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ミオとナオトの異世界TRPG冒険譚  作者: かわさきはっく
鉄戦国ドルグ・再来編

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第76話 欲望のネオンと、ビギナーズ・ラック

 重厚な両開きの扉が音もなく開くと、そこには別世界が広がっていた。

 カジノ・ロワイヤルの特別室、ハイ・ローラーズ・ルーム。

 外の喧騒が嘘のような静寂。

 深紅の絨毯が敷き詰められ、壁には本物の絵画――盗品かもしれない名画――が飾られている。

 中央には巨大なシャンデリアが鎮座し、その下で数卓のゲームテーブルが稼働していた。


「素晴らしい。これぞVIPルームだ。選ばれし者だけが許された聖域(サンクチュアリ)だな」


 ナオトはステッキを突き、モンテ・クリスト伯爵としての演技を崩さずにつぶやいた。

 しかし、内心では冷や汗をかいている。

 ここにいる客たちの質が、一般フロアとは明らかに違うからだ。

 全身を高級な魔導義体(サイボーグ)に変えた貴族、裏社会を仕切るマフィアのボス、そして国賓級の要人たち。

 飛び交うチップの額も桁違いだ。一枚で家が建つようなプラチナチップが無造作に積まれている。


「(ねえ、ナオト。なんか空気が重くない? 息するだけでお金取られそう)」


 ミオがナオトの腕にしがみつき、小声で囁く。

 その顔は引きつりつつも、目の奥には獲物を狙う狩人の光が宿っていた。


「(ビビるなよ、ミオ。堂々としているんだ。今は威圧スキルの対抗判定が行われている最中だ。ナメられたらそこで試合終了だぞ)」


「(わかってるって。で、どれやるの? あっちのカード? それともサイコロ?)」


「(まずは手堅くブラックジャックだ。俺の計算能力が一番活きる)」


 二人は空いているテーブルに着席した。

 ディーラーは肌の質感まで人間そっくりに作られた高級アンドロイドだ。

 ガラス玉のような瞳が感情のない光を湛えて二人を見据える。


「いらっしゃいませ。モンテ・クリスト様、レディ・ミオ様。レートはミニマムで金貨100枚からとなりますが、よろしいですか?」


「構わんよ。小銭で遊ぶ趣味はないのでな」


 ナオトはチップの塔をテーブルにドンと置いた。ゲーム開始だ。


「カードオープン」


 ディーラーの見せ札は6。

 ナオトの手札は10と7。合計17だ。


「ステイだ」


「ヒット! もう一枚!」


 隣でミオが元気に手を挙げる。

 彼女の手札は12。セオリーで言えばステイする場面だ。


「おい、正気か? ディーラーの見せ札は6だぞ? 相手がバーストする確率が高いんだから、無理に引く必要はない」


「違うのナオト。……呼んでるの」


「呼んでる?」


「次のカードが私を呼んでるの! 私は9だよ~って!」


「幻聴だ。病院へ行こう」


「いいから見てて! ヒット!」


 シュッ。


 配られたカードは――ハートの9。

 合計21。ミオは得意げに胸を張った。


「ほらね! 言ったでしょ!」


「マジかよ……。直感のクリティカルか? 確率論の向こう側にいってやがる」


 ディーラーがカードをめくる。

 隠されていたカードは10。合計16。

 義務的に引いた3枚目はQ10。合計26でバースト。


「お客様の勝利です」


 無感情な声と共に倍のチップが押し出される。

 その後も、二人の快進撃は止まらなかった。


 ナオトは瞬間記憶と確率計算を駆使し、残りの山札にあるカードを完全に把握。

 勝負どころを見極め、確実にベット額を上げていく。

 一方のミオは完全にオカルトじみた野生の勘で勝利をもぎ取っていく。


「ヒット! よし、5枚引きファイブカード・チャーリー!」

「ダブルダウン! きたぁ! 21!」

「スプリット成功! 両方とも21だ!」


 チップの山が山脈へと変わっていく。

 周りのVIP客たちも、次第にゲームの手を止め、この異様な二人組に注目し始めていた。


「おい、見たかあの娘。デタラメな打ち方なのに全部勝ってやがる」

「イカサマか? いや、魔導スキャナーは反応していないぞ」

「とんでもない強運(デビルズ・ラック)の持ち主だ」


 ざわめきが広がる中、ナオトは冷静に手元のチップを数えた。


「よし。目標額達成だ。これだけあれば、タワーへの招待状はおろか、タワーの株主になれるレベルだ。……おいミオ、そろそろ引き上げるぞ」


「えーっ! もう? まだこれからじゃん! 私、いま確変モード入ってるよ!」


「深追いは禁物だ。ギャンブルの鉄則は勝ち逃げだぞ。それに目的を忘れるな。俺たちは鍛冶師を助けに来たんだ」


「わかってるけどさぁ。見てよこれ」


 ミオがプラチナチップの山を愛おしそうに撫でる。


「この一枚で最高級の霜降り肉が1トン買えるんだよ? こっちの一枚ならシルクのドレスが買える。あとちょっと、あとちょっとだけ勝てば、伝説のオリハルコン製の鍋だって買えるかもしれない!」


「鍋を買ってどうする。装備スロットの無駄遣いだ」


「料理は装備だよ! それにナオトだって欲しい物あるでしょ? 例えば……ほら、秘伝の巻物(スクロール)とか! 賢者の石の素材とか!」


「ッ……!」


 痛いところを突かれ、ナオトの眉がピクリと動く。

 錬金術師として、未知なる素材や知識には抗いがたい魅力がある。

 今の資金でも十分買えるが、さらに倍になれば……研究室ごと買い取れるかもしれない。


「……確かに、これからの旅路は過酷だ。装備の充実は生存率に直結する。ここで軍資金を潤沢にしておくのは論理的にも間違っていない……か?」


「でしょ!? いこうよナオト! 私たち最強コンビなら、このカジノを破産させられるよ!」


 ミオの言葉には不思議な説得力があった。

 何より、今の二人には負けるイメージが全く湧かなかった。

 ビギナーズ・ラック。そして連勝による万能感。


「お客様。大変素晴らしい勝負運をお持ちのようだ」


 不意に背後から声をかけられた。

 振り返ると、燕尾服を着た長身の男が立っていた。

 先ほど案内してくれた黒服とは違い、独特の圧力が滲んでいる。

 フロアマネージャー、あるいはこのカジノの支配人クラスだろう。


「何か用かね? 勝ちすぎて退場処分かな?」


「いいえ。むしろ逆です。お客様のような強運の持ち主にこそ、相応しい舞台をご用意したかったのです」


 男は恭しく一礼し、部屋の最奥にある一段高いステージを指差した。

 そこには禍々しいほどの魔力を放つ、巨大なルーレット台が置かれていた。


「あれは魔導ルーレット・カオス。当カジノにおける最高レートのゲームです。配当は最大100倍。そして、賭け金の上限はありません。全財産を賭けることも可能です」


「100倍!」


 ミオが息を呑む。


「その代わり、ルールは単純。赤か黒か。偶数か奇数か。あるいは数字か」


「単純明快だな。だが、そんな高レートの台、ただの運試しじゃないだろう?」


「ええ。あのルーレットは魔力感応式となっております。お客様の運気そのものが盤面に反映される……と言われております」


「運気勝負!」


 ミオの目が星のように輝いた。


「やる! 私、それやる! 今の私なら何が来ても当てられる気がする!」


「おいミオ、ちょっと待て。さすがに怪しいぞ。魔力感応式なんて、要するにどうとでも操作できるってことじゃないか?」


 ナオトが小声で制止する。

 しかし、男はニヤリと笑った。


「ご安心ください。不正がないよう、盤面は常に魔導シグナルで監視・公開されています。それに……もしこのゲームで勝利されたなら、賞金に加えて、現在我々が保管している、特別製法による最高級のミスリル合金……通称『神の鋼』をお譲りしましょう」


「神の鋼!?」


 ナオトの理性が揺らいだ。

 ミオの剛剣ギガントを直すどころか、最高級の素材で別物を新調できる。

 それが手に入るなら……。


「ガンテツに剣を打ってもらうにしても素材は必要だ。金と素材を手に入れられれば、一石二鳥……か」


「でしょ!? ナオト、やろう! 全財産プッシュだよ! 勝てば億万長者で最強装備! 負けても……まあ、なんとかなるって!」


「負けたら無一文だぞ。スラム街に逆戻りだ」


「大丈夫! ナオトの計算と私の直感があれば無敵だもん!」


 その根拠のない自信。

 だが、今のナオト自身も、その熱に浮かされていた。

 これまで全ての計算が完璧にハマっていた。

 このカジノのシステムは確率論に対して正直だ。ならば、勝てる。


「いいだろう。賭けに乗ろうじゃないか」


 ナオトは決断した。そして、持っている全てのチップをボーイに運ばせる。


「うおおおおお! マジかよ!」

全財産(オール・イン)だ!」

「あんな額、見たことねぇぞ!」


 VIPルーム中が騒然となる。

 他のテーブルの客たちも全員立ち上がり、ステージの周りに集まってくる。

 熱気が最高潮に達する中、二人はルーレット台の前に立った。


 盤面には0から36までの数字。

 そして、赤と黒の色分け。

 一見すると普通のルーレットだが、中央の回転軸からは妖しい紫色の光が漏れ出している。


「さあ、張ってください。お客様の運命を」


 男の声が響く。

 ナオトはミオを見た。


「どこに賭ける?」


「決まってるでしょ!」


 ミオは迷いなく、巨大なチップの塔を、ある一点に押し出した。


「赤! そして奇数! さらに数字は……7!」


「3点賭けか。分散させるのは悪くないが……いや、待て。ここまでの傾向からすると赤の出現率がわずかに高い。そして7はこの3時間で一度も出ていない。確率論的には収束が起こるタイミングだ」


 ナオトの脳内コンピュータが弾き出した答えもまた、ミオの直感を肯定していた。


「よし。承認だ。赤の7、一点集中で行く!」


 ドンッ!!


 全財産が赤の7の枠に置かれた。

 もし当たれば配当は36倍。この国の国家予算並みの金額になる。


「ノー・モア・ベット。では、回します」


 ウィィィィン!


 ディーラー役のアンドロイドがスイッチを入れる。

 物理的な回転ではない。磁力によって浮いた円盤が高速で回転を始める。

 そして、投入されたのは輝くプラチナの球。


 ヒュンヒュンヒュン!


 球が盤面を疾走する。

 光の尾を引きながら、赤と黒の間を行き来する。


「行けぇぇぇぇ! 赤! 赤! セブン!!」


 ミオが拳を握りしめて叫ぶ。

 ナオトもまた、ステッキを握る手に汗を握っていた。


「計算通りなら、球の軌道は第3セクターに入る。そこにあるのは赤の7、黒の28、赤の12。減速率と摩擦係数からして、7に落ちる確率は85%以上!」


 勝てる。この勝負、貰った。

 二人の脳裏には既に勝利のファンファーレが鳴り響いていた。


 だが。彼らは忘れていた。ここは効率と管理の国。

 そして、このカジノを支配しているのは、ただの運任せを許さない、システムであるということを。


 カラン……コロン……。


 球が速度を落とし、ポケットに落ちようとする。

 その先にあるのは――間違いなく赤の7。


「よしッ!!」

「きちゃぁぁぁぁ!!」


 二人が勝利を確信し、ハイタッチの体勢に入った、その瞬間。


 フワッ。


 物理法則を無視した奇妙な浮力が働き、球が、赤の7のポケットから弾かれた。

 まるで、見えない手が邪魔をしたかのように。


「……は?」


 ナオトの笑顔が凍りつく。

 弾かれた球は吸い込まれるように隣のポケットへ。

 その色は――緑。数字は――0 (ゼロ)。


 カチャン。


 無慈悲な音が響き、回転が止まった。


「0番。カジノの総取り(ハウス・エッジ)でございます」


 静寂。

 圧倒的な静寂がVIPルームを包み込んだ。

 ミオの手が空中で止まっている。

 ナオトの思考回路がショートする。


「な……んだ、今の動きは?」


 ナオトが震える声でつぶやく。


 (ありえない。あんな軌道変化は物理演算シミュレーションには存在しなかった。重力異常? 磁気干渉? いや――イカサマだ)


「残念でしたね。ですが、素晴らしい夢を見られたのでは?」


 男が冷ややかな笑みを浮かべ、指を鳴らす。

 その合図と共にアンドロイドたちが長い熊手のような棒で、テーブル上のチップをすべて回収していく。

 ミオの、ナオトの、汗と涙と計算と直感の結晶が、無造作にかき集められ、穴の中へと消えていく。


「あ……あぁ……」


 ミオが膝から崩れ落ちる。


「私の……お肉……。私の……お城……」


 ナオトは呆然と立ち尽くし、空になったテーブルを見つめていた。

 全財産喪失。

 所持金ゼロ。

 大富豪から、一転して無一文へ。

 これが、ビギナーズ・ラックの終着点。


「イカサマだ……!」


 ナオトが低い声で(うめ)く。

 その瞳に後悔ではなく、激しい怒りの炎が灯り始めていた。


「今の挙動は明らかにおかしい! 物理法則を無視している! 俺の目は誤魔化せんぞ!」


 ナオトがテーブルを叩いて抗議する。

 しかし、周りの黒服たちが無言で二人を取り囲んだ。


「お客様。往生際が悪いですよ。当カジノは公正公平。それが、この国のルールです」


 男の目が冷たく光る。

 その奥にあるのは人間を見下す機械的な嘲笑だった。


 英雄たちは悟った。

 ここは楽園ではない。搾取するための巨大な実験場なのだと。

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