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ミオとナオトの異世界TRPG冒険譚  作者: かわさきはっく
鉄戦国ドルグ・再来編

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第79話 頑固親父と、魂の再鍛造

 兵器開発局タワー、地下最深部。

 そこは地上の雨音など届かない、轟音と灼熱が支配する世界だった。


「暑い! 暑いよナオト! サウナなの!? 岩盤浴でもこんなに暑くないよ!」


 ミオが悲鳴を上げる。

 全身に塗られた高粘度オイルが熱で粘度を失い、ポタポタと地面に落ちている。

 彼女のボディスーツは汗とオイルで肌に張り付き、体のラインを露わにしていた。


「我慢しろ。ここは中央動力炉(コア・リアクター)の真横だ。この巨大タワーとカジノ、そして工業地帯の電力を賄う心臓部だからな。室温は軽く50度を超えている」


「50度!? 私、低温調理されちゃうよ! ミオのアヒージョになっちゃう!」


「安心しろ、まだ60度には達していない。タンパク質が変性するには早すぎる。それに、そのオイルのおかげで多少の断熱効果はあるはずだ。……もっとも、俺も限界が近そうだが」


 ナオトも額から滝のような汗を流しながら、変装用の煤けた作業着の襟を緩める。

 熱気で視界が揺らぐ中、二人は巨大な動力炉の整備区画へと進んだ。


 無機質なパイプと配線が張り巡らされた空間の片隅に異質な一角があった。

 最新鋭の電子機器の中に、古めかしい金床と、無造作に転がった酒瓶の山。

 そして、その中心にあぐらをかいて座り込んでいる小柄な老人がいた。

 白髪交じりの剛毛と、丸太のような太い腕を持つドワーフだ。


「誰だ! 誰かおるのか!? ええい、またあの警備人形(オートマタ)か! 酒がもうないぞ! 作業効率が低下していますとかほざくなら叩き壊す!」


 老人が虚空に向かって巨大なモンキーレンチを投げつける。

 カキン、と硬い音が響き、配管の一部が凹んだ。


「生憎ですが、通りすがりの整備士ですよ。だいぶ荒れているようですね、ガンテツさん」


 ナオトが工具箱を置き、声をかける。


「あん? 整備士? 人間とは珍しいな。このエリアは完全自動化されたはずじゃが」


 ドワーフは濁った目で二人を見上げた。

 その顔は赤く、強烈な工業用アルコールの臭いが漂ってくる。

 どうやら、洗浄用のエタノールでも飲んでいるらしい。


「ふん、どうせ上の連中の使いじゃろう。早く新型の設計図を出せだの、生産ラインを増やせだの、耳にタコができるわ」


「いえ、俺たちは上の連中とは無関係です。むしろ、あいつらとは敵対関係にありましてね。ここに侵入するために、わざわざこんな格好をしているわけです」


「敵対? はっ、笑わせるな。この国で支配者に逆らう馬鹿なんぞ、とっくに廃棄されとるわ」


 ガンテツは鼻で笑い、空になった一斗缶を蹴飛ばした。


「帰れ帰れ。ワシはもう仕事はせん。こんな魂のない鉄屑どもにワシの技術は使わんぞ。ワシはここで、酒を飲み尽くして死ぬんじゃ」


「魂のない鉄屑、ですか」


「そうじゃ! 見ろ、あのベルトコンベアを! 画一的で寸分の狂いもない部品が流れていく様を! 公差ゼロ? 品質の均一化? くだらん!」


 ガンテツが立ち上がり、工場のラインを指差して叫ぶ。


「武器にはな、使い手の癖や生き様が宿るもんじゃ! 100人が使って100人がそこそこの点数を出す剣なんぞ、ワシにとってはナマクラ以下じゃ! 一人の馬鹿が使って、初めて120点が出る……そういう一点物(ユニーク・アイテム)こそが至高なんじゃよ!」


「なるほど。典型的な職人気質ですね。効率至上主義のこの国とは相性が悪そうだ」


「分かっとるなら放っておいてくれ。どうせワシにはもう打つ鉄もないし、打つ気力もない」


 ガンテツは再び座り込み、背中を向けた。完全に意固地になっている。

 NPCの好感度が最低レベルで、会話イベントが進行しない状態だ。

 ここで説得スキルを使っても、頑固なドワーフには逆効果だろう。


「困ったな。せっかくここまで来たのにクエスト失敗か?」


「ちょっとどいてナオト。私が話す」


 ミオが前に出た。

 ドシドシと足音を立ててガンテツに近づく。

 その足音の重さに、ガンテツがピクリと耳を動かす。


「なんじゃ? 今度は油まみれのねーちゃんか? なんちゅう格好をしておるんじゃ、最近の若者は」


「お爺ちゃん。仕事しないならしないでいいけどさ、これを見てよ」


 ミオは背負っていた剛剣ギガントを鞘ごと外し、無造作に地面に突き刺した。


 ズドンッ!


 まるで鉄柱が落ちたような轟音が響く。

 その質量感にガンテツが目を見開いた。


「なんじゃ、そのデカ物は。鉄塊か?」


「鉄塊じゃない! これは私の相棒、ギガントだよ!」


「ギガント……?」


 ガンテツがよろめきながら剣に近づく。

 震える手で、ボロボロになった鞘を払う。

 そこに現れたのは黒ずんだ巨大な刀身。

 無数の傷が刻まれ、表面のコーティングは剥がれ落ち、もはや剣と呼べるかどうかも怪しい代物だった。


「こいつは……ひどいもんじゃな。刃こぼれどころか、全体がひしゃげとる。いや、待てよ」


 ガンテツが顔を近づけ、刀身の刃にあたる部分を指でなぞる。

 そして、驚愕の表情を浮かべた。


「おい、お前さん。こいつをどうやって使っておった?」


「どうやってって……こう、敵に向かってドーン! って叩きつけてたよ。ガニデスも、サンダーバードも、ベヒモスも! 全部こいつで殴り倒してきたんだから!」


「殴り倒す……やはりか」


 ガンテツが呆れたように、しかしどこか嬉しそうに笑った。


「こいつはな、そもそも剣として完成しとらんのじゃ」


「えっ? 完成してないの?」


「ああ。素材は最高級の超硬度合金……おそらくアダマンタイトやヒヒイロカネが混ざった複合材じゃろう。だが硬すぎた。作った職人の腕が悪かったわけじゃない。単純に加工するための熱が足りなかったんじゃ」


「熱が足りない?」


「そうじゃ。通常の炉では溶かすことすらできん。だから形だけ剣に似せて、刃をつけられないまま鈍器として出荷されたんじゃよ。斬撃属性ではなく打撃属性の武器としてな」


「なるほど。だからあんなに重くて切れ味が悪かったのか。未完成品のタグがついていたわけだ」


 ナオトが納得したようにうなずく。

 今までミオが力任せに戦っていたのは彼女の脳筋プレイのせいだけではなく、武器の特性そのものが叩き潰すことに特化していたからなのだ。


「その通りじゃ。だが、見ろ。この傷を」


 ガンテツが刀身の中央に入った亀裂を指差す。


「未完成のまま限界を超えて酷使された結果じゃ。硬度だけで持っていたバランスが崩れ、金属疲労を起こしておる。ベヒモスのような格上の怪物と殴り合ったんじゃろう? よく折れなかったもんじゃ」


「うん、ミシミシ言ってた。でも、耐えてくれたよ」


「健気な奴じゃ。だが、もう限界じゃな。次に本気で振れば粉々に砕け散るぞ」


 ガンテツの言葉にミオが青ざめる。


「そんな! 直せないの? お爺ちゃん、すごい職人なんでしょ!?」


「直す? 馬鹿を言え」


 ガンテツが立ち上がり、上着を脱ぎ捨てた。

 その筋肉質の背中には職人の誇りと、長い間くすぶっていた炎が見えるようだった。


「ただ直すだけじゃ意味がない! 元通りの鈍器に戻してどうする! こいつは泣いとるぞ! もっと鋭く、もっと強く、本物の剣になりたいとな!」


「本物の……剣?」


「ああ。こいつはずっと待っておったんじゃ。自分の硬すぎる体を溶かし、真の姿に鍛え上げてくれる炎と、それを振るう使い手をな!」


 ガンテツがニヤリと笑った。

 その瞳にはもはや酔いなど微塵もない。

 あるのは極限の技術を追求する狂気にも似た情熱だけだ。


「いいじゃろう。ワシがやってやる。こいつをただの鉄塊から、万物を断ち切る最強の剣へと進化させてやる! この場所ならそれができる!」


「この場所?」


「そうじゃ! ワシが前の工房を追い出された理由を知っとるか? 火力が足りんと暴れたからじゃ! だが、ここにならある!」


 ガンテツがバッと振り返り、ガラス越しに見える巨大な中央動力炉を指差した。


「あの炉心温度は5000度を超える! あの熱があれば、この頑固な素材も泥のように溶かせる! 今まで世界のどこにもなかった、究極の鍛冶場になるんじゃ!」


「5000度。なるほど、理屈は通る。だが爺さん、あそこは高濃度の放射マナとプラズマの嵐だぞ。普通の人間が近づくのは危険じゃないか?」


「だからやるんじゃろうが! 命の一つや二つ賭けんで、何が伝説の武器じゃ! おい、兄ちゃん!」


「はい?」


「お前、整備士のフリをしとるが、その目……ただの裏方じゃなさそうだな。あの制御盤をいじれるか?」


「ハッキングなら専門分野ですよ。セキュリティレベルは高いですが、この国のアルゴリズムには効率化という名の穴がある」


「よし! なら、あの動力炉の出力を最大まで上げろ! リミッターを外して、排熱ダクトをこっちに直結させるんじゃ!」


暴走(オーバーロード)させる気か? 警報が鳴って、上の連中がすっ飛んでくる」


「構わん! 奴らが来る前に打ち終わればワシらの勝ちじゃ! おい、ねーちゃん!」


「はいっ!」


「お前はその剣を金床に乗せろ! そしてハンマーを持て! ワシ一人じゃ叩ききれん! 持ち主の気合を直接叩き込むんじゃ!」


「分かったわ! 任せて!」


 ミオが自分の背丈ほどもある巨大なスレッジハンマーを軽々と持ち上げる。

 その表情は真剣そのものだ。


「ナオト、やって! 私、ギガントを完全な姿にしてあげたい!」


「やれやれ。国を動かすエネルギーを盗んで、剣一本の鍛造に使うとはな。最高に非効率で、ロックな話だ」


 ナオトは苦笑しながら端末に向かった。指先が高速でキーボードを叩く。


「接続完了。冷却システム、バイパス接続。制御棒、緊急パージ。行きますよ、出力120%!」


 ズズズズズ……ンッ!


 地面が激しく揺れ、動力炉から青白い光の奔流が噴き出した。

 排熱ダクトから太陽のような輝きを放つプラズマ炎が金床に降り注ぐ。


「来た来た来たぁぁぁ! この熱じゃ! これなら神の骨だって溶かせるぞ!」


 熱波が部屋中を包み込む。

 ミオの体のオイルが一瞬で気化し、白い煙となって立ち昇る。

 もはや熱いという次元を超え、肌がチリチリと焼けるような感覚。


「うおおおおおッ! 熱いけど、負けない!」


「その意気じゃ! さあ、溶け始めたぞ! ギガントの表面が飴のように柔らかくなってきた! 今じゃ、叩け!」


「おりゃぁぁぁぁッ!!」


 ドゴォォォォン!!


 ミオが大ハンマーを振り下ろす。

 火花が花火のように散り、溶解した金属が形を変えていく。

 今まで決して刃がつかなかった頑強な素材が、5000度の熱と、ミオの怪力によって初めて屈服し、鋭利な形状へと生まれ変わろうとしていた。


「いいぞ! 鈍器としての役目は終わりじゃ! これからは切るための刃を入れる! 角度を変えろ! そこじゃ!」


 カァンッ! ドゴォン! カァンッ! ドゴォン!


 ドワーフの小槌が打点を示し、ミオの大ハンマーがそれを成形する。

 二人の息が完全にシンクロしていく。

 カジノで負けた悔しさも、理不尽な世界への怒りも、全てをハンマーに乗せて叩き込む。


「警告。動力炉の臨界点が近づいています。炉心溶融まであと3分」


 無機質なアナウンスと、けたたましいサイレンが工場全体に鳴り響く。

 上層部ではパニックが起きているだろうが、この地下室だけは異様な集中力に支配されていた。


「あと3分じゃ! 急げ! 最後の仕上げ、焼き入れに行くぞ!」


「了解!」


「冷却材の準備はいいか!?」


「こっちは準備万端だ! 工場の冷却用液体窒素タンク、全開放する!」


 ナオトが最後のキーを叩く。

 灼熱の剣が極低温の霧の中へと突き出される。


 ジュワァァァァァァァァッ!!


 猛烈な水蒸気爆発が起き、視界が真っ白に染まる。

 熱膨張と急激な収縮。

 その物理的負荷に耐えきれず、普通の金属なら粉々になる瞬間だ。

 だが、ギガントは耐えた。

 否、その負荷すらも糧にして、鋼の結晶構造をより強固なものへと再構築したのだ。


 煙が晴れると、そこには一本の剣が鎮座していた。

 かつての黒ずんだ鉄塊ではない。

 鏡のように磨き上げられ、青白い光を帯びた、美しくも凶悪な刃。

 それはだたの大きな剣ではない。

 世界を両断するために生まれた、概念としての刃だった。


「完成じゃ」


 ガンテツがへたり込み、満足げに息を吐いた。


「見ろ、この輝きを。これこそ……ワシが追い求める業物じゃ」


 ミオがおそるおそる剣の柄を握る。ずしりとした重さは変わらない。

 だが、手に吸い付くような馴染み方と、そこから伝わってくる脈動が、以前とはまるで違っていた。


「おかえり……ギガント」


 ミオがつぶやくと、剣がヴォンと低い音を立てて共鳴した。

 まるで、早く何かを切りたくてうずうずしているように。


「さっそくお披露目のチャンスだな。上からお客様がご到着だ」


 ナオトが天井を指差す。

 装甲ハッチが焼き切られ、武装した警備ドロイドの群れが降下してくるのが見えた。

 動力炉の暴走を止めるために送り込まれた鎮圧部隊だ。


「ちょうどいい。切れ味のテストにはもってこいの相手だ」


「うん。いけるよ、今の私たちなら」


 ミオが新生ギガントを構える。

 オイルと煤にまみれたその姿は戦場に咲く鋼鉄の乙女だった。

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オーバードライブで動力を吹き飛ばす 金庫を空にする 両方殺らなきゃいけないのが冒険者の辛いところだ
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