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金曜日の夜。
営業三部は騒然としていた。
「のだっ♡」
窓際席の伊藤レイ(50)が、なぜか超ご機嫌だったからである。
しかも今日は異様にテンションが高い。
コンビニで買った980円の整髪料をベタベタにつけ、サイズの合ってないジャケットを羽織り、鼻歌まで歌っている。
「のだだだ〜ん♪のだだだ〜ん♪」
若手社員たちは顔を見合わせた。
「……嫌な予感しない?」
「しますね」
「絶対ロクでもない」
その瞬間。
レイは立ち上がった。
「諸君ッッッ!!!!!!」
営業三部が静まり返る。
部長が露骨に嫌そうな顔をした。
「吾輩ぁ!!ついにぃ!!恋人が出来ましたのだぁあああああ!!!!!!」
空気が止まった。
「……え?」
「マジで?」
「誰が?」
レイは腹を叩きながらドヤ顔する。
「ふっ……聞いて驚くがいいのだぁ。二十六歳の美女なのだぁ!」
「うわぁ」
「しかもぉ!スタイル抜群!超美人!めちゃくちゃ優しいのだぁ!」
「うわぁ……」
若手たちの顔がどんどん曇る。
嫌な予感しかしない。
中村が恐る恐る聞いた。
「……どこで知り合ったんです?」
「キャバクラなのだぁ!」
「終わった」
全員が即答した。
だがレイは聞いていない。
「いやぁ〜♡困るのだぁ!吾輩ほどの色気があると若い女が放っておかないのだぁ!」
「いや完全に営業ですよ」
「違うのだぁ!彼女は本気なのだぁ!」
「なんでそう思うんです?」
「“レイくんといると落ち着く〜♡”って言われたのだぁ!」
「キャバ嬢全員に言ってますよそれ」
「“こんなに優しい人初めて♡”とも言われたのだぁ!」
「マニュアルです」
「“もっと会いたい♡”とも!」
「店に来いって意味です」
「のだぁ!嫉妬するななのだぁ!」
レイはニヤニヤしていた。
その日の昼休み。
レイはスマホを見せびらかしていた。
「ほれ!見ろなのだぁ!」
画面には加工まみれの美女。
金髪。大きな目。細い顎。露出多め。
名前は《りおぴ》。
「可愛いであろう!?」
「まあ可愛いですね……」
「うむ!しかも吾輩にベタ惚れなのだぁ!」
LINE画面。
『レイくん会いたい』
『今月ちょっと生活厳しくて…』
『レイくんだけが頼りだよ』
中村は頭を抱えた。
「レイさん」
「のだぁ?」
「もうお金貸しました?」
「貸してないのだぁ!」
「本当ですか?」
「プレゼントしただけなのだぁ!」
「いくら」
「三十万」
「もうダメだこのおっさん」
だがレイは止まらない。
「この前なんてぇ!ブランドバッグ買ってあげたのだぁ!」
「いくらです?」
「二十五万!」
「うわぁ」
「あとぉ!家賃も少し助けてあげたのだぁ!」
「いくら」
「十五万!」
「合計七十万いってるじゃないですか」
「愛なのだぁ!」
「搾取です」
だがレイは幸せだった。
五十年間ほぼ女性に相手にされなかった男である。
若い美女が笑顔で話しかけてくれる。
LINEが来る。
名前を呼ばれる。
それだけで脳が完全に溶けていた。
そして三ヶ月後。
レイは完全に“彼氏”気取りになっていた。
「のだぁ♡りおぴは吾輩がいないとダメなのだぁ♡」
会社で毎日自慢。
待ち受けもりおぴ。
昼休みもりおぴ。
飲み会でもりおぴ。
「この前ぇ!りおぴにぃ!“レイくんのお腹好き♡”って言われたのだぁ!」
「絶対嘘ですよ」
「“包容力ある♡”とも!」
「脂肪量の話では?」
「うるさいのだぁ!」
そして。
ある夜。
レイは高級焼肉店で、りおぴの隣に座っていた。
「のだっ♡好きなのだぁ♡」
「ありがと〜♡」
「吾輩、結婚も考えてるのだぁ♡」
「え〜♡嬉しい〜♡」
りおぴは笑顔だった。
だがその目は一切笑っていなかった。
「そうだぁ♡これプレゼントなのだぁ!」
レイが差し出したのは高級ブランドのネックレス。
四十八万円。
「え〜!?いいのぉ〜!?」
「うむ!吾輩、男前だから気にするななのだぁ!」
なおボーナスは消えた。
貯金もかなり消えた。
だがレイは気づかない。
そして半年後。
総額。
約五百万。
ブランド品。
家賃補助。
美容代。
旅行代。
タクシー代。
謎の“急に必要になったお金”。
レイは完全にATM化していた。
だが本人だけは幸せだった。
「のだぁ♡若い恋人最高なのだぁ♡」
しかし。
破局は突然だった。
その夜。
レイはいつものように店へ向かった。
「のだっ♡りおぴぃ〜♡」
だが。
りおぴは露骨に冷たかった。
「あー、レイくん今日来たんだ」
「のだぁ?」
「……」
「どうしたのだぁ?」
「ねぇレイくん」
「のだっ♡」
「もう店来なくていいよ」
レイの動きが止まった。
「……のだ?」
「普通に無理」
「の、のだぁ?」
「お尻触るのキモいし」
「のだぁ!?」
「あと酒臭い」
「のだぁ!?」
「加齢臭きつい」
「のだぁあああ!?」
「ていうか彼氏面しないで」
レイの顔色が真っ白になる。
「り、りおぴぃ……?」
「おじさんさぁ」
りおぴはスマホを見ながら言った。
「本気にしてたの?」
その瞬間。
レイの世界が崩壊した。
三十分後。
港区の路上。
「うぇえええええええん!!!!!!」
レイは大号泣していた。
「振られたのだぁあああああ!!!!!!」
通行人が距離を取る。
「吾輩の五百万がぁあああああ!!!!!」
膝をついて泣く五十歳。
最悪である。
「お尻触る手がキモいって言われたのだぁあああ!!!!!うわあああああん!!!!!!」
翌日。
会社。
レイは死んだ目で出社していた。
ネクタイ曲がってる。
髪ボサボサ。
顔色最悪。
「……レイさん?」
「のだぁ……」
「どうしたんです?」
「女は怖いのだぁ……」
「別れたんですか」
「五百万消えたのだぁ……」
「うわぁ」
中村は真顔になった。
「……ちなみに何に使ったんです?」
「バッグとぉ……ネックレスとぉ……家賃とぉ……美容代とぉ……」
「典型的過ぎる」
「でもぉ……でもぉ……」
レイは机に突っ伏した。
「吾輩ぁ……本気だったのだぁ……」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
若手たちは少し可哀想に思った。
しかし。
次の瞬間。
「でも次はもっと若い子狙うのだぁ」
「全然反省してねぇ!!!!!!」
営業三部にツッコミが響いた。
なおその翌月。
レイはまた別のキャバ嬢にシャンパンを入れていた。




