第68話 雷雲の峰と、ビリビリ鳥の唐揚げ
バリバリバリッ!! ドガァァァン!!
鼓膜を破るような轟音と共に紫色の稲妻が岩肌を砕いた。
西の大陸・中央山脈にそびえる雷雲の峰。
常に黒雲に覆われ、一分間に数十回もの落雷が発生するこの山は登山家たちにとって死の山として恐れられている。
「きゃぁぁぁ! また落ちた! 近くに落ちた!」
ミオが頭を抱えて岩陰にうずくまる。
その髪の毛は静電気で逆立ち、まるでウニのようになっている。
「もう帰ろうよ、ナオトぉ! 私、雷だけはダメなの! おヘソ取られるぅ!」
「迷信だ。それに、ここまで来て引き返せるか」
ナオトは涼しい顔で (実際には耐電の護符を大量に消費しながら) 高度計を確認した。
「標高3000メートル。そろそろ頂上だ。ターゲットの巣も近い」
「ターゲットって、あのサンダーバードでしょ? ただの鳥じゃない! なんで命がけで鳥を追いかけなきゃいけないのよ!」
「ただの鳥じゃない。極上の鳥だ」
ナオトが眼鏡の位置を直し、グルメ知識を披露する。
「サンダーバードは一生を雷雲の中で過ごす。常に微弱な電流を浴び続けることで、その筋肉は強制的に収縮と弛緩を繰り返し、極限まで引き締まっている。さらに、電流による電気分解効果で、タンパク質が旨味成分であるアミノ酸に変化しているんだ」
「えっ? アミノ酸?」
「要するに、生きてるだけで熟成肉になっているということだ。しかも、肉自体が微弱な電気を帯びており、口に入れた瞬間に舌を刺激する、シビれる旨さがあるらしい」
「シビれる旨さ!」
ミオがゴクリと喉を鳴らす。
恐怖と食欲の天秤が、ガクンと食欲側に傾いた瞬間だった。
「……行くわ。這ってでも行く! 待ってなさい、唐揚げ!」
「その意気だ。だが、無策で突っ込めば黒焦げだぞ」
ナオトが影の倉庫から数本の長い金属棒を取り出した。
先端が鋭く尖っており、魔導回路が刻まれている。
「ナオト、それ何?」
「避雷針ロッド・改だ。俺が開発した、対・雷属性特化のフィールド設置型アイテム」
「避雷針?」
「ああ。これを地面に刺せば、周囲の静電気や雷魔法を強制的に吸い寄せ、地面に逃がす。つまり、このロッドの結界内なら、俺たちは雷無効だ」
「すごい! ナオト、天才!」
「礼には及ばん。行くぞ、頂上決戦だ!」
◇ ◇ ◇
頂上に辿り着いた瞬間、視界が開けた。
そこは黒い岩だけで構成された広大なカルデラだった。
そして、その中央にある巨木――黒焦げになりながらも立っている雷の止まり木に奴らはいた。
ギャアアアアアッ!!
黄金色の羽毛を逆立て、翼からバチバチと火花を散らす巨鳥。
翼開長5メートル。
鋭い嘴と鉤爪を持つ空の捕食者、サンダーバードの群れだ。
「出たわね、唐揚げ候補生たち!」
ミオが剛剣・ギガントを構える。
「数は5羽。親玉もいるな」
ナオトが指差した先。
群れの後ろから、一際巨大な青白い雷光を纏った個体が現れた。
サンダーバード・ロード。その威圧感は竜種のワイバーンにも匹敵する。
「あいつがボスね。一番脂が乗ってそう!」
「来るぞ! 総員、対空戦闘用意!」
ナオトが叫ぶと同時に足元から黒い影が飛び出した。
守護竜クロだ。
普段は可愛いサイズだが、今は戦闘モード。
翼を広げ、空に向かって咆哮する。
「ギャオオオオオッ!!」
「頼むぞクロ! 奴らの気を引くんだ!」
クロが空へ舞い上がる。
サンダーバードたちは突然現れたドラゴンの気配に反応し、一斉に襲いかかった。
バリバリバリッ!!
空中で激しいドッグファイト――いや、ドラゴンファイトが始まる。
サンダーバードが放つ雷撃をクロが鱗で弾き返し、紫色のブレスで反撃する。
「すごい。クロ、あんなに強かったんだ」
「さすがはドラゴン、といったところか」
しかし、多勢に無勢。
5羽の連携攻撃にクロが徐々に押され始める。
一羽が包囲網を抜け、地上にいるナオトたちに狙いを定めた。
「ギャアッ!」
急降下。
かなりのスピードで突っ込んでくる。
その口には圧縮された雷球が溜め込まれている。
「ブレスが来るぞ! ミオ、動くな!」
「えっ!? 避けないの!?」
「俺を信じろ! ロッド展開!」
ナオトが地面に突き刺した4本のロッドに魔力を流す。
ブゥン……という重低音と共に青い結界が展開された。
ドガァァァン!!
サンダーバードの雷ブレスが直撃――しなかった。
光の奔流は二人の直前で直角に曲がり、避雷針ロッドへと吸い込まれていったのだ。
「……え?」
サンダーバードが目を丸くしている (ように見える)。
必殺の一撃が無効化されたことに動揺し、急ブレーキをかけようとする。
だが、もう遅い。
奴はすでに、ミオの間合いに入っている。
「よそ見してる暇はないわよ!」
ミオが地面を蹴る。
『縮地』。
一瞬で距離を詰め、無防備な腹の下へ潜り込む。
「唐揚げ一丁ぉぉぉッ!」
ズドォッ!!
剛剣が一閃。
サンダーバードの胴を直撃。羽毛を撒き散らしながら地面に転がった。
「よし! 雷さえなければ、ただのチキンね!」
「次が来るぞ! ボスだ!」
仲間を殺されたロードが激昂し、クロを振り切って急降下してきた。
その全身が眩い光に包まれる。
体当たりそのものが巨大な雷撃と化している、ライトニング・ダイブだ。
「出力が高い! ロッドの許容量を超えるかもしれん!」
ナオトのゴーグルが警告音を鳴らす。
「どうすんの!? また私の体で受ける!?」
「いや、それだとお前が黒焦げだ! これで、どうにかする!」
ナオトは影の倉庫から巨大な鎖を取り出した。先端にフックがついたアンカーだ。
ナオトが鎖の端を掴み、それを避雷針ロッドに接続した。
「ミオ! これを奴にぶち込め!」
「分かった! うおりゃぁぁぁッ!」
ミオが鎖を振り回し、遠心力を乗せて空へ投擲する。
ガアァァァン!
フックがロード体にぶつかった。
「よし!」
バチバチバチッ!!
ロードが纏っていた膨大な雷エネルギーが鎖を伝って逆流し、地面へと逃げていく。
「ギャ、ギャァァァッ!?」
ロードが悲鳴を上げる。
力の源である雷を吸い取られ、推進力を失った巨体が高度を下げてくる。
まるで、見えない手で地面に引きずり下ろされるように。
「さあ、落ちてきなさい! 地上があなたの調理場よ!」
ミオが待ち構え、剛剣・ギガントに全力を込めた。
ナオトのサポートで雷が無力化された今、それはただの的だ。
「必殺! 雷鳥・落とし!!」
ミオが跳躍し、空中で回転しながら脳天へ剣を叩き込む。
重力と回転力が乗った一撃。
ドゴォォォォォン!!
ロードが地面に叩きつけられ、クレーターを作った。
痙攣し、やがて動かなくなる。
同時に、残っていた手下たちも、ボスがやられたことで散り散りに逃げ去っていった。
「勝った!」
ミオが着地し、ガッツポーズを決める。
クロも空から降りてきて、ミオの肩に止まり、「きゅ!」と誇らしげに鳴いた。
「ナイスアシストだったぞ、クロ。お前がいなきゃ、制空権を取られて終わってた」
ナオトがクロの頭を撫でる。
◇ ◇ ◇
戦いが終われば、次は宴の時間だ。
雷雲が去り、少しだけ晴れ間が覗いた山頂で、ナオトは調理器具を展開していた。
中華鍋に油をたっぷりと注ぎ、加熱する。
「よし、解体完了」
ミオが手際よくサンダーバードの肉を一口大に切り分ける。
その断面は美しいピンク色で、微かにバチバチと静電気を放っている。
「下味は?」
「いらん。すでに自然界のスパイス (雷)があるからな。軽く片栗粉をまぶすだけでいい」
ナオトが肉を油に投入する。
ジュワァァァァァッ!!
食欲をそそる音と香ばしい鶏肉の香りが広がった。
「揚がったぞ。雷鳥の唐揚げ・野生仕立てだ」
キツネ色に揚がった熱々の唐揚げが皿に山盛りにされる。
「いっただきまーす!」
ミオがハフハフしながら、一つ放り込む。
カリッ。ジュワッ。
「んん~っ!!」
ミオが目を見開く。
「何これ! 衣はサクサクなのに中から肉汁が噴水みたいに! そして……来た! ビリビリ来る!」
舌の上で弾けるような刺激。
唐辛子の辛さとは違う、電気的な刺激が旨味を増幅させている。
噛めば噛むほど、濃厚なアミノ酸の奔流が脳を揺さぶる。
「これはビールが進む味だな」
ナオトも冷えたエールを片手に唐揚げを摘む。刺激的な味を冷たい炭酸で流し込む快感。
「最高。雷、嫌いだったけど、ちょっと好きになったかも」
「単純な奴だな。まあ、この味を知ったら、普通の鶏肉じゃ満足できなくなるかもな」
「きゅぅ~!」
クロも自分サイズの唐揚げをもらって、幸せそうに頬張っている。
魔力を帯びた肉は最高の栄養食なのだろう。
山頂の冷たい風の中で熱々の唐揚げとビール。
苦労して登った甲斐があったというものだ。
「ねえナオト。お腹いっぱいになったら、眠くなっちゃった」
「ここで寝るなよ。風邪引くぞ」
「んー。帰りは……ナオトがおんぶして……」
「お前は荷物か。まったく」
ナオトは苦笑しながら、手帳に新たなレシピを書き込んだ。
【食材:サンダーバードの肉】
【調理法:そのまま揚げる。下味不要の完全食材】
【評価:★5つ。ただし、入手難易度はSランク】
西の大陸の空を制し、次なる味覚を求めて。
二人の旅はまだまだ終わらない。




