第94話 勇者の特訓と、燃費の最適化
「起きろ、二人とも。太陽が昇るぞ。荒野の朝は早いぞ」
「……うーん、あと5分。まだ、ベッドから出たくない……」
「ミオ、起きろ。特訓の時間だ。ジークはもう外で素振りをしてるぞ。お前の大剣での物理攻撃が、今後もパーティーの要なんだからな」
「……勇者って朝が早いのね。夜更かしゲーマーには辛いゲームバランスだわ。でも、レベルアップのためなら仕方ないか」
東の大陸の荒野。
肌寒い早朝の乾いた風の中、ミオとナオトの地獄のブートキャンプが幕を開けた。
「お前たちの戦い方は昨日見せてもらった。ミオと言ったな。お前の剣筋は破壊力こそずば抜けているが、隙が大きすぎる」
「隙? 当たれば一撃必殺なんだから、細かいことはいいんじゃない? 私の筋力ステータスと大剣の重さがあれば、大抵の魔物は潰せるわよ?」
「筋力と武器の性能に頼りすぎている。お前たちの言葉で言うなら、いわゆる脳筋のゴリ押しというやつだ」
「脳筋って言わないでよ! ちゃんと考えて振ってるわよ!」
「考えているのは、どう当てるかだけだろう。昨日の魔族のように、ステータスで勝る相手には力任せの攻撃はあっさりと弾かれる。剣を構えてみろ」
「こう? いつでも全力で振り下ろせる構えよ」
「それだ。攻撃の予備動作が大きすぎる。相手の息継ぎを読め」
「息継ぎ?」
「攻撃の切れ目、動作の終わりのことだ。相手が攻撃を放った直後、刹那だが、必ず硬直が生まれる。そこを狙うんだ」
「アクションのクールタイムや、イニシアチブの隙間を突くってことか。カウンター狙いですね?」
「ああ。それと、相手の攻撃を正面から受け止めるな。力と力のぶつかり合いではステータスの高い方が勝つ。相手の攻撃のベクトルを少しだけ逸らすんだ。これがパリィの極意だ」
「パリィ。弾き返しね。ゲームのアクションとしては基本中の基本だけど、実際にやるとなるとタイミングが難しそう」
「お前のその、野生の勘……高い知覚能力があれば必ずできるはずだ。俺が木刀で打ち込む。大剣で逸らしてみろ」
「望むところよ! きてっ!」
ジークは木刀を両手で構え、ミオに向かって踏み込み、真っすぐに振り下ろした。
「そうじゃない」
「痛っ! 大剣の腹で受けたら手が痺れたわよ!?」
「力みすぎだ。自分の筋力で弾こうとするから反発を食らうんだ。水が岩を避けて流れるように、剣の軌道は撫でるように逸らすんだ」
「撫でるように……。水のように……。もう一回!」
「踏み込みが浅い。相手の剣戟を待ちすぎるな」
「くっ……! もういっちょ!」
正確に同じ剣戟を繰り出し続けるジークの技量もあってか、ミオはパリィのコツを徐々に掴んでいった。
「ほう。今の弾きは悪くなかったぞ。力の流し方が分かってきたようだな」
「なんとなく、分かったわ。私の高い知覚が、相手の剣の軌道を予測してくれる。あとはそれに合わせて、最小限の力で剣の角度を調整するだけ!」
「いいセンスだ。その感覚を体に叩き込め。ゴリ押しをやめれば、お前のスタミナ消費は劇的に減り、生存率は跳ね上がる」
「ふふん、伊達に死線を潜り抜けてないわよ! 遠慮せず、どんどん来て!」
ミオが楽しそうに剣を構え直す。
その様子を確認したジークは一つ頷き、今度はナオトの方へと向き直った。
「ナオト。次はお前の番だ」
「魔力運用の効率化、ぜひ教えてもらいたい。俺の錬金術はMPの消費が激しくて、長期戦になるとリソースが枯渇するんだ」
「一般の魔法使いは常に魔力を体に巡らせ、周囲に微弱な魔力を垂れ流している状態だ。それは安心感に繋がるが、常に体力を削っているのと同じことなんだ」
「なるほど。待機状態でも電力を消費しているわけか」
「だが、勇者の呼吸法は違う。普段は魔力の流れを完全に止め、気配を消す。そして魔法を行使する瞬間にだけ、必要な量の魔力を練り上げるんだ。この一連の行いを呼吸の仕方で実現できるようにする」
「完全に理解した。つまり、バックグラウンドで動いている常駐アプリをすべて強制終了させて、実行時にのみ必要なメモリを割り当てるということか」
「……ん? あ、ああ。そういう? ことだ」
「魔力の無駄な放出を抑え、ソースコードを最適化する……つまり、リファクタリングと同じ理論だ。システムの根幹にある余分な記述を削り落とし、処理速度と燃費を極限まで高める。なるほど、これが勇者の強さの秘密か」
「お前の頭の中はどうなっているんだ? まあいい。理屈が分かっているなら、実践してみろ。まずは息を全て吐き出し、魔力の流れを完全に止めろ」
「ふぅぅぅ。魔力回路、シャットダウン」
「そこから、必要なだけの魔力を指先一点に集めるんだ」
「メモリ領域の動的確保。アクセス権限を指先に限定。錬金術、起動」
「……ほう。見事だ。魔力の漏れが一切ない」
「驚いた。影の倉庫へのアクセスに必要だったMPが大幅に減っている。これなら戦闘中に連続でアイテムを出し入れしても、MP切れの心配は皆無だ」
「あっという間にコツを掴んだな。教える側としては少し拍子抜けするくらいだが、お前たちのその合理的な思考回路が強力な武器なんだろう」
「ステータス画面の数値に縛られず、システムの仕様を逆手にとる。それが俺たちのプレイヤースキルですからね」
「よし、午前中の特訓はここまでだ。少し休憩にしよう」
「やったー! 休憩! お腹空いたー!」
ミオが大剣を放り出し、地面に座り込む。
「俺も腹が減ったな。ナオト、昼飯の準備を頼めるか?」
「任せてくれ。特訓の疲労回復にはスパイスを効かせた料理がいいな。荒野で採取した香草を使った、特製スパイスカレーを作ろう」
「カレー! 最高! お肉はいっぱい入れてね!」
ナオトが影の倉庫から魔導コンロと大鍋を取り出し、手際よく調理を始める。
複数のスパイスが熱せられ、荒野の風に乗って強烈に食欲をそそる香りが漂い始めた。
「たまらん匂いだな。ただの干し肉をかじっていた日々が嘘のようだ」
「俺たちのパーティーに入れば、三食昼寝付きで極上の飯が食えますよ。っと、いい匂いに釣られて、招かれざる客が来たようだ」
ナオトが鍋をかき混ぜながら、視線を荒野の岩場へと向ける。
「グルルルル」
「デザート・ウルフの群れね。ざっと15匹ってところかしら。よだれ垂らしてこっち見てるわよ」
「実践テストにはちょうどいいな。俺は手を出さんぞ。特訓の成果を見せてみろ」
「任せて! 美味しいカレーを邪魔する奴は残さず駆逐してあげるわ!」
ミオが大剣を構え、群れに向かって駆け出す。
「アオォォォッ!」
先頭のウルフが鋭い牙を剥き出しにしてミオの首元へ飛びかかってきた。
以前のミオなら、大剣を力任せに振り回して迎撃していただろう。しかし、今の彼女は違う。
「……息継ぎの瞬間。そこっ!」
ミオは大剣を振りかぶらず、ウルフの突進軌道にそっと刃を合わせ、手首を返すだけでベクトルを上へと逸らした。
「キャンッ!?」
パリィは見事に成功し、ウルフは自らの突進の勢いを利用されて宙へと放り出される。
ミオはその無防備な腹部に大剣を最小限のモーションで叩き込んだ。
ズバァッ!
「一丁上がり! すごい、大剣が全然重く感じない! 力を抜いた方が速く振れるわ!」
「いい動きだ。氷結薬、連続生成」
ナオトが指先に集めた魔力で錬金術を発動し、宙に複数のガラス瓶を生成する。
無駄な魔力放出を一切省いた、最適化された錬金術だ。
「射出!」
パリンッ! パリンッ!
ミオの死角から迫っていた後続のウルフたちの足元で瓶が弾け、極低温の冷気がそれらの動きを完全に封じ込めた。
「ナイスアシスト! 動きが止まればただの的よ! 連続パリィからの、薙ぎ払い!」
ミオが滑るようなステップで敵陣を駆け抜け、大剣の一閃が凍りついたウルフたちを次々と粉砕していく。
力みは一切ない。まるで舞いを踊るかのように的確に命を刈り取っていく。
「信じられん。たった半日の指導で完全にモノにしている。あの重さの剣を、レイピアのように扱っているじゃないか」
ジークが目を丸くして感嘆の声を漏らす。
戦闘は3分もかからずに終了した。
ウルフの群れは全滅し、ミオは息一つ乱さずに戻ってきた。
「ふぅ。完璧ね。スタミナゲージ、全然減ってないわよ!」
「俺の方もMP消費は微々たるものだ。燃費の最適化、大成功だな。これでダンジョン探索の効率が格段に上がる」
「末恐ろしい吸収力だな。たった半日でここまでになるとは。正直、教えることはもうないぞ」
「やった! 勇者のお墨付きをもらったわ! じゃあ、カレー食べましょ! カレー!」
「はいはい。ちゃんと煮込んであるぞ。ジークも、熱いうちに食べてくれ」
「ああ、いただくとするか」
三人はテーブルを囲み、スパイスの効いた熱々のカレーを頬張る。
特製カレーは荒野の過酷さを忘れさせるほどの絶品だった。
「美味い。スパイスの複雑な香りと、肉の旨味が完璧に調和している。俺の人生で食ったものの中で、一番美味いかもしれない」
「大げさだなあ。でも、喜んでもらえて何よりだ。さて、腹ごしらえも済んだことだし、今後の作戦会議といきますか」
「作戦会議?」
「ああ。ジークが昨日言ってたよな。東へ三日ほど歩いた先に古代遺跡があるって」
「そうだ。魔将の眷属がうろついている遺跡がある」
「昨日の夜、あんたはわざと気配を垂れ流して、あの黒死の三騎士を呼び寄せた。つまり、あの遺跡には魔将直属の部下たちがまだ潜んでいるってことですよね?」
「その通りだ。奴らはあの遺跡の奥に眠る何かを探し出すために、大規模な発掘部隊を送り込んでいる」
「魔族が血眼になって探すお宝。それは相当に貴重なアイテムだと俺は思う」
「放っておくわけにはいかないわね。魔族に取られるくらいなら、私たちで先に頂いちゃいましょうよ!」
「ミオの言う通りだ。それに、新しいスキルを身につけたら、強いボス相手に試してみたくなるのがゲーマーの性ってもんですからね」
ナオトが不敵な笑みを浮かべる。
ジークは二人の顔を交互に見つめ、やがて腹の底から楽しそうに笑い声を上げた。
「ハッハッハ! お前たちは本当に面白いな。神も魔王も恐れず、ただ自分たちの目的と好奇心のためだけに突き進むか」
「俺たちはプレイヤーですからね。メインシナリオでNPCが困っているなら、クエストを受注してやるのが礼儀です。もちろん、報酬は頂きますが」
「分かった。俺も同行しよう。お前たちの戦いを最後まで見届けたくなった」
「心強いパーティーメンバーの加入ね! それじゃあ、目指すは東の古代遺跡! お宝と経験値を根こそぎ奪いに行くわよ!」
燃費の最適化と、強力なカウンター技術を手に入れた二人の冒険者。
そして、過去の絶望から立ち直り、新たな希望を見出した勇者。
三人の異色のパーティーは、魔将の軍勢が待ち受ける東の遺跡へ向けて、力強く歩みを進めた。




