第90話 地底要塞と、排熱ダクトの秘密
「暑い砂漠から一転して、今度はカビ臭い地下遺跡ね。気温差で風邪をひきそうよ」
「文句が多いぞ。ここは古代要塞ジオ・フロント。地図の記録によれば、強力なアーティファクトが眠っているはずだ」
東の大陸の砂漠地帯にぽっかりと開いた巨大な竪穴。
ミオとナオトは螺旋状に続くスロープを下り、地下深くに広がる鋼鉄と石の要塞へと足を踏み入れていた。
「アーティファクトって、前回のお喋りな短剣みたいな呪いのアイテムじゃないでしょうね。あれは即座に封印したけど、まだ頭の中で声が響いている気がするわ」
「あれはただのハズレだ。今回はもっと実用的なものが出る確率が高い。古代文明の元・軍事拠点だからな」
「だといいけど。それにしても、機械の稼働音がうるさいわね。まだ生きているの?」
「自己修復機能を持つマナ・ジェネレーターが動いているんだろう。来るぞ、第一陣だ。お出迎えの警備システムが起動した」
カサカサカサッ。
通路の奥から、複数の赤いセンサー光が揺れながら近づいてくる。
金属製の多脚歩行ロボット、警備スパイダーの群れだ。
「うわ、クモよ。しかも金属製。脚がいっぱいあって気持ち悪い」
「ただのクモじゃないぞ。奴らが吐き出してくるのは粘着性のあるワイヤーだ。絡めとられる前に中枢を叩け。俺は後方から支援する」
「了解。大剣のサビにしてあげるわ」
ミオが背中の大剣を引き抜き、構える。
警備スパイダーたちが一斉に口から銀色のワイヤーを射出してきた。
「甘いわね。そんな直線的な攻撃、当たるわけないでしょ!」
ミオが大剣を回転させ、飛来するワイヤーを全て巻き取って弾き飛ばす。
そのままの勢いで踏み込み、先頭のクモの胴体を一刀両断にした。
ガシャァァン。
「硬さは大したことないわね。次!」
「ミオ、天井にも張り付いているぞ。上からの奇襲に気をつけろ」
「見えてるわよ。落ちてきなさい」
ミオが跳躍し、天井に張り付いていたスパイダーを大剣の峰で叩き落とす。
床に激突して火花を散らす機械の残骸。
ナオトも懐から錬金術の雷管を取り出し、正確に投擲して残りの個体の回路をショートさせていく。
「ストライクね。さあ、どんどん下へ行くわよ」
二人はさらに階層を下る。
中層エリアに到達すると、通路の幅が広がり、より強固な防衛ラインが敷かれていた。
「今度はゴーレムね。前の遺跡で戦ったやつよりスタイリッシュだわ。武器も持ってるし」
「自律型戦闘ゴーレム部隊だな。装甲は硬いが、よく観察してみろ。関節部分の動きが少しぎこちない」
「言われてみれば、動くたびにギシギシ鳴ってるわね」
「数百年間の稼働で油切れを起こしているんだ。関節の隙間を狙えば、装甲の硬さを無視できる」
「なるほどね。じゃあ、バラバラに解体してあげるわ」
ミオがゴーレムの群れに突進する。
大剣を振るうたびに関節の駆動部が正確に破壊され、ゴーレムたちは次々と体勢を崩していく。
ナオトの的確な弱点指示と、ミオの圧倒的な筋力による連携プレイ。
戦闘はもはや作業に近い効率で進んでいった。
「ふぅ、片付いたわ。次は下層ね。どんどん敵がエグくなってきている気がするんだけど」
「要塞の深部に行けば行くほど防衛レベルが上がるのは当然だ。気を引き締めろよ」
最下層へと続く巨大なエレベーターシャフトを降りると、そこは生臭い空気が充満する異様なエリアだった。
培養カプセルのようなものが並び、中には不気味なシルエットが浮かんでいる。
「なによここ。機械の要塞だと思ってたのに、なんか生肉の匂いがするわ」
「キメラ型の生体兵器の研究施設だな。魔力と機械、そして生体組織のハイブリッドだ」
バシャァッ。
カプセルの一つが割れ、中から異形の怪物が飛び出してきた。
ライオンのような胴体に機械の腕、そして蛇の尾。
複数の生物と機械が混ざり合った悪趣味な姿だ。
「出たわね。本当に悪趣味。生理的嫌悪感を催すわ」
「見た目だけじゃないぞ。自己修復機能を持っているから、中途半端なダメージはすぐに回復される。一撃でコアを破壊しろ」
「コアってどこよ? 形がいびつすぎて分からないわよ!?」
「俺がマーキングする。ペイント弾を投げるから、色が着いた場所を全力で叩き切れ」
ナオトが特殊な塗料の入ったフラスコを投げる。
キメラの右肩付近に塗料が命中し、青く発光した。
「そこね。もらったわ」
ミオが地を蹴り、キメラの突進を紙一重でかわす。
すれ違いざまに大剣を振り上げ、青く光る右肩に深々と刃を叩き込んだ。
ズバァッ。
「ギャァァァァ」
キメラが悲鳴を上げ、溶解するように崩れ落ちていく。
「見事な一撃だ。これで道中の敵は片付いたな」
「さすがに疲れたわ。でも、これでいよいよ最下層のボス部屋ね」
二人は長い通路を抜け、最奥の空間へとたどり着いた。
そこには天井まで届くほどの巨大な鋼鉄の扉がそびえ立っていた。
扉には継ぎ目がなく、表面には複雑な魔方陣が刻まれている。
「やっと着いた。あのデカい扉の奥が、ボスとお宝の場所ね」
「ああ。だが、この扉、ただの鉄じゃないな」
「私の大剣でぶち破るわ。下がってて」
ミオが大剣を上段に構え、渾身の力を込めて扉に振り下ろした。
ガァァァァン。
凄まじい衝撃音が響き渡る。
しかし、土煙が晴れた後に現れた扉には傷一つ付いていなかった。
「痛っ! 手が痺れた!? 全力の一撃を弾くなんて、どういう硬さよ」
「絶対防御の扉だ。俺の解析でも物理耐久値が測定不能になっている。魔力によるダメージ反射機能もついているようだな。正面突破は不可能らしい」
「じゃあどうするの? ここまで苦労して潜ってきて、手ぶらで帰るなんて嫌よ!」
「待て。少し考えさせてくれ。この要塞、防御力は完璧に見えるが、設計に甘い部分があるはずだ」
「甘い部分?」
「ああ。これだけの巨大な施設を稼働させ、強力な防衛システムを維持しているんだ。マナの流れと熱分布を見てみろ。この階層、やけに熱がこもっているだろう?」
「確かに、さっきから少し蒸し暑いわね。汗ばんできたわ」
「莫大なエネルギーを消費すれば、必ず排熱が発生する。だが、この扉には熱を逃がす機構がない。つまり、扉の奥に熱源となるボスがいるなら、どこか別の場所に排熱用のルートが存在するはずだ」
「排熱ルート。ってことは通気口」
「その通りだ。この扉は正面突破用じゃない。メンテナンスや換気のための裏口があるはずだ」
ナオトはゴーグルを調整し、周囲の壁や天井を丹念に観察し始めた。
微かな空気の流れ、壁の温度差、ホコリの付着具合。
SEとしての論理的思考と、冒険者としての観察眼が組み合わさる。
「あったぞ。壁の上のほう、あそこの偽装パネルの裏だ。微かに熱気が漏れている」
ナオトが指差した先は床から数メートル高い位置にある不自然な壁の模様だった。
「あんな狭いところ通るの? 服が汚れちゃう! ホコリまみれになるじゃない!」
「仕方ないだろ。お宝のためだ。それに正面から行って蜂の巣にされるよりマシだろう?」
ナオトがワイヤーを射出し、パネルを取り外す。
中には大人一人がギリギリ通れるほどの暗いダクトが続いていた。
「私から行くわ。ナオトは後からついてきて」
ミオが大剣を背負い直し、身軽にダクトへと飛び乗る。
ナオトもそれに続き、二人は狭い空間を腹ばいになって進んでいった。
「埃っぽい。くしゃみが出そうよ」
「我慢しろ。音を立てるなよ。ボスの真上を通るんだからな」
薄暗いダクトの中を数分ほど這い進むと、下方向からの光が見えてきた。
排気用の格子窓だ。
そこから見下ろすと、巨大なドーム状の部屋が広がっていた。
「見えたわ。あれがボスね」
部屋の中央に鎮座していたのは巨大な戦車のような機械だった。
複数の砲身を備え、正面の扉に向けて厳重な警戒態勢を敷いている。
「要塞のメインシステムらしき巨大な防衛兵器だな。正面の扉を警戒して、武装を全てそっちに向けている」
「背中がガラ空きね。おバカさんだわ。ここから飛び降りて、一発で決めるわよ」
「よし、やれ。コアは背面上部の赤く光っている部分だ」
「もらったわ」
ミオがダクトの格子を蹴り破り、ドーム内へと飛び降りた。
落下しながら大剣を構え、重力を味方につけて急降下する。
「上から失礼するわよ!」
ズドォォォォン。
ミオの大剣がボスの無防備な背面に突き刺さる。
装甲の薄い排熱口を正確に貫き、内部のコアを粉砕した。
「ピィィィィン……システム、ダウン」
ボスが一度も反撃することなく、機能停止の電子音を鳴らして沈黙した。
砲身が力なく垂れ下がり、部屋の照明が明るくなる。
「あっけない最後だったわね。正面から行かなくて正解だったわ」
ミオが大剣を引き抜き、肩で息をしながら笑う。
「ああ。情報と地形を利用した完全な奇襲だ。俺たちの勝ちだな」
ナオトもワイヤーで安全に降り立ち、周囲を見渡した。
「さあ、お楽しみの宝箱を開けるぞ。これだけ厳重に守られていたんだ。さぞかし強力なアーティファクトが入っているはずだ」
部屋の奥にある台座の上に、装飾の施された美しい箱が置かれていた。
ナオトが慎重にロックを解除し、蓋を開ける。
「中身は何? 武器? それとも防具?」
ミオが期待に胸を膨らませて覗き込む。
箱の中に入っていたのは青く透き通ったガラスの瓶だった。
「水瓶ね。綺麗な装飾だわ。砂漠の旅にはうってつけのアイテムじゃない」
「鑑定してみる。魔力反応あり。空間拡張の魔法がかけられているようだ」
「無限の水瓶ね。これさえあれば、もう喉が渇いて死にそうになることもないわ」
「試してみるか。持っていた水筒の余り水を入れてみるぞ」
ナオトが自分の水筒を開け、ガラス瓶の中に水を注ぎ込んだ。
チョロチョロと水が瓶の底に落ちていく。
「……あれ? 水が消えたぞ」
「え? どういうこと? 傾けても出てこないわね」
ミオが瓶を逆さまにして振ってみるが、水滴一つ落ちてこない。
「もう一度入れてみる」
ナオトがさらに水を注ぐ。しかし、やはり瓶の中には何も溜まらず、水は空間に吸い込まれるように消えてしまった。
「また消えたわ。どうなってるの?」
「……無限の水瓶じゃない。底なしの瓶だ。入れた液体が異空間に消えて、二度と戻ってこない仕様らしい」
「はぁ? 何よそれ。ただのゴミ箱じゃない! 飲み水が出てくるわけじゃないのね?」
「夢がないな。だが、有毒な液体や産業廃棄物を処分するには最高のアイテムだ。エコだな」
「いらないわよそんなの。苦労してここまで潜って、服をホコリまみれにして、手に入れたのがただのゴミ箱なんて。私の努力と期待を返してよ」
ミオが地団駄を踏んで抗議する。
「まあ、手ぶらよりはマシだ。影の倉庫に入れておくぞ。いつか役に立つかもしれない」
「絶対使わないわよ。もう帰る。疲れたしお腹空いた。お肉食べる」
「そうだな。地上に戻って、サボテンステーキの残りをバター醤油で焼くか」
「うん。お肉さえあれば、この怒りも少しは収まるわ」
二人は底なしの瓶を影の倉庫に放り込み、足早にボス部屋を後にするのだった。




