第67話 激流の峡谷と、不退転の守護者
ゴウウウウウウウウッ!!
耳をつんざくような轟音が切り立った峡谷に反響している。
西の大陸を南北に分断する、竜の喉笛と呼ばれる大渓谷。
その底を流れる激流は岩を砕き、木々を押し流すほどの凄まじいエネルギーで渦巻いていた。
「きゃぁぁぁぁぁ! 死ぬぅぅぅ! 落ちるぅぅぅ!」
ミオの悲鳴が水音にかき消されそうになりながらも響き渡る。
彼女がしがみついているのは数本の丸太をツタと錬金術で強引に固定しただけの、粗末な筏だった。
「うるさいぞ、ミオ! 舌を噛むから口を閉じてろ!」
筏の後方で、ナオトが必死の形相で舵を操作している。
「無理ぃ! なによこれ! ジェットコースターより怖いじゃない! ていうか、なんでこんなボロい筏なのよ!」
「仕方ないだろ! ここに来るまでの山道で馬車が使えなかったんだから! 現地調達の素材で組んだんだ。耐久値なんて紙切れみたいなもんだ!」
バシャァッ!
大波が筏を襲う。
丸太がギシギシと悲鳴を上げ、結束バンド代わりのツタが一本、ブチリと千切れた。
「ひぃっ! 壊れる! 分解しちゃう!」
「修復!」
ナオトが片手を筏の床に押し当て、魔力を流し込む。
千切れたツタが瞬時に再生し、丸太を締め直す。
「いいかミオ、よく聞け。俺はこの激流の中で、筏の操縦と修復に全リソースを割く必要がある。両手も魔力も塞がってる状態だ」
「うん、見てれば分かるわよ! 頑張って!」
「他人事みたいに言うな! 問題はこれからだ! レーダーに反応がある! 敵が来るぞ!」
ナオトの警告と同時だった。
水面がバシュッ! と弾け、銀色の閃光が飛び出した。
「え? 魚?」
ミオが目を凝らす。
空中に飛び出したのは、体長1メートルほどの魚。
だが、その形状は異様だった。
口先が槍のように鋭く尖り、全身が鋼鉄の鱗で覆われている。
「ニードル・ガーだ! この峡谷の主食にして、最悪の特攻兵器だ!」
ヒュンッ!
飛び魚――ニードル・ガーが、ミオの頬をかすめて背後の岩壁に突き刺さった。
ドスッ!
深々と岩にめり込む威力。あんなものが直撃すれば、人体など容易く貫通する。
「うそ、岩に刺さってる! あんなのが当たったら……」
「来るぞ! 群れだ!」
ザザザザザッ!
周囲の水面が一斉に沸き立った。
十、二十、三十……。
無数の槍が激流の中から二人の乗る筏に照準を合わせている。
「迎撃するわよ! 任せて!」
ミオが剛剣・ギガントを構える。
足場は最悪に揺れているが、今の彼女の高い敏捷性なら、飛んでくる魚を避けることは造作もない。
「見切ったッ!」
シュッ!
最初の一匹がミオの心臓めがけて飛来する。
ミオはひらりと身を翻し、最小限の動きで回避した。
ドスッ!
ミオが避けた魚はそのまま背後の床板――丸太に突き刺さった。
メリメリッ!
筏に亀裂が走る。
「あっ」
「バカヤロウ! 避けるなッ!」
ナオトが絶叫する。
「避けるなって言われても! 当たったら痛いじゃん!」
「お前が避ければ、後ろの俺か筏に当たるんだよ! この筏の耐久値はもう限界ギリギリだ! あと数発食らったら、バラバラになって俺たちは藻屑だぞ!」
「えぇぇぇっ!?」
「いいかミオ! 作戦変更だ! 回避は禁止だ! 全ての攻撃をその体と剣で受け止めろ!」
「無茶言うなぁ!」
シュシュシュッ!
会話の間にも、次々とニードル・ガーが射出される。
ミオは反射的に避けようとして――ナオトの言葉を思い出し、踏みとどまった。
「くっ! ガードッ!」
ガギンッ! ガギッ!
剛剣を盾にして弾く。
衝撃が腕に走るが、なんとか筏への直撃は防いだ。
「そうだ! お前の役割は回避盾じゃない! この場においては肉壁だ!」
「言い方! もっとオブラートに包んでよ!」
「事実だ! 俺を守れ! 筏を守れ! 一匹たりとも通すな!」
ナオトは叫びながら、岩を避けるために舵を大きく切った。
グワンッ!
遠心力で体が投げ出されそうになる。
「きゃぁぁっ! 揺らすなーッ!」
「来るぞ! 3時方向、6時方向、9時方向! 全方位攻撃だ!」
水面から雨あられのようにニードル・ガーが飛び出してくる。
逃げ場はない。
そして、避ければ死 (筏の崩壊)あるのみ。
「やるしかないのね! 覚悟を決めなさいよ、私の筋肉!」
ミオが仁王立ちになる。
揺れる筏の上、足の指で丸太を掴むようにして踏ん張る。
「来いッ! 雑魚どもッ!」
キンッ! ガガッ! ドスッ!
金属音が連続して響く。
ミオは剛剣を風車のように振り回し、飛来する魚を叩き落としていく。
だが、数が多い。全てを剣だけで防ぐのは不可能だ。
「うぐっ!」
防ぎきれなかった一匹が、ミオの肩口に突き刺さった。鮮血が飛ぶ。
「ミオ!」
「平気! かすり傷よ!」
ミオは倒れない。
刺さった魚を引き抜き、それを投げ返して別の一匹を撃墜する。
「痛いけど……私が退いたら、ナオトが死ぬ!」
その思考だけが彼女を突き動かしていた。
今までの戦闘はナオトのサポートありきだった。
バフをかけ、敵を足止めし、有利な状況を作ってくれていた。
だが今は違う。
ナオトは無防備に背中を晒し、命綱である筏を守ってくれている。
なら、その背中を守るのは前衛である私の役目だ。
「絶対に通さないッ! 剛剣・円月!」
ブォンッ!!
ミオが剛剣を水平に一閃する。360度の範囲攻撃。
飛びかかってきた十数匹のニードル・ガーが、まとめてミンチになって弾け飛ぶ。
「ナイスだミオ! あと少し! 前方に浅い岸辺が見える! あそこまで行けば流れが緩やかになる!」
「了解! でも、なんか親玉みたいのがいるわよ!」
ミオが指差した先。
滝壺の手前で、ひときわ巨大な水柱が上がった。
現れたのは通常の3倍はある巨大なニードル・ガー。キング・ニードルだ。
「嘘でしょ。あんなのが突っ込んできたら、筏ごと串刺しよ!」
「くっ! 回避運動は間に合わない! ミオ、頼めるか!?」
ナオトが叫ぶ。その声には全幅の信頼が込められていた。
「任せなさい!」
ミオが剛剣を構え直す。
呼吸を整え、揺れる足場と一体化する。
相手は超高速の槍。受け流すのではない。真正面から受け止める。
キィィィンッ!
キング・ニードルが空気を切り裂いて突っ込んでくる。
その切っ先は正確にナオトの心臓を狙っていた。
「ナオトには指一本触れさせないッ!」
ミオが割り込む。
防御スキル、インパクト・ゼロの発動――ではない。
あれは落下ダメージなどを無効化するもので、貫通攻撃には相性が悪い。
ここは、純粋な筋力と耐久力の勝負だ。
「ぬんッ!!」
ドゴォォォォォン!!
ミオの剛剣の腹とキング・ニードルの鋭利な嘴が衝突する。
凄まじい衝撃波が広がり、筏が大きく傾く。
「ぐ、ぅぅぅぅッ!!」
ミオの足が丸太にめり込む。
押し込まれ、あと一歩下がれば後ろのナオトにぶつかる。
「下がるもんかぁぁぁッ!!」
ミオが咆哮する。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、血管が浮き出る。
彼女の背中から立ち上る闘気はまさに不退転の守護者。
「オラァッ!!」
渾身の力で押し返す。
剛剣が火花を散らし、キング・ニードルの軌道を強引に上へと逸らした。
ズバァッ!
巨大な魚体は二人の頭上を越え、後方の水面に叩きつけられた。
「やったか!?」
「ふぅ、ふぅ……。ホームランよ」
ミオが膝をつく。
同時に筏が浅い岸辺の広い空間へと滑り込んだ。
激流の轟音が遠ざかり、静寂が戻ってくる。
「抜けたぞ! セーフエリアだ!」
ナオトがオールを離し、へたり込むように座り込んだ。
全身汗だくだ。
「ミオ、生きてるか?」
「なんとかね。でも、もう筏は懲り懲り」
ミオが笑おうとして顔をしかめる。
体中が切り傷だらけだ。鎧もボロボロになっている。
全て回避せずに受け止めた代償だ。
「馬鹿野郎。無茶しやがって」
ナオトが駆け寄り、影の倉庫から高級ポーションを取り出す。
「動くな。すぐに治す」
「へへっ。守れた?」
「ああ。完璧だった。お前がいなきゃ、今頃俺は魚の餌だったよ」
ナオトがポーションを振りかけると、傷口がみるみる塞がっていく。
ミオの肌に赤みが戻った。
「ありがと。で、お目当ての魚は?」
「目の前の岩場にいるぞ」
ナオトが指差した先には優雅に佇む魚影が見えた。
虹色に輝く、渓谷の主だ。
「綺麗。……そして、美味しそう」
「ああ。苦労に見合う味だそうだ」
◇ ◇ ◇
一時間後。
二人は河原に上陸し、焚き火で魚を焼いていた。
串に刺さったキング・トラウトの皮がパリパリと焼け、脂が滴り落ちる。
「いただきます!」
ミオがカブリと食いつく。
「はふっ! あつっ! んん~っ!!」
言葉にならない声を上げ、身悶えする。
「身がフワフワ! 皮がパリパリ! そして脂が甘い! 川魚の臭みが全然ない!」
「美味いな。身の締まり具合が最高だ」
ナオトも静かに味わう。
ただの塩焼きだが、これ以上の贅沢はない。
極限状態を生き延びた安堵感が最高のスパイスになっている。
「ねえナオト」
「ん?」
「私、役に立った?」
「当たり前だ。最高のタンクだったぞ」
「ふふっ。じゃあ、これからもナオトの背中は私が守ってあげる」
「頼もしい限りだ。だが、次はもう少し安全な乗り物を用意するよ」
「絶対ね! 今度あんな筏に乗せたら、ナオトを川に突き落とすから!」
「肝に銘じておく」
夕日が渓谷を赤く染める。
ボロボロになったが、それ以上に強固になった絆を確認し合いながら、二人は勝利の味を噛み締めていた。
今回のMVPは間違いなく傷だらけの守護者・ミオだった。




