれたページ。
掲示板の書き込みらしいものもある。
情報が多すぎた。
どれが本当なのか分からない。
褒めているものもあれば、悪く書いているものもある。
店員が優しい。
稼げる。
稼げない。
対応が悪い。
普通。
書いてあることが色々と違う。
「……分からないな」
スマートフォンを見ながら呟く。
そもそも、俺は風俗店の"普通"を知らない。
面接でどこまで確認するものなのかも知らない。
ユイが受けたことが異常なのか、それともこの業界では珍しくないのか。
検索したところで判断できなかった。
俺は画面を閉じる。
少し考えて、咲優とのトークを開いた。
『聞きたいことある』
送信。
数分待つ。
『また?』
『うん』
『今度は何』
『風俗の面接って詳しい?』
既読。
返信が来ない。
1分ほどして、
『てかなんでそんな質問ばっかしてくんの最近』
ごもっともだ。
『初依頼の方が店決めた。歌舞伎町の風俗店』
今度は少し早く返ってきた。
『あー』
『結局そっち行ったんだ』
俺はその文章を見る。
『そっち?』
『ホストの借金ある子が風俗行くの、珍しい話じゃないってこと』
やっぱり、咲優は俺よりこの辺りのことを知っている。
『今日面接受けたらしい』
『それで?』
俺は指を止めた。
ユイから聞いた内容を、どこまで他人に話していいのか。
本人の許可は取っていない。
『普通の面接じゃなかったみたい』
それだけ送る。
『本人が嫌がってた?』
咲優から返ってくる。
『分からないって』
『でも断ったら採用されないと思ったらしい』
しばらく返信が来なかった。
『お兄さん』
『?』
『その店より、紹介した奴の方調べたら?』
俺は画面を見る。
『柴崎?』
『誰それ』
『担当から仕事紹介された人で、その人経由で店決めた』
『じゃあその人』
『なんで?』
『店なんていっぱいあるじゃん。なんでわざわざその店だったのかって話』
俺は足を止めた。
通りの向こうに、派手な看板が並んでいる。
ホスト。
キャバクラ。
風俗。
飲食店。
ホテル。
全部が狭い範囲に集まっている。
『紹介料?』
『知らない』
『でもタダで女の子紹介してると思う?』
「…………」
俺は柴崎の顔を思い出した。
黒いパーカー姿。
ユイの写真を受け取り、どこかへ送っていた。
九州の店を紹介した。
ユイが断ると、今度は歌舞伎町の店。
そして担当は柴崎を知っている。
『担当にも金入る?』
『だから知らないって』
『可能性の話ならいくらでもできる』
『証拠ないなら決めつけない方がいいよ』
それはそうだった。
『分かった』
『あと』
『はい?』
『お兄さんその子助けたいの?』
指が止まった。
助けたい。
そう言われると違う気がした。
俺はヒーローでもない。
ユイに風俗で働くなと言うつもりもない。
本人が自分で選んで、条件に納得して働くなら、それは本人の自由だと思う。
『分からない』
そう返した。
『ただ変だから』
『何が』
俺は少し考える。
『580万作った店の担当が、その金を返す仕事を紹介して、その知り合いが別の店に送る』
文字にすると余計に妙だった。
『全部同じ人たちの中で動いてる』
しばらくして、
『そこまで分かってるなら自分で調べれば』
と返ってきた。
帰宅したのは23時を過ぎていた。
仮面は今日は使っていない。
コートを脱ぎ、適当に夕食を済ませる。
机に座ってスマートフォンを置いた。
メモを開く。
『ユイ』
その下に、
『580万』
『店 約390万』
『担当立替 約190万』
さらに、
『担当』
『柴崎』
『紹介先』
と入力する。
簡単な線で繋いだ。
たったそれだけだった。
刑事でも探偵でもない俺が作った、雑なメモ。
でも、見れば見るほど気になる。
特に190万円。
ユイ本人は、担当が立て替えたところを見ていない。
領収書もないし借用書もない。
ただ担当から、
『俺が出しといたから』
と言われた。
それだけ。
俺はユイにメッセージを送った。
『聞きたいことがあります』
『はい』
『担当の190万』
『まだ確認してないですよね』
『してないです』
『店に確認できますか』
『何を?』
『担当が本当に190万払ったのか』
『なんでそこ気にするんですか?』
『分からないから』
『担当は嘘つかないです』
『そうかもしれません』
『でも確認した方がいいです』
『信用してないって思われます』
『580万あるんですよ』
『はい』
『そのうち190万です』
『分かってます』
『だったら確認してもいいと思います』
既読がつく。しかし返事が来ない。
俺は待った。
5分ほどして、ようやくスマートフォンが震えた。
『お兄さんには分からないと思う』
俺は文章を読む。
『何がですか』
『担当に嫌われるの怖いんです』
「…………」
その一文だけで、少し分かった気がした。
金の話だけではない。
ユイにとって担当は、債権者である前に担当だった。
だから確認できない。
疑えない。
嫌われたくない。
俺なら190万円の方が怖い。
でもユイは違う。
『分かりました』
それ以上は言わなかった。
スマートフォンを机に置く。
数秒後、また震えた。
ユイからではなかった。
便利屋のアカウント。
知らない人からのDMだった。
『突然すみません』
見覚えのある始まり方だった。
『人を探してもらうことってできますか?』
俺は画面を見る。
ユイ以外から来た、初めての依頼だった。




