第84話 国境突破と、東の地平線
地平線の彼方から迫りくる巨大な影。
それは山脈のようにそびえ立つ鋼鉄の壁――東部国境の大防壁だった。
ドルグ帝国の支配領域と、その先の無法地帯を隔てる絶対的な境界線。
固く閉ざされたゲートの上に設置された砲台がこちらを睨んでいる。
「見えてきたぞ! あれが国境ゲートじゃ!」
運転席からガンテツが怒鳴る。
蒸気機関車は黒煙を吐き出しながら、レールの上を猛進していた。
「デカっ、あれをぶち抜くの? 無理じゃない!?」
ミオが屋根の上から身を乗り出して叫ぶ。
「やるしかないだろ。止まったらハチの巣だ」
ナオトが双眼鏡を取りだした。
「敵の配置を確認。……砲台は多いが、人の気配が薄いな。自動迎撃システムか、あるいは人員不足か」
「こんな広い国境線、全部守れるわけがないからのう。だが、油断するなよ。来るぞ」
ドォォォォン!!
ゲートの砲台が一斉に火を噴いた。
着弾した地面がえぐれ、土砂が舞い上がる。
「うわっ、危なっ、直撃コースよ!」
「捕まっておれ! ワシの運転テクニックを見せてやるわ!」
ガンテツがレバーを激しく操作する。
蒸気圧を調整し、ブレーキと加速を細かく使い分ける。
ギギギギッ! シュポォォォッ!
列車が生き物のように身をよじり、急加減速を繰り返す。
砲弾が車両の鼻先をかすめ、あるいは後方のレールを吹き飛ばしていく。
「すっげぇ! 爺さん、神回避!」
「伊達にこの歳まで生きておらんわ! だが、いつまでも避けきれんぞ。レールの終着点は目の前じゃ!」
前方のレールはゲートの手前で行き止まりになっている。
普通に停車すれば、そこで敵の集中砲火を浴びる。
「止まったら死ぬ! でも突っ込んだら激突死! 詰んでるじゃない!」
「詰んではいない。盤面をひっくり返す手がある」
ナオトが不敵な笑みを浮かべ、指を鳴らした。
「作戦変更だ。この列車を降りるぞ」
「はぁ? ここで!? 時速100キロ出てるのに?」
「全部じゃない。先頭車両だけを特攻させるんだ」
「ゲートの装甲厚は推定3メートル。生半可な衝撃じゃ傷もつかん。だが、この装甲列車そのものを巨大な質量弾としてぶつければ話は別だ」
「列車をミサイルにするってこと?」
「ご名答。俺が先頭車両に爆薬をセットする。ガンテツ、あんたはボイラーの圧力を限界まで上げてくれ。レッドゾーンを振り切る勢いでな」
「暴走させる気か、面白い! やってやろうじゃねえか!」
「で、私は?」
「お前は重要な役だ。俺たちが準備を終えて2両目に移ったら、連結器をぶった切れ。タイミングは俺が指示する」
「なるほど。切り離された先頭車両だけが突っ込むわけね」
「そうだ。2両目は慣性で進むが、エンジンがない分、自然に減速する。爆発の混乱に乗じて、俺たちは悠々とゲートをくぐるって寸法だ」
「完璧な作戦ね! でも、失敗したら?」
「全員仲良く鉄屑の仲間入りだ。さあ、やるぞ!」
ナオトが先頭車両の先端へと走り出す。風圧が凄まじいが、今は構っていられない。
「影の倉庫!」
ナオトの足元の影が広がり、そこから大量の木箱や樽が次々とせり出してくる。
中身はこれまでの冒険で集めた黒色火薬、発火オイル、そして不安定な魔石の数々だ。
「これで即席爆弾を調合する」
ナオトは錬金術を使い、それらを車両の先頭部分に固定していく。
即席だが、破壊力だけは保証付きの芸術的な配置だ。
「セット完了! 爺さん、そっちはどうだ!?」
「いつでもいけるぞ。圧力計が壊れる寸前じゃ。このままじゃボイラーが破裂する」
「上等だ。ミオ、位置につけ」
「了解! 連結器の前で待機中!」
ミオが車両の連結部分に立ち、背中の剣を構える。
列車はゲートに向かって一直線に突き進んでいる。距離500メートル。
砲撃が激しさを増し、周囲で爆発が起きる。
「戻れ爺さん、2両目へ退避だ!」
「おうよ、ここで最後のひと押しじゃあ!」
ガンテツがスロットルを全開にし、固定金具をハンマーで叩き壊して固定した。
蒸気が狂ったように噴き出し、列車がさらに加速する。
ゴオオオオオオオッ!!
振動が激しくなり、車体が分解しそうなほどの揺れが襲う。
ナオトとガンテツは転がり込むようにして2両目のデッキへ飛び移った。
「ナオト、まだ? もう目の前よ!?」
「今だッ! やれ、ミオッ!」
「いっけぇぇぇぇぇッ!!」
ミオが剣を振り下ろす。
ヒュンッ!
連結器の鉄の塊がミオの怪力と剣の重みで断ち切られた。
ガクンッ、と衝撃が走り、先頭車両と2両目の間が離れていく。
「切り離し成功!」
制御を失い、爆薬の塊と化した先頭車両はレールを逸脱しながらも慣性で真っ直ぐにゲートへと突っ込んでいく。
まるで、怒り狂った鉄の獣のように。
「見ろ! 特大の花火だ!」
ドォォォォォォォォォォォォン!!
激突の瞬間、世界が白く染まった。
鼓膜が破れそうな轟音と共に巨大な火球が膨れ上がる。
厚さ3メートルの鋼鉄の壁が紙細工のようにひしゃげ、吹き飛んだ。
設置されていた砲台もろとも、ゲート周辺が瓦礫の山へと変わる。
「すげぇ威力」
「やりすぎじゃない? 壁が消し飛んだわよ」
爆風が遅れて襲ってくる。
ナオトたちは車両の中に隠れて衝撃をやり過ごす。
切り離された2両目の車両は爆発の衝撃波を正面から受けたことで急激に減速していた。
ギィィィィン。
車輪が火花を散らしながら、ゆっくりと瓦礫の海へ突っ込んでいく。
もう砲弾は飛んでこない。敵の砲台はすべて沈黙していた。
「止まるぞ! 衝撃に備えろ!」
ガガガガッ……ズザザザ……。
車両が土砂に乗り上げ、斜めに傾いて停止した。
静寂が戻る。いや、パチパチと何かが燃える音だけが響いている。
「生きてるか?」
「なんとかね。耳がキーンとするけど」
「ワシもじゃ。腰が抜けそうじゃわい」
三人は車両から這い出した。
目の前には無惨に破壊されたゲートの大穴が口を開けている。
その向こうには見たことのない荒涼とした景色が広がっていた。
「道が開いたな」
「行きましょうか。まだ歓迎委員会が残ってるみたいだし」
ミオが瓦礫の陰を指差す。
爆発の衝撃で半壊した機械兵士たちが、ギギギと不気味な音を立てて這い出てきていた。
パーツが欠損し、オイルを垂れ流しながらも、敵を排除しようとする執念。
「ターゲット……確認。排除……排除……」
「しつこい奴らだ」
「掃除の時間ね」
ナオトがポーチから小瓶を取り出し、ミオが剣を構え直す。
「排除するのはこっちよ! 薙ぎ払い!」
ヒュンッ!
ミオが剣を振るう。
半壊した機械兵士の胴体が綺麗に切断される。
「ギッ!」
「隙ありだ! 腐食液!」
ナオトが投げた瓶が敵の装甲に当たり、強酸が内部回路を溶かす。
「ギギ……エラー」
「はい、おしまい!」
残りの兵士たちも、ミオの剣戟とナオトの錬金術の連携であっという間にスクラップの山へと還った。もはや障害は何もない。
「ふぅ。今度こそ終わりね」
「ああ。ドルグ帝国、完全攻略だ」
ナオトたちは瓦礫を越え、ゲートの向こう側へと足を踏み出した。
◇ ◇ ◇
壁の向こうに広がっていたのはドルグの煤けた空とは違う、赤茶けた乾いた大地だった。
風が強い。
砂交じりの風が頬を叩く。
東の大陸・無法地帯。
どこの国にも属さない、力ある者だけが生き残れる荒野。
「広いな」
「なんか、空気が違うね。乾いてるけど、嫌な匂いがしない」
ミオが大きく深呼吸をする。
鉄と油の臭いから解放された肺が新鮮な空気を貪るように吸い込む。
「さて、ここからどうする? 地図には何も書いてないぞ」
ナオトが白紙に近い地図を広げて苦笑する。
「そうじゃのう。とりあえず、ワシについてこんか?」
ガンテツが煤けた顔を拭いながら提案した。
「あてがあるのか?」
「ああ。ここからそう遠くない所に、ワシの古い知り合いがいる集落があるんじゃ。ドワーフの隠れ里みたいなもんでな。そこでなら、少しは骨休めができるはずじゃ」
「隠れ里? 美味しいもの、ある?」
ミオが食い気味に聞く。
「あるとも。荒野ならではの珍味と極上の地酒がな」
「決定! 行きましょう! 今すぐ行きましょう!」
ミオの目が輝く。
ナオトも肩の力を抜いてうなずいた。
「そうだな。一旦落ち着いて、装備の手入れもしたい。それに、今後の情報収集も必要だ」
「じゃあ、決まりじゃな。案内するぞ、ついて来い若いの」
ガンテツが先頭に立って歩き出す。
その足取りは軽く、故郷に帰るような安心感があった。
「ねえナオト」
「ん?」
「私たち、また一歩進んだね」
「ああ。随分と遠くまで来たもんだ」
ナオトは振り返り、崩れ落ちたゲートを見上げた。
あの向こうには追われる身としての過去がある。
だが、今の彼らの前には広大な未知の世界が広がっている。
「次はどんな冒険が待ってるかしら」
「さあな。だが、退屈はしないだろうよ。俺たちがいる限りな」
「ふふっ。そうね。トラブルの方から寄ってくるもんね」
「不吉なことを言うな」
二人は顔を見合わせて笑った。
物語は東の大陸へと続いていく。
新たな大地、新たな出会い、そして新たな食材を求めて。
ザッ、ザッ、ザッ。
乾いた大地を踏みしめる音が、希望の足音のように響いていた。




