第70話 大食いの森と、暴食の魔獣
聖水をたっぷりと積んだタンクを引いて、ミオとナオトは嘆きの廃村を後にした。
次なる目的地はこの森の南端にある開拓村だ。そこで酒造りの準備をする予定だったのだが――。
「ねえ、ナオト。なんか景色がおかしくない?」
ミオが立ち止まり、周囲を見渡す。
さっきまで鬱蒼と茂っていた木々が、ある地点を境に綺麗さっぱり消滅しているのだ。
切り株すら残っていない。まるで巨大な消しゴムで森の一部を地図から消し去ったかのように、赤茶けた地肌が露出している。
「異常だな。伐採されたわけじゃない。根こそぎ食われている?」
ナオトが地面の痕跡を調べる。
巨大な蹄の跡。そして、唾液で溶かされた岩。
「……暴食のベヒモスだ」
「ベヒモス?」
「西の大陸の生態系の頂点に立つ魔獣だ。食欲の権化であり、通り道にあるすべての有機物――植物、動物、魔物、そして人間を食い尽くす災害指定モンスターだ」
ナオトが懐から、一冊の古びた本を取り出した。
『惑星オルビスのルールブック』
塔の最上階で手に入れた魔導書の一部であり、この世界の理が記された書物だ。
ナオトの部屋の本棚に出現したツールセットにあったものと同じにも見える。
「ページが開いた。緊急クエスト発生だ」
【緊急クエスト:暴食の阻止】
【ターゲット:暴食のベヒモス (推定Lv.35)】
【報酬:大量の経験値および、ギルド倉庫からの任意アイテム徴収権】
「レベル35!? 今の私たちより格上じゃない!」
ミオが驚く。
「ああ。だが、勝てない相手じゃない。ここまでの旅で、俺たちは相当な経験値を稼いできた」
ナオトがルールブックのステータスページを開く。そこには二人の現在の強さが数値化されていた。
「塔の攻略、行商での莫大な利益、そして数々のネームド討伐。蓄積された経験は俺たちを次の段階へと押し上げている」
カッ!
ナオトが指でページをなぞると、二人の体が淡い光に包まれた。
レベルアップだ。
全身の細胞が活性化し、魔力回路が拡張される感覚。
「うわっ! なんか力が湧いてきた! 筋肉が喜んでる!」
「クラス補正によるステータスの自動上昇だ。戦士クラスのお前は筋力と体力が大幅に伸びた 。だが、重要なのはそこじゃない」
ナオトがページをめくる。
「レベルアップに伴い、新たなスキルを習得できる。ミオ、お前はどれを選ぶ? 」
空中にホログラムのようにスキルツリーが表示される。
◆ウェポンマスター 武器攻撃力+20%
◆鉄壁 物理ダメージ軽減+15%
◆ジャイアントキリング 大型の敵に対しダメージ+50%
「うーん、悩むぅ! いつもなら武器攻撃力アップだけど」
「相手はベヒモスだ。奴の突進は城壁をも砕く。避けるのは難しいぞ」
「なら、これね!」
ミオが迷いなく指差したのは防御系のスキルではなく、攻撃的なスキルだった。
「ジャイアントキリング! デカい奴ほど、派手に倒したいもん!」
「ふっ、お前らしいな。脳筋極まれりだ。なら、俺はこのスキルを取る」
ナオトが選んだのは錬金術師クラスのスキル、強制給餌だった。
「なにそれ? 餌やり?」
「見てのお楽しみだ。さあ、準備はいいか? あの大食らいに、どっちが上の捕食者か教えてやるぞ」
◇ ◇ ◇
ズシン……ズシン……!
地響きと共に禿山の向こうから巨体が現れた。
全長20メートル。
全身が鋼のような剛毛で覆われた、猪と熊を足して2で割ったような魔獣。
その巨大な口からは絶えず涎が滴り落ち、地面を溶かしている。
「グォォォォォォォッ!!」
ベヒモスが二人を見つけ、咆哮を上げた。
ただの餌だと思ったのだろう。躊躇なく突進を開始した。まるで走る要塞だ。
「来るぞ、ミオ! 真正面から受け止めろ!」
「望むところよッ! レベルアップした私の筋肉、見せてあげる!」
ミオが剛剣・ギガントを構え、真正面に立ちはだかる。逃げも隠れもしない。
ドゴォォォォォォォン!!
激突。
20メートルの巨体の突進を、わずか160センチの身体が受け止めた。
地面が陥没し、衝撃波が周囲の岩を吹き飛ばす。
「ぐ、ぬぅぅぅッ!!」
ミオの足が地面を削り、後退する。だが倒れない。
ステータス上昇による筋力と体力の底上げが、物理法則をねじ伏せているのだ。
「重いけど! 止まったわよッ!!」
ミオが咆哮し、剛剣を押し返す。ベヒモスの動きが止まった。
「今よ! ナオト!」
「ああ、食事の時間だ、ベヒモス!」
ナオトが影の倉庫から、巨大な樽を射出した。
中身は先ほどの廃村で汲んできた聖水――ではなく、行商の売れ残りの激辛スパイスと発火オイルの混合液だ。
「スキル発動……強制給餌!」
ナオトの魔力が樽を包み込み、ベヒモスの口の中へと強引に転送させる。
錬金術師のサポートスキルだ。
バギンッ!
ベヒモスが樽を噛み砕く。
「グッ!? グガァァァァァッ!?」
口の中で爆発する激辛と高熱。味覚へのダイレクトアタックだ。
暴食の魔獣といえど、この刺激には怯んだようだ。
「隙ありッ! ジャイアントキリングの効果発動!」
ミオの剛剣が赤く輝く。対大型補正。
その刃は打撃の瞬間に質量加算が行われ、ベヒモスの分厚い皮下脂肪ごと骨格を粉砕する破壊の鉄塊と化していた。
「ごちそうさまでしたぁぁぁッ!!」
ズゴォォォォォォォォンッ!!
剛剣が炸裂。
斬撃音ではなく、巨大な隕石が衝突したような破砕音が響き渡る。
ベヒモスの巨体が衝撃でくの字に折れ曲がり、そのまま宙へと弾き飛ばされた。
内側から衝撃が突き抜け、巨獣は白目を剥いて横転する。
そして数回痙攣し、やがて動かなくなった。
「……ふぅ。勝った」
ミオが剣を下ろし、荒い息を吐く。
「さすがだな。あの質量の塊を、さらに重い質量で叩き潰すとは。恐れ入ったよ」
「へへっ。レベルアップのおかげね。体が軽いもん」
ナオトが倒れたベヒモスに近づき、ナイフを取り出した。
「さて、と。こいつも食材だ。資料によれば、ベヒモスの肉は最高級の霜降り肉だそうだぞ」
「じゅるり。バーベキュー決定ね!」
「ああ。それに、ギルドからの報酬もある。この戦いで得た経験値とアイテムで、俺たちはさらに強くなる」
強敵を倒し、その糧を食らって成長する。これぞ冒険者の、そしてTRPGの醍醐味だ。
手帳に新たな記録を書き込んだ。
【討伐記録:暴食のベヒモス】
【獲得経験値:特大】
【戦訓:スキルの組み合わせが勝利の鍵】
西の大陸での冒険も、いよいよ大詰め。
二人は最強のステータスと極上の肉を抱え、当初の予定地である開拓村へと向かうのだった。




