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ミオとナオトの異世界TRPG冒険譚  作者: かわさきはっく
大陸東部・無法地帯・再来編

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第92話 文明の否定と、守護者の真実

「ジークさん、少しペースが早いんじゃないか? 俺のスタミナはそこまで高くないんだが」


「すまない。長年一人で歩くのに慣れてしまっていてな。少し休むか?」


「そうね。日も落ちてきたし、今日の野営地はこの岩陰にしましょう。ナオト、いつものお願い」


「了解した。影の倉庫(シャドウ・ポケット)、展開。テント、魔導コンロ、それに椅子とテーブルだ」


 ナオトの足元の影から次々と野営の道具が飛び出し、あっという間に快適なキャンプ地が構築される。

 ジークはその様子を静かに見つめていた。


「空間収納魔法。何度見ても見事な手際だ。しかも、そこから出てくる道具はどれも合理的で無駄がない。お前たちの知識はこの世界の常識から少しずれているな」


「錬金術の応用ですよ。俺たちは少しばかり、論理的な思考が得意なだけです。まあ、元の世界ではそういう仕事をしていましたからね」


「元の世界、か。奇妙な道具の数々や、その考え方。お前たちは魔導科学都市の生き残りか何かか?」


「生き残りというよりは似たような文明の出身と言うのが正確かもしれません。でも、俺たちの一番便利な道具はこの世界に来てから捨ててしまいましたけどね」


「捨てた?」


「ええ。スマートフォンっていう、世界中の情報を検索できて、遠くの相手とも通信できる小さな板です。持っているだけで何でもできる、文明の結晶みたいなものでした」


「ほう。そんな便利なものをなぜ捨てたんだ?」


「直感です。あんな便利なものに頼っていたら、この世界では生き残れない気がしたんです。俺たちは俺たち自身の力で泥臭く生きる方を選びました」


 ナオトの言葉を聞いて、ジークは深くうなずいた。

 焚き火の炎が彼の無精髭の顔を赤く照らしている。


「お前たちは本能でそれを忌避したのか。鋭いな」


「忌避? どういうことですか?」


「この伝承を知っているか? 女神が高度な文明を滅ぼしたという、大崩壊の歴史を」


「ええ。文明が発達しすぎて、人々が楽をして魂が濁った結果、魔界の門が開いた……だから女神がリセットした、と解釈しましたが」


「大筋は合っている。かつて、大いなる浄化が行われたのは大陸の西と東。つまり、今俺たちがいるこの荒野と、お前たちが旅をしてきた西の大陸だ。そこには空を飛ぶ船や自動人形が行き交う、高度な魔導科学文明があった。だが、一夜にして消滅させられた」


「じゃあ、この無法地帯って呼ばれてる荒れ地は、全部リセットの跡地ってことですか?」


「そうだ。だがな、無法地帯という呼び名は中央や南北の文明圏を支配する魔将、ひいてはその背後にいる悪神からの視点に過ぎないんだ」


「悪神? 魔王のことですか?」


「魔王、魔神、悪神……呼び方は何でもいい。奴らにとって、管理されていない土地はすべて無法ということだ」


 ジークが枯れ枝を拾い、焚き火にくべる。パチパチと火の粉が舞い上がる。


「お前たちはドルグやゼルトといった文明圏を見てきたはずだ。どうだった?」


「最悪でしたよ。ドルグでは人間を燃料にして兵器を動かしていましたし、ゼルトではスコアシステムで人間から魔力を搾り取っていました。どちらも、人間をリソースとしか見ていない狂ったシステムでした」


「それが悪神のやり方だ。奴らはあえて文明化を進め、便利な生活を与えることで人々を家畜とし、その魂から効率的に魔力を吸い上げている」


「家畜……。確かにゼルトの市民は自分たちが搾取されていることにも気づかず、AIの管理下で平穏に暮らしていました。俺たちがシステムを壊すまでは」


「文明に絡めとられた人間は危機感を失い、牙を抜かれる。安全と便利さの代償として、自ら考えることをやめ、システムに依存するようになる。結果として、悪神に対抗するための魂の輝きを失うのだ」


「魂の輝き、ですか」


「そうだ。過酷な環境で生き抜き、自らの手で運命を切り開くことでしか、魂は成長しない。温室で飼われている人間に魔族と戦う力は宿らない」


 ジークの言葉にミオが腕を組んで深くうなずいた。


「なんか分かる気がする。私、この世界に来る前は毎日同じ仕事の繰り返しで、休みの日はゴロゴロしてるだけのOLだったの。でも、ここに来て、自分の足で歩いて、モンスターと戦って、美味しいご飯を食べて……毎日がすごく充実してるわ。生きてるって感じがするの」


「それが人間の本来の姿だ。闘争と生存本能。それこそが、悪神が最も恐れる力なのだ」


「なるほど。だから悪神は人間からその力を奪うために、文明という名の檻を作ったわけか」


 ナオトは自らの思考を整理するように、ゴーグルのフレームに触れた。


「俺がスマホを捨てた時の感覚は間違っていなかったんだな。便利さは時に魂を腐らせる……か。元の世界のブラック企業で、システムに組み込まれて思考停止していた同僚たちを見て、痛感した理屈だ」


「お前たちは自らの意思で文明の檻を抜け出した。だからこそ、その若さでそれほどの強さを手に入れたのだろう」


「でも、ジークさん。一つ疑問があります。なぜ、この西や東の大陸は未だに文明化されずに残っているんですか? 悪神の力なら、ここもとっくに管理下に置けたはずでは?」


「それは……俺たちのような人間が、それを食い止めているからだ」


 ジークの目が鋭い光を放った。

 ただのくたびれた中年男ではない。何十回、何百回と死線を潜り抜けてきた者の、凄みのある瞳だ。


「俺たちのような人間?」


「勇者や賢者、あるいは狂人と呼ばれる者たちだ。俺たちはこの荒野に魔族の拠点が築かれるたびに、それを破壊し続けてきた。文明化の芽を摘み、この地を無法のまま保つために」


「文明化を阻止するために戦っているの? それって、なんだか矛盾してない?」


 ミオが首を傾げる。


「通常なら、荒野を開拓して人々が豊かに暮らせるようにするのが勇者の仕事でしょ? どうしてわざと荒れたままにしておくのよ」


「この過酷な荒野は、人間が人間としての力を保っていられる最後の砦だからだ」


 ジークの言葉は重かった。


「ここは地獄ではない。悪神の管理が及ばない、真の解放区なのだ。ここで生き抜く者だけが、本当の意味での自由と、悪に抗う力を手にする。俺たちはその土壌を守っているに過ぎない」


「だから、この無法地帯には魔物があふれていて、弱肉強食の世界になっているんですね。人間を鍛えるための、巨大なレベリングエリアとして」


「そういうことだ。だが、それも限界が近い。最近、魔将たちの動きが活発になっている。奴らは東の大陸の制圧に本腰を入れたようだな。おそらく、古代の遺産を狙っている」


「古代の遺産。神殺しの武装のことですか?」


「よく知っているな。それらが悪神の手に渡れば、この世界は完全に終わる。全ての人間が自我を失い、永久に魔力を搾り取られるだけの家畜となるだろう」


 ナオトはこれまでの旅のことを思い浮かべていた。

 自分たちが強くなるためにやってきたことが、結果としてこの世界の真実に触れることになっていた。


「ジークさん。あんた、一体何者なんだ?」


「俺か? 俺はただの……」


 ジークが口を開きかけたその時だった。


 ピリッ。


 ナオトの肌が粟立った。

 索敵(サーチ)スキルが発動するよりも早く、ミオが立ち上がり、大剣の柄に手をかけた。


「ナオト、来るわ。すごく嫌な気配」


「ああ。空間が歪んでいる。この魔力密度、ただの魔獣じゃない」


 焚き火の炎が不自然に揺らぎ、周囲の気温が急激に低下した。

 闇の中から、ぬらりとした黒い影が滲み出してくる。


「見つけたぞ、反逆者め」


 影が実体化し、三つの人影が姿を現した。全身を漆黒の鎧で包み、山羊の角を持つ悪魔。それぞれが手にする武器からは瘴気が立ち上っている。


「上位の魔族か」


 ナオトが立ち上がり、錬金術のフラスコを構える。


「ジークさん、下がってて。ここは私たちがやるわ」


 ミオが大剣を引き抜き、前に出る。

 しかし、ジークは座ったまま、静かに首を横に振った。


「いや、いい。奴らの狙いは俺だ」


「え?」


 ジークがゆっくりと立ち上がり、背中の錆びた剣に手をかける。

 その瞬間、彼から放たれる気配が一変した。

 くたびれた中年男の姿は消え去り、そこには圧倒的な闘気を纏った、一人の戦士が立っていた。


「……ジークさん?」


「見ていろ。これが、文明を拒絶し、この荒野で魂を磨き続けた者の剣だ」


 放浪の剣士が、その真の姿を現そうとしていた。

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