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第17話『ななとはな』

六月の最終週。梅雨の合間の晴れた日が、貴重な練習日になっていた。


グラウンドの半分を借りて、六人は野球の基礎練習に取り組んでいた。キャッチボール、ノック、トスバッティング。


全員が下着姿で、風と日差しの中を動き回っている。


汗で湿った生地が、みゆの豊かな胸の曲線を柔らかく浮かび上がらせ、ゆいの引き締まった腰や太もものラインを強調していた。


あかりがマウンドから投げ、みゆがキャッチャーを務め、さきが内野でデータを記録し、ゆいが外野を全力で走り回る。まだぎこちない。けれど——空気は熱かった。


「みゆ、もうちょい腰落として!」


「こ、こう?」


「さき、送球の軌道をもう少し低めに意識して! データ通りなら、内野ゴロはもっと速く転がるはずだよ!」


「了解。低め、その通りね……」


「ゆい、外野のポジショニングをもう少し浅めに! 全力ダッシュの瞬発力を活かして、ボールを迎えに行くイメージで!」


「りょーかい! 浅めで全力だね!」


あかりの声がグラウンドに響くたびに、四人の動きが少しずつ形になっていく。


こうすけはネット裏のベンチで、その様子をスケッチしていた。


四つの体が太陽の下で動く姿は、拙いけれど生き生きとしていて、鉛筆を持つ手に力が入る。


午後三時を回った頃、あかりはふと——グラウンドの端に目をやった。


バックネット裏のフェンスの向こう側に、二つの影があった。


二人の少女が、フェンスに指をかけて、グラウンドの中を覗き込んでいた。


同じ身長、同じ髪の長さ、同じ制服。


黒髪のセミロングに軽いパーマがかかり、雰囲気は微妙に異なっている。


一人はきらきらとした目で身を乗り出し、もう一人はその隣で穏やかに微笑んでいる。


双子だった。


あかりは手を止めた。


二人の少女の顔に、見覚えがあった。


下の学年の、名前は——確か、ななと、はな。美術部に所属していると聞いたことがある。


「ちょっと休憩!」あかりは皆に声をかけ、フェンスに向かって歩き始めた。


-----


ななとはなは、一卵性双生児だった。


見た目はほとんど同じ——けれど、性格は対照的だった。


なな。姉のほうは活発で、感情表現が豊か。


大家族の長女として育ち、おしゃべりで陽気、ユーモアセンス抜群。


美術部では油絵で、キャンバスの上に色を叩きつけるような力強いタッチで知られていた。


話す時は身振り手振りが大きく、目がよく動き、笑い声がよく響く。


はな。妹のほうは穏やかで、静かな存在感を持つ。


同じ美術部で水彩画を描いている。


淡い色彩で風景や花を描く手つきは繊細で、見る人の心を不思議と落ち着かせる。


話す声は小さいが、言葉の一つひとつに温かみがある。


そして二人は、いつも一緒にいた。


一緒にいることが——二人にとっての、防衛手段だった。


「あの、見てたんだけど」


フェンスを挟んで、ななが口を開いた。声には好奇心と、それを抑えきれない興奮が滲んでいた。


「あなたたちの動き——すごくきれいだった。下着姿で野球してるって噂は聞いてたけど、実際に見ると全然違う。なんていうか——色があるの。体の動きに」


「色?」あかりが首を傾げた。


「うん。油絵を描く時にね、人体の動きって色で見えるの。筋肉が伸びる時は暖色、縮む時は寒色。あなたが投げる時の体は——赤からオレンジに変わって、最後に白く弾ける感じ。すっごくきれい」


あかりは驚いた。自分の投球を「色」で捉える人に初めて会った。


「はなも——見てた?」


はなはななの後ろから小さく顔を覗かせ、微笑んだ。


「うん。私は色じゃなくて——空気が見えた気がした。みんなの周りの空気が、練習が進むにつれてどんどん柔らかくなっていって。最後のほうは、グラウンド全体がお湯の中みたいに温かく見えた」


あかりの胸が熱くなった。


この二人は——見ている。自分たちが作り出している「何か」を、芸術家の目で、正確に感じ取っている。


「ねえ」あかりはフェンスに一歩近づいた。「——野球、やらない?」


ななの目が大きく見開かれた。はなが小さく息を呑んだ。


「え、私たち?」ななが自分を指差した。「運動なんか全然——」


「大丈夫。運動経験は関係ないし、ななちゃんとはなちゃんみたいな『見える目』を持ってる人が入ってくれたら、絶対に強くなれるよ」


「でも——」


「ななちゃんとはなちゃんが見えてるもの——色とか、空気とか——それって、きっとチームに必要なものだと思う。技術は後からついてくる。でも、見える目は——最初から持ってないといけないもの」


ななとはなは顔を見合わせた。


双子特有の、言葉を介さない会話。


視線が交わされ、微かな表情の変化だけで何かがやり取りされる。


数秒の沈黙の後——ななが、にっと笑った。


「はな」


「うん」


「やろっか」


「——うん」


はなの声は小さかったけれど、迷いのない響きだった。


なながフェンスを乗り越えようとして足を引っかけ、あかりが慌てて支え、はなが正門を回って走ってきて合流した。


グラウンドにいた五人が、新しい顔ぶれに驚き、歓声を上げた。


「えっ、双子!? かわいい!」


ゆいが飛びついた。


双子の制服越しに、似たような膨らみを持つ胸が軽く揺れるのを見て、思わず声を弾ませる。


「美術部の子だよね? ななちゃんとはなちゃん」みゆが微笑んだ。


「いらっしゃい」さきが小さく手を振った。


「これで——六人!」あかりが拳を突き上げた。


さきがスマートフォンのメモ帳を更新した。


「六名。残り三名……?」


あかりは胸の奥で、確かな手応えを感じていた。


-----


放課後の部室。


「まず——スケッチから」あかりがこうすけに目配せした。


こうすけは頷き、スケッチブックを開いた。


双子が並んで座る。見た目はほとんど同じだが、こうすけの目はその微かな差異を逃さなかった。


ななの方が、ほんの少しだけ前のめりに座る。


はなの方が、ほんの少しだけ肩の力が抜けている。


ななの目は光を集め、はなの目は光を放つ。


鉛筆が動き始めた。


けれど今回、こうすけは二人を別々に描かなかった。


一枚のスケッチに、二人を並べて描いた。


ななは立ち姿、はなは座り姿。異なるポーズだが、二人の間に見えない糸が張られているような構図。


それぞれが違う方向を見ているのに、全体として一つの調和を形作っている。


双子の制服の下に隠された、柔らかな胸の膨らみや、細い腰のラインを丁寧に捉えていた。


布地越しでもわかる、ななの少し張りのある曲線と、はなの優しい丸みが、線の上に生き生きと現れていく。


「わあ」なながスケッチを覗き込んだ。


「ねえはな、見て。私たち——違うんだ」


「うん」はなが静かに微笑んだ。


「でも——繋がってる」


こうすけの描いた絵が、双子に初めて「自分たちは別々の個人である」ということを、肯定的な形で見せていた。


双子であること。それは、ななとはなにとって祝福であり、同時に——呪縛だった。


こうすけのスケッチは、その呪縛に風穴を開けた。


違う。でも、繋がっている。


それは——一人ひとりが完全な個人であり、それでいて絆は消えない、ということ。


-----


「じゃあ——儀式、やってみよう」


あかりの声で、部室の空気が引き締まった。


まずは下着姿のまま、徐々に段階を踏む。


ななが先に動き、活発な妹は好奇心が勝った。


上着を脱ぎ、ブラウスのボタンを外す。指先は少し震えていた。


ブラウスの前が開くと、青い花柄ブラジャーに包まれた、ななのふっくらとした胸が露わになった。


布地がわずかに食い込み、柔らかな谷間を強調している。


「なな」はなが隣で、姉の手に自分の手を重ねた。


「……大丈夫。一緒にやるから」


二人は同時に——薄い下着姿になった。


ななは淡いピンクの花柄、はなは青い花柄。


似ているようで微妙に違う体つきが、並ぶことで際立つ。


ななの淡いピンクの花柄ブラジャーは、やわらかな膨らみを優しく包み、細い肩から滑らかな鎖骨のラインが美しく浮かび上がっていた。


あかりが二人の前に立った。


「ななちゃんは——色が見えるんだよね。自分の体が動く時の色を、感じてみて。まずは軽く体を揺らしながら、腕の動きに暖色をイメージして!」


ななは目を閉じた。


体を揺らし始めた。画家が筆を振るうような、大きくしなやかなストローク。腕が弧を描き、腰が回り、全身が一枚のキャンバスの上で踊る絵具のように流れていく。


揺れるたびに、青い花柄のブラジャーに包まれた胸が弾むように動き、柔らかな肉の波が布地を押し上げる。


お腹を軽く叩く。


ぽん、ぽん。その音に合わせて、ななの体が色彩を帯びていく。


——少なくとも、ななの目にはそう見えた。


暖色が体の芯から湧き上がり、指先から放散していく。


恥ずかしさは赤。解放感はオレンジ。その先にある自由は——白。


深くしゃがみ込み、顔を上げた時。


ななの照れ笑いは、まるで完成した一枚の絵のようだった。


「すごい」ななが両手で自分の頬を押さえた。


「体が——絵になった。私の体が、キャンバスじゃなくて——絵そのものになった」


ななの目が輝いていた。


双子の片割れとしてではなく、一人の芸術家として——自分自身の体に「美」を発見した喜びが、全身から溢れている。


「ななちゃんの動きは——美のダンスだ」あかりが言った。


ななは大きく頷いた。それから妹を振り返った。


「はなの番だよ」


-----


はなは、姉とは違うやり方で儀式に入った。


目を閉じ、両手を胸の前で合わせて、しばらくじっとしていた。水彩画家が紙に最初の一筆を置く前の、あの静かな時間。


ゆっくりと、体が揺れ始めた。


はなの動きは——風だった。空気の流れに身を任せるような、優雅で受動的な動き。


部室の窓から入る六月の夕風に、はなの体が応えるように揺れている。


揺らぐたび、淡いピンクの花柄ブラジャーに収まった胸が優しく波打ち、淡い影が鎖骨の下で揺らめく。


お腹に手を当て、撫でるように円を描く。自分自身の体を慈しむ動作。


しゃがみ込む。その動きは、水の中に沈んでいくような緩やかさだった。


顔を上げた時。


はなの照れ笑いは、朝露のように静かで、透明だった。恥ずかしさの中に——安らぎがある。


「……温かい」


はなの声は囁きに近かった。


「みんながいると——空気が温かくなる。体を開くと、その温かさが入ってくる。水彩絵の具を水に溶いた時みたいに……じわって、広がって」


あかりの目が潤んだ。


「はなちゃんの動きは——癒しのダンスだね」


はなは小さく頷いた。


その時——ゆいが声を上げた。


「ねえ、ちょっと待って。今なんか——すごくない?」


全員がゆいを見た。ゆいは腕を自分の体に巻きつけるようにして、鳥肌を見せていた。


「ななの後に、はなの動きを見たら——体がぶわって。興奮の後に癒しが来る感じ。ジェットコースターの後に温泉入ったみたいな——」


「双子の連続効果ね。自律神経の振幅が大きくなるわ」


さきが即座に分析した。


「双子バフだ!」


ゆいが叫んだ。


ななとはなが顔を見合わせ——同時に、笑った。


同じ顔の、違う笑い方。ななは歯を見せて大きく、はなは口元だけで柔らかく。


それが並ぶと——二つの異なる色彩が隣り合って、一つの絵画を完成させるように見えた。


「ねえ、はな」ななが妹の手を握った。


「うん」


「私たち——別々でも、一緒でも、大丈夫だね」


「……うん。そう思う」


双子の間にあった呪縛が——「別々でも繋がっている」という新しい形に、静かに変わろうとしていた。

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