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ミオとナオトの異世界TRPG冒険譚  作者: かわさきはっく
大陸西部・冒険謳歌編

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第64話 地下闘技場と、賭け試合の女王

 ジュウウウウ。


 肉の焼ける香ばしい匂いが、埃っぽい風に乗って漂ってくる。


 西の大陸、無法者たちが集う、灰の街(グレイ・タウン)

 治安の悪さで有名なこの街だが、ナオトとミオにとって重要なのは、ここが大陸有数の肉の流通拠点であるという事実だけだった。


「ナオト。匂う。匂うわよ」


 ミオが犬のように鼻をひくつかせ、涎を垂らしそうな顔で街の奥を睨みつける。


「ああ。極上の脂が炭火で燻される匂いだ。この街の名物ドラゴン・ステーキだな」


「ドラゴン!? クロの仲間!?」


「きゅぅ!?」


 ナオトの影から顔を出していた守護竜クロが、ビクッと震えて引っ込んだ。


「違う。食用に養殖されたワイバーン種だ。肉質は赤身が多く、噛みごたえがあり、何より、強くなるために食う肉として冒険者に人気が高い」


「最高じゃない! 行こ! 店はどこ!?」


「残念ながら、金を出せば食えるって代物じゃないらしい」


 ナオトが街の中央にそびえ立つ、石造りのコロシアムを指差した。


「あそこで行われている地下闘技場。その優勝賞品としてのみ、最高級のステーキが振る舞われるそうだ」


「つまり?」


「食いたきゃ勝て、ということだ」


「望むところよ! 肉のためなら神様だって殴ってみせるわ!」


 ミオが腕を回し、やる気満々でコロシアムへ向かおうとした――その時だった。


「おいおい、待ちなお嬢ちゃん」


 ドスの利いた声と共に路地裏から数人の男たちが現れ、二人の進路を塞いだ。

 全員が筋肉隆々で、刺青を入れた強面(こわもて)。手には棍棒や鎖を持っている。


「なによ? 急いでるんだけど」


「ここは灰の街だぜ? 通行料を払ってもらわねえとな」


 男の一人がニヤニヤしながらナオトの方へ近づく。

 ヒョロリとした体格の錬金術師であるナオトは彼らの目には格好の獲物(カモ)に映ったようだ。


「やれやれ。またか」


 ナオトがため息をつく。

 行商の時もそうだったが、見た目で舐められるのはいつものことだ。


「おい、兄ちゃん。痛い目を見たくなければ、その姉ちゃんを置いてきな。俺たちのボスが強い女が好みでね」


 男がナオトの胸倉を掴み上げる。

 ミオが即座に反応し、剛剣に手をかけた。


「あぁん? ナオトに触ってんじゃないわよ、雑魚が」


 殺気が膨れ上がる。

 しかし、ナオトは目配せでミオを制した。

 (待て、ミオ。これは使えるかもしれない)


「へへっ。強気な姉ちゃんだ。だが、こいつの命が惜しくねえのか?」


 男がナイフを取り出し、ナオトの首筋に突きつける。典型的な人質作戦だ。


「うわぁ、助けてくれー。殺さないでくれー」


 ナオトが棒読みで悲鳴を上げる。

 ミオは一瞬ポカンとしたが、すぐにナオトの意図を察した。


「くっ! 卑怯よ! ナオトを離しなさい!」


「へへへ! そう来なくちゃな! お嬢ちゃん、ボスがお待ちだ。ついてきな!」


 こうして二人はチンピラたちの案内 (連行)で、コロシアムのVIP席へと通されることになった。


 ◇ ◇ ◇


 「GOOOOOOOO!」


 地響きのような歓声が石造りのドームに反響している。

 地下闘技場。

 鉄格子で囲まれた円形のリングには血と汗の匂いが染み付いていた。


「ようこそ、俺の街へ」


 VIP席の玉座に座っていたのは虎の毛皮を羽織った巨漢――この街を牛耳るマフィアのボスだった。

 その横には後ろ手に縛られた (ふりをしている)ナオトが座らされている。


「お前が噂の剛剣使いか。いい面構えだ」


 ボスがリングの下に立つミオを見下ろして笑う。


「ナオトを返しなさいよ。ボコボコにするわよ?」


「威勢がいいな。取引といこうじゃねえか」


 ボスが指を鳴らすと鉄格子が開いた。


「今から行われるメインイベント。我が闘技場の絶対王者、隻眼のオーガに勝てたら、その男を返してやる。ついでに優勝賞品の特上ドラゴン・ステーキもくれてやるぜ」


「本当ね?」


「ああ。ただし!」


 ボスが意地悪くニヤリと笑う。


「その男からの支援魔法は禁止だ。錬金術師のサポートなしで、テメェの力だけで勝ってみせな!」


 観客がドッと沸く。

 華奢な少女がサポートなしで怪物と戦う。

 その絶望的なショーこそが、彼らの求めている娯楽だった。


「……ナオト、だってさ」


 ミオがリング下からナオトを見上げる。


「聞こえた通りだ、ミオ。俺は手出しできない。ポーションもバフもなしだ」


 ナオトは肩をすくめた。

 縛られた縄など、影の刃を使えば一瞬で切れるが、今はまだ芝居の時間だ。


「了解。で、相手は?」


 ズシン……ズシン……!


 重低音が響き、反対側のゲートから巨大な影が現れた。

 身長3メートル超。

 全身が岩のような筋肉で覆われ、額には一本の角。

 そして、片目が潰れ、もう片方の目だけで殺気を放つ異形の巨人。


「グルルルルゥ!」


「紹介しよう! 99戦無敗のチャンピオン! 隻眼のオーガだぁぁぁッ!!」


 わぁぁぁぁぁっ!!

 歓声が最高潮に達する。

 オーガが手に持った丸太のような棍棒を振り回し、威嚇の雄叫びを上げた。


「デカいわね」


 ミオが剛剣・ギガントを構える。


「でも、ガニデスのハサミに比べれば可愛く見えるわ!」


 カラン、カラン! 試合開始の鐘が鳴った。


 ドガァァァン!!


 オーガがいきなり地面を蹴った。

 巨体に似合わぬ敏捷性で距離を詰め、丸太のような棍棒を横薙ぎに振るう。


「死ねぇぇぇッ! 小娘ぇッ!」


 ブォン!!

 風圧だけで肌が切れるような重い一撃。


 ガギィィィン!!


 火花が散る。

 ミオは剛剣を盾のように構え、その一撃を真正面から受け止めた。

 ミシミシと、床の石畳が足元からひび割れていく。


「グググ……!」


「へぇ。少しは腕に覚えがあるみたいね」


 鍔迫り合い。

 オーガが顔を真っ赤にして棍棒を押し込むが、ミオの足は一歩も下がらない。

 それどころか、ミオの口元には笑みが浮かんでいた。


「でも、力任せすぎるわ!」


 ダンッ!


 ミオが踏ん張り、腰の回転だけで棍棒を弾き返す。

 その衝撃は凄まじく、オーガの手から棍棒がすっぽ抜け、遥か彼方の壁に突き刺さった。


 ドスゥン!


「あ?」


 オーガが自分の空っぽの手を見て呆然とする。


「あらら。飛んでっちゃった」


 ミオが肩をすくめ、自分の剛剣を見つめた。


「私だけ武器を持ってるなんて、フェアじゃないわね」


 ガランッ。


 ミオは躊躇なく、愛剣・ギガントをその場に放り捨てた。


「!?」


 観客がどよめく。

 武器を捨てて素手になった少女。

 それは自信か、それとも狂気か。


「な、舐めるなぁぁぁッ!!」


 オーガが激昂し、拳を振り上げた。

 丸太ほどもある腕がミオの頭蓋骨を砕こうと迫る。


「遅い」


 フッ。


 ミオが最小限の動きで頭を傾ける。

 豪速のパンチがミオの髪を数本散らして空を切った。


「なっ!?」


「隙だらけよ。まずは足元から!」


 ドガッ!!


 ミオのローキックがオーガの膝関節の真横に突き刺さった。

 骨が軋む嫌な音。


「ギャッ!?」


 巨体を支える柱を砕かれたオーガは堪らずガクンと膝をついた。


 ドスゥン!


 3メートルの視界が一気に1.5メートルまで落ちる。

 ミオと目が合った。


「いい目線ね。これなら届くわ」


 ミオが一歩踏み込む。

 腰を捻り、拳を握りしめる。

 狙うは筋肉の鎧に守られた腹部の一点――みぞおち。


「お休みぃッ!」


 ズドォォォォォォン!!


 大砲のような衝撃音が響いた。

 ミオの拳がオーガの腹筋を貫通する勢いでめり込む。

 背中側の筋肉が衝撃波で波打ったのが見えた。


「カ、ハッ」


 オーガの口から空気が漏れる。

 白目を剥き、巨体がゆっくりと――まるでスローモーションのように後ろへ倒れていった。


 ズズ……ン。


 地響きを立てて沈黙する元チャンピオン。完全なるKOだ。

 闘技場が静まり返る。

 一瞬の静寂の後。


「う、うおおおおおおおおおッ!!」


「すげぇぇぇぇ! パンチ一発だぞ!?」


「姐さん! 一生ついていきます姐さん!!」


 観客が爆発したような歓声を上げる。

 ミオが倒れたオーガを踏み台にして、高々と拳を突き上げた。


「ふぅ。いい運動になったわ!」


 ◇ ◇ ◇


 数分後。

 VIP席ではボスが顔面蒼白で震えていた。

 ナオトは自力で縄を解き、優雅に立ち上がった。


「いい試合だったな。約束通り、解放してもらうぞ」


「ヒ、ヒィィッ! 持ってけ! 肉でも何でも!」


 ボスが部下に指示し、巨大な肉の塊が運ばれてきた。

 霜降りのワイバーン肉。市場に出れば金貨10枚は下らない最高級品だ。


「やったぁぁぁ! 肉! 肉ぅぅぅ!」


 リングから戻ってきたミオが、汗を拭いながら肉に飛びつく。


「ナオト、見た? 私の右ストレート!」


「ああ。いい音だったよ。武器を捨てるパフォーマンスも、会場を沸かせるには十分だったな」


「えへへ。だって、素手の方が手加減できるかなって思ったんだけど。ちょっとやりすぎちゃった?」


「まあ、死んではいないだろう。たぶんな」


 ナオトは苦笑し、肉を影の倉庫(シャドウ・ポケット)へ収納した。

 そしてボスに向き直る。


「この街の肉、気に入ったよ。また美味い肉が入荷したら教えてくれ」


「か、勘弁してくれぇ」


 ボスが頭を抱えるのを尻目に、二人は悠々と闘技場を後にした。


 夕暮れの街角。

 どこからか漂ってくるBBQの匂い。


「ねえナオト! 早く宿に戻って焼こう! レアで! 中は赤いままでお願い!」


「分かってる。炭火も最高級のものを用意してある」


「最高! ナオト、大好き!」


「肉が、だろ」


 二人の影が長く伸びる。

 ナオトの影の中ではクロもまた、肉の気配を感じてソワソワと動き回っていた。


 力でねじ伏せ、美味いものを食う。

 これぞ無法者の街の流儀であり、今の二人に最も似合うスタイルだった。

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