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ミオとナオトの異世界TRPG冒険譚  作者: かわさきはっく
大陸西部・冒険謳歌編

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第62話 秘湯の誘惑と、湯けむりの肌

 ゴボッ、ゴボボボ。

 あちこちの岩の隙間から白い噴煙が立ち上っている。

 硫黄の香りが漂う湯煙の谷。

 活火山の麓に位置するこのエリアは地熱の影響で気温が高く、歩いているだけでじわりと汗が滲んでくる。


「あー、暑い。さっきの荒野とは種類の違う暑さね。蒸されるぅ」


 ミオが手で胸元をパタパタと仰ぎながら湿気を含んだ空気に文句を垂れる。


「文句を言うな。この湿気こそが良質な温泉が近くにある証拠だ」


 ナオトは真鍮のゴーグルを操作し、周囲の地形データを解析していた。

 レンズに表示されるサーモグラフィーが地下を流れる熱水の脈を赤く映し出している。


「観光ガイドに載っている大衆浴場はこの先だ。だが、芋洗い状態の風呂に入る趣味はないだろう?」


「当然よ! せっかくの温泉だもん、のんびり足を伸ばしたいわ!」


「だろうな。だから、俺たちは裏ルートを行く」


 ナオトが指差したのは正規の街道から外れた岩場と藪に覆われた獣道だった。


「え? そっち? 行き止まりじゃない?」


「凡人にはそう見えるだろうな。だが、俺の探索(スキャン)には反応がある。この岩壁の奥に地図には載っていない未発見の源泉があるはずだ」


「マジで!? 秘湯ってやつ!?」


「ああ。隠しダンジョンならぬ隠し温泉だ。行くぞ」


 二人は岩場を越え、藪をかき分け、道なき道を進んだ。

 そして、巨大な岩の亀裂を抜けた先に、その場所はあった。


 視界がパッと開ける。

 三方を切り立った崖に囲まれた、小さな窪地。

 その中央に乳白色の湯を湛えた天然の岩風呂が静かに湯気を上げていた。

 周囲には誰もいない。聞こえるのはお湯が湧き出る音と野鳥のさえずりだけ。


「うわぁ! すごーい!!」


 ミオが歓声を上げ、水際まで駆け寄る。


「成分分析完了。硫黄、マグネシウム、それに微量の魔力水が含まれている。効能は疲労回復・切り傷の治癒、そして……美肌効果だ」


「美肌!? 最高じゃない!」


 ミオが目を輝かせて振り返る。


「ナオト、でかしたわ! やっぱりあんたは最高のナビゲーターよ!」


「礼には及ばん。俺も、少し骨休めがしたかったところだ」


 ナオトは影から木桶と手ぬぐいを取り出し、さらにネットに入れた生卵を数個取り出した。


「ついでに源泉の温度を利用して煮卵を作る。70度の源泉に20分。黄身がトロトロの半熟に仕上がる計算だ」


「準備がいいわねぇ。じゃあ、私は早速……」


 ミオが剛剣を岩場に立てかけ、マントの留め具に手をかける。


 バサッ。


 上着が落ち、白い肌が露わになる。


「おい、待て。ここは脱衣所じゃないぞ」


「誰もいないんだからいいでしょ? それともナオト、恥ずかしいの?」


「俺は別に構わんが。一応、混浴だぞ?」


「今更なに言ってんのよ。ダンジョンの野営で散々一緒に寝泊まりしてるじゃない。それに」


 ミオがニヤリと笑い、ビキニアーマーの紐を解こうとして――止めた。


「まあ、ナオトが目のやり場に困って気絶すると困るから、今日はインナーのままにしてあげる」


 ミオが身につけているのは鎧の下に着るための薄手のインナーウェアだ。

 黒い伸縮性のある素材で、デザインはスポーツビキニに近い。

 露出度は高いが、下着よりは機能的な見た目をしている。


「助かるよ。俺の精神衛生上」


「ふふっ。ナオトも早く入りなさいよ。クロも!」


「きゅぅ!」


 ナオトの影から飛び出した守護竜クロが、一番乗りとばかりにチャポンとお湯に飛び込んだ。パシャパシャと楽しそうに泳ぎ回っている。


「ったく。まあいいか」


 ナオトもローブを脱ぎ、腰にタオルを巻いた姿になる。

 痩せ型だが、冒険で鍛えられた筋肉が程よくついた体だ。

 湯の温度を確かめ、ゆっくりと足を浸す。


「ふぅ。極楽だな」


 肩まで浸かると、全身の毛穴が開くような開放感に包まれる。

 乳白色のお湯は肌触りが柔らかく、体の芯から凝りをほぐしてくれるようだ。


「はぁ~。溶けるぅ」


 向かい側ではミオが岩に背中を預け、長い手足を伸ばしてくつろいでいる。

 濡れた髪が首筋に張り付き、上気した頬が湯気越しに艶めいて見える。

 インナーウェア越しに分かる豊満な曲線美は湯の白濁をもってしても隠しきれていない。


「ナオト、こっち来ないの?」


「俺はこの辺りでいい。卵の温度管理があるからな」


 ナオトは少し距離を取った場所で、ネットに入れた卵を源泉の湧出口に固定していた。

 というのは建前で、不用意に近づくと理性が崩壊しそうだったからだ。


「ちぇっ。つまんないの」


 ミオが口を尖らせ、手でお湯をすくってナオトにかける。


「おい、やめろ」


「だーって、暇なんだもん。ねえナオト、こっち向いてよ」


「卵を見てるんだ。半熟のタイミングは秒単位で決まる」


「卵と私、どっちが大事なのよ」


「栄養価で言えば卵だ」


「ひどっ! もう、お仕置きね」


 チャプン。


 水音が近づいてくる。

 ナオトが振り返ると、いつの間にかミオがすぐ背後にまで迫っていた。


「おい、近いぞ」


「いいじゃない。ねえナオト、いつも荷物持ちとか、ナビゲートとか、ありがとうね」


 ミオの声が耳元で甘く響く。

 彼女の吐息が首筋にかかり、ゾクリとした感覚が背中を走る。


「なんだ、急に。改まって」


「感謝の気持ちよ。だから今日は特別に、私が背中を流してあげる」


「は? いや、自分で洗えるって」


「遠慮しないで! ほら、じっとしてて!」


 ミオが背後からナオトの肩を掴み、強引に固定する。

 そして、柔らかいスポンジのような感触――おそらく魔物の素材か何かだろう――が、ナオトの背中を這い始めた。


「くっ。力が強い」


「あはは! ごめんごめん、つい剛剣の握り方になっちゃった。優しくするから」


 ゴシゴシ……という音と共に、ミオの手が背中を上下する。

 最初は単なるマッサージのようだったが、徐々にその動きが怪しくなってきた。

 スポンジだけでなく、ミオの指先や、あるいはもっと柔らかい何かが、背中に触れているような気がするのだ。


「ねえナオト。凝ってるね、ここ」


「ああ。PC作業……じゃなくて、錬金術のやりすぎかな」


「ふふっ。ここも硬いよ?」


 ミオの手が背中から脇腹、そして胸板の方へと滑ってくる。


「おい、そこは背中じゃないぞ」


「サービスよ、サービス。ねえ、ドキドキしてる?」


 ミオが背後から抱きつくような体勢になり、耳元で囁く。

 背中に押し当てられる圧倒的な柔らかさと弾力。インナーウェア一枚隔てただけの感触がダイレクトに伝わってくる。


「してない。脈拍は平常だ」


 嘘だ。ナオトの心臓が高鳴る音が鼓膜にまでも届いてくるようだった。


「嘘つき。耳、赤いよ?」


 ミオが指先でナオトの耳たぶを甘噛みするように触れる。


「ミオ。悪ふざけが過ぎるぞ」


「ふざけてないもん。私、ナオトのこと頼りにしてるんだよ? 強くて賢くて、ちょっと意地悪だけど……優しいナオトのこと」


 ミオの声色が少しだけ真面目なトーンに変わる。

 腕に込められた力が強くなり、ナオトを逃さないようにホールドする。


「これからも、ずっと一緒だよ? 私の背中、守ってね?」


 その言葉と背中の温もり。

 ナオトは大きく息を吸い込み、冷たい外気を取り入れて脳を冷却した。

 ここで理性を失ってはただの野獣だ。紳士としての威厳を保たねばならない。


「ああ。約束だからな。お前が最強の剣士になるまでサポートしてやる」


「ふふっ。約束、か。ナオトらしいね」


 ミオがクスリと笑い、パッと体を離した。


「はい、おしまい! ピカピカになったよ!」


 背中の重みが消え、ナオトは安堵と、少しの寂しさを感じながら振り返った。

 そこにはいたずらが成功して満足げな笑顔を浮かべるミオがいた。

 濡れた肌が夕日を浴びて、神々しいほどに輝いている。


「ありがとな。寿命が縮んだ気がするが」


「あはは! さあ、そろそろ卵もいい感じじゃない?」


「おっと、そうだった」


 ナオトは慌てて源泉からネットを引き上げた。茹で上がったばかりの熱々の卵。


「よし。上がるか」


 二人はお湯から上がり、岩の上で風に当たりながら涼んだ。火照った体に夕方の風が心地よい。


「じゃあ、実食!」


 ミオが卵の殻を剥き、パクりと一口で頬張る。


「んん~っ!! トロットロ! 白身に硫黄の香りが染み込んでて、黄身が濃厚!」


「成功だな。塩を少し振ると、さらに甘みが引き立つぞ」


 ナオトも殻を剥き、塩を振って口に運ぶ。

 絶妙な半熟加減。源泉のミネラルが凝縮された、まさに大地の恵みだ。


「これにはやっぱりアレが必要ね」


「分かってるよ」


 ナオトが影から水滴のついた茶色い瓶を取り出した。

 『潮騒の亭』で樽ごと買い占めておいた特製エールだ。


「くぅ~っ! ナオト、分かってるぅ!」


 ポンッ、と栓を抜き、二人は瓶のまま乾杯した。


「「ぷはぁーっ!!」」


「最高。温泉上がりの冷えたエールと茹でたての煮卵。これ以上の幸せがこの世にある?」


「ないかもな。王様だって、こんな贅沢はしてないだろう」


 ミオが岩に寝転がり、空を見上げる。一番星が輝き始めていた。


「ねえナオト」


「ん?」


「ありがとね。ここに連れてきてくれて」


 ミオの顔は赤く、それはのぼせたせいか、それとも酔いのせいか。


「また探すさ。世界中の美味いものと、気持ちいい場所をな」


「うん。楽しみにしてる」


 クロも茹で卵の黄身をもらって、満足そうに岩の上で腹を出して寝転んでいる。

 静かな時間が流れる。ナオトは飲み干したエールの瓶を置き、深く息を吐いた。


 行商の疲れも、日々の緊張も、全てお湯に溶けて流れていった。

 そして、背中に残るミオの感触だけが、確かな記憶として刻まれていた。

 それはどんなレアアイテムよりも価値のある、二人の絆の証なのかもしれない。


「さて。湯冷めしないうちに着替えて、街へ戻るか」


「えー、もうちょっとー。動けなーい」


「置いてくぞ」


「やだー! ナオト、おんぶ!」


「ふざけるな」


 と言いつつも、ナオトは結局、眠そうなミオの手を引いて立ち上がらせるのだった。


 最強の倉庫と、最強の (そして甘えん坊の)用心棒。

 湯けむりの向こうにはまた新しい明日が待っている。

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