第83話 暴走特急と、黄昏の守護竜
装甲列車はドルグの荒野を東へ向かってひた走っていた。
マキナの追撃を振り切り、一時の平穏が訪れた車内。
ナオトとミオは貨物車両の屋根の上で風に吹かれながら、戦利品の整理をしていた。
「見てよナオト! このお酒、すごい高いやつだよ! 竜殺し、だって!」
「銘柄名だけで強そうだな。アルコール度数96%か? 燃料になりそうだ」
「もったいない! これはお祝い用だよ。あと、この缶詰。高級肉の希少部位だって。お肉だよお肉!」
「よかったな。俺はこっちの魔導回路の部品の方が嬉しいがな」
ナオトは分解したドロイドの腕をいじりながら、レア素材の鑑定に余念がない。
平和な時間が流れる。はずだった。
ビビーッ! ビビーッ!
「なんじゃ!? 列車の故障か!?」
運転席からガンテツの怒声が飛んでくる。
「違う。レーダー反応だ。後方から多数の飛行物体が近づいてくる」
ナオトが双眼鏡を構える。
荒野の地平線から黒い雲のような塊が迫ってきていた。
無数の小型飛行ドローンだ。
「うげっ! ハエの大群みたい!」
「自律型追尾ドローンだ! マキナの奴、自分が来られない代わりに自動攻撃システムを起動したな」
「しつこい! ストーカーもいい加減にしてほしいよ」
「数は……50、いや100機以上。完全に飽和攻撃だ。迎撃するぞ」
「了解! 爺ちゃん、運転頼んだよ」
「任せとけ。振り落とされるなよ」
ガンテツが汽笛を鳴らし、列車をさらに加速させる。
ドローン群は正確無比な動きで距離を詰め、上空からレーザーの雨を降らせ始めた。
ジュッ! ジュジュジュッ!
列車の装甲が焼かれ、黒い焦げ跡が無数に刻まれる。
「うっとうしい! 行くわよ!」
ミオが屋根の上で剣を振るう。
達人の域にある剣技は飛来するドローンを次々と撃ち落としていく。
「はぁっ! せいっ! ちっこくて狙いにくい!」
「数が多すぎるな。一匹ずつ相手にしてたらキリがない。俺が動きを止める。粘着網!」
ナオトがフラスコを投げつける。
空中で破裂した液体が蜘蛛の巣のような粘着ネットとなって広がり、ドローンの群れを絡め取る。
「よし。まとめて落ちた」
「ナイス! そこだぁッ」
ミオが追撃の一閃を放ち、網にかかった十数機をまとめて粉砕する。
だが、破壊したそばから、新たなドローンが湧いてくる。まるで無限湧きだ。
「くそっ、キリがない。GMさん、これエンカウント率の設定ミスってないか?」
「文句言ってないで、もっと手伝ってよ! ああっ、また来た!」
ブォン!
一機のドローンが特攻を仕掛けてくる。
ミオが剣で弾くが、その爆風で視界が遮られる。
「しまっ……!」
「ミオ、右だ! 回り込まれてる!」
ナオトが警告するが、別のドローンが死角からナオトに体当たりを仕掛けた。
ドンッ!
「ぐわっ!?」
不意を突かれたナオトがバランスを崩す。
足場は揺れる列車の屋根。手すりもない場所で体勢を崩せばどうなるか。
「ナオトッ!」
ミオが反射的に手を伸ばす。
ナオトの手首をガシリと掴んだ。
だが、そのせいでミオ自身の体勢も崩れ、二人は屋根の端で危うい均衡状態に陥った。
「くっ、重い。ナオト、あんたご飯食べ過ぎ!」
「装備の重量だ。離すなよ、落ちたら時速100キロで地面とキスすることになる」
「離さないよ! でも……」
二人の動きが止まったその瞬間を機械の群れが見逃すはずがなかった。
数十機のドローンが獲物を見つけたピラニアのように殺到する。
銃口が一斉に二人を狙う。
チャージ音が重なり、甲高い死の旋律を奏でる。
「チェックメイトだ。回避行動不可。防御手段なし。詰んだか」
「やだ! こんなところで! まだお肉食べてないのに!」
ミオが叫ぶ。
ナオトを引き上げようにも、ドローンの斉射が始まれば蜂の巣だ。
絶体絶命。その時だった。
カッ……!
ミオの腰に提げていた鞄の中から、強烈な黒い光が漏れ出した。
「な、なんだ? 鞄から煙?」
「熱っ! なにこれ、中から」
ミオが驚く間もなく、鞄の口が勝手に開き、一つの宝石が飛び出した。
それは以前、黄昏の尖塔でミオが手に入れた漆黒の宝石。
守護竜クロが宿っている依代だ。
「あの石はクロか!?」
ナオトが叫ぶのと同時に宝石が空中で脈動し、黒い影を噴き出した。
グルルルルルル!
低い唸り声が空間そのものを震わせる。
宝石から溢れ出したのは夜の闇よりもなお深い、漆黒の影。
普段の愛らしいマスコットサイズではない。
主であるミオの危機に反応し、その本性を解放しようとしているのだ。
「ドローンが、止まった?」
殺到していたドローンたちが、イレギュラーに困惑したように動きを止める。
その中心で、影が実体化した。
オオオオオオオオオオッ!!
咆哮。
大気を引き裂くような王者の叫び。
そこに現れたのは全長10メートルを超える巨大な竜だった。
翼はない。長い胴体が空中でトグロを巻き、四本の足が虚空を掴んでいる。
東洋の龍に近いフォルム。
そして、その体は鱗の一枚一枚に至るまで、全てが影で構成されていた。
この世の闇を全て煮詰めたような、圧倒的な黒。
「クロ! 本来の姿に戻ったのね!」
ミオが歓喜の声を上げる。
竜はゆっくりと鎌首をもたげ、ミオを見た。
その瞳は金色に輝き、深い知性と、絶対的な忠誠心に満ちていた。
「グルゥ」
巨大な竜が甘えるように鼻先をミオの頬に寄せる。
大きさは違っても、中身はいつもの甘えん坊のクロだ。
「よしよし! いい子だね! お願いクロ! あのうるさいハエたちを追い払って!」
ミオの命令を聞いた瞬間、クロの目が冷酷無比な捕食者の色に変わった。
甘えた態度は消え失せ、敵対者への殺意が膨れ上がる。
ギャオオオオオオオオッ!!
クロが吠えると同時に、その巨体が弾丸のように射出された。
ガシャァァァァン!!
クロが通り抜けた軌跡上のドローンが次々と粉砕されていく。
噛み砕き、爪で引き裂き、長い尾で薙ぎ払う。それは戦闘ではない。一方的な蹂躙だ。
「あの硬いドローンの装甲を豆腐みたいに砕いてる」
「いけーっ! やっちゃえーっ! クロの本当の実力を見せてやりなさい!」
ミオがナオトを引き上げながら声援を送る。
クロはその声に応えるように、さらに加速する。
ズオッ!
クロが大きく口を開けた。その奥に濃密な魔力が収束する。
「ブレスか? まずい、巻き込まれるぞ。伏せろ!」
ナオトとミオが屋根に伏せる。
ゴオオオオオオオオオオッ!!
放たれたのは炎ではない。漆黒の影の奔流だ。
直線状に放たれたブレスは残りのドローン群を飲み込み、跡形もなく消滅させた。
爆発すら起きない。ただ、闇に飲まれて無に帰したのだ。
「えぐい威力だ。物理消滅攻撃かよ。あれが本気を出したクロの力か」
空が晴れた。
数百機いたドローンは一つ残らず鉄屑と化して荒野に散らばった。
フワッ。
仕事を終えたクロが音もなく列車の屋根に戻ってくる。
そして、シュルシュルと体を縮め、いつもの子犬のようなサイズに変身した。
つぶらな金色の瞳で、褒めてと言わんばかりに尻尾を振っている。
「か、可愛いぃぃぃ~」
ミオが目をハートにして抱きつく。
「すごいよクロ。強いしかっこいいし可愛い。あんた最高だよ」
「キューッ」
クロが嬉しそうに鳴く。
その感触は少しひんやりとしているが、どこか温かい影の感触だ。
「おいおい、普段は飯食って寝てるだけかと思ったら、とんだ秘密兵器だな」
ナオトが呆れたように、しかし感謝を込めてクロの頭を撫でる。
「きゅ!」
クロはナオトの指をペロリと舐め、ミオの腕の中で丸くなった。
どうやら変身には相当なエネルギーを使うらしく、少し眠たそうだ。
「お疲れ様、クロ。ゆっくり休んで」
ミオが優しくクロを鞄に戻す。
危機を脱し、改めて仲間の頼もしさを実感した二人は顔を見合わせて笑った。
その時、運転席からガンテツが顔を出した。
「おい! 何があったんじゃ? 後ろですごい音がしたぞ……って、今の黒いのはなんじゃ?」
「うちのペットだよ。ちょっと散歩してただけ」
「散歩? 空が爆発しておったがな。まあいい、それより前を見ろ」
「前?」
ナオトたちが進行方向を見ると、地平線の彼方に空まで届く巨大な壁が見えてきた。
「あれは……」
「東部国境の大防壁じゃ。ドルグと東の大陸を隔てる最終防衛ラインじゃよ。見ろ、ゲートが閉まっとるぞ」
巨大な鋼鉄の門が行く手を阻むように聳え立っている。
その上には無数の砲台がこちらを狙って旋回していた。
「歓迎ムードじゃなさそうだな」
「当然だろ。俺たちは国を揺るがす指名手配犯だ。だが、止まるわけにはいかない」
ナオトが立ち上がり、風になびくコートを抑える。
「ミオ、準備はいいか?」
「いつでも!」
「あの壁をぶち抜いて、東の大陸へ行くぞ。これがドルグでの最後の仕事だ」
列車は速度を落とさず、死の要塞へと突っ込んでいく。
最強の相棒、守護竜クロと共に英雄たちの旅はさらに加速する。




