第80話 生まれ変わった剛剣と、カジノの払い戻し
轟音と熱気が支配する兵器開発局タワー、地下動力炉。
天井の装甲ハッチが溶断され、火花と共に無数の黒い影が降り注ぐ。
侵入者を排除するために送り込まれた重武装の警備ドロイド部隊だ。
「警告。不正侵入者へ告ぐ。直ちに武装解除し、投降せよ。さもなくば、殺傷兵器の使用を開始する」
無機質な合成音声と共にドロイドたちが一斉にガトリングガンの銃口を向ける。
その数、およそ30機。
通常の冒険者パーティーなら即座に全滅が確定する戦力差だ。
「投降? こちとら最高の場面に立ち会わせてもらったんじゃ。礼の一つもせずに帰れるか」
ガンテツがハンマーを担ぎ、不敵に笑う。
その隣でミオがゆっくりと、新生した大剣を構えた。
青白い光を帯びた刃が動力炉の光を反射して冷たく輝く。
「ミオ、調子はどうだ? さっきまでのギガントとはバランスが違うぞ」
「うん、わかるよナオト。……軽い」
ミオが剣を片手で軽く振る。
ブンッ!
空気を切り裂く鋭い音が響く。
質量そのものは変わっていないはずなのに、まるで羽根のように扱えている。
「軽くはないぞ。重量はそのままだ。だが、重心のバランスを完璧に調整した。その重量を振り回せる腕力があれば、体の一部のように感じるはずじゃ」
「すごい。これなら、いままでよりも動ける!」
「来るぞ! 迎撃開始だ!」
ナオトの警告と同時にドロイドたちが発砲を開始する。
ダダダダダダッ!!
鉛の弾幕が嵐のように押し寄せる。
「関係ないッ!」
ミオが地面を蹴った。
弾丸を避けるのではない。剣の側面を盾にして弾きながら、正面から突っ込む。
「はぁぁぁぁッ!!」
横薙ぎの一閃。
青い閃光が走り、先頭にいたドロイド3機をまとめて捉える。
キキンッ!
甲高い音が響いた瞬間、ドロイドたちの胴体がズレた。
抵抗がないわけではない。
あまりにも鋭利な刃と圧倒的な質量が、装甲の硬度を無視して押し切ったのだ。
ガラガラガシャーン!
3機のドロイドの上半身が斜めに滑り落ちた。
切断面は鏡のように滑らかだ。
それだけではない。ドロイドの後ろにあった太い鉄骨の柱までもが、バターのように両断されていた。
「な……ッ!?」
ナオトが絶句する。
「おいおい、マジかよ。ドロイドの装甲値は推定25以上だぞ? それを一太刀で。魔法的な防御無視じゃない。純粋な物理攻撃力がカンストしてるってか」
「ガハハハハ! 見たか! これぞ剛剣・断の真骨頂! 小細工はいらん! 圧倒的な質量と極限まで研ぎ澄まされた刃があれば、この世に切れぬものなし! 硬いものを、より硬いもので叩き切る! それがドワーフ流の真理じゃ!」
「シンプルすぎて逆に手がつけられないな。最高の武器だよ。まったく」
「すごいよこれ! 今までガツンって止まってたのが、スパンって抜けるの!」
味を占めたミオが、残りのドロイドの群れに飛び込む。
もはや戦闘ではない。一方的な解体作業だ。
ガトリングガンの銃身が切断され、腕が飛び、胴体が両断される。
爆発する暇さえ与えられない。
「ちょ、ちょっと待てミオ! 加減しろ! その剣、威力が強すぎて工場の支柱まで切ってるぞ! このままじゃタワーが崩壊する!」
「えっ? あ、ごめん! 楽しくてつい!」
「つい、で高層ビルを倒壊させられたらたまらん! 撤収だ! 動力炉も限界だぞ!」
ナオトが警報の鳴り響く制御盤を見る。
炉心温度はレッドゾーンを振り切り、いつ爆発してもおかしくない状況だ。
「脱出ルートはどうするんじゃ!? 階段は瓦礫で埋まっとるぞ!」
「上だ! 資材搬入用の大型リフトがある! あそこなら、このエリアから最上階まで直通だ!」
ガンテツが大型のリフトへと視線を移す。
そこには戦車すら運搬できそうな巨大な貨物用エレベーターがあった。
「あれじゃな。よし、乗れ! ワシが操作して上昇させる!」
三人はドロイドの残骸を飛び越え、リフトに駆け込む。
ガンテツが制御レバーを操作し、リミッターを解除した。
「上昇開始じゃ! しっかり掴まっておけ!」
ゴウンッ!!
凄まじいGと共にリフトが急上昇を始める。
頭上からは、なおも追撃のドロイドが降ってくるが、ミオがことごとく撃墜していく。
「あははは! 最高だわ! ハエ叩きみたい!」
「笑ってる場合か! おい爺さん、このリフトの終点は最上階のラボか?」
「いや、違う。このリフトは特別な荷物を運ぶためのものじゃ。カジノの金庫室の真下にある、希少金属の保管庫。そこへ繋がっておる」
「金庫室?」
その単語を聞いた瞬間、ナオトとミオの動きがピタリと止まった。
二人の目が合い、そこに暗黒の火花が散る。
「おいミオ。聞いたか?」
「聞いたよナオト。金庫室だって」
「カジノの金庫室ということは、つまり……」
「私のお金が! あそこにある!」
ミオの背後に怒れる鬼神のようなオーラが立ち昇る。
全財産をイカサマで奪われ、ゴミのように捨てられた屈辱。
その元凶である集金場所が、すぐ頭上にあるというのだ。
「なるほど。これは神が与えたもうたボーナスステージというわけか。あるいは、運営からの詫び石か」
ナオトもニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。
「爺さん、その金庫室の床の厚さはどれくらいだ?」
「1メートルはある特殊合金の積層装甲じゃ。爆弾でも壊れんはずじゃが……」
ガンテツがチラリと、ミオの剣を見る。
「今の嬢ちゃんなら、薄皮一枚みたいなもんじゃろうな」
「決まりだ。脱出の前に、ちょっと寄り道をしていく」
「寄り道?」
「ああ。払い戻しの時間だ」
リフトが減速し始める。
頭上には重厚な金属の天井が迫っていた。金庫室の床だ。
「ミオ、準備はいいか?」
「いつでもいける!」
ミオが剣を上段に構え、膝を曲げて力を溜める。
リフトが停止し、天井が頭上にせまった。
「今だッ! ぶち抜けッ!」
「返せぇぇぇぇ! 私のお金ぇぇぇぇッ!!」
ズドォォォォォォン!!
スキルの効果を乗せたミオの斬撃が、厚さ1メートルの合金装甲を粉砕した。
切るというより、突き破ったという方が近い。
ぽっかりと空いた穴から、眩しい黄金の光が漏れ出してきた。
「侵入成功! 野郎ども、稼ぎ時だ!」
ナオトがワイヤーを射出し、穴の縁に引っ掛けて飛び上がる。
ミオとガンテツもそれに続く。
そこはまさに宝の山だった。カジノ・ロワイヤルの金庫室。
壁一面に積み上げられた金塊、宝石、そして大量の嗜好品。
この国から搾取した富のすべてが、そこに眠っていた。
「うわぁぁぁぁ! お金! お金だ! お肉のなる木だ!」
ミオが歓喜の声を上げて金貨の山にダイブする。
オイルと煤で汚れた体で泳ぎ回るその姿は、欲望に忠実すぎて清々しいほどだ。
「こらこら、遊んでる場合か。警報が鳴ってるぞ。回収は迅速に行う」
ナオトは自らの影を広げた。
「影の倉庫」
ナオトがスキルを発動すると、積み上げられた金塊の山が、まるで沼に沈むように影の中へと吸い込まれていく。
宝石箱も、金のインゴットも、次々と影が飲み込んでいく。
「便利じゃのう。底なしか?」
「ああ。部屋ごと飲み込んでも、まだまだ余裕があるさ。よし、回収完了。これで俺たちは再び大富豪だ」
「ワシは金なんぞ興味ないが……むっ、この酒は! 龍殺しと呼ばれる幻の銘酒! こんなところに隠してあったとは!」
ガンテツも棚に並んでいた高級酒を抱え込み、ラッパ飲みを始める。
「ぷはぁっ! 生き返るわい! これじゃ、この味のために生きてきたんじゃ!」
三者三様の略奪が行われる中、金庫室の扉が開かれた。
「動くな! ここをどこだと思っている!」
現れたのはカジノの支配人と、数十体の警備ドロイドたちだった。
支配人の顔は蒼白で、唇がわなわなと震えている。
「き、貴様ら! ゴミ捨て場に捨てたはずのネズミが、なぜここに!?」
「よう、支配人。ゴミの分別が甘かったんじゃないか? 俺たちはリサイクル可能な資源ゴミだったみたいだぜ」
ナオトが金貨を一枚、指で弾いてキャッチしながら皮肉っぽく笑う。
「ふざけるな! ただで済むと思っているのか! ここにある資産は全て国家の……!」
「うるさい!」
ミオが金貨の山から飛び出し、支配人の前に着地した。
その手には青白く輝く剛剣・断が握られている。
「イカサマで巻き上げたお金でしょ! 返してもらったわ! 慰謝料込みでね!」
「ひっ! や、やれ! 撃ち殺せ!」
支配人が叫ぶが、ドロイドたちが銃撃するよりも早く、ミオが動いた。
「旋風斬!!」
ヒュンッ!
一振り。たった一振りだ。それだけで、部屋に充満していた殺気が霧散した。
ドロイドたちの胴体が、そして支配人の着ていた燕尾服だけが、綺麗に上下に分断された。
「……え?」
支配人が自分の体を見下ろす。
服がずり落ち、パンツ一丁の無様な姿が露わになる。
体には傷一つない。服だけを切るという、神業的なコントロールだ。
「今回は服だけで勘弁してあげる。でも次はないわよ」
ミオが剣先を支配人の鼻に突きつける。
その瞳は獲物を前にした捕食者のそれだ。
「ひ、ひぃぃぃぃ! ば、化け物だぁぁぁ!」
支配人は腰を抜かし、這いずりながら逃げ出した。
ドロイドの残骸の中で、パンツ一丁の男が逃げ惑う様は何とも滑稽だった。
「さて、邪魔者も消えたし、仕上げといこうか」
ナオトが影を閉じる。
金庫室の中身はほぼ空っぽだ。
ミオの懐も、個人的に確保した金貨と宝石で膨れ上がっている。
「満足したか、ミオ?」
「うん! 大満足! これでお肉100年分だよ!」
「じゃあずらかるぞ。この騒ぎだ、そろそろ親玉が出てくるかもしれん」
ガンテツが金庫の壁を叩く。
「この壁の向こうは大陸横断列車の発着場に繋がっておる。あそこにある装甲列車を奪えば、一気に国境まで逃げられるぞ!」
「完璧なルートだ。よし、壁を抜け!」
「了解! どいてて!」
ミオが再び剣を構える。
金庫室の分厚い壁に向かって、全力の一撃を見舞う。
ズドォォォォン!!
壁が崩れ去り、その向こうに広大なステーションが現れた。
そこには黒光りする装甲列車が蒸気を上げて待機していた。
東部戦線へ兵器を運ぶための軍用列車だ。
「あれだ! あれに乗るぞ!」
三人が列車に向かって走り出した、その時。
空間が凍りついたかのような静寂が訪れた。
列車の屋根の上に、一つの影が舞い降りる。
重力を無視してふわりと着地したのは半身が機械化された痩身の男だった。
背中には機械仕掛けの翼。右目は赤く輝く義眼。そして全身から漂う、圧倒的な魔力の波動。
「……計算外だ。実に計算外だ」
男が抑揚のない声でつぶやく。
「まさか、廃棄処分したバグが、システムの中枢まで侵食してくるとはね。僕の演算能力を以てしても、予測できなかったよ」
「誰だ、お前は」
ナオトが警戒を露わにする。
鑑定スキルが警告音を鳴らしている。危険、測定不能、即時撤退推奨と。
「僕はマキナ。このドルグを統べる魔王軍四天王の一人。機工の魔将だ」
マキナと名乗った男は冷徹な視線で三人を見下ろした。
「君たちの行動によって生じた損失は国家予算の15%に相当する。その罪、万死に値するよ。ナオト、ミオ、そしてガンテツ」
「名前バレしてるじゃん。有名人だね、私たち」
ミオが剣を構え直すが、その手にはわずかに汗がにじんでいた。
野生の勘が告げているのだ。
こいつはヤバい。警備ドロイドなんかとは次元が違うと。
「効率的に処理しよう。君たちはここで死ぬ。それが確定した未来だ」
マキナが右手を掲げる。
その周囲の空間が歪み、無数の重力球が出現する。
「さあ、処刑の始まりだ。勝率0.0001%の絶望を味わうといい」




