第12話『ゆいの守備練習』
ゆいがチームに加わって三日目の朝だった。
グラウンドには朝練の空気が漂っている。男子野球部の部員たちがウォーミングアップを始める前の、静かな時間帯。
芝に降りた朝露がスパイクの底を濡らし、吐く息がうっすらと白い。
あかり、みゆ、さき、そしてゆいはすでに上半身裸でストレッチを終えていた。
4人とも朝の陽光の下で体を伸ばしていた。
こうすけはベンチに座り、スケッチブックを膝の上に置いている。
「みんな、おはよう! 今日も全力でいくよー!」
ゆいの声はグラウンド全体に響くほど元気いっぱいだった。
背筋をぴんと伸ばし、拳を握って力強く一礼する。
ショートヘアーが、朝の風に元気よく揺れている。
全身がばねのように引き締まっている。それはスポーツで鍛えた体だった。
ゆいの父親は元プロ野球選手だ。幼い頃から素振り三百回、ランニング十キロ、筋トレ二時間を課された。
「勝てなければ意味がない」——その言葉が、毎日の食卓で、毎朝の自主練で、試合のたびに繰り返された。
中学に上がる頃、ゆいは野球が嫌いになっていた。
正確に言えば、父親の影の中で野球をすることが息苦しくなっていた。
反発するように選んだのがバスケットボールだった。
父親の手の届かない場所で、自分だけの力で勝ちたかった。
バスケでもゆいは輝いた。
持ち前の運動神経と、幼少期に叩き込まれた基礎体力がものを言った。
高校ではエースガードとしてチームを全国大会に導いた。
しかし——全国の準決勝で負けた。
帰宅したゆいに、父親は言った。
「バスケなんかに逃げるから負けるんだ」
その一言が、ゆいの中のあらゆるものを打ち砕いた。
野球から逃げたことも、バスケで負けたことも、すべてを否定された。
半年間、ゆいは何もできなくなった。
高校に入ってからも、ゆいはスポーツから距離を置いていた。
河川敷であかりたちのゴミ拾いを見るまでは。
「ゆいちゃん、外野やってみない? 走力が活きると思うんだ」
あかりが提案した。
「外野ね。野球は小学校以来だけど——まあ、なんとかなるでしょ!」
ゆいは明るく笑いながら、小さな胸を堂々と晒したまま、元気よくグローブを手にはめた。
「じゃあ今日はフライとゴロの捕球をやろう。こうちゃんにノック打ってもらうから」
ゆいがセンターの位置へ元気よく走っていった。
その走り方を見た瞬間、あかりの目が光った。
速い。
バスケで磨かれた瞬発力と方向転換の鋭さが、そのままグラウンドに映えている。
一歩一歩の推進力が違う。
体の軸がぶれない。
走るたび、小さな胸が軽やかにプルプルと揺れ、硬く尖った淡いピンクの乳首が朝の風に震えていた。
腰のくびれから太ももにかけてのしなやかな曲線が汗で輝き、紫のレースショーツが深く食い込んで秘部のシルエットを強調する。
こうすけがボールを軽くトスし、ノックを打った。
フライがセンター方向へ上がる。
ゆいの一歩目は早かった。打球への反応は本能的だ。
しかし、落下点の読みが甘い。
バスケではボールの軌道は体育館の天井という制約の中にある。
青空を背景に弧を描く白球の距離感は、それとはまるで違う。
野球の経験があると言ってもブランクがある。
ゆいは一度前に出てから慌てて後退し、やや不格好な体勢でグローブを差し出した。
ボールがグローブの端に当たり——かろうじて、収まった。
「ナイスキャッチ!」
あかりが声をかけた。
「全然ナイスじゃないけど、次はしっかり捕るよー!」
ゆいは自分に苛立ちながらも明るく叫び、ボールを内野に投げ返した。
送球は強かったが、方向がやや逸れてさきの横を抜けていった。
「腕力は十分。ただし送球のリリースポイントがバスケのチェストパスの癖を引きずっているわね」
さきが冷静に分析した。
二球目。
ライト方向へのゴロ。
ゆいはダッシュで追いつき、体を低くして捕球した。
低い姿勢で尻を突き出すように捕球するたび、紫のレースショーツが深く食い込み、引き締まったお尻の丸みと太ももの内側が汗で艶やかに光る。
秘部の柔らかなシルエットが布地にうっすら浮かび上がっていた。
ノックを追うたびに汗の量が増えていった。
額から首筋へ、首筋から鎖骨へと伝う汗の筋が、朝陽を受けてきらりと光る。
三球目、四球目と続くうちに、ゆいの動きは少しずつ野球の感覚を取り戻し始めていた。
小学校時代に体に刻まれた記憶が、錆びた歯車のように軋みながら回り出す。
グローブの出し方、ステップの踏み方、スローイングの腕の振り。
十年近いブランクの向こうから、かすかに蘇ってくる感覚。
しかし、一球ごとにゆいの表情が険しくなっていった。
できない自分への苛立ち。
体が思い出してくれない焦り。
その根っこにあるのは——「勝てなければ意味がない」という、骨の髄まで染み込んだ呪縛だった。
七球目。
こうすけが打ったフライは、ゆいの頭上をはるかに越える大飛球だった。
ゆいは全力で背走した。
バスケで鍛えた脚力を使い切って、フェンスのないグラウンドの端まで走った。
最後の一歩でグローブを頭上に伸ばす。
白球が革の先端に触れ——弾かれた。
ぽとり、と芝の上に白球が落ちた。
ゆいは立ち尽くした。
肩で息をしながら、足元のボールを見下ろしている。
たった一球の落球。
練習の、何の勝敗もかかっていない一球。
それなのに、ゆいの肩が小刻みに震えていた。
落としたボールが見えなくなった。
代わりに見えたのは、体育館の床だった。
全国大会の準決勝。
残り十二秒。
三点差。
ゆいが放った最後のスリーポイントシュートがリングに弾かれ、ブザーが鳴った。
試合終了。
コートの中央に立ち尽くすゆいの耳に、チームメイトたちの泣き声が遠く響いていた。
帰宅。
玄関。
父親の背中。
「野球から逃げるから負けるんだ」
あの声が、骨を伝って全身に響いた日。
何をやっても認められない。
何に勝っても足りない。 何に負けても「逃げたからだ」と切り捨てられる。
「——意味がない」
ゆいの唇が動いた。
ほとんど聞こえない声だった。
次のノックが飛んできた。
ゆいは走った。
走ったが、体が硬い。
さっきまで少しずつ戻りかけていた野球の感覚が、一球の落球で完全に凍りついていた。
打球に追いつく。
グローブを出す。
しかし、ボールが革を掠めてこぼれ落ちた。
二つ目の落球。
ゆいの足が止まった。膝に手をつき、顔を上げない。
「大丈夫! 全然大丈夫。次いくよ、次!」
声だけは元気だった。
しかし、あかりは見逃さなかった。
ゆいの笑顔の奥にある、取り繕った明るさ。痛みを隠すための笑い。
自分自身がかつて浮かべていたものと、同じ顔だった。
次のノックも、その次のノックも、ゆいの手からボールがこぼれた。
走力は変わらない。
打球への反応も衰えていない。
しかし、最後の最後——グローブにボールが触れる瞬間に、体がわずかに引いてしまう。
まるで、掴むことを恐れているように。
「ゆいちゃん。ストップ」
あかりの声に、こうすけのノックが止まった。
ゆいは外野で膝に手をつき、肩で息をしていた。
汗が顎から滴っている。
あかりがゆっくりと歩いて近づくと、ゆいは顔を上げ、元気を取り戻そうと明るく笑おうとした。
けれど、うまく笑えなかった。
「——ごめん。体が言うこと聞かなくて」
「謝らなくていい。ゆいちゃん、一つだけ聞いていい?」
「何」
「今、何が怖い?」
ゆいの目が揺れた。
数秒間の沈黙。
グラウンドの風が、二人の間を吹き抜けた。
「……落とすのが」
ゆいの声は小さかった。
「ボールを落としたら、終わりだって——頭のどこかで思ってる。意味がないって。全部無駄だったって」
あかりは頷いた。
ゆいは深く息を吸い、元気いっぱいに立ち上がった。
「よし! 私、もう限界だよ!このままじゃ何も変わらない!あかりちゃんたちがやってる儀式……今ここで、私もやる!自分で、全力で全部さらけ出してみるよ!」
ゆいはすでにトップレスだった紫のレースショーツを自ら勢いよく下ろし、全裸になった。
ピンクの乳首が朝陽にきらめき、興奮で微かに震えていた。
バスケで鍛えられた引き締まった腹部、腰骨の窪み、引き締まった太もも、そして秘部の柔らかな曲線がすべて無防備に朝の光に晒された。
遠くで男子野球部の部員たちが練習を中断し、静かにこちらを見つめていた。
彼らの視線は好奇心や欲望ではなく、純粋な敬意と驚きに満ちていた。
「すげえ根性だ……」
「本気でやってるな」
と小さな声で囁き合い、温かく見守っている。
ゆいは元気よく胸をプルプルと揺らし始め、お腹をぽんぽんと叩いた。
「こうすけくん! おっぱいプルプル、ぽんぽこダンスだよ!これ、たぬきさんみたいで超恥ずかしいけど……やるよー!」
そのまま深くしゃがみ込み、下から硬く尖った乳首をエネルギッシュにプルプルと揺らし、お腹を両手で叩く。
しゃがんだ姿勢で太ももの筋肉が張りつめ、汗が膝の裏を伝い、秘部が完全に晒されて柔らかなシルエットを露わにした。
涙がこぼれた。
恥ずかしさだけではない。
体の芯にこびりついていたもの——
「勝てなければ意味がない」という呪縛が、この儀式の中で溶け出していた。
「恥ずかしすぎるー!」
叫んだ。
涙声だった。
けれどその底に、笑いが混じっていた。
ゆいはしゃがんだまま、泣き笑いのぐしゃぐしゃの顔で言った。
「……めちゃくちゃ恥ずかしいのに、体が軽い! よし、次いくよー!」
ゆいはさらにブリッジポーズに移った。




