第72話 レベルアップと、最強のビルド構築
チュンチュン。
小鳥のさえずりと共に窓から柔らかい朝の日差しが差し込んでくる。
開拓村コメグラの村長が用意してくれたゲストハウス。
その寝室にある、無駄に豪華なキングサイズベッドの上で、ナオトは目を覚ました。
「んぅ……重い……」
金縛りだろうか。胸の上に漬物石のような重量感がある。
ナオトは薄目を開け、現状を確認しようとした。
「むにゃ。もう食べられないよぉ。ベヒモスのお肉……追加で……」
目の前にあったのは幸せそうな寝顔で涎を垂らしているミオの姿だった。
彼女はナオトの胸板を枕代わりにし、あろうことかナオトの胴体に手足を絡めて抱きついている。
「おい。起きろ、ミオ」
「んー。あったかい……」
ミオがさらに強く抱きついてくる。
薄手のインナー越しに伝わる体温と柔らかい感触。
健康的な男子であれば理性が消し飛びそうなシチュエーションだが、今のナオトには別の問題があった。
「頭が……割れる」
昨晩の深酒だ。
村長に乗せられて飲んだ地酒が、一晩寝ても効いている。
それに加えて、この重量感と密着度。
吐き気とドキドキが同時に襲ってくるという、カオスな朝だった。
「いい加減に起きろッ! この寝相の悪い脳筋女ッ!」
ナオトが最後の力を振り絞ってミオの頬をつねった。
「いひゃっ!? な、なに!?」
ミオが飛び起きる。
そして、自分がナオトの上に馬乗りになっていることに気づき、フリーズした。
「……あ」
「おはよう。よく眠れたか?」
「え、えっと……。きゃぁぁぁぁぁッ!!」
ミオが悲鳴を上げ、ベッドの端まで転がって布団を被った。
「ち、違うの! これは不可抗力よ! ベッドが広すぎて、どこが真ん中か分からなくて……ついナオトの方に!」
「言い訳はいい。それより声のボリュームを下げろ。頭に響く」
「うぅ……ごめんなさい。クロは? クロが間に居たような気がしたんだけど」
ミオが助けを求めるように部屋を見渡すが、守護竜の姿はない。
クロは食べ残したベヒモスの骨を抱えて、リビングの暖炉の前で寝ていた。
つまり、この広いベッドには最初から二人きりだったのだ。
「責任、取ってよね」
「何の責任だ。被害者は俺の方だぞ」
ナオトはよろよろとベッドから起き上がり、そのまま床に突っ伏した。
「ダメだ。世界が回ってる。悪いがミオ、昼まで寝かせてくれ。ポーションも受け付けないレベルだ」
「えっ? ナオト、大丈夫?」
「大丈夫に見えるか? 水……水をくれ……」
最強の錬金術師、二日酔いにより撃沈。
ミオは慌ててベッドから飛び降りた。
「もー、しょうがないなぁ。待ってて、何かお腹に優しいもの作ってくるから」
◇ ◇ ◇
一時間後。
ベッドに横たわるナオトの元に湯気を立てるお盆が運ばれてきた。
「はい、ナオト。あーん、してあげる」
「自分で食える。これは?」
「村長さんに分けてもらった新米で、お粥を作ってみたの。具はベヒモスのお肉を細かく刻んで、生姜をたっぷり入れて煮込んだわ」
ナオトがスプーンで一口すする。
トロトロに煮込まれた米の甘みと、ベヒモス肉の濃厚な出汁。
そして生姜の風味が弱った胃袋に染み渡っていく。
「美味いな。生き返るようだ」
「でしょ? 私だって、料理くらいできるんだから」
ミオがエッヘンと胸を張る。
その顔は少し得意げで、そしてどこか優しかった。
「ありがとな。助かったよ」
「べ、別に。いつもナオトにはご飯作ってもらってるし。たまにはね」
ミオが照れくさそうに視線を逸らす。
普段は豪快に剣を振り回すだけの相棒だが、こういう細やかな気遣いができるところはやはり彼女の美点だ。
ナオトはお粥を完食し、深く息を吐いた。
頭痛が引いていく。
思考の霧が晴れ、いつもの冷静な計算能力が戻ってくる感覚があった。
◇ ◇ ◇
午後。
完全に回復したナオトはリビングのテーブルに惑星オルビスのルールブックを広げていた。
向かいにはリンゴを齧りながらクロと遊んでいるミオが座っている。
「さて。現状の確認と、今後の指針について話し合うぞ」
ナオトが眼鏡の位置を直し、真剣な表情になる。
ミオもリンゴを置き、居住まいを正した。
「レベルアップの話?」
「ああ。覚えているか? ベヒモスを倒す前、俺たちのレベルは24だった」
「うん。結構上がったよね」
「今回のベヒモス討伐、および一連のネームド討伐による経験値ボーナスを確認した。結論から言うと、レベル25への昇格が可能だ」
「1しか上がらないの?」
「TRPGにおけるレベル25を舐めるなよ。これは一つの壁を超える数字だ」
ナオトがルールブックのページをめくると、二人のステータス画面が空中に投影された。
「レベル24までは熟練者の域だ。だが、レベル25からは英雄の領域に片足を踏み入れることになる」
「英雄!」
ミオが目を輝かせる。
「そうだ。このレベル帯になると、ステータスの伸び幅が爆発的に向上する。さらに、クラス固有のパッシブスキルが強化される」
ナオトが指を鳴らす。
カッ!
二人の体が光に包まれた。レベルアップの儀式だ。
「すごい! 体の芯から力が湧いてくる!」
ミオが自分の両手を見つめる。
「戦士クラス・レベル25。筋力と敏捷性がクラス補正で大幅に上昇した。今のミオなら、ベヒモスの突進を片手で止められるかもしれん」
「マジで!? 私、最強じゃん!」
「俺の方も、錬金術師クラス・レベル25に到達した。魔力と精神力が強化され、一度に扱える素材の量と、調合速度が倍になった」
ナオトが影の倉庫を開く。
以前よりもスムーズに、そして深く影の中が見通せるようになっている。
「ここまでの旅で、俺たちは西の大陸の主要なネームドモンスターを狩ってきた」
「あと、行商でめちゃくちゃ稼いだよね」
「そうだ。その資産と経験値は嘘をつかない。はっきり言おう。俺たちはもう、そこらの冒険者とは格が違う。この大陸で俺たちを止められる存在は、ほぼいないと言っていい」
ナオトの断言にミオがゴクリと喉を鳴らす。
自分たちが強くなったことは実感していたが、改めて数値と実績で示されると、震えるほどの高揚感がある。
「へへっ。なんか、悪い気しないね」
「慢心は禁物だが自信は持っていい。そこでだ、ミオ。今後のルートについて提案がある」
ナオトが西の大陸の地図を広げた。
指差したのは現在地から北西の方角。
かつて二人が訪れ、そして逃げ出した因縁の場所。
「ここを目指す」
「これって……城塞都市ドルグ?」
ミオが眉をひそめる。
「そこって、私たちが指名手配されてる街じゃない? 衛兵に追いかけ回されたの覚えてるよ?」
「ああ。だが、今の俺たちならどうとでもなる」
ナオトがニヤリと笑う。
「以前は力不足で逃げるしかなかったが、今は違う。それに、俺たちの懐にはベヒモス討伐の報奨金と行商で得た巨万の富がある。金があれば、裏ルートの通行証だろうが、役人の買収だろうが、何とでもなる」
「うわぁ、悪い顔。でも、なんでわざわざドルグなの? それでも危険じゃない?」
「危険を冒してでも行く価値があるからだ」
ナオトはミオの背中にある剛剣・ギガントを指差した。
「お前のその剣だ」
「ギガント?」
「お前の戦いを見ていて思った。ギガントは確かに頑丈で重いが、切れ味が悪すぎる。クラーケンの時も、ベヒモスの時も、結局は叩き潰す使い方しかできていない」
「まあ、打撃武器みたいなもんよね」
「だが、これから先の敵、特にレベル25以上の敵は物理耐性や再生能力を持っている奴らが増えてくる。単なる打撃だけではジリ貧になる可能性がある」
「うっ。それは……そうかも」
「だから、研ぐ」
「研ぐ?」
「ドルグには大陸一の鍛冶職人街がある。そこに住む凄腕の研ぎ師にギガントを預けるんだ。あの鉄塊を研ぎ澄まし、真の剛剣へと生まれ変わらせる」
「真の剛剣!」
ミオが自分の剣を撫でる。
このボロボロの剣が名刀のように生まれ変わる姿を想像し、うっとりとする。
「やりたい! 私、ギガントをもっと強くしてあげたい!」
「決まりだな。ドルグを経由し、装備を強化した後、東へと向かう」
ナオトの指が地図の右端へと滑る。
「目指すは東の大陸だ」
「……東の大陸」
「今の俺たちの実力なら、東の大陸に点在するSランクダンジョンや、向こうのネームドモンスターも攻略できるはずだ。それに、向こうにはまだ見ぬ食材が山ほどある」
「見たこともないご馳走が!?」
「ああ。ただし、一つだけ懸念がある」
ナオトの表情が引き締まる。
「ドルグ周辺はかつて俺たちが遭遇した魔族――魔将ヴァルドレッドの目撃情報がある地域だ」
「ヴァルドレッド、ね」
ミオの表情も曇る。
旅の序盤で出会い、圧倒的な力の差を感じた魔王軍の幹部。
今のレベル25の二人でも、勝てるかどうか怪しい化け物だ。
「奴と遭遇するリスクはある。だが、避けては通れない道だ。油断は禁物だぞ」
「分かってる。でも、今の私たちなら、少しは戦えるよね?」
「あるいは、逃げるための選択肢も増えている。まあ、会わないに越したことはないがな」
ナオトはルールブックを閉じた。
方針は決まった。最強のステータスを手に入れた今、最強の装備を求めて、かつての敵地へと乗り込む。
「ねえナオト」
ミオが立ち上がり、伸びをする。
「ん?」
「旅のルートはナオトに任せるよ。難しいことは分かんないし」
ミオがニカッと笑う。
「その代わり! 道中の美味しいご飯と、楽しい娯楽も忘れないでよね! 私、ドルグのカジノで遊びたい!」
「まったく。お前の娯楽は金がかかるな」
「いいじゃん! 稼いだんだから、パーッと使おうよ!」
「はいはい。善処するよ」
ナオトが苦笑しながら立ち上がる。
窓の外ではクロが村の子供たちと追いかけっこをして遊んでいた。
「さて、行くか。村長たちに挨拶をして、出発だ」
「うん! 目指せドルグ! 目指せ東の大陸!」
二人は荷物をまとめ、ゲストハウスを後にした。
村人たちが手を振って見送ってくれる。
その温かい光景を背に、ナオトとミオは空を見上げた。
レベル25。
英雄の領域へと足を踏み入れた二人の新たな冒険が幕を開ける。




