第82話 計算外の一撃と、戦術的撤退
ズバァァァァンッ!!
カラン……カラン……。
「……は? 僕の腕が……落ちた?」
「へへっ、見たかよマキナ! これが確定演出ってやつだ!」
「理解不能だ。障壁の強度は物理耐性99.9%、魔法耐性98.5%に設定していたはずだ。君の筋力値と剣の切れ味を最大値でシミュレートしても、貫通確率は0.0001%以下。万が一にも破られるはずがない」
「そりゃそうだろうな。お前の計算式には運の項目が欠けてるんだよ。今の動きはミオの意思じゃない。ダイスの神様の気まぐれだ」
「ダイスの……神? 不確定性原理の擬人化か? そんな非科学的な概念で、僕の絶対防御が崩壊したというのか?」
「そうだ! お前は俺たちの思考を読み、筋肉の動きを解析した。だから合理的な動きには絶対に対応できる。……だがな、TRPGにはクリティカルってやつがあるんだよ! どんなに完璧な作戦も、どんなに鉄壁の守りも、ダイス目が6ならひっくり返る! それがゲームの醍醐味であり、理不尽さだ!」
「クリティカル。確率の偏り。いや、認めない。そんなバグのような現象で、この僕がダメージを負うなど!」
「認めようが認めまいが、現実に腕は落ちてるぜ! よくやったミオ! 最高の出目だった! あれは完全に部位破壊だ! レア素材ドロップ確定だな!」
「へへ。やった? 私、切った? なんか体が勝手に動いて……気づいたらあいつの腕が飛んでたよ……」
「ああ、切ったとも! 見事な一太刀だった! だが、安心するのはまだ早いぞ! 見ろ、奴の腕を!」
ウィィィィン! シュゥゥゥ!
「自己修復機能、作動。ナノマシン展開。損傷箇所の止血および再接合を開始。戦闘継続に支障なし」
「うわっ、もう治り始めてる。気持ち悪っ。ゾンビよりタチが悪いわ」
「理解した。修正する。君たちはバグではない。ウイルスだ。システムそのものを破壊し、論理を侵食する、悪意ある不確定要素だ」
「評価ランクアップありがとうございますってか? 嬉しくねえよ」
「再評価。脅威度ランクをSSに引き上げ。捕獲およびサンプル採取の予定を破棄。即時、完全消滅を実行する」
マキナの周囲に黒い重力球が無数に浮かび上がる。
ナオトの肌がピリピリと粟立つ。凄い殺気だ。
「逃げるぞミオ。これ以上はキツすぎる。爺さん、列車のエンジンは?」
「かかっておる! 蒸気圧120%、いつでも出せるぞ! 早く乗れぇッ! 置いてくぞ!」
「待ってよお爺ちゃん! 今行くから!」
「走れミオ。後ろを振り返るな。奴の射程圏内から出るんだ」
「うん……でも足が……足がもつれるぅ。さっきの一撃でスタミナ全部使っちゃったよぉ」
「くそっ、俺につかまれ! 身体強化……さらに加速付与。強制的に走らせるぞ」
二人は弾かれたように走り出した。背後でマキナが指を振るう気配がした。
「逃がさないよ。座標固定。そこだ」
ビビビビビッ!
ジュワァァァッ!
「うわっちゃ! 足元が溶けた! コンクリートがドロドロ! 熱線攻撃だよナオト!」
「かまうな、ジグザグに走れ。偏差射撃をずらすんだ。奴はまだ腕の再生にリソースを割いてる、照準が甘いはずだ」
「でも壁が! 目の前に見えない壁があって進めない!」
「空間ごと圧縮して壁を作ったか。小賢しい真似を。錬金術・爆裂障壁!」
ドォォォォン!!
爆発の反動を利用して、見えない壁を無理やりこじ開ける。
その隙間を縫って、ナオトたちは列車の最後尾車両へと飛び込んだ。
「うわぁっ! 耳がキーンってなる。でも通れた!」
「強引にこじ開けたんだ。今のうちに列車へ飛び込め。爺さん、ドアを頼む」
「開いとるわ! 飛び乗れ!」
ガタンッ!
「乗った! 出してくれ! マキナが来る前にずらかるんだ」
「おうよ! 舌噛むなよ! 全速前進じゃあ! 蒸気弁全開放!」
キキキキキッ! シュポォォォォォッ!
「ふぅ……。間一髪だったね。これで一安心?」
「まだだ。油断するな。相手は機械だぞ、疲れることも諦めることもない」
「待て。逃げられると思っているのか?」
「げっ、窓の外! あいつ浮いてるよ! 並走してる!」
「その列車の制御システムは僕の管理下にある。……ブレーキロック」
ガクンッ!
キキキキキキキーッ!!
「なっ!? ぐわっ! 動かんぞ! 急ブレーキがかかりおった! 車輪が火を吹いとる!」
「遠隔操作でシステムダウンさせられたか」
「どうすんのナオト! あいつこっち見てるよ! 目が赤いよ! 追いつかれちゃう!」
「爺さん、俺たちに代わってくれ! 制御盤は!?」
「ここじゃ。だが、高度な魔導暗号でロックされとる。こんなもん、お手上げじゃよ」
「パスワードなんぞ知るか。解析してる時間なんてない。物理的に回路を繋ぎ変える」
「物理的にって、正気か!? 魔導回路を素手でいじる気か!」
「正気だとも。このまま止まってたらプレス機でミンチにされるんだぞ。論理で勝てないなら物理で殴る。それが俺たちの流儀だ。やってくれミオ」
「まかせて!」
バキッ! ブチブチッ!
ミオが制御盤のカバーを蹴り破り、ナオトが中の配線を鷲掴みにした。
「おいおい、乱暴すぎるじゃろ! 配線を引きちぎりおって! ショートして爆発するぞ!」
「爆発上等だ。錬金術師をなめるなよ。ここの回路をバイパスして、強制的に動力を車輪に直結させる」
バチバチッ! ジジジジッ!
指先から魔力を流し込み、電子制御を無視して物理的な接続を確立する。
列車のアナウンスがバグり始めた。
「警告。不正なアクセスを検知。システム防壁を展開……エラー。物理的切断により防壁無効化。……強制再起動」
「僕のセキュリティを物理干渉で突破した? コード解析ではなく、基盤そのものを書き換えたのか? 野蛮な」
「へっ、ざまあみろ。鍵開け判定の代わりに、扉破壊判定で成功させたようなもんだ。スマートじゃなくて悪かったな。動けぇぇぇッ!」
ドォンッ!!
シュポォォォォォッ!!
「動いた! すごいよナオト! 天才! いや、乱暴者!」
「天才じゃない、力技だ。加速してくれ爺さん。メーターが振り切れるまで全速力だ」
「任せとけ! この列車の限界を超えてやるわい! ボイラーが破裂しても知らんぞ!」
ガタンガタン! ゴオォォォォォ!
列車は地下通路を暴走する。
だが、マキナは止まらない。背中の翼を変形させ、さらに加速した。
「計算外の行動ばかりだ。だが、逃がさないぞ」
キィィィィン!
「ナオト! 来たよ! あいつ飛んで来た! めっちゃ速い! 新幹線みたい!」
「音速巡航モードか。この蒸気機関車じゃ速度負けするな。追いつかれる」
「ミオ、迎撃だ。車内に入られたらまずい。デッキで食い止めるんだ」
「わかった! でも、どうやって戦えばいいの? さっきみたいな奇跡は何度も起きないと思うけど」
「当てる必要はない。弾幕を張って近づけさせるな。あと30秒稼げば、このエリアを抜けられる」
「30秒。それくらいなら、いけるかも。わかった、やってみる」
ミオが最後尾デッキに出る。
マキナは無表情のまま、両肩のウェポンベイを展開した。
「無駄な抵抗だ。この列車ごと破壊して、残骸からデータを回収する。消えろ」
「させないッ!」
「ターゲットロック。全砲門、発射」
ズドガガガガガッ!!
「おりゃあぁぁぁッ! 全部、切り落とすッ! 来ないでぇぇぇッ!」
キンッ! カカンッ! ズバァッ!
ミオの剣が超高速で舞う。
飛来するミサイルを切り払い、ビームを刀身で受け流す。
「くっ、きつい。でも、これくらいなら。私の剣技は伊達じゃないわよ!」
「ほう。防御に徹すれば、そこまで耐えるか。学習能力があるな。だが、これはどうかな?」
ブォン。
マキナの手のひらに黒い球体が生成される。
周囲の空気が歪み、レールがキシキシと悲鳴を上げる。
「な、なにアレ? 黒い玉? どんどん大きくなってるけど」
「重力砲だ! まずい、アレは車両ごと消し飛ぶぞ! ミオ、伏せろ!」
「伏せても無駄だよあんなの! どうすんの!?」
「さようなら、イレギュラー」
キィィィィィィン!!
発射の閃光が走る。
万事休すかと思われた瞬間、ナオトが叫んだ。
「間に合った! 錬金爆薬生成完了! 燃料タンクにぶち込むぞ! 衝撃に備えろぉぉぉッ!」
ボォォォォォォォォン!!
列車の後部から青い炎が噴射された。物理法則を無視した急加速。
「うわあああああッ! Gがすごいぃぃぃ! 顔が歪むぅぅぅ!」
「なっ!?」
ズガァァァァン!!
重力砲の黒い光線は加速した列車のわずか後方を通過し、トンネルの壁に着弾した。
空間ごと削り取られた壁が崩落し、猛烈な土煙が上がる。
「外れた! あいつのビーム、後ろに当たったよ! トンネルが崩れてる!」
「危なかった。急加速の反動で照準がずれたか。マキナの計算を超えるスピードだ」
「速い! 速すぎるぞ! 景色が線に見えるわい! 脱線するぞ!」
「構わない! このまま地上の出口まで突っ走れ! 光が見えてきたぞ!」
「出口だ! お日様だ! いけぇぇぇぇ!」
シュゴォォォォォォッ!!
列車は閃光のような速度で暗い地下トンネルを駆け抜け、外の世界へと飛び出した。
強烈な日差し。
眼下に広がる荒涼とした大地。
装甲列車はレールの上を滑るように疾走し、マキナの射程圏外へと逃れていく。
「はぁ、はぁ……。抜けた? 私たち、生きてる?」
「ああ、脱出成功だ。だが、まだ油断するな。奴は飛んで追いかけてくるはずだ」
ナオトが後方の空を睨む。
マキナなら、この速度差でも数分で追いついてくる。
だが、煙の中からマキナの姿は現れなかった。
「あれ? 来ないよ? ナオト、誰もいない」
「なんだと? あいつが諦めるわけが……」
その時。
地下タワーの方向から、不気味なほど低い地響きが伝わってきた。
そして、空が赤く染まるほどの警報光が点滅し始めた。
ウゥゥゥゥゥゥ――ッ!!
「あの音は……動力炉の臨界警報か!」
◇ ◇ ◇
崩落した地下ステーションの上空。
マキナは列車を追うのを止め、燃え上がるタワーを見下ろしていた。
彼の視界には無数の警告ウィンドウが展開されている。
『警告。中央動力炉、臨界点突破。冷却システム崩壊。炉心溶融まであと180秒』
『被害予測:半径50キロメートル以内の完全壊滅。都市機能の喪失。国家予算の85%に相当する損失』
「チッ」
マキナの口から、珍しく舌打ちが漏れた。
天秤にかけるまでもない。
ナオトたちを処理するよりも、この国のエネルギー中枢を守る方が、重要度は上だからだ。
動力炉が爆発すれば、マキナ自身の拠点も、彼が管理すべき国も消滅する。
「イレギュラーの追跡を中断。動力炉の鎮圧を最優先とする」
マキナは翼を翻し、炎を上げるタワーへと急降下していった。
その背中はどこか悔しげに見えた。
◇ ◇ ◇
「追ってこないぞ」
ナオトが双眼鏡を下ろし、深く安堵の息を吐いた。
「どういうこと? あいつ、燃料切れ?」
「いや、もっとヤバいことが起きたんだ。爺さん、覚えてるか? 俺たちが剣を作るために動力炉を暴走させたことを」
「おうよ。リミッター外して全開にしたからのう。まさか、あれがまだ止まってなかったのか?」
「ああ。俺たちが逃げるのに夢中で放置してたからな。今頃、マキナの奴は必死でメルトダウンを食い止めてるはずだ。計算外の仕事に追われてな」
「ぶはははは! ざまあみろじゃ! 自分の城が燃えてちゃ、泥棒を追いかけるどころじゃないわな!」
「そういうこと。俺たちの勝ちだ、ミオ」
「やったぁぁぁ! 勝った! 完全勝利よ!」
ミオがナオトに抱きつく。
全身オイルと煤まみれだが、その笑顔は太陽のように輝いていた。
「ふぅ。心臓が止まるかと思ったわい。とんでもないコンビじゃ、お前さんらは」
「へへっ、褒め言葉として受け取っておくよ、爺さん。さて、これで一安心か?」
「いや、まだじゃろう。ここはドルグの中央だ。東の国境まではまだ数百キロある。マキナが動力炉を鎮圧したら、また追ってくるかもしれんぞ」
「しつこそうだもんね、あいつ。粘着質っていうか、細かいこと根に持つタイプ」
「ああ。でも今は距離を稼げる。この列車で一気に国境の壁まで突っ走ろう」
「了解! ねえ、お腹空いた! なんか食べるものないの?」
「金庫から回収した高級酒ならあるぞ。つまみはないがな」
「えーっ! お肉食べたい! 勝利の焼肉パーティーしたい!」
「東の大陸に着いたらな。そこには見たこともない料理があるぞ。たぶん」
「本当!? 急ごう! 全速前進!」
「わしも一緒に脱出するかの。東の果てのがずっとましだろうて」
「いくぞ! 東の大陸へ!」
「ご飯のためにーッ!」




