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婚活全敗の50歳窓際社員ですが、昔フラれた同級生と地下アイドルに通ってたら人生がちょっとだけマシになった件  作者: 雪だるま
第1章

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3

 十一月。

 金曜の夜。


 伊藤レイ(50)は、鏡の前でネクタイを締め直していた。


「のだぁ……」


 築三十五年のワンルーム。

 壁紙は少し黄ばんでいる。

 冷蔵庫にはストロング缶。

 洗ってない皿。

 なぜか床に転がっている湿布。


 そんな独身中年男性の生活感に満ちた部屋の中央で、レイは妙にソワソワしていた。


「はぁ……」


 スマホ画面を見つめる。


 高校同窓会グループLINE。


『久しぶり〜!』

『もう50とか信じられないw』

『みんな老けたね〜』


 その中に。


 ひとつだけ、レイの視線を釘付けにする名前があった。


 ――高橋美咲。


「のだぁ……」


 高校時代のマドンナ。


 黒髪ロング。

 成績優秀。

 男子人気圧倒的。

 文化祭では毎年ミスコン一位。

 教師からも保護者からも好かれる完璧美少女。


 そして。


 高校二年の冬。


 当時まだ痩せていて、それなりに顔だけは良かった若きレイが、人生最大の勇気を出して告白した相手でもある。


『ごめん。伊藤くんって、なんか怖い』


 その一言で振られた。


 しかも。


 レイは振られた翌日に、ヤケクソで校庭のタイヤを蹴って足を骨折した。


 黒歴史である。


「のだぁ……」


 レイは鼻を鳴らした。


「別に会いたいわけじゃないのだぁ」


 ネクタイを直す。


「うむ。全然なのだぁ」


 ワックスを塗る。


「ただぁ……」


 ニヤァ、と笑う。


「どれくらい太ってるか楽しみなだけなのだぁ♡」


 最低である。


「絶対おばさん化してるのだぁ!あーはっはっは!!高校時代チヤホヤされてた女ほど悲惨になるってネットに書いてあったのだぁ!」


 レイはウキウキでジャケットを羽織った。


「吾輩より老けてたら超笑えるのだぁ♡」


 なお。


 レイ本人はビール腹、薄毛、加齢臭、痛風予備軍、独身である。


 しかし自己認識だけは異様に若い。


 会場はホテルの宴会場だった。


 地方都市の駅前ホテル。

 少し古いが、それなりに格式がある。


「のだっ♡」


 レイはスキップしながら向かっていた。


 途中、ガラスに映った自分を見てポーズまで取る。


「ふっ……意外とイケオジなのだぁ」


 腹は出てる。


 だが本人は気づかない。


 受付前。


 同級生たちが集まり始めていた。


「えっ、伊藤?」


「うわっ、久しぶり」


「変わってねぇなぁ」


「のだっ♡」


 レイは妙に得意げだった。


「うむ!吾輩は若さを保ってるのだぁ!」


「いやまあ……うん……」


 みんな気を遣った。


 同級生たちは、すでに“人生”が顔に出始めている年齢だった。


 腹の出た管理職。

 疲れた顔の公務員。

 白髪混じりの自営業。

 子供の学費に追われる父親。


 だがその中でも、レイは異質だった。


 妙にテンションが若い。


 そして妙に落ち着きがない。


 キョロキョロしている。


「のだぁ……まだ来てないのだぁ?」


「誰が?」


「別に誰でもないのだぁ」


「高橋?」


「のだぁっ!?」


 即バレだった。


 同級生たちは笑う。


「懐かしいなぁ、お前告白してたもんな」


「しかも振られて校庭で暴れてた」


「タイヤキック事件www」


「やめるのだぁあああああ!!!!!!」


 レイは真っ赤になった。


「若気の至りなのだぁ!」


「お前今もそんな変わってないぞ」


「のだぁ!?」


 その時。


 会場入り口が少しざわついた。


「あ、高橋さんだ」


 レイの動きが止まる。


「……のだ?」


 振り返る。


 そして。


 レイは数秒、固まった。


 高橋美咲が立っていた。


 黒いワンピース。

 落ち着いたメイク。

 少しだけ大人びた柔らかい雰囲気。


 確かに二十代の頃のような派手さはない。


 だが。


 綺麗だった。


 普通に。


 かなり。


「え……」


 レイは混乱した。


「のだぁ……?」


 もっとこう。


 疲れ切った中年女性を想像していた。


 だが実際は。


 年齢相応の落ち着きと品があって、むしろ高校時代より柔らかい魅力が増していた。


 しかも普通に細い。


「えっ」


 レイは焦った。


「の、のだぁ?」


 同級生たちが笑いを堪えている。


「どうした伊藤」


「太ってなかったな」


「のだぁ……」


 レイは動揺していた。


 一方。


 美咲もレイに気づいた。


「あ、伊藤くん?」


「のだっ!?!?!?」


 声が裏返った。


「久しぶりだね」


「の、のだぁ……」


「変わらないねぇ」


「うむ!」


 レイは急に背筋を伸ばした。


「吾輩、若いのだぁ!」


「ふふっ」


 美咲は笑った。


 その自然な笑顔に、レイの脳が少しバグる。


(……あれ?)


 高校時代。


 レイは美咲が苦手だった。


 綺麗すぎて緊張するから。


 まともに話せなかったから。


 だからふざけた。


 変なアピールした。


 寒いギャグ連発した。


 そして振られた。


「伊藤くん今何してるの?」


「のだっ♡会社員なのだぁ!」


「へぇ〜」


「うむ!都会でバリバリ働いてるのだぁ!」


 窓際社員である。


「美咲は?」


「去年離婚したばっかり」


「のだぁ……」


 レイは一瞬ニヤけそうになった。


 だが。


 美咲は普通に穏やかだった。


「子供ももう大学生だし、ちょうど区切りかなって」


「のだぁ……」


「最近は一人で旅行したりしてるよ」


「旅行?」


「うん。京都とか金沢とか」


 レイはなぜか少しショックを受けた。


 もっと不幸そうだと思っていた。


 もっとボロボロだと思っていた。


 もっと。


 “自分より下”だと思っていた。


 なのに。


 美咲は普通に人生を生きていた。


 ちゃんと歳を重ねていた。


 一方。


 自分は。


「……のだぁ」


「伊藤くん?」


「な、なんでもないのだぁ!」


 レイは慌ててビールを飲んだ。


 その後。


 同窓会は盛り上がった。


 昔話。

 教師の悪口。

 消えた同級生。

 病気の話。

 老眼の話。


 五十歳の会話である。


 だが。


 レイは妙に静かだった。


 チラチラ美咲を見てしまう。


 笑っている。


 普通に綺麗。


 しかも他の同級生たちとも自然に話している。


「のだぁ……」


 そして。


 帰り際。


「じゃあね、伊藤くん」


「の、のだっ」


「元気でね」


 美咲は笑って去っていった。


 その後ろ姿を見送りながら。


 レイはボソッと呟いた。


「……なんでなのだぁ」


 中村みたいな若手なら「何がです?」と聞くだろう。


 だがここには誰もいない。


「もっとぉ……こう……不幸になってる予定だったのだぁ……」


 最低である。


 しかし。


 その声は少しだけ弱かった。


 ホテルのガラスに、自分の姿が映る。


 出た腹。


 疲れた顔。


 酔って赤い鼻。


 五十年分の生活習慣。


「……のだぁ」


 レイは数秒黙った。


 そして。


「まあよいのだぁ!」


 秒で復活した。


「吾輩には若いキャバ嬢がいるのだぁ!あーはっはっは!!」


 なお三週間後。


 そのキャバ嬢に追加で二十万円貸して音信不通になった。

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