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婚活全敗の50歳のおっさん窓際社員ですが、昔フラれた同級生と地下アイドルに通ってたら人生がちょっとだけマシになった件  作者: 雪だるま
第1章

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 数日後。


 土曜日の夕方。


 高橋美咲(50)は、生け花教室の帰り道を歩いていた。


 秋の空気は少し冷たい。


 駅前には買い物帰りの家族連れ。

 カフェには若者たち。

 スーパーでは夕飯のタイムセール。


 そんな穏やかな週末の風景の中、美咲は花材の入った細長いバッグを持って歩いていた。


「ふぅ」


 今日は自由花の授業だった。


 枝の角度。

 空間の抜き方。

 花の高さ。


 若い頃にはわからなかった“静かな楽しさ”が、最近は少し好きだった。


 離婚後。


 時間が増えた。


 最初はぽっかり穴が空いたようだったが、人間不思議なもので、半年もすると少しずつ新しい生活ができてくる。


 旅行。

 読書。

 生け花。

 友人とのランチ。


 昔より地味かもしれない。


 でも、意外と悪くない。


「……」


 美咲は駅のホームでスマホを見た。


 通知。


『伊藤レイ』


「ん?」


 少し意外だった。


 同窓会以来。


 高級レストランに一度行った。


 その後もたまにLINEは来る。


 しかし。


 内容が妙に変だった。


『吾輩、最近腰が痛いのだぁ』


『会社の若手が冷たいのだぁ』


『コンビニのおにぎり小さくなってるのだぁ』


 など。


 五十歳男性の日常報告ばかりである。


 なぜ送ってくるのかは謎。


 だが。


 妙に害はない。


 若い頃のような“俺を見ろ!”感が少し減っているからかもしれない。


「……また変なこと言ってそう」


 美咲は小さく笑いながらLINEを開いた。


 そして。


『ロブスターの亡霊のライブ、一緒に行かないですのだぁ?』


「……は?」


 数秒止まった。


 ロブスターの亡霊。


 何。


 亡霊?


 ロブスター?


「……宗教?」


 思わず呟いた。


 電車待ちの女子高生がチラッとこちらを見る。


 美咲は慌てて口を閉じた。


「……何これ」


 再度LINEを見る。


『超人気アイドルなのだぁ!』


『ぴぴるちゃんが神なのだぁ!』


『最近の若者文化を学ぶのだぁ!』


『決して一人で行く勇気がないわけではないのだぁ!』


「最後が本音ね」


 美咲は吹き出した。


 ホームで一人笑ってしまう。


 しかし。


 意味がわからない。


 ロブスターの亡霊。


 名前が怖い。


 地下アイドルだろうか。


 まさか五十歳のおじさんが本気でアイドルオタクなのか。


「……いやまあ」


 美咲は少し考えた。


 でも。


 よく考えるとレイらしい。


 高校時代から妙に変な方向へ全力だった。


 意味不明なことを真顔でやる。


 周囲が引いても気づかない。


 でも本人だけは妙に楽しそう。


 それがレイだった。


「……ロブスターの亡霊」


 字面が酷い。


 電車に揺られながら、美咲は検索してみた。


「えっ」


 普通に出てきた。


 しかも公式サイトが妙にちゃんとしてる。


 ピンクと海鮮モチーフに溢れた狂気のデザイン。


『甲殻類系正統派アイドルグループ♡』


「正統派……?」


 メンバー一覧。


 海老原ぴぴる。

 甘海老もなか。

 伊勢まりん。

 ロブ菜。


「待って」


 美咲は笑いを堪えた。


「何これ」


 動画を開く。


『♡ボイルして恋心♡』


 爆音イントロ。


 謎のロブスターポーズ。


 キラキラした衣装。


 サビ。


『茹でて♡茹でて♡恋模様〜♪』


「……」


 美咲はスマホを閉じた。


 数秒後。


 また開いた。


 なぜか続きを見てしまう。


「……何これ」


 ちょっと中毒性がある。


 意味不明すぎて逆に気になる。


 そして何より。


 脳裏に、ペンライトを振って全力コールしてるレイの姿が浮かんでしまった。


「……っ」


 耐えきれず吹き出した。


 隣のおばさんが驚いていた。


 帰宅後。


 美咲は夕飯を軽く済ませ、ソファでまたLINEを見た。


『ぴぴるちゃんの歌唱力は本物なのだぁ』


『あとライブでエビの被り物配布されるのだぁ』


『初心者でも安心なのだぁ』


「安心とは」


 さらに画像。


 満面の笑みのレイ。


 ロブスターカチューシャ装備。


 赤いペンライト二本持ち。


 背景には大量のオタク。


「……」


 美咲はスマホを見つめた。


 高校時代。


 レイはもっと“格好つけたい人”だった。


 モテたい。

 強く見られたい。

 特別扱いされたい。


 そういう空回りをずっとしていた。


 なのに今。


 五十歳で。


 ロブスターの亡霊。


「……」


 美咲はちょっと笑った。


 情けない。


 意味不明。


 でも。


 なんだか昔より人間っぽい。


 少なくとも。


 高級レストランで無理してイキってた時よりは、ずっと自然な感じがする。


 返信欄を開く。


『ライブってどんな感じなの?』


 送信。


 数秒後。


 既読。


 そして即返信。


『戦場なのだぁ!!!!!!』


「何それ」


『ぴぴるちゃんが近くに来ると皆叫ぶのだぁ!』


『あと海老コールがあるのだぁ!』


『初心者はまずクラップから覚えるのだぁ!』


「怖い」


 だが。


 美咲は気づいていた。


 画面越しのレイが、妙に楽しそうなことに。


 会社の愚痴を言ってる時とも。


 婚活で荒れてた時とも。


 キャバ嬢に貢いでた時とも違う。


 本当に好きなのだろう。


 ロブスターの亡霊を。


「……」


 美咲は少し考えた。


 普通なら断る。


 五十歳で地下アイドルライブはだいぶ意味不明である。


 だが。


 人生半分以上終わった年齢になると、“意味不明”へのハードルが少し下がる。


 どうせなら。


 見たことない世界を見てみるのも悪くないかもしれない。


 それに。


 たぶん。


 レイはライブ中、めちゃくちゃ面白い。


 美咲は小さく笑った。


 そして返信した。


『一回くらいなら行ってみようかな笑』


 数秒後。


『のだぁああああああ!!!!!!』


『初心者講習するのだぁ!!!!!!』


『まず海老ステップを覚えるのだぁ!!!!!!』


「やっぱり意味わからない」

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