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同窓会から三日後。
伊藤レイ(50)は、自宅の布団の上で転がっていた。
「のだぁぁぁぁぁ……」
スマホを顔の上に乗せる。
天井を見る。
またスマホを見る。
また天井を見る。
完全に挙動不審である。
LINE画面。
『高橋美咲』
その名前が、妙に気になる。
「……のだぁ」
同窓会の日から、レイの頭の中は少しだけおかしかった。
いや元々おかしいのだが、方向性が違う。
いつもなら。
『高校時代吾輩を振ったくせにぃ!』
『どうせババア化してると思ったのだぁ!』
『ザマァする予定だったのだぁ!』
などと一人で勝手に勝利宣言して終わる。
だが今回は違った。
思ったより綺麗だった。
普通に話せた。
しかも。
笑い方が高校時代とあまり変わっていなかった。
「……のだぁ」
レイは布団の上でモゾモゾ動いた。
「別に会いたいわけじゃないのだぁ」
スマホを見る。
「うむ」
LINEを開く。
「ただぁ……」
閉じる。
「東京の高級レストランにぃ……」
また開く。
「一人で行くの怖いだけなのだぁ」
最低の言い訳である。
実際、レイは最近“高級店”に妙な憧れを持ち始めていた。
理由は単純。
会社の若手たちが普通にそういう店へ行っているからである。
「最近の若者おかしいのだぁ……」
レイは会社で震えていた。
「記念日ディナー三万円!?!?正気なのだぁ!?」
「普通じゃないですか?」
「のだぁ!?」
「レイさん五十歳なんだからもう少し良い店知っててもいいでしょう」
「吾輩は鳥貴族が限界なのだぁ!」
その言葉に若手たちは本気で少し哀れんだ。
そして今。
レイは人生初レベルの“ちょっと良い店”を予約しようとしていた。
スマホで検索。
『東京 高級レストラン デート』
「のだぁ……」
値段を見て震える。
「コース二万五千円!?!?!?肉焼くだけなのだぁ!?」
だが。
妙な対抗心が出た。
「ふっ……吾輩も大人なのだぁ」
すでに五十歳である。
「高級店くらい余裕なのだぁ」
貯金はかなり怪しい。
しかし見栄は張る。
「のだっ♡」
レイはついにLINE画面を開いた。
数分悩む。
打っては消し。
打っては消し。
『暇?』
消す。
『飯でもどう?』
消す。
『東京案内してやるのだぁ』
消す。
「のだぁぁぁぁ!!」
レイは布団をバンバン叩いた。
「五十のおっさんが何送ればいいかわからないのだぁ!!」
そして十分後。
ようやく送信した。
『今度、東京のレストラン予約するのだぁ。もし暇なら一緒に行かないですのだぁ?』
送った瞬間。
「のだぁあああああ!!」
スマホを投げた。
「送っちゃったのだぁぁぁ!!」
床を転がる。
「違うのだぁ!別に会いたいとかじゃないのだぁ!断固として違うのだぁ!」
誰も聞いていない。
「この年で高級レストラン一人で行くの怖いだけなのだぁ!!」
なお。
本当に少し怖かった。
ナイフとフォークいっぱい並んでたらどうするのか。
ワイン聞かれたらどうするのか。
店員に笑われないか。
ドレスコード大丈夫か。
レイはそういう場所に慣れていない。
だから。
少しだけ。
高校時代知ってる相手がいてくれたら楽かもしれないと思った。
「……のだぁ」
スマホを見る。
既読がつかない。
「まあ別に断られてもいいのだぁ」
三十秒後。
「遅いのだぁ……」
五分後。
「既読くらいつけるのだぁ……」
十五分後。
「もう寝たのだぁ!?」
完全に落ち着きがない。
その時。
ピコン。
「のだっ!?」
レイは飛び起きた。
返信。
『久しぶりに東京行くのも楽しそうだね笑』
「のだぁ……!」
『予定合えばぜひ』
「のだぁあああああ!!!!!!」
レイは立ち上がった。
「来るのだぁあああああ!!!!!!」
部屋をグルグル回る。
「うわぁああああ!!どうするのだぁ!!」
五十歳とは思えない動揺である。
「いや違うのだぁ!落ち着けなのだぁ!」
深呼吸。
「別にデートじゃないのだぁ」
うむうむ頷く。
「ただ高級店怖いから付き添い頼んだだけなのだぁ」
数秒後。
「……服どうするのだぁ」
翌日。
レイは珍しく百貨店にいた。
「のだぁ……」
店員が近づいてくる。
「何かお探しですか?」
「高級レストランでぇ……馬鹿にされない服なのだぁ……」
店員はプロだった。
一瞬だけレイを見て。
全てを察した。
「女性とお食事ですか?」
「のだぁっ!?ち、違うのだぁ!」
「かしこまりました」
全然誤魔化せてない。
数時間後。
レイはジャケットを買っていた。
さらに靴まで。
しかも美容院予約までした。
「のだぁ……金が飛ぶのだぁ……」
だが妙にソワソワしていた。
そして会社。
中村が異変に気づいた。
「……レイさん」
「のだっ♡」
「なんで今日ちょっと髪整ってるんです?」
「のだぁ?」
「なんで新しいジャケットなんです?」
「のだぁ?」
「なんで口臭ケア用品持ってるんです?」
「のだぁ!?」
レイは汗をかいた。
「怪しい」
「怪しくないのだぁ!」
「絶対女ですね」
「違うのだぁ!」
「誰です?」
「……高校の同級生なのだぁ」
「へぇ」
「高級レストラン行くだけなのだぁ」
「へぇ〜」
「決してデートじゃないのだぁ!」
「誰もそこまで言ってません」
「のだぁっ!?」
中村はニヤニヤしていた。
「ちなみに相手何歳です?」
「五十なのだぁ」
「普通に年相応で安心しました」
「なんかその言い方腹立つのだぁ!」
しかし。
その日の昼休み。
レイはスマホを見ながら少しだけ静かだった。
美咲とのLINE。
『楽しみにしてるね』
その文字を見て。
レイは妙に落ち着かない。
「……のだぁ」
若いキャバ嬢相手の時とは違う。
変に見栄を張る気にもならない。
なぜか。
“変なやつだと思われたくない”と思ってしまう。
その感覚が、レイには少しだけ不思議だった。
なお翌週。
レイは高級レストランのメニュー価格を見て、一人でトイレにこもって震えることになる。




