第95話 遺跡のハッキングと、勇者のカルチャーショック
「見えたぞ。あれが東の古代遺跡だ。完全に包囲されているな」
「うわぁ。すり鉢状の谷底に黒いテントがびっしり張ってあるわね。まるでお祭りの会場みたい。あんな数の魔族、初めて見たかも」
「魔将の配下、下級魔族と魔獣の混成部隊だな。オークの重装歩兵に、飛行型のガーゴイルまでいる。ざっと見積もって五百……いや、もっといるかもしれない。これほどの大軍が動いているとはな」
「あんな数の雑魚が遺跡の入り口を塞いでるのか。どうやら、俺たちの想像以上に厄介な事態になっているようだな。あれを全部倒すとなると、日が暮れるどころか武器がへし折れるぞ」
「おそらく、精鋭部隊は既に遺跡の内部へ侵入し、最深部にある結界を破ろうと悪戦苦闘しているはずだ。外の連中は絶対に邪魔が入らないように周囲を固めているだけの、いわば警備部隊だろうな」
「なるほど。中ボスが発掘作業に集中している間、雑魚に表の見張りをさせているわけか」
「あの軍勢を打ち破るのは骨が折れるが……よし、俺が前衛に出よう。まずは広範囲魔法で敵の先陣の目を眩ませ、一気に中央突破を図る。敵を俺一人に集めて陣形をかき乱すから、お前たちは俺が作った隙を突いて遺跡の中へ滑り込め」
「却下だ。五百体もの雑魚を相手に立ち回るなんて、いくらなんでも無謀すぎる」
「そうよ。美味しくもない雑魚を何百匹も狩ったって、経験値が不味いだけじゃない。疲れるしお腹空くし、絶対にパス。それに、いくらジークが強くても、あんな数相手じゃ、危なすぎるわよ」
「だが、あの大軍をどうにかしないと中には入れないだろう? 戦わずにどうやって突破するつもりだ? 空間移動でも使えるというのか?」
「抜け道を探すんですよ。あんな脳筋みたいな陣形の裏をかくのはハッカーの基本ですからね。真正面からドアをノックするのは三流のやることだ」
「抜け道? そんなものが都合よくあるわけが……」
「俺の索敵スキルで、熱源探知に注視してみる。……ほら、見つけた。敵の警備網の死角、あの岩肌の中腹だ。空気が揺らいでいるのが分かる」
「微かに……空気が歪んでいる? あそこだけ熱の逃げ方が違うな」
「吸排気用ダクトだろう。メンテナンス用の裏口だな。あそこから遺跡の外周部に侵入できるはずだ。行ってみよう」
ナオトの指摘した通り、そこには吸排気ダクトと思われる小さな横穴があった。
「また吸排気用ダクト。埃っぽいし、蜘蛛の巣だらけで最悪だわ。服が汚れちゃう」
「五百のザコと血みどろになって戦うよりはマシだろう?」
「……あー、くしゃみ出そう」
「我慢しろよ。よし、ダクトを抜けた。ここが遺跡の環境管理エリアか。ビンゴだ。中央の魔力端末コンソールが生きてるぞ。ホコリを被ってはいるが電源は落ちていない」
「魔族どもは力任せに制圧したせいで、このシステムの存在に気づいていないようだな。外の防衛に気を取られているのが裏目になるぞ」
「よし、ハッキングを開始する。ジークに教わった燃費の最適化のおかげで、精密な魔力操作も余裕でこなせるようになったからな。魔力回路のパターンをソースコードに変換して……っと」
「ハッキング? 古代文明の遺物を操るつもりか? そんなことができるはずが……」
「できますよ。セキュリティレベルのチェック……ははっ、笑える。前時代的すぎるぞ。管理者権限のパスワードがデフォルトのままだ。ゼロが四つって、誰でも思いつくレベルだぞ。当時のシステム管理者の怠慢だな」
「管理者権限? パスワード? 一体何を言っているんだ。それに、魔力をそんな風に指先だけで機器に流し込むなど、見たこともない」
「ルート権限、奪取完了。これでこの遺跡の防衛システムは俺の意のままだ。さて、外でたむろしている迷惑な奴らに、遺跡からの熱烈な歓迎プログラムを実行してやろう」
「ナオト、何をする気?」
「防衛兵器起動。ターゲットの敵対判定を魔族の持つ瘴気に設定。……実行」
「おい、見ろ。遺跡の外壁から、見たこともない無数の砲身がせり出してきたぞ」
「うわぁ、砂の中から巨大なゴーレムもウジャウジャ湧いてきたわよ。あーあ、魔族のキャンプが阿鼻叫喚ね。光の矢みたいなのが飛び交ってるわ」
「防衛システムの迎撃モードだ。圧縮魔力砲に、制圧用ゴーレム部隊。上級魔族ならともかく、あんな密集陣形の下級魔族なんて、ただの的当てゲームだな。同士討ちのパニックも手伝って、あっという間に片付くぞ」
「遺跡を守っていたはずの魔族たちが、遺跡自身の防衛システムによって一方的に蹂躙されている……。こんな光景、見たことがない。まるで地獄絵図だな」
「高みの見物といこうじゃないか。あの通気口からよく見えるぞ。ミオ、ジーク、ポップコーン食べるか?」
「食べる食べる! キャラメル味が残ってる? 冷たいお茶もお願い!」
「影の倉庫から今出す。ジークは塩味でいいか?」
「……勇者の戦い方じゃない。剣を交えず、血も流さず、ただ安全な場所から敵の自滅を眺めて、菓子をかじっているだけだなんて」
「不満ですか? 俺たちプレイヤーは無駄なダメージを負わずに敵を処理するのが一番の正解ルートだと思ってるんですがね。戦わずして勝つのが最上の策ですよ」
「いや。なぜだろうな。この圧倒的な効率と理不尽さを見ていると、不思議と胸がすくような気がする。俺が今まで泥まみれで戦ってきたのは何だったのかと、少し虚しくなるがな。塩味をもらおう」
「でしょう? お茶もどうぞ。よく冷えてますよ。水分補給は大事ですからね」
「ありがたい。しかし、これほどの軍勢を指先一つで壊滅させるとは。お前の言う、システムを利用するという考え方は魔法や剣技以上に恐ろしい力だな。これなら魔将を出し抜くことも可能かもしれん」
「ゲームのルールを書き換えてるようなもんですからね。まともにサイコロを振って戦うのがアホらしくなりますよ。おっと、外の雑魚の反応が消えたな。警備網は自滅した。防衛システムはスリープモードに戻しておくか」
「小腹も満たされたし、無人になったメインルートを歩いて最深部へ向かましょ。お目当ての中ボスさんがお待ちかねよ。お宝を横取りされちゃう前に見つけなきゃ」
「俺が長年一人で悩んでいたのは一体何だったんだろうな。悲壮な自己犠牲の精神すらバカバカしく思えてきた」
「難しく考えすぎるのがメインキャラの悪い癖ですよ。俺たちプレイヤーはもっとドライにシステムを利用するだけですから。もっと肩の力を抜いていいんです」
「ここからがメインルートね。うわ、罠の跡がいっぱいある。発掘部隊が苦労して進んだみたいね」
「通路の壁に焦げ跡があるな。火炎放射のトラップか。魔族の死体がいくつか転がっている。彼らが文字通り身を挺して罠を解除してくれたおかげで、俺たちは安全に歩けるわけだ」
「先行パーティーがトラップを全部踏み抜いてくれるなんて、最高の展開ね。感謝しなくちゃ」
「普通は他者の死を前にしてもう少し同情やら警戒やらをするものだが。お前たちは本当にブレないな」
「魔族に同情する義理はありませんよ。それに、他人が踏んだ地雷の横を鼻歌交じりで通り抜けるのは、ダンジョン探索の醍醐味です」
「たくましい限りだ。俺も見習うべきかもしれんな」
「あ、ナオト! あそこの小部屋、宝箱が開けっ放しになってるわよ!」
「中身は空っぽだな。先行部隊に持ち去られた後だ。大したものは入っていなかっただろうが、少し腹が立つな。宝箱を漁る楽しみを奪われるのは許せん」
「絶対に取り返してやるわ。あいつらが拾い集めたドロップアイテムも、ボスを倒せば全部私たちのものよね」
「当然だ。ルート権限はこちらにある。おっと、この先の扉、嫌な魔力反応があるぞ」
「最深部の手前、中ボス部屋かしら?」
「いや、ただの強力な魔力結界だ。発掘部隊が後続のために張った防壁のようだな。内側からロックされている。これもパスワードを解析するか?」
「いや、その必要はない。下がっていろ」
「ジークが破るの?」
「造作もない。……破!」
「おお! 一瞬で結界が霧散した。さすが勇者だ。ハッキングする手間が省けたよ」
「魔力破壊なら俺の得意分野だからな。さあ、行くぞ。この奥に強敵がいるはずだ」
◇ ◇ ◇
「着いたぞ。ここが最深部だな。ものすごく広い空間だ」
「誰かいるわ。きっと、あいつが発掘部隊の指揮官ね。四本腕のキモい魔族だわ。大柄で筋肉ダルマみたい。汗だくになってるわね」
「外の大惨事を知らずに、金庫の結界を破ろうと必死に汗水流しているようだな。巨大な槌で扉を叩いているが、あれじゃ一万年経っても開かないぞ。あの扉は物理無効の特殊合金だ」
「あれだけの軍勢を指揮しながら、自分は最前線で扉叩きか。ある意味、真面目な男なのかもしれんな。少し同情するよ」
「結界の解除コードも分からない脳筋が、力任せにブルートフォースアタックを仕掛けようとするからああなるんだ。少しアドバイスをしてやるか」
「そこの四本腕! 随分と悪戦苦闘してるじゃないか! パスワード、教えてやろうか?」




