第61話 行商人と、荒野の用心棒
ジリジリと照りつける太陽が赤茶けた大地を容赦なく焦がしている。
西の大陸特有の乾燥した熱風が吹き抜ける街道を二つの人影が歩いていた。
「あー、暑い。溶ける。私がスライムなら、もう蒸発してるわ」
ミオが手のひらで顔を仰ぎながら、隣を涼しい顔で歩くナオトに恨めしそうな視線を送る。
「ねえナオト、冷たいお水ちょーだい。あと、甘いやつ」
「注文が多いな。はいよ」
ナオトが指を鳴らすと、足元に伸びた影が水面のように波打ち、そこからスッと銀色の水筒と、紙に包まれた包みが浮き上がってきた。
水筒の表面には結露した水滴がついており、キンキンに冷えていることが分かる。
「っはー! 生き返るぅ! んぐ、んぐ、んぐ……。ぷはぁっ!」
ミオが豪快に喉を鳴らして水を飲み干した。
「やっぱりナオトの氷魔法は世界一ね! このレモンの砂糖漬けも酸っぱくて最高!」
「おだてても何も出ないぞ。塩分と糖分の補給だ。熱中症対策は万全にしておかないとな」
ナオトは再び影から新しい水筒を取り出し、自分も一口含んだ。
二人は今、港町ポルト・ロッサの南方にある交易都市バザールを目指している最中だった。
しかし、その姿は旅人にしてはあまりにも奇妙だった。
ナオトは手ぶら、ミオも背中に剛剣を背負っているだけで、リュックの一つも持っていない。まるで近所のコンビニに行くような軽装だ。
「それにしても、楽ちんねぇ。前までは重い荷物を背負って、汗だくでヒーヒー言ってたのに」
「全くだ。物理的な重量から解放されるだけで、移動速度が倍になった気がする。スタミナの消費量も段違いだ」
「でもさ、私たちって今、一応、行商人として登録したんでしょ? 商品持ってなくていいの? 他の商人はみんな、馬車とか牛車で運んでるわよ?」
「そこがミソだ。普通の商人は商品を運ぶために馬車を雇い、護衛を雇い、盗賊に怯えながら進む。輸送コストと人件費がバカにならない」
ナオトがニヤリと笑い、自分の影を指差した。
「だが、俺たちは違う。この中に港町ポルト・ロッサで買い占めた海産物の干物と珊瑚の工芸品、それに魔物の素材が山ほど入っている。重量ゼロ、輸送コストゼロ、盗難リスクゼロだ」
「なるほどね! で、海のない内陸の街で高く売ると」
「そうだ。バザールでは海産物が高騰しているという情報をギルドで仕入れた。このまま行けば、売却益だけで当面の宿代と飯代、それに温泉旅行の資金は浮く計算だ」
「さすがナオト! 金の亡者! あ、いい意味で!」
「褒め言葉として受け取っておく。ん? お出ましかな」
ナオトが足を止める。
前方の岩陰から粗末な革鎧を着た男たちがぞろぞろと姿を現した。
手には錆びた剣や斧、目つきは明らかに堅気ではない。
砂埃の向こうに見えたのは10人ほどの影だ。
「へへへ。おい、待ちな!」
顔に大きな傷がある髭面の男が下卑た笑みを浮かべて立ちふさがった。
典型的な荒野の盗賊団だ。
「なんだ? 通行料なら払わんぞ」
「威勢がいいな、兄ちゃん。だが、俺たちが欲しいのは金だけじゃねえ。その綺麗なお姉ちゃんと、身ぐるみ全部だ」
盗賊たちがジリジリと包囲網を縮めてくる。しかし、髭面の男は二人の周りを見回し、首を傾げた。
「おい、荷物はどうした? 馬車もねえのか?」
「見ての通りだ。貧乏旅行でね。追剥ぎに遭うのが怖くて、何も持ってないんだよ」
「嘘つけ! そのローブ、上等な生地じゃねえか! それに、その姉ちゃんの剣も普通じゃねえ。さては魔法の鞄でも持ってるな? 出せ!」
「やれやれ。勘が鋭い奴は嫌いじゃないが、強欲なのは頂けないな」
ナオトはため息をつき、ミオの方を向いた。
「ミオ、出番だ。商品は絶対に傷つけるなよ」
「待ってました! 運動不足で体が鈍ってたところよ! 商品はどっち? 私? それともナオト?」
「俺たちのことじゃない。これから手に入る商品のことだ」
「あ、そっちね! 了解!」
ミオが背中の剛剣・ギガントの柄に手を掛ける。
ジャキンッ!
20キロの鉄塊を引き抜く音が乾いた空気を震わせた。
黒光りする刀身が太陽の光を鈍く反射する。
「なっ……なんだそのデカイ剣は!?」
「あぁん? 文句あんの? 私に喧嘩売ったこと、後悔させてあげるわ!」
「や、やっちまえ! 女一人だ、ビビるな!」
盗賊たちが雄叫びを上げて襲いかかる。
だが、あの黄昏の尖塔での死闘を潜り抜け、ドッペルゲンガーや守護竜と対峙してきたミオにとって、盗賊の動きはあまりにも緩慢だった。
「遅いッ! そして軽いッ! 剛剣・旋風!」
ブォンッ!!
ミオが剛剣を横薙ぎに振るう。
刃が当たるまでもない。その質量が生み出す凄まじい風圧だけで、先頭の3人がその場にへたり込んだ。
「うわぁぁぁッ!?」
ドサドサッ!
尻もちをついた男たちが目を見開いて恐怖する。
「ひ、ひぃぃッ! なんだこいつ、人間か!?」
「バケモノだ! 逃げ……!」
「逃がすかぁッ! せっかくのカモなんだから!」
ミオが地面を蹴る。
ドンッ! という踏み込み音と共に彼女の姿が消えた。
迷宮探索で鍛え上げられた脚力は逃げる盗賊の背中を一瞬で捉える。
「はい、一丁上がり!」
ドガッ! バキッ!
剣の腹を使った峰打ち (という名の強烈な打撲攻撃)が炸裂する。
一撃ごとに盗賊が宙を舞い、美しい放物線を描いて地面に転がる。
数秒後。そこには痛みに呻く10人の男たちの山が出来上がっていた。
「ふぅ。雑魚ね」
ミオが剛剣を肩に担ぎ、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「お疲れさん。相変わらず容赦ないな」
「手加減したわよ? 骨の2、3本は折れてるかもだけど、死んではないわ」
「まあ、命があるだけ感謝してほしいもんだ。さて、ここからが本番だ」
ナオトが倒れている盗賊の山に近づき、彼らの装備を品定めし始めた。
真鍮製のゴーグルが、カシャカシャと音を立ててアイテムの価値を鑑定していく。
「ねえ、何してんの?」
「仕入れだ。見てみろ、こいつの剣、手入れは悪いが素材はいい鉄を使ってる。研ぎ直せば売れるな。こっちの鎧も、革を張り替えれば中古品として需要がある」
「えっ? まさか」
「ミオ、剥げ。身ぐるみ全部だ」
ナオトが悪魔のような、それでいて商売人としては極めて合理的な笑みを浮かべる。
「こいつらは旅人を襲って身ぐるみを剥ごうとした。なら、逆に剥がれても文句は言えまい?」
「うわぁ。ナオト、あんた盗賊よりタチ悪いわよ」
「これは正当防衛、兼、リサイクル活動だ。放置すればゴミになるが、俺たちが回収すれば市場に流通し、経済が回る。ほら、手伝え。パンツ一枚残して全部回収だ」
「へいへい。あーあ、可哀想な盗賊さんたち」
ミオが呆れつつも、テキパキと盗賊たちの装備を剥ぎ取っていく。
剣、斧、鎧、靴、そして小銭袋。
回収されたアイテムは次々とナオトの足元の影へと吸い込まれていった。
「きゅぅ!」
影の中から、小さな守護竜クロが顔を出し、投げ込まれた剣を口にくわえて遊んでいる。
「こらクロ、それは売り物だ。傷つけるなよ」
「きゅ!」
クロは慌てて剣を離し、代わりに小銭袋を抱えて奥へと引っ込んでいった。ちゃっかりしている。
「よし。なかなかの収穫だ。バザールの古道具屋に持ち込めば、金貨3枚にはなるだろう」
「ほんと、無駄がないわね」
一糸纏わぬ姿 (下着姿)で荒野に放置された盗賊たちを背に、二人は再び歩き出した。
その足取りは軽い。荷物は影の中。懐には未来の売上金。
「ねえナオト。このお金が入ったら、次はどうする?」
「そうだな。バザールを抜けたら、次は湯煙の谷だ。あそこには有名な温泉街がある」
「温泉!?」
ミオが食いついた。
「ああ。商売の疲れを癒やすには最高だろ? 美味い温泉卵に地酒、そして露天風呂……」
「行く! 絶対行く! 早く行こ、ナオト!」
ミオがナオトの背中を押し、駆け足になる。
「おい、慌てるな。まずはバザールで商品を売りさばいてからだ」
「じゃあダッシュよ! 温泉が私を待ってる!」
「まったく。元気な奴だ」
ナオトは苦笑しながらも、足早に進むミオの後を追った。
空は青く、風は少しだけ涼しくなっていた。
最強の倉庫と最強の用心棒。二人の冒険はまだ始まったばかりだ。




