第75話 伝説の鍛冶師と、カジノへの道
鉄戦国ドルグ、中央工業区画。
薄暗いスラムの路地裏で、ミオとナオトは変装の準備に追われていた。
「おい、動くな。ファンデーションがずれる」
ナオトが魔法の化粧道具を片手にミオの顔に筆を走らせる。
「くすぐったいってば。それに、こんな派手なドレス着なきゃダメなの? スリット深すぎない? 私の美脚が露わになりすぎて、街中の視線を釘付けにしちゃうよ?」
「自意識過剰だ。だがその、視線を集めることこそが目的だ。俺たちは指名手配で顔がバレている。中途半端に隠すより、派手な衣装とメイクで印象を上書きするんだ。心理学でいうミスディレクションってやつだ」
「なるほどね。派手な金持ち観光客になりきるわけか」
「正解だ。俺たちは今から、成金商人のモンテ・クリスト伯爵と、その愛人だ。設定を忘れるなよ」
「えー、愛人役? 高貴な姫君役がいいわ」
「姫君がカジノでギャンブル狂いになるシナリオは無理があるだろ。ほら、終わったぞ。鏡を見てみろ」
ミオが手鏡を覗き込む。
そこには目元を強調した妖艶なメイクと、真っ赤なドレスに身を包んだ、知らない美女が映っていた。
髪は魔法薬で金髪に変えられ、頭には派手なフェザーの髪飾り。
「うわっ、誰これ! 私? すごい、セレブっぽい!」
「変装セットの効果は抜群だな。これなら、あの魔導スキャナーも別人として判定するはずだ。俺の方も完璧だぞ」
ナオト自身も、シルクハットに燕尾服、鼻の下には立派なカイゼル髭を蓄えた紳士に変身していた。
手にはステッキ、指には悪趣味なほど巨大な宝石の指輪。
どこからどう見ても、金を持て余した怪しい成金だ。
「似合うじゃんナオト。うさんくささが三割増しよ」
「最高の褒め言葉だ。さあ、行くぞ。目指すは上層区画へのエレベーター、そしてその先にある欲望の迷宮カジノ・ロワイヤルだ」
二人はスラムの路地を抜け、上層へと続くゲートへ向かった。
ゲートの前には武装した警備兵と、監視カメラ代わりの眼球型ドローンが浮遊している。
「止まれ。ここから先は上級市民および特別許可証を持つ者のみが入れる。IDを提示しろ」
警備兵が槍を交差させて行く手を阻む。
ナオトは慌てず騒がず、尊大な態度でステッキを鳴らした。
「失敬な。私が誰だか分かっていないようだな? 西の大陸で稀少金属の貿易をしている、モンテ・クリスト伯爵だぞ。商談のためにわざわざ来たというのに、この扱いはなんだ?」
「モンテ……? 聞いたことがない名だが。IDがないなら通せない。帰れ」
「ID? ああ、あの無粋なプラスチックのカードのことかね? そんなものは持たんよ。私の身分証明書はこれだ」
ナオトが懐から取り出したのはIDカードではなく、ずっしりと重い革袋だった。
紐を緩めると、中から溢れんばかりの金貨と宝石が顔を覗かせる。
「通行料だ。君たちの安月給の三年分はあるかな? 取っておきたまえ」
警備兵たちの目の色が変わる。ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえるようだ。
「こ、これは……。しかし、規則で……」
「規則? ハッ、今のドルグの規則は効率だろう? 私のような太客を追い返すのと、通して外貨を落とさせるのと、どちらが国家にとって効率的かな? 君たちの上の人間も、みすみす利益を逃すような非効率な部下はお嫌いだと思うがね」
ナオトは相手の思考の隙を突く。
この国の徹底された合理主義を逆手に取った、言いくるめと賄賂のコンボだ。
警備兵たちは顔を見合わせ、数秒の沈黙の後、槍を引いた。
「通れ。ただし、問題を起こせば即座に排除する」
「賢明な判断だ。君たちの将来に幸あれ」
ナオトは金貨の袋を警備兵の胸に押し付け、優雅にゲートを通過した。
ミオも鼻を高くして後に続く。
「すごい! チョロいねナオト!」
「声が大きい。金こそが万能の鍵だ。特に、こういうシステム化された管理社会では例外処理を作りやすい」
エレベーターに乗り込み、上層ボタンを押す。
ガガガガ……という音と共に籠が上昇していく。
スラムの煙たい空気が遠ざかり、代わりに煌びやかなネオンの光が近づいてくる。
「到着だ。心の準備はいいかミオ。ここからは戦場だぞ」
「戦場? カジノでしょ?」
「金の奪い合いという意味では戦場以上にシビアだ。俺たちの目的は伝説の鍛冶師ガンテツが幽閉されている兵器開発局タワーへの潜入ルート、つまりVIPパスを手に入れることだ。そのためにはカジノで勝ちまくって、運営側に招かれる必要がある」
「勝てばいいんでしょ? 任せてよ! 今の私、絶好調な気がするもん!」
チンッ。
エレベーターの扉が開く。
その瞬間、暴力的なまでの光と音が二人を包み込んだ。
「いらっしゃいませ! ようこそ、夢と欲望の楽園カジノ・ロワイヤルへ!」
バニーガールの衣装を着た女性アンドロイドたちが、一斉にお辞儀をする。
広大なフロアには数え切れないほどのスロットマシン、ルーレット台、カードテーブルが並び、紫色のタバコの煙と熱狂した客たちの叫び声が渦巻いていた。
天井からはシャンデリア代わりの魔導ライトが目まぐるしく色を変えて回転している。
「うわぁぁぁ! きらきら! ぴかぴか! すごい!」
ミオが目を輝かせて走り出しそうになる。
ナオトが慌ててその襟首を掴む。
「待て。まずは換金だ。種銭がなければゲームに参加できない」
「早く! 早く換金して! あのピカピカ回ってるやつやりたい!」
カウンターで金貨をチップに交換する。
手元にはタワーのように積み上げられた高額チップの山。
ベヒモス討伐の報酬と行商の利益。そのほぼ全額だ。
「いいかミオ。これは俺たちの全財産だ。絶対に無駄遣いするなよ。確実な勝利だけを狙え」
「分かってるって! 倍にしてみせるから! ねえ、まずはあれ! ルーレット!」
ミオが指差したのはフロアの中央に鎮座する巨大なルーレット台だった。
通常の倍はある巨大な円盤。
そこに投げ込まれるのは微弱な魔力を帯びた魔石だ。
「エレメンタル・ルーレットか。数字だけでなく、属性 (火・水・風・土)にも賭けられるタイプだな。配当倍率は高いが、変数が多くて読みづらい」
「難しく考えないの! 直感だよ直感! うん、キタ! ビビッときたよ!」
ミオがチップの山を鷲掴みにし、盤面の一点に叩きつけた。
「赤の17番! 一点張り!」
「おい馬鹿! いきなり一点張りかよ!? 確率は38分の1だぞ! せめて赤黒 (50%)にしとけ!」
「赤は情熱の色! そしてお肉の色! 17は私のラッキーナンバー! だから絶対来る!」
「根拠が薄すぎる! GMが呆れてファンブルを宣告するレベルだぞ!」
「ノー・モア・ベット!」
ディーラーの声と共にルーレットが回転を始めた。
虹色に光る魔力の残滓を残しながら、魔石が盤面を跳ね回っている。
「外れたら今日の晩飯抜きだからな」
「大丈夫だって! 来いッ! 赤のお肉!」
カラン……コロン……。
魔石が勢いを失い、ポケットの一つに吸い込まれる。
その色は――赤。 数字は――17。
「赤の17番! 大当たりでございます!」
「っしゃあぁぁぁぁッ!! 見たかナオト! 私の天性の勘を!」
「マジかよ。確率論を無視しやがった。この女、幸運のステータスをカンストしてるのか?」
ディーラーが大量のチップをミオの前に押し出す。
一瞬で賭け金が36倍になった。
周囲の客たちがどよめき、注目が集まる。
「すごいぞ姉ちゃん! あの一点張りを当てるなんて!」
「勝利の女神だ! あやかりてぇ!」
「エッヘン! もっと褒めて! さあ次だよ次! ナオトも賭けなよ!」
「やれやれ。お前のデタラメな勝ち方に付き合ってはいられないな。俺は俺のやり方で稼がせてもらう」
ナオトは隣のカードテーブル、モンスター・ポーカーの席に着いた。
配られた手札の強さで勝負する、カジノの定番だ。
「ほう、参加するか? ここはレートが高いぜ、成金さんよ」
対面の男がニヤニヤしながら挑発してくる。
ナオトは無言でチップを積み上げた。
(カードの枚数は52枚。ジョーカーを含めて53枚。既に出たカードは……ハートの7、スペードのQ、ダイヤの2)
ナオトの脳内で演算が開始される。瞬間記憶と確率計算の複合スキル。
場に出たカードをすべて記憶し、残りの山札から来るカードの確率を弾き出す。
いわゆるカウンティングと呼ばれる技術だ。
多くのカジノでは禁止されている行為だが、脳内で完結するナオトの計算を証明する手段はない。
(次に来るカードは60%の確率で絵札。そして相手の表情……微細な瞳孔の開きと、指先の震え。ブラフだな。手札はブタだ)
「コール」
ナオトは涼しい顔でチップを上乗せする。
「強気だな。後悔するぜ!」
男がカードを開く。役なしだ。
ナオトが開く。ワンペア。
「私の勝ちだ。ふむ、少し簡単すぎるかな?」
その後も、二人の快進撃は止まらなかった。
ミオはルーレットとスロットで理屈抜きの幸運を発揮して爆勝ち。
ナオトはポーカーとブラックジャックで計算に基づき確実に資産を増やしていく。
気づけば二人の手元には最初とは比べ物にならないほどのチップの山が築かれていた。
もはや山というより塔だ。
「ナオト、見て見て! チップの城ができたよ! これならお肉100年分買えるよ!」
「目的を忘れるな。肉じゃない、VIPパスだ。まあ、これだけ目立てば向こうから来るだろうな」
ナオトの読み通り、黒服を着た長身の男が近づいてきた。
その歩き方は洗練されているが、どこか人間離れした硬さがある。
おそらく、高級な人型アンドロイドだ。
「お楽しみのところ失礼いたします。モンテ・クリスト様、そしてレディ・ミオ様でいらっしゃいますね?」
「いかにも。何か問題かね? 勝ちすぎて出禁にはなりたくないのだが」
「滅相もございません。当カジノは強い運と実力をお持ちのお客様を歓迎いたします。ただ、このフロアのレートでは退屈かと存じまして」
黒服が恭しく一礼し、懐から一枚のカードを取り出した。
漆黒の地に金色の装飾が施された、プラチナカードだ。
「オーナーより、特別室ハイ・ローラーズ・ルームへのご招待です。そこでは一般フロアとは桁違いのレートと、特別なゲームをご用意しております。そして、勝利された暁には兵器開発局タワーへの特別見学ツアーもプレゼントさせていただいております」
来た。ナオトとミオが目配せをする。
これこそが、探していた裏口への鍵だ。
「ほう、タワーへのツアーか。商談のついでに興味はあるな。どうするハニー? 行ってみるか?」
「もちろんよダーリン! もっとヒリヒリする勝負がしたいわ!」
二人は演技たっぷりにうなずいた。
「素晴らしいご決断です。ではこちらへ」
黒服の先導でカジノの奥にある重厚な扉が開かれる。
その先には選ばれし者だけが入れる、静寂と狂気が支配する空間が待っていた。
「計画通りだ。これでガンテツの元へ行ける」
ナオトが小声で囁く。
だが、ミオの目はチップの山に釘付けで、話を聞いていないようだった。
「ねえナオト! もっと勝てるよ! 東の大陸に行く前に、上級装備一式を買い揃えちゃおうかな!」
「おい、調子に乗るなよ。ツキってのはいつか落ちるもんだ。それに、このカジノの支配者は恐らくドルグの管理者だぞ。ただで勝たせてくれるとは思えん」
「大丈夫だって! 今の私にはギャンブルの神様がついてるの! 負ける気がしない!」
「その、負ける気がしないは、もっとも有名な死亡フラグなんだがな……」
ナオトの不安をよそに、ミオは意気揚々とVIPルームへのレッドカーペットを踏みしめる。
扉の奥から漏れる紫色の光が二人を飲み込むように揺らめいていた。




