表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/18

第12話『ゆいの守備練習』

 ゆいがチームに加わって三日目の朝だった。


 グラウンドには朝練の空気が漂っている。男子野球部の部員たちがウォーミングアップを始める前の、静かな時間帯。


 芝に降りた朝露がスパイクの底を濡らし、吐く息がうっすらと白い。


 あかり、みゆ、さき、そしてゆいはすでに上半身裸でストレッチを終えていた。


 4人とも朝の陽光の下で体を伸ばしていた。


 こうすけはベンチに座り、スケッチブックを膝の上に置いている。


 「みんな、おはよう! 今日も全力でいくよー!」


 ゆいの声はグラウンド全体に響くほど元気いっぱいだった。


 背筋をぴんと伸ばし、拳を握って力強く一礼する。


 ショートヘアーが、朝の風に元気よく揺れている。


 全身がばねのように引き締まっている。それはスポーツで鍛えた体だった。


 ゆいの父親は元プロ野球選手だ。幼い頃から素振り三百回、ランニング十キロ、筋トレ二時間を課された。


「勝てなければ意味がない」——その言葉が、毎日の食卓で、毎朝の自主練で、試合のたびに繰り返された。


 中学に上がる頃、ゆいは野球が嫌いになっていた。


 正確に言えば、父親の影の中で野球をすることが息苦しくなっていた。


 反発するように選んだのがバスケットボールだった。


 父親の手の届かない場所で、自分だけの力で勝ちたかった。


 バスケでもゆいは輝いた。


 持ち前の運動神経と、幼少期に叩き込まれた基礎体力がものを言った。


 高校ではエースガードとしてチームを全国大会に導いた。


 しかし——全国の準決勝で負けた。


 帰宅したゆいに、父親は言った。


「バスケなんかに逃げるから負けるんだ」


 その一言が、ゆいの中のあらゆるものを打ち砕いた。


 野球から逃げたことも、バスケで負けたことも、すべてを否定された。


 半年間、ゆいは何もできなくなった。


 高校に入ってからも、ゆいはスポーツから距離を置いていた。


 河川敷であかりたちのゴミ拾いを見るまでは。


 「ゆいちゃん、外野やってみない? 走力が活きると思うんだ」


 あかりが提案した。


「外野ね。野球は小学校以来だけど——まあ、なんとかなるでしょ!」


 ゆいは明るく笑いながら、小さな胸を堂々と晒したまま、元気よくグローブを手にはめた。


 「じゃあ今日はフライとゴロの捕球をやろう。こうちゃんにノック打ってもらうから」


 ゆいがセンターの位置へ元気よく走っていった。


 その走り方を見た瞬間、あかりの目が光った。


 速い。


 バスケで磨かれた瞬発力と方向転換の鋭さが、そのままグラウンドに映えている。


 一歩一歩の推進力が違う。

 体の軸がぶれない。


 走るたび、小さな胸が軽やかにプルプルと揺れ、硬く尖った淡いピンクの乳首が朝の風に震えていた。


 腰のくびれから太ももにかけてのしなやかな曲線が汗で輝き、紫のレースショーツが深く食い込んで秘部のシルエットを強調する。


 こうすけがボールを軽くトスし、ノックを打った。


 フライがセンター方向へ上がる。


 ゆいの一歩目は早かった。打球への反応は本能的だ。


 しかし、落下点の読みが甘い。


 バスケではボールの軌道は体育館の天井という制約の中にある。


 青空を背景に弧を描く白球の距離感は、それとはまるで違う。


 野球の経験があると言ってもブランクがある。

 ゆいは一度前に出てから慌てて後退し、やや不格好な体勢でグローブを差し出した。


 ボールがグローブの端に当たり——かろうじて、収まった。


 「ナイスキャッチ!」


 あかりが声をかけた。


「全然ナイスじゃないけど、次はしっかり捕るよー!」


 ゆいは自分に苛立ちながらも明るく叫び、ボールを内野に投げ返した。


 送球は強かったが、方向がやや逸れてさきの横を抜けていった。


 「腕力は十分。ただし送球のリリースポイントがバスケのチェストパスの癖を引きずっているわね」


 さきが冷静に分析した。


 二球目。


 ライト方向へのゴロ。


 ゆいはダッシュで追いつき、体を低くして捕球した。


 低い姿勢で尻を突き出すように捕球するたび、紫のレースショーツが深く食い込み、引き締まったお尻の丸みと太ももの内側が汗で艶やかに光る。


 秘部の柔らかなシルエットが布地にうっすら浮かび上がっていた。


 ノックを追うたびに汗の量が増えていった。

 額から首筋へ、首筋から鎖骨へと伝う汗の筋が、朝陽を受けてきらりと光る。


 三球目、四球目と続くうちに、ゆいの動きは少しずつ野球の感覚を取り戻し始めていた。


 小学校時代に体に刻まれた記憶が、錆びた歯車のように軋みながら回り出す。


 グローブの出し方、ステップの踏み方、スローイングの腕の振り。


 十年近いブランクの向こうから、かすかに蘇ってくる感覚。


 しかし、一球ごとにゆいの表情が険しくなっていった。


 できない自分への苛立ち。

 体が思い出してくれない焦り。


 その根っこにあるのは——「勝てなければ意味がない」という、骨の髄まで染み込んだ呪縛だった。


 七球目。


 こうすけが打ったフライは、ゆいの頭上をはるかに越える大飛球だった。


 ゆいは全力で背走した。


 バスケで鍛えた脚力を使い切って、フェンスのないグラウンドの端まで走った。


 最後の一歩でグローブを頭上に伸ばす。

 白球が革の先端に触れ——弾かれた。


 ぽとり、と芝の上に白球が落ちた。


 ゆいは立ち尽くした。


 肩で息をしながら、足元のボールを見下ろしている。


 たった一球の落球。


 練習の、何の勝敗もかかっていない一球。

 それなのに、ゆいの肩が小刻みに震えていた。


 落としたボールが見えなくなった。


 代わりに見えたのは、体育館の床だった。


 全国大会の準決勝。

 残り十二秒。

 三点差。


 ゆいが放った最後のスリーポイントシュートがリングに弾かれ、ブザーが鳴った。


 試合終了。


 コートの中央に立ち尽くすゆいの耳に、チームメイトたちの泣き声が遠く響いていた。


 帰宅。


 玄関。


 父親の背中。


「野球から逃げるから負けるんだ」


 あの声が、骨を伝って全身に響いた日。


 何をやっても認められない。


 何に勝っても足りない。 何に負けても「逃げたからだ」と切り捨てられる。


 「——意味がない」


 ゆいの唇が動いた。

 ほとんど聞こえない声だった。


 次のノックが飛んできた。


 ゆいは走った。 


 走ったが、体が硬い。


 さっきまで少しずつ戻りかけていた野球の感覚が、一球の落球で完全に凍りついていた。


 打球に追いつく。

 グローブを出す。


 しかし、ボールが革を掠めてこぼれ落ちた。

 二つ目の落球。


 ゆいの足が止まった。膝に手をつき、顔を上げない。


「大丈夫! 全然大丈夫。次いくよ、次!」


 声だけは元気だった。


 しかし、あかりは見逃さなかった。


 ゆいの笑顔の奥にある、取り繕った明るさ。痛みを隠すための笑い。


 自分自身がかつて浮かべていたものと、同じ顔だった。


 次のノックも、その次のノックも、ゆいの手からボールがこぼれた。


 走力は変わらない。


 打球への反応も衰えていない。


 しかし、最後の最後——グローブにボールが触れる瞬間に、体がわずかに引いてしまう。


 まるで、掴むことを恐れているように。


 「ゆいちゃん。ストップ」


 あかりの声に、こうすけのノックが止まった。


 ゆいは外野で膝に手をつき、肩で息をしていた。

 汗が顎から滴っている。


 あかりがゆっくりと歩いて近づくと、ゆいは顔を上げ、元気を取り戻そうと明るく笑おうとした。


 けれど、うまく笑えなかった。


「——ごめん。体が言うこと聞かなくて」


「謝らなくていい。ゆいちゃん、一つだけ聞いていい?」


「何」


「今、何が怖い?」


 ゆいの目が揺れた。

 数秒間の沈黙。


 グラウンドの風が、二人の間を吹き抜けた。


 「……落とすのが」


 ゆいの声は小さかった。


「ボールを落としたら、終わりだって——頭のどこかで思ってる。意味がないって。全部無駄だったって」


 あかりは頷いた。


 ゆいは深く息を吸い、元気いっぱいに立ち上がった。


「よし! 私、もう限界だよ!このままじゃ何も変わらない!あかりちゃんたちがやってる儀式……今ここで、私もやる!自分で、全力で全部さらけ出してみるよ!」


 ゆいはすでにトップレスだった紫のレースショーツを自ら勢いよく下ろし、全裸になった。


 ピンクの乳首が朝陽にきらめき、興奮で微かに震えていた。


 バスケで鍛えられた引き締まった腹部、腰骨の窪み、引き締まった太もも、そして秘部の柔らかな曲線がすべて無防備に朝の光に晒された。


 遠くで男子野球部の部員たちが練習を中断し、静かにこちらを見つめていた。


 彼らの視線は好奇心や欲望ではなく、純粋な敬意と驚きに満ちていた。


「すげえ根性だ……」


「本気でやってるな」


と小さな声で囁き合い、温かく見守っている。


 ゆいは元気よく胸をプルプルと揺らし始め、お腹をぽんぽんと叩いた。


「こうすけくん! おっぱいプルプル、ぽんぽこダンスだよ!これ、たぬきさんみたいで超恥ずかしいけど……やるよー!」


 そのまま深くしゃがみ込み、下から硬く尖った乳首をエネルギッシュにプルプルと揺らし、お腹を両手で叩く。


 しゃがんだ姿勢で太ももの筋肉が張りつめ、汗が膝の裏を伝い、秘部が完全に晒されて柔らかなシルエットを露わにした。


 涙がこぼれた。

 恥ずかしさだけではない。


 体の芯にこびりついていたもの——

「勝てなければ意味がない」という呪縛が、この儀式の中で溶け出していた。


「恥ずかしすぎるー!」


 叫んだ。

 涙声だった。


 けれどその底に、笑いが混じっていた。


 ゆいはしゃがんだまま、泣き笑いのぐしゃぐしゃの顔で言った。


「……めちゃくちゃ恥ずかしいのに、体が軽い! よし、次いくよー!」


ゆいはさらにブリッジポーズに移った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ